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真・恋姫†無双 劉ヨウ伝

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第129話 王允からの使者

 正宗が鮮卑族を盛大な宴で歓待し労った数日後、彼らが帰国の途につくことになった。正宗は鮮卑族へ援軍の見返りとして金銀財宝と目録を預け送りだした。
 それから更に一週間後、正宗の元に一人の使者が訪れていた。彼女は浅葱色の猫耳フードの合間から栗色の軽いパーマがかかった髪型、露出の少ないフードと同色の貫頭衣を着た出で立ちだった。彼女の名前は荀爽。彼女は桂花の叔母にあたる。

「車騎将軍。お初にお目にかかります」

 荀爽は恭しく頭を垂れ拱手し挨拶をした。

「面を上げよ」

 荀爽は正宗の言葉に促され頭を上げた。彼女の顔はどことなく桂花に似ていた。彼女を大人っぽくして知的な表情にした感じだ。彼女は正宗の顔を真っ直ぐに見据え要件を口にした。

「王司徒より車騎将軍への書状を預かっております」

 正宗は頷くと泉に視線を向けた。彼女は荀爽から書状を預り正宗のもとに恭しく書状を差し出した。泉は今までの功により現在清河国の郎中令に任じられていた。郎中令は近衛の筆頭であり大抜擢といえた。この場にいない瑛千は仮であるが護烏桓校尉に任じられた。正式な任官は正宗が奏上を行なったので近々、都から任官の書状がくるものと思われる。これは正宗が瑛千に烏桓族の一切を任せるという彼の意思表明といえた。

「荀侍中、王司徒はご健勝か?」

 正宗は荀爽に声をかけながら書状に目を通していく。

「健康でございます。張譲が誅殺されてからというもの精力的に活動しておられます。お陰で休む暇もございません。これは失言いたしました! このことはご内密にお願いいたします」

 荀爽は困り顔で正宗を見た。桂花と違い角がない所は歳の功というところだろうか。

「安心せよ。荀侍中、桂花に会って行ってはどうだ。わざわざ冀州に来たのだ姪のことが心配であったのではないか?」

 正宗は軽く笑いながら荀爽に話かけた。

「車騎将軍のお心遣い感謝いたします。桂花の様子はいかがでございましょうか?」

 荀爽は正宗の申し出に表情が少し柔らかくなった。

「伝え聞く所によるとかなり危なかったようだが桂花は無事だ。安心せよ」

 正宗は優しい笑みを浮かべ荀爽をいたわるように言った。その言葉に荀爽も安堵した様子だった。



 正宗が書状に目を通し終わると彼は渋い表情を浮かべた。

「王司徒の意向はよくわかった。しかし、今は期待に添えそうにない。今はな」

 正宗は「今は」という部分を強調して言った。

「理由をお聞かせ願えますでしょうか?」
「青州は未だ混乱している。私は青州に目を光らせておかなければいけない。先帝より任されたこの冀州を鎮武する重責があるのだ」
「そうでございますか? 華北は戦乱の傷痕が冷めないのですね」

 荀爽は正宗の返答を残念そうに噛み締めるように聞いていた。

「王司徒は董少府が許せぬのだろうな。あの方とは直に話したことはないが伝え聞く限り、清廉で実直な気質そうだからな」
「車騎将軍は奥方に追手を放ち苦しめた董少府を許すことができるのですか?」
「恨みがないと言えば嘘になる」
「では王司徒にご助勢願えませんでしょうか?」
「今、私が上洛すれば董少府を誅殺することは造作ない。だが、都の警護のため私は身動きできず、冀州を留守にしてしまう。現在の幽州と青州の状況を見るにそれはまずい」
「皇帝陛下より地方の混乱が重要と申されますか?」
「滅相も無い。そのような恐れ多いことは考えていない」
「では!」
「荀侍中、腹の探り合いは終いだ。お前は桂花の親類。私にすれば身内も同然だ。忌憚なく話せ。王司徒が董少府を排したい理由は皇帝陛下のためでなかろう。単に董少府が気に入らないから排したいだけだと思うが違うか?」
「それは」
「董少府が皇帝陛下と朝廷を蔑ろにし、専横極まる行為をした訳ではあるまい」
「董少府のやり方はあまりに目があまります。いずれ皇帝陛下と朝廷を蔑ろに専横を極まることに。そうなる前に董少府を」
「ならば、そうなった時に潰せばいい」

 正宗は荀爽の言葉を遮り冷酷な目で見つめた。

「荀侍中。お前は何をしているのだ。民草が困窮していることなどお構いなしに政争に明け暮れる王司徒の片棒を担ぐとはな」

 正宗はいきなり荀爽を叱責した。その表情は厳しい。

「私は使者としての勤めを全うしようとしているだけです」
「であろうな。王司徒のみの言い分を聞いただけでは董少府の行状は真実とは言えまい。両方の意見を聞かねば公平な判断は出来ぬと思うが」
「王司徒をお疑いで?」
「いいや。疑ってはいない。私は相手が目上の者であろうと公平さを保つことが大事だと考える。王司徒とてそうであっただろう」

 正宗は先ほどの厳しい表情はなりを潜め優しい表情を荀爽に向けた。王允は若かかりしころから正義感溢れる一本気な性格から度々朝廷と衝突を行なっていた。正宗は彼女の性格を読んで敢えて「公平」という言葉を使った。これで正宗が上洛して即董卓を叩き潰すという道筋は無くなる。しかし、董卓の出方次第では荒事になることも考えられ、正宗は上洛時に引き連れる部将を厳選することになる。

