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魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~

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Myth5-Cアムルの守護騎士団~Glauben OrdeN~

†††Sideシャマル†††

オーディンさんの体に巣食っている毒の進行を抑えるために治癒魔法・静かなる癒しをかけ続けて十数分。

「意識を取り戻したんですねっ、オーディンさんっ」

膝枕していたオーディンさん。彼の目が私を目をしっかりと捉えてた。意識を失う直前とは違って焦点がちゃんと合ってる。順調に毒の効果が薄れていってる証拠。私の魔導を使い続けてるから、少しずつだけど、でも良くなっていってるのね。だと言うのに、「動けない今、悪魔を討つ好機だッ!」とザフィーラが討ち漏らした敵が4人襲いかかってきた。

――風の足枷――

私とオーディンさんの周囲に、小型の竜巻を7つ発生させる。いきなり目の前に現れた私の魔導に、連中は突撃の勢いを消す事が出来ずに突っ込んで、粉砕された鎧を撒き散らしながら吹き飛んで行った。ザフィーラから『すまん。大丈夫だったか?』という思念通話が送られて来た。返事は決まってる。『ええ、何も問題ないわ』だ。確かに私は前線で戦うような騎士じゃないけど、それでも・・・・

「あなた達なんかに負けないわ」

私たちの周辺に倒れ伏す騎士たちに言い放つ。するとオーディンさんが『君たちは本当に心強いな』と思念通話を送って来た後、自力で体を起こした。慌てて止めようとするけれど、「ここまで回復できればあとはどうとでもなる」って言って、

――傷つきし者に(コード)汝の慈悲を(ラファエル)――

魔導を発動させた。見惚れる程に綺麗な蒼い淡光がオーディンさんを包み込む。見る見るうちにオーディンさんの顔色が良くなっていくのが判る。あまりの回復力に開いた口が塞がらない。

「ありがとう、シャマルのおかげだ。シャマルがずっと魔導を掛けてくれたからこそ、こうして自身の魔道を扱えるまで回復できた」

オーディンさんは言う。私が静かなる癒しで毒の進行を妨げている間、オーディンさんは毒の成分を調べて抗体を少しずつ魔力で生み出して、毒の効果を打ち消し合っていたって。そして拮抗が崩れたついさっき、意識を覚醒させて自身の魔導で一気に毒を殲滅した。
アムルの街の医者をしていると聞いたけれど、まさかこれほどの腕を持つ方だとは思いもしなかった。呆けていると、シグナム達が解毒剤を求めて敵騎士団の団長ファルコと戦っている森の中から、天を衝くほどの大きな火柱が上がった。
シグナムの炎である事が判る。でもシグナムにあんな強大な炎を発生させる魔力も魔導も無いはずなんだけど・・・。一体何が起こっているのかしら、あの森の中で。そんな疑問を抱いた時、「おそらくアギトがシグナムと融合したんだろう」ってオーディンさんが言った。

「シグナムとアギトちゃんが・・・! あっ、シグナムったら勝手にオーディンさんのアギトちゃんと融合なんかして――」

「いいよ。それだけ厳しい相手なんだろう、連中の将は。それに、私よりかシグナムと融合した方が相性的に見ても良いだろう」

「ですけど・・・」

「今はそれよりみんなの治療だ。私はシャマルのおかげで何とか助かっているが、他のみんなは一刻を争う」

オーディンさんはそう言って、味方の騎士団員(私をオーディンさんの母親だと言いそうになっていた・・・団長さん)の元へと駆けた。私も追いかけ、オーディンさんが団長の頭部を守っている兜を外した。オーディンさんも私も、その人の顔を見て息を呑む。生きているのかどうかも判らない程に血色が悪い。

「まだ間に合う。今度はもう誰も死なせないっ!」

様子が激変したオーディンさんは、背中からあの綺麗な蒼い光の剣の翼を展開させた。オーディンさんの足元に見た事のない魔法陣が展開される。十字架の四方から剣が伸び、それらを不思議な文字が記された三重円で囲われたもの。

「治癒効果を変更・・・クリア・・・。効果範囲選定・・・クリア。術式対象選定・・・クリア。オールクリア確認」

――女神の祝福(コード・エイル)・ver. Geburah――

オーディンさんの12枚の剣の翼が無数の羽根となって周囲に舞い散った。倒れ伏している味方の騎士ひとりにつき1枚の蒼い光の羽根が降りて体内に入り込むと、ポッと体を包み込むような優しい蒼の淡光が生まれる。
目の前に居る団長も例外じゃなく、蒼い淡光に包まれた団長の顔色がすぐに良くなって、負っていた傷などが治っていく。これほどの効果を持ってる魔導、それを一度に複数人に、そして広範囲に亘って・・・やっぱり凄い。

「すごいですっ、オーディ――オーディンさんっ!?」

「あ゛・・ぐぅ・・・っつ・・・!」

オーディンさんが急に苦しみだした。頭と胸を掻き毟るように悶える。フラついて倒れそうになるオーディンさんを支えて、「オーディンさんっ!」って何度も呼びかける。オーディンさんの顔色は毒に侵されていた時より悪くて、涙を流して、体も大きく震えていて。
胸がキュッと痛んだ。オーディンさんが小さく見える。何かを必死に堪えようと頑張って、でもそれが叶わくて悲しみに震える、その姿。居ても立ってもいられずにオーディンさんを抱きしめる。

