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相棒は妹

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伊月「夢が、あるから」

 俺は依然として銃を持つ二人と対峙していた。というか、それが俺にとって一番良い状態だった。

 平凡且つ地味(これは関係ないかも)な俺が、音速を超えて迫るであろう銃弾を刺又という対不審者用決戦兵器(笑)で庇いきる事が出来るだろうか。無論、そんな神業出来るわけない!剣豪でも難しいよそんなの。

 というわけで、これが安定の地である。犯罪者グループが目の前にいるという事実は変わる事は無いが。

 俺の言葉を皮切りに、通路内の沈黙は長く続いている。俺はハゲチャビンから視線を外していないが、それでも内心ではいつ撃たれるのか分からなくて本気で怯えていた。相手と会話が出来てから無くなった震えも、意識してから増えてきた気がする。

 隣に座っている志乃は何も発さない。視界に映るあいつは、まるで店内に置かれた人間の形をしたオブジェクトのように動かない。もしかしてさっきの事で放心してるんじゃないか。そんな不安も俺の心を揺さぶってくる。

 そんな緊迫した中でも、警察が来る様子は無い。そして、新たな客が来る事すらない。なんだ、外に内通者でもいるのか?

 だとしたら余計に警察の疑いは膨らむ筈だ。午前中は普通に営業してたのに急遽閉じるとか、しかも客が店内から出た様子は無い。そんなのおかしくないか。

 俺はこの沈黙を破るためにも、そして微かな希望を胸に口を開く事にした。

 「……アンタ達は、えっと、これを計画してやってんのか」

 やべ、噛んじゃった。って、ハゲチャビンの隣にいるノッポ苦笑いしてんじゃねぇよ。

 すると、そのノッポが俺の問いに答えた。

 「当たり前だ。何の考えなしにこんな事はやらない」

 「目的は」

 「決まっている。生きるためだ」

 かっこつけやがって。生きるためなら犯罪は犯していいのか。

 「そんなのはただの強欲だ。理由がそれだけなら、この国は終わる」

 「他にも理由があったら犯罪は許されるみたいな言い方だな。もしかして君は、過去に何か犯罪を犯したのかい」

 ノッポが嫌味っぽくそんな事を言ってくる。だから、俺は正直に答えた。

 「あぁ。犯罪を犯した」

 「……」

 これまでの俺なら、詳しく言えば数時間前の俺ならこんな事を人前で話す事は出来なかっただろう。きっとこの事実は墓場に持っていく事になっていた筈だ。

 だが、それでは前に進めない。教えてくれたのは、志乃。

 「隣に座ってる妹のおかげで俺は言える。俺は犯罪を犯した。そして逃げた。この世界の厳しさから。この世界の不条理さから」

 過去となったそれは、今となっては変える事は出来ない。仮にタイムマシンがあって今の俺が過去の俺に忠告出来る状態にあったとしても、俺は何も言わないだろう。

 あの時の俺は、今の俺の考えを全力で否定してくるという確信があったからだ。入学する前から、俺の運命は決まっていたのだ。

 もしかしたら、強欲なのは俺も同じなのかもしれない。強くなるという事を易しく受け止めた俺は、強さを簡単に得ようとした強欲さを持っていると考えても不思議では無い。

 志乃と久しぶりに会話して、カラオケに行ったあの日。健一郎とカラオケに行って、現実の理不尽さをぶちまけたあの日。過去と決別しようとした俺だが、やはり拭いきれない何かがあったようだ。

 しかし、それは今日解消された。志乃が背中を押してくれた上に、このステージだ。まさか、刺又を持って剣道のような構えをとるとは思ってもいなかった。けど、それもこれで最後だ。ここで剣道ともケリを付ける。

 そして、それらが積みに積もって、俺は自分が犯した罪を他人に告白する事が出来た。

 もちろん、俺がやったのは犯罪だ。ルールに従って裁かれるべきものだ。それを他人に打ち明けるというのは、想像以上に辛い。胸が締め付けられるような感覚が生じる。それだけで自然と汗が流れてくる。最近よく汗拭くな、俺。

 もう逃げない。もちろん辛いや苦しい事だってある。逃げなきゃやっていけない事だってある。だから諦めない。すぐに放り出すような事はしない。もっと頑丈になってやる。


 「一度俺は脱線しちまった。皆との遅れはもっと広まっちまった。けどこんなところで諦めない。全てを放棄して、アンタらみたいになるのは御免だ」

 あ、言い過ぎたかも。やべぇ、相手に引き金引かせるきっかけ、俺が作っちゃった?

 「……言ってくれるな、ガキの分際で」

 ハゲチャビンが怖い顔でそう言ってくる。マジで怒ってるよ。どうしよう。

 「お前こそ、罪を犯した存在であるくせに。少年院にも行かずにこんなところで油を売っている落ちこぼれが」

 「確かに、俺は少年院に行ってもおかしくない事をやった。自主退学という形で学校辞めさせられてから、やる気も無くなった。生きてる意味あんのか考えてた」

 「なら、何故死ななかった。死ねば楽になれるのに」

 「夢が、あるから」

 「夢?」

 そう。夢だ。俺には明確な夢がある。最初は否定していたけど、それでも妹のおかげで受け入れる事が出来たもの。

 退学する前までは、夢なんて無かった。小学生の頃は何かしら言ってたんだろうけど、本気にはしていなかった。本気だったら今でも覚えてる筈だし。せいぜい良い会社に入って家族を養う程度にしか考えていなかった気がする。

 けれど、今は違う。胸を張って堂々と言える。沈黙したままの志乃にも、それが届いている事を願う。


 「俺の夢は、歌手になる事だ」

 その言葉に、ハゲチャビンは些か拍子抜けしたような顔をした。まさか俺がそんな事を言うとは思っていなかったのだろう。つか、逆にそれ以外になんかあるか?

