| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

不思議な味

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第六章


第六章

「これから台所に入るからな。大人しくしておるのじゃよ」
「何か作ってくれるの?」
「御前達にはこれを買って来たわ」
 そう言って出してきたのは果物であった。よく熟れたマンゴーである。
「これでも食べておきなさい。よいな」
「わあ、マンゴーだ」
「じゃあ貰うね」
 孫達はそのマンゴーを受け取ると笑顔で家の外に行った。こうして彼等は二人となったのであった。
「時にはこうしてあしらうことも大事なのですじゃ」
「子供はですか」
「そうじゃないと身体がもたないのですじゃよ」
 老人は楽しげに笑いながらアッサムに説明する。しかしこれはアッサムにとってはあまりわからない話であった。彼は僧侶でありそれ程子供と接する機会がないからだ。
「そんなものですか」
「まあそれもおいおいわかりますじゃ」
「そうですか」
 首を傾げながら彼の話を聞くのであった。
「それでですな」
「ええ」
 老人はここまで話すと話題を変えてきた。
「うどんとそばのことですが」
「はい、それですね」
 話が戻ってきた。アッサムは無意識のうちに顔をあげていた。
「台所ですね」
「左様。まずはそこに行きましょう」
「ええ、それでは」
 老人について台所に入った。そこには竈があり炭が置かれている。ごく普通の有り触れた家の台所であった。アッサムのいた寺の調理場の方がずっと整っているように見えた。
 ここでそのうどんやそばを作るのかと思った。果たしてどんな麺かもわからずどうやって作るのかもわからない。とりあえずコエチャップと同じなのかと考えていた。
「まずはですじゃ」
「あっ、はい」
 考えているとそこで老人が声をかけてきた。
「麺ですぞ」
「麺ですか」
「こね方は同じですじゃ」
「あっ、そうなんですか」
 老人から話を聞いてそれは納得した。
「しかし細かいところがありましてな。それはこkをこうして」
「ふむ」
 老人の説明を聞く。それはタイでの麺と全く違っていた。話を聞けば聞く程興味深い。これが日本の麺なのかと思うのだった。
「それでこね方は」
「私は足でしていましたが」
 これは麺のこね方では非常によく使われる。アッサムもそうなのであった。
「それで宜しいでしょうか」
「大いに結構ですぞ」
 老人は彼の言葉を聞いて満足気な笑みを浮かべて頷いてきた。
「その方がコシも出ますでな」
「そうですね。それではそれで」
「はいですじゃ。麺はまあこれでいいですな」
「大体これでいいんですか」
「はい。大体は」
 タイでは多くのことがこの大体という感じで済む。タイ語でいうと『マイペンライ』となる。この言葉はタイではよく使われる。『大丈夫』という意味だ。これはアッサムもよく聞くしよく使う。タイ人の間では本当に馴染みの深い言葉である。彼も今これを聞いて落ち着くのを感じていた。
「これでいいですじゃ」
「次はスープですね」
「スープとは言わないんですじゃ」
「あっ、そうなんですか」
 これはアッサムにとっては驚きであった。
「何か変わっていますね」
「変わっているというか日本語らしくて」
 こうアッサムに述べる。
「向こうではスープはなくておつゆと言うそうで」
「そうなのですか」
「味もかなり違います」
「あっ、それは大体わかります」
 これについては彼もわかっていた。といよりは知っていることであった。
「ですよね。それもかなり」
「タイの味と日本の味は違います」
 老人はそれをこう表現してきたのであった。
「タイの味は辛いですね」
「はい」
 それであまりにも有名である。タイ料理といえば辛い。また彼等もその辛さを愛している。そういうことであった。だがそれも日本では全く異なるのだ。
「ところが日本の味は」
「薄いんですよね」
「そうなのですよ。これは御存知ですかな」
 老人とアッサムはこの時麺を踏んでいた。綿の袋に入れてから踏んでいるのである。しっかりと踏んでコシを出そうとしていた。
「これはといいますと」
「そのおつゆのだしですじゃ」
 これの話を出してきたのであった。
「どうですかな、そちらは」
「ああ、それでしたら」
 彼にもわかることであった。それはもう聞いていた。
「何でも海草からだしを取るんですよね」
「あと小魚を干したものから」
 それを老人も言う。やはりそれは真実であったのだ。
「だしを取ります。知っているのなら話は早い」
「そんなものからだしが取れるのでしょうか」
「それが取れるようですね」
 そうアッサムに語ってきた。
「信じられませんがこれもこれで味が出ます」
「そうなのですか」
「それでどうですか?」
 あらためて彼に言ってきたのであった。
「その昆布と小魚をこれから」
「あるのですか」
「乾物屋に特別にいつも頼んでいます」
 そういうことであるらしい。アッサムはそれを聞いてまた怪訝な顔になった。
「いつもですか」
「何、向こうも売り物ではないので」
 そもそもタイではそうした乾物は食べはしない。少なくとも海草や小魚といったものを口にすることはない。日本人がそれを欲しがっているのを奇異の目で見ていた程である。
「お金もかかりませんですじゃ」
「お金もなんですか」
「ええ。ですから気が楽ですじゃ」
 笑ってこう言うのであった。
「では早速それを取りに行きますか」
「はい、それでは」
 こうして麺を仕込み終えた彼等はまた市場に向かった。そこに入ると今度はその乾物屋に入った。店に入ると底の親父が老人の顔を見てすぐに言うのだった。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