「っづ・・・私は・・・強くないと駄目なんだ・・・強くあり続けないと・・・。忘れていく・・・また・・・ごめん・・・クロード、レナ、アシュトン、セリーヌ・・・」

オーディンさんは知り合いの名前らしいものを言った後、意識が完全に飛んだ。

「む、どうしたシャマルっ!?」

「ザフィーラっ。オーディンさんの様子が・・・!」

少しダメージを負っているものの戻ってきてくれたザフィーラは、私の腕の中で目を半開きのまま気を失っているオーディンさんを見て、「毒の効果か!?」と焦りを見せた。

「ううん、毒はオーディンさん自身の魔導で治ったみたいなんだけど、味方の治療の為に魔導を発動させた瞬間にこんな風に・・・!」

「自身の魔導による負荷かもしれん。シャマル。お前の治癒で何とかならんか?」

「そ、そうね。やってみるわ・・・!」

――静かなる癒し――

「っぐあ・・・あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」

治癒魔法をオーディンさんに掛けた瞬間、オーディンさんが絶叫した。完全に苦痛の叫び声。すぐに発動をやめる。

「どうして!? さっきはちゃんと効果があって、オーディンさんの助けになっていたのにっ!」

効果がある時とこうして拒絶反応が起きる場合の境界線が判らない。それに魔導を止めたのにオーディンさんの苦しみが治まらない。

「ザフィーラっ、どうすれば・・・!?」

「・・・・むぅ、我にも判らぬ・・・」

「っ・・・シグナムっ、ヴィータちゃんっ、アギトちゃんっ。オーディンさんが!」

今は誰かに助けを乞いたくて、シグナム達に思念通話を送る。真っ先に返ってきたのは『マイスターがどうしたのっ!?』アギトちゃんの切羽詰まった声。アギトちゃんに経緯を話す。オーディンさんが自分で毒を治した事。味方の毒や怪我を治すために魔導を使った事。すると苦しみ始めた事。ここでアギトちゃんから信じられない情報を聴いた。

「・・・記憶が・・・失くなる・・・!?」

『マイスターは魔力がすごく減ると記憶を失うっていう障害を抱えているんだっ。最初の苦しみはきっと記憶を失くしたってことだよっ』

確かにあれだけの広範囲、味方全員を治癒する魔導。普通の魔力じゃ発動すら出来ない。オーディンさんの最大保有魔力量がどれだけか判らないけれど、さっきので一気に枯渇してもおかしくない。

「じ、じゃあ私の魔導で苦しみ始めた理由はなんなのアギトちゃんっ」

それが知りたい。守るべき主を苦しめてしまった私。すぐにでも原因を知って、今も呻き声を漏らしているオーディンさんを楽にしてあげたい。半年という間、オーディンさんと一緒に居たアギトちゃんなら何か知ってると思っていた。けれど、『判んないっ。すぐに痛みも治まるって言ってたし、治癒魔法で苦しむなんて初めてだからっ』と、求めていた答えが返って来なかった。

『とにかく合流しよう。こちらは不手際を犯し、奴らの将を逃してしまった。シャマル、ザフィーラ。味方の騎士たちにはもう解毒剤は必要ないのかどうか、確認してくれ』

私の代わりにザフィーラが狼形態になって地を駆け、近くに居る騎士数人の安否を確認しに行く。そして『全員の安否は確認できんが、我が見たところ毒の効果を残している者は居ない』ってザフィーラが報告をしてくれた。それを証明するかのように、次々と味方の騎士たちが身を捩って体を起こしていく。

『判った。すぐに合流し、アムルへ帰還しよう。ここで休ませるよりかは幾分かマシなはずだ』

思念通話が切れて、私とザフィーラはシグナム達が来るのを待つ。そこに、私たちの一番近くに居た団長が体を起こして、「また騎士オーディンに助けられたのですか?」って自分の体を見回す。

「――って、騎士オーディン!? 一体どうしたんですかっ!?」

「オーディンさんは、みなさんを助けるために・・・苦しんでます」

なにを言ってるの私。違う。そうじゃないの。私たちがもっと早く解毒剤を手に入れてさえいれば、こんな事態にならなかった。すぐに「ごめんなさい。八つ当たりです」と謝る。でも団長は「仰る通りです。不甲斐ない我らをお許しください」と頭を下げた。

「あとの事は我らに任せ、あなた方が騎士オーディンをアムルへと連れ帰ってください。各騎! 英雄殿に救われたこの命、決して無駄にすることなくこの地を守れッ!」

団長が叫ぶと、周囲に居る他の騎士たちが「了解(ヤヴォール)!」と応じて、それぞれ持っていた武器を掲げた。ふと辺りを見回せば、倒れ伏したままの騎士が十何人か居るのが判る。すぐに理解する。もう亡くなっている方なんだと。

