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渦巻く滄海 紅き空 【上】

作者:日月
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七十三 落花流水

雲一つ無かった。

見事なまでに晴れ渡った空。眩いばかりの太陽は高く昇り、晴天を一層輝かせている。
正に青天白日と呼べる空は、その下で行われる行為とは不似合いなくらい澄んでいた。

白日の下、時折吹く突風に煽られ、木々がハラハラと葉を落とす。風に浚われて舞い上がった数枚が白い城壁の間を駆け抜けてゆく。

観光名所でありながら、もはや見る影もないほど崩壊した短冊城。昼間だというのに人気の無い城跡は不気味な静謐を湛えている。

そんな、ただでさえ気味の悪い場所で、一人ぽつねんと佇む男は異様なまでに目立っていた。
項垂れたその顔は長い黒髪でほとんど窺えない。しかしながら男から発せられる不穏な雰囲気がひっそりとした城跡をより殺風景にさせているのは間違い無かった。

ややあって近づいて来た規則正しい足音に、男がゆるゆると顔を上げる。

明らかになったその顔は、世間において犯罪者として名高い。長き黒髪の間から覗き見えた瞳がねっとりと蛇の如く細められた。
「――――答えは?」

白昼堂々、白日の下に佇む大蛇丸を、綱手は嫌悪感を露に睨んだ。暫しの沈黙が両者の間に訪れる。
やがて視線を地に落とした綱手は淡々と、だが有無を言わさぬ声音で告げた。
「………里には手を出すな」

自身の心中を言い当てられ、大蛇丸は眉を微かに顰めた。腕が治り次第、木ノ葉を襲う手筈だった彼は綱手の条件に内心顔を顰める。
だがそんな事はおくびにも出さず、にこやかに「いいでしょう…」と大蛇丸は了承してみせた。

ちらりと視線を上方へ投げる。屋根の上で待機させているカブトが頷くのを眼の端で確認してから、大蛇丸は綱手に向かってゆっくりと歩き始めた。

カツ、という二人分の足音が寂然とした城跡に響き渡る。互いの影が重なり合うほどの至近距離で対峙した両者の表情は真逆だった。

腕の激痛で額に汗を掻きつつも嗤う大蛇丸と、まるで無表情な綱手。


「―――答えは?」
再度返事を催促する大蛇丸の目前で、綱手は静かに顔を伏せた。一方の大蛇丸は彼女が此処にいる事自体が答えだと確信していた。
一週間前の取り引きに応じるつもりが無ければ、綱手はこの場に姿を現さないだろう。

「綱手」
それでも猶煮え切らぬ態度を見て取って、鋭く詰る。苛立ちを滲ませた大蛇丸の声音に、綱手はようやっと顔を上げた。
「…答えは…――――」







刹那、大蛇丸の足首を誰かが掴んだ。







「これだッ!!」

聞き慣れた声。だしぬけに足下で轟いた声に、大蛇丸がぎょっとする。
咄嗟に飛び退くが、それより先に発動する術。

「【火遁・炎弾】!」
「…ッ、大蛇丸様ァ!!」
急いで飛び出したカブトの叫びが炎に掻き消される。炎の弾丸が大蛇丸の全身を包み、メラメラとその身を焼き尽くした。

その傍らで、綱手の影がむくむくと実体化してゆく。否、それは影から脱け出している人間だった。


大きく息を吸う。途端、ぺらぺらの紙のように薄かった身体が厚みを増してゆく。
しっかと地を踏み締めた彼は首を大きく鳴らした。
「貴方は…っ」

大蛇丸に駆け寄ったカブトが眼を見張る。綱手の影に潜んでいた自来也は【蝦蟇平・影操りの術】を解くや否や、口角を吊り上げた。
「つれないのぉ、大蛇丸…。ワシだけ仲間外れか?」


自来也の攻撃で焼死体と化した大蛇丸を背に、カブトは冷や汗を掻いた。思いもよらぬ展開に内心焦る。
唇を噛み締めるカブトの背後から、忌々しげな声が自来也に応えた。
「貴方を呼んだつもりはなくてよ、自来也…」


黒焦げの死体からズルリと這い出す。蛇の脱皮の如く、古い身体を脱ぎ捨てて何事も無かったかのように復活した大蛇丸は長い黒髪を掻き上げた。

「どういうつもり?綱手」
大蛇丸の訝しげな視線を受け、綱手と自来也が同時に答えた。


「見ての通りよ」
「交渉は決裂したって事だ、大蛇丸」
自来也と綱手。かつての同志から鋭い眼光で見据えられ、大蛇丸は顔を歪ませた。
(…三忍二人相手は流石にキツイわね…)