 「歌手になって、皆を魅了出来るような歌声を聴かせたい。それは傲慢で、難しい事なのかもしれない。だけど、これは俺が『好き』だからやってることだ。例え歌手になれないとしても、俺は歌い続ける。志乃がいれば、俺は歌う事が出来るんだからな」

 それは嘘偽り無い本音だった。相手の意識をこちらに置きたいという考えもあるが、それはついでだ。俺は今、思っている事を言いたかっただけだ。志乃が視界の中で少しだけ身体を揺らしたように見えたのだが、多分気のせいだろう。


 「そういう何か楽しめるものが出来たから、夢が出来たから俺は死なない。人生を一回踏み外したけど、またやり直したいと思う」

 「……君は強いな」

 俺の言葉に反応したのはノッポだった。そちらに目をやると、ノッポはどこか悲しげな、それでいて反抗する意思があるような複雑な表情をしていた。

 「私にはそこまで前向きに物事を捉える事は出来ない。失敗して皆に追い抜かされて、それでも立ち上がって、また失敗しての繰り返しだった。私には、君のように強くなれない」

 「……」

 「だが、それだけが全てか?人間はロボットじゃない。全て『はいそうですか』で進めるわけじゃない。こうして反旗を起こすのは、人間としての意志だ。死では無く、生を選択した私達の総意なんだよ」

 あぁ、同じだ。

 この人達と俺は同じだ。

 そして、俺は幸せ者だ。だって、脱線した車体を元に戻してくれる相手がいるんだから。

 今ならこの人達を自首させる事が出来るかもしれない。話をして、納得させる事が出来るかもしれない。そう思った時だった。

 ゆっくりと。

 ハゲチャビンが、右手に持っている銃をこちらに向けてきた。

 その動きを認識し、続いて恐ろしくなる。

 腕が上がるにつれて、俺の中の危機感は上昇し、脳内で警報が鳴りだす。逃げろ。逃げろ。逃げろ。

 無理に笑おうとしたら、変に顔が引きつった。無意識に後ずさり、その拍子に転んでしまった。隣には、何の色も映していない瞳を抱える妹。

 俺が転んだため、銃の照準は座り込んだ俺の頭の位置で定められた。その無機質で空洞な銃口がこちらに向けられているという事実だけで、命が削り取られているような錯覚を感じた。

 俺が口をパクパクさせていると、ハゲチャビンが冷たい瞳をこちらに向けながら呟いた。


 「君のような少年が、犯罪を犯したとは思えないな」

 こいつ、何言ってんだ?それが今の状態に何の関係があるんだよ!

 「だが、それでも立ち上がった君は我々のような弱者よりずっと強い」

 「……」

 「仲間になれとは言わない。が、今後何かしらのバックアップをしてくれるなら、殺しはしない」

 「……?」

 こいつ、俺に選択を与えてるのか?

 俺はそこに少しだけ違和感を覚えたが、パニック寸前の頭ではそんな事は些細な事だった。

 有利に立たれているのは言うまでも無い。傍から見れば、今の俺は銃にガチで怖がっている少年といったところだろう。先程の勇姿は影すら無い。

 だが、ハゲチャビンが提示してきた二つの選択は迷うほどのものでも無かった。アンタ、もうちょい凝った究極的な選択を考えた方が良かったな。


 「だ、れが。アンタ達の仲間になるかよ……」

 最初は声が掠っていたが、その後はか細い声ながら言う事が出来た。

 しかし、事態はそう簡単なものでは無い。座り込んだ状態、しかもこんな至近距離では銃弾を避けるなんて神業出来るわけが無い。

 「そうか。君は死ぬ方を選ぶんだな。了解した」

 そう言うと、ハゲチャビンは拳銃のスライド部分を動かす。初弾装填は完了したようだ。安全装置を下にして、撃鉄を起こす。俺の予想が当たっていれば、もう発砲可能段階だ。

 「……何か言い残したい事は」

 ハゲチャビンが低い声で俺に問い掛ける。ここでもまた違和感。だが、自分が死ぬかもしれないという現実がそれを塗り絵のように塗り潰す。

 俺が無言を貫いていると、それを否と受け取ったハゲチャビンは静かに息を吐く。

 「無いのか。なら、邪魔である君には消えてもらう」

 「……なんで」

 「ん?」

 「なんで、殺すんだ」

 震える声で、俺はハゲチャビンに問う。この際ビビっていようが関係ない。俺はまだ死ねないんだよ!

 「俺はまだ生きていたい!なのに、アンタらの都合で殺されるなんて、そんなのアリかよ!」

 数週間前の俺なら、あっさり死を受け入れただろう。自分で自分を殺さずにすむのだ、なら人に殺してもらった方が楽かもしれない。そう考えただろう。

 だが、それは間違いだ。そう考える事自体、『死んでいる』のだ。この世からいなくなるのは前触れみたいなものだ。

 だが、俺はその前に生きる意味を持った。生きて成し遂げたいものが出来た。それはとても素晴らしい事で、人間らしいと思える。

 しかし。

 時は待ってくれない。

 「なら、君は最初から我々の指示に従っているべきだった。こうなる事も想像出来ないなら、所詮それ以下だ」

 パァァァァァンという耳をつんざくような音と硝煙の臭いが通路中に蔓延したのはその瞬間だった。


世界が、暗転する。 
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