「「オーディン!」」「マイスターっ!」

シグナム達が来た。多く話す事なく、私たちはアムルへと帰還するため、持てる力の限り高速で空を翔けた。

†††Sideシャマル⇒エリーゼ†††

「オーディンさん・・・・」

寝台に眠るオーディンさんの名を呟く。戦場から帰って来たオーディンさんにアギト、そしてシグナムさん達。いつものようにオーディンさんが、ただいま、って笑顔で言ってくれるのを待っていたけど、オーディンさんは意識不明のままでザフィーラさんに担がれて帰って来た。あれから6時間。意識を失っていた時でも苦しそうにしていたけど、今は落ち着いていてぐっすり眠っている。

「アギト。わたしは席を外すから、オーディンさんが目を覚ましたら呼んで」

「うん」

本当はずっと側に居たいけど、アムルの街の長としての仕事がまだあるからそろそろ戻らないと。あとの事はアギトに任せて、わたしは音を立てないように注意を払って部屋を後にする。廊下には、わたしの補佐をしてくれるアンナと、親友でありオーディンさんの弟子であるモニカとルファ。そして騎士甲冑と思しき衣服を身に纏ったままのシグナムさん達が沈んだ様子で佇んでいた。

「皆さんもお疲れですよね。部屋は用意してありますから、もう休んでは・・・?」

これも何度目かの提案。だけど返事は決まってシグナムさんの「いいえ。オーディンが目を覚ますまで休めません」だ。戦場へ行く前と帰って来た時とで呼び方が変わってるのには気付いているけど、深くは聞かないし、聞くつもりもない。オーディンさんの事だから、敬語は使わなくていい、だとか、名前の前に主は要らない、ってお願いしたんだろう。

「オーディンさんはもう大丈夫ですよ、きっと。ですから休んでください。ここで皆さんまで体を悪くしたら、もしもの時にオーディンさんが困っちゃいます」

「・・・シグナム、ヴィータちゃん、ザフィーラ。ここはエリーゼ卿の仰る通りにしましょ。今は出来る事が無いし、私たちの為すべき事が出来た時に備えて休むのが一番だわ」

シャマルさんがようやく首を縦に振って、シグナムさんとヴィータちゃんとザフィーラさんにそう言ってくれた。シグナムさんもついに折れてくれて、「判った。エリーゼ卿。我々はこれで失礼します」と一礼。
わたしは「アンナ。皆さんを部屋に案内してあげて」と指示を出し、アンナは首肯してシグナムさん達を連れて行く。案内って言ってもこの階の端の四部屋だ。男のオーディンさんとは別の階にしようかと思ったけど、間違いが起こらないと信じて(本当はかなり苦悩したけど)同じ階にした。

「モニカ、ルファ。2人は一応隣室で待機しててくれる?」

「うん、判った」「了解ですっ」

二人が部屋に入っていくのを見届けて、わたしは執務室へ向かう。今はただ待つだけだ。シャマルさんとアギトから聴いたから。治癒魔法を使ったら今まで見たこともないくらいに苦しみ始めた、って。シャマルさんが使ったのは、魔力も一緒に回復させる魔導らしくて、もしそれが原因だったらわたしの能力クス・デア・ヒルフェも危ないかもしれない。
普段は問題ないのに、何かが原因で苦痛を与える魔力回復。その原因がハッキリするまではオーディンさんの魔力を回復できない。わたしは、無力だ。助けてもらってばかりで、あんまり恩返しが出来てない。最後にもう一度オーディンさんの部屋の扉に目を向けてから、わたしはその場を後にした。

◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦

そこは豪華絢爛な六角形の大きな空間。薄い青色の光を淡く放っている石材で作られた床にはレッドカーペットが六茫星状に敷かれている。ホールの6つの角には支柱が立ち並び、また六つの壁の半ば辺りには翼のような荘厳な装飾。翼の装飾の上には窓代わりに縦長のステンドグラス。壁一面につき8枚のステンドグラスが宛がわれている
計48枚のステンドグラス全部に人物が描かれている。48人全員が銀の髪にラピスラズリとルビーレッドの虹彩異色。魔道世界アースガルドを統べる四王族の特徴である銀髪、そして四王族の一角であるセインテスト王家の特徴である虹彩異色。天井一面にもステンドグラス。十字架と、その四方より伸びる四本の剣という、アースガルドの紋章だ。それらのステンドグラスを通して入り込む陽光は、綺麗な数色の光でこの空間を幻想的に照らしていた。

「――また消えたよ、ルシル」

その空間の中に、大人のような凛として、しかしその中に子供のような幼さの残る女性の声が響く。この空間の中央。巨大な肘掛椅子に腰かけている女性から発せられたものだ。
アースガルド王族特有の銀髪は膝裏まであるロングストレート。セインテスト王家特有のルビーレッドとラピスラズリの虹彩異色。足首まであるロングファーコートを着ていて、生地や毛皮の配色からしてまるでサンタクロース。コートは下腹部から前を閉じておらず、黒のタイトスカートと黒のタイツを晒している。茶色い編み上げのロングブーツを履いているスラリと長い足は組まれている。

「一応ここ英雄の居館(ヴァルハラ)を含めた創世結界の管理者をあなたから任されているけど、あなたの異界英雄(エインヘリヤル)の1人には変わりないから、消失は防げないの」