以前ならともかく、術が扱えぬ現在にこの状況は非常にマズイ。だが動揺を押し隠した大蛇丸は余裕染みた風情で、わざとらしく嘆息した。

「綱手…私は本当に貴女の大切な三人を生き返らせるつもりだったのよ。それに木ノ葉を潰さないと約束までしたのに…」
自来也に唆されたのか、と残念そうに尋ねた大蛇丸の前で、綱手は静かに頭を振った。
「違う。これは私の意志だ」

きっぱりと断言した彼女は、次いで皮肉げに笑った。
「大蛇丸……お前が里に手を出さないってのが嘘だって事くらい解ってる」
綱手の話に、男達は皆口を噤んだ。黙って耳を傾ける彼らの前で、「それに、」と綱手は俯いた。震える唇で「思い出しちまったんだよ」と小声で呟く。


脳裏に蘇るのは弟と恋人が笑顔で語った夢。そして、波風ナルの顔。
火影の名を受け継ぐ事。その想い。一字一句違わずに告げられた夢。
『火影は俺の夢だから』
それを叶える事が綱手の想いであり、夢だった。だから弟と恋人が命を賭けた夢を、想いを、無下にするなど彼女には出来なかった。



「『形あるモノは何れ朽ちる』…お前は言ったな―――でも、」
瞳が潤む。耐え切らずに零れ落ちた涙が地面に滲み込んでゆく。綱手を気遣った自来也がそっと顔を逸らした。

「やっぱりこの想いだけは…朽ちてくれないんだよ…ッ」


血を吐くように心の底から告げ、そっと涙を拭う。沈痛な面持ちで瞑目した綱手の雰囲気が次の瞬間、変わった。
現役時代と何等変わらぬ強き眼光が大蛇丸を射抜く。


明らかに一変した綱手の顔を見て、大蛇丸は軽く肩を竦めた。
「仕方ないわね…。こうなったら力尽くでお願いするしかないわね」
「…出来ると思っとるのか?」
黙していた自来也がずいっと身を乗り出した。そしておもむろに取り引き内容を訂正する。
「それにもう、三人ではないのぉ」
「三忍?ククク…薄ら寒い」
自来也の一言を聞き間違えて大蛇丸が口許に嘲笑を湛える。
自来也としては、アマルが助かった事により綱手の亡き最愛の人は依然として二人のままだという事実を告げたのだが、大蛇丸はそのまま気づかずに戦闘態勢を取った。

何故なら、もうこの二人が此処に来た理由が解っていたから。
綱手がこの場に現れたのは交渉に応じる為ではなく、自来也と共に今此処で己を殺す事が目的だと。


前夜、自来也の許に訪れたのは綱手だったのだ。彼女は、大蛇丸との取り引きの件を自来也に洗いざらい自白したのである。
驚愕したものの話してくれた事に感謝した自来也は、綱手と手を組み、先ほどの一計を案じたのだ。

長年の因縁に決着をつける為に。



「大蛇丸…お前は悪に染まり過ぎた」
「三忍と呼ばれるのも今日限りだよ」
対峙するかつての同胞。

死を宣告する二人を前に、大蛇丸はかさついた唇をぺろりと舐めた。切れ長の双眸に微かに浮かぶのは焦りの色。
だがその口許に湛えられた笑みはどこか含みのあるものだった。


綱手・自来也・大蛇丸。
今此処に、『伝説の三忍』同士の闘いの幕が切って落とされた。

























「…何があった?」

水面に映った二つの人影の間を掠める黒い影。漆黒の翼をはためかせた鴉は湖畔の大木に止まると、軽く小首を傾げた。賢そうな顔で、湖の上に佇む人間達を眺める。

単刀直入に問い掛けたナルトを、イタチが無表情で見返す。その感情を一切窺わせない顔の内、眼差しだけは強い輝きがあった。二人の足下で波が砕け、真珠色の泡沫が弾ける。

「俺が愚かだった。ただそれだけだ」
口許に自嘲を湛える。更に何か言いかけようとしたイタチをナルトは制した。


青い双眸が畔に向かう。水際に生えた大木を鋭く見据え、ナルトは淡々とした声を投げた。
「監視するな、と言われなかったか」
何の脈絡もない言葉にイタチが眉を顰める。怪訝な顔をする彼の前で、ナルトはじっと水際の木を睨んだ。
ややあってナルトの視線に折れたのか、大木に潜んでいたゼツがその身を外気に曝す。木枝に止まっていた鴉が驚いて飛翔した。