「とはいえ王司徒の気持ちもよくわかる。大軍を連れて上洛をするつもりはないが折りを見て上洛をしよう。その時は王司徒にお会いした後、董少府にも面会したいと思う」
「真ですか?」
「約束する。調度荊州に出向く用事がある。帰りに洛陽に寄らせてもらおう。その方が董少府を刺激することもないだろう。悪戯に董少府を刺激しては話もできんだろ」
「何時頃になりましょうか?」
「一月半後となるかな。出向く前に使いを出すのでよろしく頼むぞ」
「夏頃ですね。畏まりました。王司徒も車騎将軍のご決断をお喜びなさると思います」

 荀爽は正宗の言葉に安堵の表情を浮かべた。彼女は正宗の上洛をまとめるように王司徒からきつく言われていたのだろう。

「荀侍中、ゆっくりできるのか?」
「はあ。桂花に会ってから直ぐに冀州を立とうと考えています」
「王司徒は人使いが荒いようだな」

 正宗は軽く笑った。荀爽は苦笑いを正宗に返す。

「そう働き詰めでは辛かろう。そうだ! 荀侍中は甘い焼き菓子は好きかな?」
「菓子ですか? 甘い物は好きでございます!」

 荀爽の表情が明るくなる。この当時の甘味は超高級品で士大夫でもなかなか口にできるものでない。

「それは良かった。最近、清河国でケーキという菓子を開発したのだ。上手いので賓客を持て成す時に出すことにしているのだ」
「そのような貴重なモノをよろしいのですか? しかし、ケ・エ・キでしたか。妙な名前でございますな。どのような味なのでしょうか?」

 荀爽は破顔し嬉しそうな表情で聞いていた。

「言葉では表現しにくい。食べてみるのが一番だ」

 正宗はそう言うと玉座から立ち上がり壇上より降り、荀爽に付いてくるように促す。彼の後ろを荀爽と泉がついていく。



「こ、これは美味でございます!」

 荀爽は正宗より差し出されたケーキを一口食べるなり微笑んだ。

「泉もどうだ。調度骨休めにいいだろう」
「それではいただきます」
「美味しい! これは美味しいですね。この柔らかくて白く甘いのが絶品でございます」

 泉は目を輝かせて正宗を見た。

「それは良かった」

 正宗は荀爽と泉の満足そうな表情を見て喜んでいた。その後、正宗は荀爽と泉は雑談に花を咲かせた。



「揚羽、冥琳、泉。王司徒は相当に董卓が嫌いと見えるな」

 荀爽と別れた正宗は自分の執務室に揚羽、冥琳、泉を呼び付け今後の方針を話しあっていた。

「あの方は儒家の大家・郭泰様が目をかけられた方。その上、潔癖すぎる所がありますから。聞いた話では皇帝陛下に殺されそうになっても自らの信念を通そうとなされたそうです。董卓のやり方には納得できようはずがありません」

 揚羽は笑みを浮かべて言った。

「都のことはとりあえず王司徒にお任せすればよろしいかと」

 冥琳は真剣な表情で言った。正宗は冥琳に軽く頷き肯定の返事をした。

「王司徒は私以外の諸候にも声をかけると思うか?」
「荀侍中の様子では今のところ正宗様だけではないでしょうか?」

 正宗の問いかけに泉が答えた。

「泉、荀侍中はどんな様子だったのです?」
「揚羽様、荀侍中は正宗様に上洛してもらわねば絶対に困る様子でございました」

 揚羽は泉の話を聞くと顎に指をあて黙考した後、口を開いた。

「念のために劉幽州牧と公孫賛との間に亀裂を入れる手筈を早めましょう」
「揚羽殿の言われる通り劉幽州牧への工作は進めるべきかと。正宗様の董卓への対応に王司徒が納得できなければ、王司徒は劉幽州牧をお頼りになる可能性があります。董卓とて皇族の長老より取りなしを受けては武力にものを言わせるのは難しいかと存じます。王司徒であればそう考えましょう」
「そうだな」

 正宗は視線を揚羽と冥琳、泉を順番に見た後、口を開いた。

「揚羽、私が荊州に下っている間、稟と風と協力して幽州の工作を頼めるか?」
「畏まりました」
「話は変わるが荊州へは誰を連れて行くかな? 冥琳と泉、それと榮菜(臧覇)は付いて来てもらう。後は桂花だな」

 正宗は王允の話を終わりにし、荊州へ同卒する人員の話を始めた。冥琳と泉は正宗に拱手し返事した。

「麗羽殿も連れていかれてはどうでしょう」
「それはよろしゅうございます。是非に」

 冥琳の提案に揚羽が相槌を打った。

「確かにいいかもしれないな。ならば猪々子と斗詩、鈴々にも同卒してもらうか」
「正宗様、朱里殿も連れていかれてはいかがでしょう?」

 揚羽が提案してきた。正宗は彼女の提案を不思議そうな表情をするが直ぐに合点がいったようで笑みを浮かべた。

「揚羽、粋なはからないだな。しかし、朱里が清河国を留守にして大丈夫か?」

 朱里の叔父である鉄心が美羽の元で使えているため揚羽が気をきかせたのだろう。

「雛里殿がいます。何も支障はございません」

 揚羽は笑みを浮かべ答えた。

「これで荊州へ向う人員は決まりましたな。正宗様、兵はどのくらい連れて行きましょうか?」

 冥琳は間髪いれず聞いて来た。

「董卓が襲撃する可能性は低いと思うが念のために三千連れて行く」
「荊州南陽郡は湿地帯ですので騎兵はものの役に立ちませんので、騎兵は少なめにしたほうがよろしいかと存じます」
「冥琳、騎兵は三百、残りは歩兵で頼む」
「畏まりました」

 これより一週間後、正宗達は荊州へと向うことになる。まず、向うは予州潁川郡、桂花の故郷だ。
 正宗はここで意外な人物と出会うことになる。 
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