その女性が、自身の前にあるもう1つの肘掛椅子に座る銀髪にルビーレッドとラピスラズリの虹彩異色の青年・ルシリオン(オーディン)に哀しげに告げる。ここはルシリオンの精神世界に展開されている創世結界のひとつ、“英雄の居館ヴァルハラ”。その玉座の間だ
ルシリオンは「ごめんなさい、ゼフィ姉様」と、申し訳なさそうに頭を下げた。ゼフィ姉様。ゼフィランサス・セインテスト・アースガルド。ルシリオンの実姉だ。ルシリオンの使い魔とも言える“異界英雄エインヘリヤル”の1人だが、その自我は確固として独立しているため、姉として精神世界からルシリオンを支えるために存在し続けている。
“異界英雄エインヘリヤル”とは、ルシリオンの固有能力・複製によって複製された武器・魔術・魔法・能力・技術・知識などの持ち主を魔力で構築し、彼の使い魔とされたものだ。

「失ったエインヘリヤルはこれまでに4116体。失った複製武器は2081本。失った複製技術・魔法・能力は計19449個。全体の2%くらいだけれど、半年で2%はちょっと多いかもだから気を付けて」

「・・・・そんなに・・・・失ったのですか、私の思い出・・・。くそっ、誰を、何を忘れたのか思い出せないっ!」

ルシリオンは肘掛を思いっきり拳で殴り付けた。表情は泣く一歩手前。だが泣かないように必死に堪えている。ゼフィランサスは忙しなく立ち上がり、ルシリオンの元へと駆けつけ、その胸に彼を抱き寄せた。

「お姉ちゃんの前でくらい弱くなってもいいんだよ。強がらないでいいの」

「いえ。私は強くあり続けなくてはいけません。これが最後のチャンスですから。ガーデンベルグ達を救い、私が人間に戻れる、最後の・・・。どれだけ辛くとも苦しくとも、私は立ち止まることも振り返ることも後戻りすることも出来ない、したくない」

ルシリオンはそう言ってゼフィランサスの腕を取って離れる。すでに泣き顔ではなく、キリッとした凛然たる表情だった。ゼフィランサスは嘆息し、「姉様~、って甘えてくれていたルシルはもういないのね」と肘掛椅子へと戻っていった。

「ルシル。一応管理者として、ある程度の干渉は出来る。消失していく記憶。それすなわち創世結界に記録された複製物のこと。複製物が保管されている3つの創世結界の管理者として、消失の優先順を決める事が出来る。と思う」

ルシリオンは目を見開く。それは残酷な提案だった。思い出に順番を決めろというのだ。ルシリオンの姉ゼフィランサスは。全ての複製物――ルシリオンの数多き思い出は、彼を形作り支える宝だ。それに順位を付ける事など出来るはずはなかった。が、ルシリオンは「じゃあ」と前置きし、

「私に光をくれた彼女の居た契約・・・・先の次元世界での思い出を最優先にしてほしいです」

先の次元世界。ルシリオンにとって一番大切で、とても重要な契約だった。自分の幸せを全て捨てて、ただ契約を執行するだけの歯車だったルシリオンに、再び幸せになっていいという選択肢を取り戻させたフェイト・テスタロッサとの出逢い、そんな彼女らと共に過ごした時間のある契約。
もちろんそれだけではない。今その契約の記憶を失ってしまうと、シグナムら守護騎士ヴォルケンリッターの事や“夜天の魔導書”に関する情報を失う事になる。ルシリオンは“夜天の魔導書”の今後の為にそれは避けたいと考えていた。

「そうだね。私としてもその記憶は最後まで残っていた方が良いと思う。フェイト・テスタロッサ・ハラオウン。あなたと事を真剣に、そしてどこまでも想ってくれていた彼女は、忘れちゃダメ」

ルシリオンは「はい」と頷いた。とそこに、「私が居たからこそフェイトと結ばれたってことも忘れないでよね」という女性の声が玉座の間に響き渡った。ルシリオンとゼフィランサスがその声の主の方へと顔を向ける。翼の装飾下の凝ったデザインの両開き扉前に、その女性は独り腕を組んで佇んでいた。
脹脛まで流れる艶やかなアクアブルーのロングストレート。前髪は真ん中で大きく開けて分けているため額が大きく出ている。柔らかな瞳はアザレアピンク。
白を基調とした、裾が波打つフレアードレス。インナースーツも白で統一されており、前立てのラインは蒼。上まで閉められたファスナーの飾りには桜の花弁が施されている。アウターは前立てのない白いショートジャケット。両肩・背中部分にFの両側に翼竜という紋様が刺繍されている。両手には白い籠手。脚部は編み上げのロングブーツに、白い装甲が装着されている。

「シャル・・・」「シャルロッテ・・・」

2人はその女性の名を嘆息しながら言った。ルシリオンの所属していたアンスール同盟軍・アンスールに対抗するために強制参戦させられた、ヨツンヘイム連合軍・複数世界ミッドガルド秩序管理組織左翼・天光騎士団の最強の10人たる星騎士シュテルン・リッターが第五騎士、剣神シャルロッテ・フライハイトだ。
彼女もまた“エインヘリヤル”の一体。ゼフィランサスと同様に確固とした独立した自我を持っている。そして、元“界律の守護神テスタメント”の元3rd・テスタメント、剣戟の極致に至りし者の二つ名を持っていた。今はもう“神意の玉座”より解放され、転生し、どこかの世界で人間として過ごしているはずだ。