「勝手な振舞いは止めろ、と言われなかったか」
「で、でも…」
「俺の行動に口を出すな、と言われなかったか」

弁解を求める白ゼツの言葉を遮って、再度問い質す。まるで仮面の男との会話を見ていたかのような詰問にゼツは顔を引き攣らせた。

無言で俯くゼツを暫し眺めた後、ナルトはわざとらしく溜息をついた。やにわに、足下で倒れている鬼鮫を片手で持ち上げる。

そして、何処にそんな力があるのかというくらいの細腕で、彼は鬼鮫をゼツに投げ渡した。慌てて鬼鮫を受け止めたゼツがナルトらしからぬ乱暴な所作に困惑の表情を浮かべる。
直後ゼツが青褪めると同時にナルトは言い放った。

「…鬼鮫を連れ帰れ。そうすれば、この件は不問にする」
そう告げられるや否や、ゼツは凄まじい威圧感に襲われた。言葉の端々からもビリビリと怒りが感じ取れ、慌ててこくこくと頷く。それを尻目に、ナルトは視線をイタチに戻した。


鬼鮫を背負ったゼツが音も無く姿を消すと、ナルトは素早く周囲に眼を走らせた。気配が完全に消えたか確認した後、念入りに結界を張る。
五感の遮断及び幻術の二重結界を自身とイタチの周りに張り巡らしてから、彼は改めて口を開いた。
「イタチ」

名を呼ばれたイタチが殊更ゆっくりとナルトに顔を向ける。ゼツに向かって鬼鮫を投げた行動に疑問が生じ、イタチは尋ねた。
「わざとあのような振舞いをしたのか?」
「ああ。鬼鮫には悪いがな」
イタチの問いに苦笑したナルトが肩を竦める。それだけでナルトの意図が読めたイタチは眼を細めた。


神出鬼没なゼツを追いやるに効果的な方法。それは仮面の男を引き合いに出す事だ。
厳しく言い渡されていたにも拘らず、再び独断でナルトを見張っていた。その事実が仮面の男の耳に入れば、ゼツにとってマズイ。
だから黙止しておく代わりに鬼鮫を『暁』のアジトへ連れ帰るようナルトは告げた。その際、多少乱暴に振舞えば、ゼツはナルトが怒っているのだと思い込むだろう。

その行動目的が、ゼツがこの場を離れざるを得ない状況に持ち込む為だとは知らずに。



「君の眼は……いつも遙か先を見ているな」
感嘆雑じりに呟いたイタチを、ナルトは無言で見つめる。その後で続けられた「…俺が曇っているだけか」と自らを嘲るイタチの声を、彼の耳は確かに拾っていた。

陽光が水面を照らす。キラキラと輝く水上で対峙する二人は、まるで秀麗な絵画の一部のようだ。
身動ぎ一つしない双方の間で流れるのは殺気や緊張感などではない。


「イタチ…お前の眼はどこまで見えている?」

やがて、重々しい口調で告げたナルトの声がその場に響き渡った。一瞬ギクリと身体を強張らせたイタチに、更なる衝撃が齎される。

「いや、違うな。言い方を変えようか」
全てを見通しているかのような澄んだ青がイタチを捉える。空とも海とも似通った、それでいて違う美しい青。
ナルトの瞳の中でイタチは静かに眼を閉ざした。


両者の間で漂うのは、まるで緩やかに流れゆく花を思い描けるような――――ただただ、清らかな静けさだった。




「その眼……いつから見えていない?」

 
 

 
後書き
言葉不足な箇所があったので、こちらで説明させていただきます!
自来也の「それにもう、三人ではないのぉ」は誤字ではありません。これは綱手にとっての大切な人――弟と恋人の数を指してまして…。
弟と恋人と弟子(←死に至るほどの大怪我)からアマルは死んだと判断した大蛇丸が「貴方の大切な三人を生き返らせるつもりだった」と話しているのに対して、「(アマルは生きているので)それにもう、三人ではないのぉ」と自来也が答えたってのを書きたかったんです……その「三人」を「三忍」と大蛇丸は聞き間違えたので「薄ら寒い」と答えました。言葉不足で申し訳ありません!

ややこしい文章で混乱された方もいらっしゃると思います。私の力不足です……精進します。
こんな駄文ですが、これからもどうぞよろしくお願い致します!! 
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