「貴女、また勝手に・・・」

「申し訳ありません、ゼフィランサス姫。元パートナーのルシルの事が気になりまして」

シャルロッテはゼフィランサスに深々と頭を下げた後、ルシリオンの元へと歩き出す。

「ルシル。あなたとフェイトが結ばれたのは、私のおかげでもあるんだからね♪ だから忘れないでよ。あの次元世界での出来事を。ルシルが生まれ変わって、私も生まれ変わる事が出来た、あの素晴らしい時間を・・・」

「判ってる。忘れたくない。本音を言えば、今残っている全てを最後まで持っていきたい。だけど、それは叶わない願い。エグリゴリと戦えば否応にもなく魔力を全開させる。そうなればまた失うだろう。でも安心してくれ。大きな代償の果てに待っているのはきっと望みの世界・・・」

「エグリゴリを救済し、神意の玉座から解放され、人間に戻ってアースガルドへと帰り、ここヴァルハラに眠るシェフィリス、シエル、カノンの遺体と魂を解放する・・・」

「ああ。だから私は前へと進み続けるだけだ。ゼフィ姉様。記憶の保護の件、お願いします」

ルシリオンは椅子より立ち上がり、そこまで来ていたシャルロッテの肩をポンと叩いて出口へと向かいだす。シャルロッテも「あ、待ってよルシル」と追いかける。ゼフィランサスはそんな2人の背を見守り、「どうしてあの子にこんな残酷な道を用意するの? 神様・・・」と人知れず涙を流して項垂れた。
ルシリオンとシャルロッテが扉を開け、一歩外に出ると、そこはまた別の創世結界の景色。一番上が見えない程の高さを誇る書棚が渦巻き、渦巻く銀河のように並び立っている。
ここは創世結界“英知の書庫アルヴィト”。複製された魔術・魔法・能力・技術・知識などが書物状と化して収められている場所だ。2人はその中央へと足を運び、エメラルドの円卓へと着いた。ロッキングチェアに腰かけ、ルシリオンが円卓に手を翳すと、円卓上に8冊の書物――魔道書が現れた。

「ねえねえ、なにするの?」

「新たな魔術を創り出す。以前は複製術式に頼っていたと思うんだが、失ったらしくて無いんだ。だから固有魔術として一から組み直す」

一度に8冊の魔道書のページを開き、高速で目を通していくルシリオン。ルシリオンの意識下で複雑な術式が組まれていく。そんな彼をジッと眺めるシャルロッテ。話がしたくてウズウズしていると言った風だ。その様子に気づいたルシリオンが「黙って作業するのもつまらないから、何か話そうか」と微苦笑。
シャルロッテは表情を輝かせて何度も頷く。そして、「ルシル、夜天の書の主になったんだよね?」と話を切り出した。ルシリオンは「ああ、そうだけど・・・それが?」と問い返す。

「・・・・夜天の書を解放するの?」

「まさか。管制人格である彼女を目覚めさせ、具現化させるために400ページまで埋めるがそこまでだ。完成させないし、解放も当然しない」

「・・・・そっか。はやてが魔導師としての道を行くには必要だもんね、闇の書事件」

「そういう事だ。彼女やシグナム達には悪いが、はやての元に転生するまでは闇の書として存在してもらう。だが、私が主としている間、出来うる限りの幸せを送ってもらえるよう努力するつもりだ。とは言え、こんな戦乱期である以上、どうしても戦闘に駆り出させ、人を傷つけさせなければならないが」

「そればかりはどうしようもないよね。時代が悪い。でも、うん。それでも何とかあの娘たちの事を守ってあげて」

「言われるまでもないよ、シャル。・・・・さて。女神の救済(コード・イドゥン)の試作術式が出来た。シャル。少し付き合ってもらえるか?」

「模擬戦だね。いいよ、付き合ってあげる。エインヘリヤルの役目でもあるしね」

2人はロッキングチェアより立ち上がり、ルシリオンが指をパチンと鳴らす。一瞬の闇。そしてすぐさま世界がガラリと変わる。
地平線の彼方まで続く天地を覆い隠す黒い雲は中央に向かって吸い込まれるように渦を巻き、天壌には輝くルーン文字が舞い、ところどころに大小さまざまな球体が点在している。唯一の明かりは地平線の果てに輝く曙光のみ。雲が照らされて、微光の絨毯となっていた。純粋な戦闘空間として在る創世結界・“聖天の極壁ヒミンビョルグ”。

――我を運べ(コード)汝の蒼翼(アンピエル)――

――真紅の両翼(ルビーン・フリューゲル)――

ルシリオンの背より12枚の蒼い光で構成された剣の翼が展開され、シャルロッテの背からは一対の真紅に光り輝く翼が展開された。ここ“ヒミンビョルグ”には足を付ける事の出来る大地が無い。そのため2人は空を飛ぶための飛翔魔術を発動。
そしてシャルロッテの右手から彼女の魔力光であるルビーレッドの閃光が発せられた後、そこには一振りの長刀が存在していた。桜色をした刀身はひたすら長く、柄もあわせると、シャルロッテの身長と同じ165cmほどの長さだ。銘を魔造兵装第九位・“断刀キルシュブリューテ”。桜、という意味を持つこの長刀こそシャルロッテの生前からの愛刀だ。

「あ、言い忘れていた。魔力攻撃で頼むぞ。物理攻撃はしないように」

「ん。じゃあ行くよ、ルシル。シャルロッテ・フライハイト。参ります」

「ルシリオン・セインテスト・フォン・シュゼルヴァロード。参る」

――雷牙月閃刃(ブリッツ・エアモルドゥング)――

“キルシュブリューテ”の刀身に真紅の雷光が付加される。

――ゲシュウィンディヒカイト・アオフシュティーク――

そしてシャルロッテは両翼を羽ばたかせて一気にルシリオンに接近。ルシリオンは「上手く発動してくれよ」と呟き、先程組み上げたばかりの術式を発動させる。

――女神の救済(コード・イドゥン)――

†††Sideアギト†††

フォーアライター・オルデンとの戦いの翌日。陽も高くまで上がってもうお昼時。マイスターは結局昨日は起きなかった。今もあたしの目の前で眠り続けてる。

「ん? なんだろう・・・・?」

外がガヤガヤ騒がしい。ベッドの上から窓まで飛んで、外を眺めてみる。正門からエントランスまでの中庭に、アムルの人たちが数十人って集まってた。エリーゼさんやアンナさんが中庭で応対してる。聞き耳を立てようとしたところで、「・・・ん・・・アギト・・・?」って、後ろから聴きたかった声が。

「マイスターっ!」

振り向いてみると、マイスターがしっかり目を開けてあたしを見ていた。急いでマイスターのところに戻って、胸の上に降り立つ。マイスターはいつものようにあたしの頭を撫でてくれた。そして「外が少し騒がしいようだけど・・・何かあったのか?」って訊かれたけど、「判んない」って首を横に振った。

「なら話を聴きに行こうか」

「えっ? もう起きても大丈夫なのっ?」

「問題ないよ。身体的なダメージは何一つとして負っていないからな」

マイスターはベッドから降りて、ゆったりとした部屋着のままで部屋を出て行くのをあたしも続く。あたしはマイスターの背中に向けて「マイスター。また記憶が、その・・・・」って訊き辛かったけど訊いてみた。
マイスターは自分の右肩をトントン叩いた。座っていいよ、って合図。「失礼します」って一言断ってから降り立つ。そしてマイスターは「・・・ああ。失ってしまったようだ。思い出せないけど」って寂しそうに答えてくれた。とそこにシグナムとヴィータとシャマルが自分たちの部屋から出てきて、

「「オーディンっ」」「オーディンさんっ」

マイスターの姿を見ると駆け寄って来て、遅れてザフィーラも狼形態で歩いて来た。

「オーディン、もう歩いても平気なのかよっ?」

「オーディン。お体の方はもうよろしいのですか・・・?」

「我が主。もうしばらくお休みになっていた方が」

「ごめんなさい、オーディンさん。私が余計にオーディンさんを苦しめたのかもしれません」

「まずはヴィータとシグナムとザフィーラに。身体はもう何も問題ない。少しばかり核にダメージを負ったくらいだが、すでに回復している。健康そのものだ。で、シャマル。君の所為じゃない。私が招いた慢心が原因でああなった。だから自分を責めるな」

ホッとしてるシグナム達だけど、シャマルだけはまだしゅんとしてる。あたしにはシャマルの気持ちが判るんだ。マイスターに気にするなって言われても、実際に魔導を使った事でマイスターが苦しんだ。自分を責めたっておかしくない。マイスターがシャマルの頭を撫でると、シャマルはポカンとして自分の頭を撫でてるマイスターの手を見る。

「とは言っても、それでシャマルが納得しないって言うなら仕方がない。罰を与える」

ビクって肩を震わしたシャマルが「なんなりと」って廊下に片膝をついた。マイスターから告げられたシャマルへの罰。それは「医者としての私の助手として働くこと」だった。シャマルはまたポカンとして「それだけですか?」って訊き返して、マイスターに「結構大変なんだぞ?」って微笑みを返した。

「私の魔道は特殊なんだ。だからモニカとルファに伝授できるのは精々病気や怪我の種類や薬品の調合、診察・治療方法などで、ベルカ式の治癒魔法は教えられない。で、シャマルは治癒と補助に優れたベルカ騎士なんだろ? モニカとルファに治癒魔法を教えてくれると助かるんだ」

「なるほどです。判りました。オーディンさんのお役に立てるのなら、精一杯がんばりますっ」

マイスターに手を取られて立ち上がらせてもらったシャマルはもう気落ちしてない。

「なあオーディン。シャマルは助手でいいとしても、あたしらは何すりゃいいんだ?」

「確かに。我らはこれと言って特性は無いな」

「二人が得意なことはなんだ・・・?」

「斬る事です」「ぶっ壊すこと」

「う~~~ん・・・・」

マイスターがシグナム達の身の振り方について考えているんだけど、元の目的を思い出させるために「マイスター、外」って前髪をちょっと引っ張ってみる。

「おっと、そうだったな。君たちの仕事の話は追々だ。今は外の騒ぎを確認しないと」

そう歩き出すマイスターに、シグナム達も「お供します」ってついて来た。エントランスへ近づいた時、モニカとルファとバッタリ会った。そしてあたし達は知る。街の人たちがシュテルンベルク邸に集まったその理由を。

「――ということで、オーディンさんの記憶を失う障害という話がモニカから漏れちゃいまして・・・」

「そしたらみんな、オーディンさんに一言言いたい、だとか、謝りたい、だとか、お礼が言いたい、だとかって・・・」

マイスターが魔力の使い過ぎで記憶を失ってしまうっていう障害の事を、モニカがうっかり知り合いに喋ったのが原因。マイスターに厳重に口止めされているんだよね、あたし達は。魔力枯渇による記憶障害の事を。下手にみんなに心配かけたくないって言って。マイスターはみんなの事ばかり考えているのに、時折自分の事を無視したりする。そこのところを治してくれればいいんだけどなぁ・・・はぁ。

「それで騒いでいるのか」

「ごめんなさい、オーディン先生」

「まぁ知られたのならしょうがないさ。話をつけてくるよ」

マイスターはモニカの頭をポンポン優しく叩いて、玄関へ向かう。あたしたち全員もマイスターに続く。そして玄関に到着して、マイスターの姿を見つけた街のみんなが「先生っ」「オーディンさんっ」ってマイスターの名前を呼んでもっと騒がしくなった。エリーゼも「オーディンさん、もう大丈夫なのですかっ?」マイスターのところにまで駆け寄って来た。

「ああ、もう大丈夫。心配を掛けた。あとは私が話をしよう」

マイスターはそう言って、みんなのところまで歩いて行った。

†††Sideアギト⇒オーディン†††

さて、どうしたものか。みんなの話を聞き、少々困った事になってしまったと頭を悩ます。話の大まかな内容は、まず謝罪だった。私の記憶障害の事を知らずにいた事と、その原因である魔力枯渇を促す戦闘に送り出していた事。
それについてはこちらが隠していたから気にしないでほしい、と・・・。で、今度はお叱り。どうして黙っていたのか、と。教える必要がなかったかなぁ、と答えるとすっごい怒られた。まぁここまではいいとして。問題はここからだ。

「オーディンさんっ。俺、騎士になってオーディンさんの手伝いをしますっ!」

ダニロ(半年前、虐殺者侵攻の際に知り合った兄弟の長男だ)が詰め寄って来た。彼ら兄弟の母親を助けた事で、私は随分と慕われるようになった。それはそうと、弟のアヒム(歳はまだ10歳だ)までも「ぼくもたたかうっ」と聞かない。
そして2人にとって姉であり妹である少女ベッティすらも「何か手伝わせてくださいっ」だ。彼らの母親は困惑顔。子供たちですらこう言いだすのだから、大人たちも似たような事を言い出し始める。なんとか説得を試みたんだが、聞きゃしない。ヴィータが「なあオーディン。こうなったら戦力にしちまった方が・・・」と言ってきた。

「ダメだ。そんな危ない真似はさせられない。私と共に戦うという事は、最前線での戦いに巻き込まれるという事だ。常に死と隣り合わせだ。そんなところに連れて行けない」

「しかしよ先生。あんた、魔力を使えば使うほどまずいんだろ?」

「そ、そうだよオーディンさんっ。記憶が失くなるなんて、そんなの悲し過ぎるでしょっ」

「確かに記憶を失っていくのは悲しいし辛いし、恐い。でも、それで人が守れるのなら安い代償だ。過去は失ってしまうけど、思い出はこうしてみんなと在り続ける限り生まれ続ける。だから大丈夫。それに、私には心強い仲間もいる」

アギトを始めシグナムたち守護騎士ヴォルケンリッターに視線を移す。そして後にまた仲間が1人増える。たった7人。でもそれは少数精鋭部隊――かつてのアンスールのような、だ。

「ああ。我らが、オーディンの記憶障害が起きぬようにすればいい」

「そういうこったな。あたしらのこと忘れられても困るし」

「ええ。二度とこんな失敗を犯さないように、しっかりとしないと」

「うむ。主オーディンのためにも我らが強くあらねば」

「マイスター。もう無茶しちゃダメだよ? あたし達が頑張るから」

「ありがとう。だからみんな。私は大丈夫だ。心配してくれてありがとう」

というようなやり取りを経てようやく騒ぎが収り、この場は解散となった。まぁ完全に私たちに任せっきりというのも嫌だということで、シグナムとヴィータとザフィーラが街のみんなに戦い方を教え鍛えるという方向になった。
シグナムは剣の扱い方――というかシグナムの教えって確か、相手に近づいて斬る、だったよな・・・。いやしかし剣の腕は確か。見取り稽古というのもあるし、シグナムの剣を習得出来る者も居るかも。それにヴィータとザフィーラも居るし大丈夫だろう。

「オーディンさん。何か名前を付けてみたらどうですか?」

エリーゼが主語を抜かしてそんな事を言ってくるから「名前?」と訊き返す。ニコニコと笑顔を浮かべて私の隣にまで来たエリーゼは言う。

「はいっ。オーディンさんが眠っている間にシグナムさん達とお話ししたんですけど、オーディンさんとアギト、そしてシグナムさん達っていう風に線引きしちゃってるんです」

「我らは一応、オーディンの戦友である前に仕える者だからな」

「って、一点張りなんです。ですからこの機会に線引きを失くす――みなさんを一致団結させるために騎士団の名を付けてはどうかと」

「おおっ、ソレすごく良いじゃんっ♪ じゃあオーディンとゆかいな仲間たち、でどう?」

「しっかり線引きが残ってるじゃないのモニカ。たとえば・・・アムル騎士団、でどうですか?」

エリーゼの提案に、モニカもルファも盛り上がってしまった。ルファの案にアンナが「直球過ぎて面白みに欠けるわね~」と微苦笑。君は出さないんだな、候補。それから出るわ出るわ可笑しい騎士団名候補。

「まぁ急いで決める必要もないよな」

「グラオベン・オルデン、が良いかも」

私がそう言ったところで、アギトが呟いた。エリーゼが「信念の騎士団、・・・グラオベン・オルデン・・・?」と訊き返す。アギトは「マイスターの信念が、あたし達の原動力だし」と答えた。

「守りたいものを守り、救いたいものを救う。その誓い――信念のために力を揮うオーディン。それに賛同している我ら・・・」

「いいじゃねぇか、アギト。信念の騎士団。あたしらにピッタリじゃねぇか」

「そ、そうかな。えっと、マイスターはそれでどうかな・・・?」

自信なさげなアギトだが、私は嬉しさでいっぱいだった。だから迷いなく言える。

「ああ、それで行こう。私オーディン。アギト。シグナム。ヴィータ。シャマル・ザフィーラ。我らは信念の下に大切なものを守護する騎士団、グラオベン・オルデンだ」

みんなの顔を順繰りに見る。それぞれ頷き応えてくれた。こうしてシュトゥラ・ラキシュ領アムルに、人数は少ないが一個騎士団“グラオベン・オルデン”が生まれた。

◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦

――アウストラシア/ネストリア国境:グラープ・デス・ガイスト岩盤地帯

鉄錆色の岩盤が広がるグラープ・デス・ガイスト岩盤地帯。各国に聖王家と謳われる王族が統治するアウストラシアと、ネストリアと呼ばれる国の国境に、ソレはある。広大な岩盤地帯であるそこは、生物の方向感覚を狂わす特殊な磁場が在り、ゆえに精神の墓場(グラープ・デス・ガイスト)と呼ばれ、生物が何一つとして存在していない。
その生物が決して住まう事のないグラープ・デス・ガイスト岩盤地帯のある一画。鋼色の甲冑を着こんでいる人間が百数十人と硬い岩盤に斃れ伏していた。全員の甲冑には何かによって切断されたような痕があり、そこから血が流れ出て血溜まりを生み出していた。
その死体の山の中、同じ鋼色の甲冑を着た者が数十人。そして・・・・

「これが・・・聖王家の番犬の力、なのか・・・」

1人の男が戦慄した声色で呟く。その男の視線の先に、その者は居た。
肩に掛かるくらいの空色の髪、キリッとした桃色の双眸。顔立ちはオリヴィエほど幼い。身に纏うのはハイネックの白のミニワンピース。前立てや縁には幾何学模様の金の刺繍。ワンピースの上に水色のショートジャケットを重ね着して、両腕に銀の籠手を装着している。腰に纏うのは前開きの水色のオーバースカート。白く美しい足を覆うニーハイソックスにロングブーツと、その上から爪先から膝まで隠す銀の脚甲、という格好。
シュトゥラに留学という体裁で出されているオリヴィエ・ゼーゲブレヒト付きの女騎士、リサだ。

「番犬番犬って、獣みたいに呼んでほしくないですね。まぁオリヴィエ様の犬――と呼ばれるのなら問題ないですが」

恍惚とした表情を見せるリサ。場所が場所なら捕まってもおかしくない。

「くそっ。たった独りの変態相手に潰されてたまるかッ。一斉に掛かれッ!」

「変態とは失礼な。私にはリサ・ド・シャルロッテ・フライハイトという立派な名前と、剣姫(ケンキ)という二つ名があるというのに」

――炎牙月閃刃(フランメ・モーントズィッヒェル)――

リサは側に突き立てていた桜色の刀身を持つ刀を手に取り、刀身に桃色の炎を纏わせた。

「聖王家に仇なす愚者共。死にたい奴から掛かって来い」

数分後、グラープ・デス・ガイスト岩盤地帯にはたった1つの生命が残り、他全ては骸となり果てて鉄錆色の岩盤を血色に染め上げていた。



 
 

 
後書き
ラーバス・リータス、ラバ・ディアナ、ラーバス・ヴァーカラス。
『リリカルなのは』を好きでいらっしゃる皆様。今話を読んで首を傾げた部分があったかと思います。
そう、夜天の書の話です。ルシルとシャルの話で出てきた管制人格である彼女を具現させるページ数が400というところ。
公式設定では400ページは人格起動をするだけで、具現は出来ません。
具現するには全ページを埋めなければならない。しかしそれでは私の書きたい話が出来ないので、400ページで彼女が具現する、というオリジナル設定を作ってしまいました。
すいません、ごめんなさい、申し訳ありません。どうかお許しを。
 
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