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或る皇国将校の回想録

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第八話 川は深く・対岸は遠く

 
前書き
坪田典文 水軍中佐 東海洋艦隊巡洋艦大瀬艦長 真室の穀倉を砲撃すべく出撃する。

馬堂豊久 駒州公爵駒城家の重臣である馬堂家の嫡流で新城の旧友
     砲兵少佐であるが独立捜索剣虎兵第十一大隊の大隊長として正式に野戦昇進する。

新城直衛 独立捜索剣虎兵第十一大隊首席幕僚。大尉へ野戦昇進する。

杉谷少尉 独立捜索剣虎兵第十一大隊本部鋭兵小隊長。
     (鋭兵とは先込め式ではあるが施条銃を装備した精鋭隊の事である)

西田少尉 第一中隊長、新城の幼年学校時代の後輩

兵藤少尉 第二中隊長 闊達できさくな尖兵将校
    (騎銃を装備して剣虎兵と共に前線を動き回る軽歩兵)

漆原少尉 本部幕僚 生真面目な若手将校

米山中尉 輜重将校 本部兵站幕僚

猪口曹長 第二中隊最先任下士官 新城を幼年学校時代に鍛えたベテラン下士官

金森二等兵 本部付の少年導術兵。 

 
皇紀五百六十八年 二月十七日 午後四刻 御崎岬沖 〈皇国〉水軍巡洋艦大瀬
大瀬 艦長 坪田典文〈皇国〉水軍中佐


坪田典文水軍中佐は慌てて手摺にしがみつきながら舌打ちをした。
――酷い大時化だ。夕刻に成ってから更に酷くなっている、だが俺達は前進しなければならない、敵地となった真室に、穀倉を焼いて潜伏している部隊がいるのだ。
 ――俺は、否、水軍は彼らを助けなければならない。
 その時信号士官が坪田の肩を強く叩いた。

「――――――――!―――!」

 何かを見つけたのか一点を指して何かを言っているがこの嵐の中では坪田の耳には届かなかった。
 それでも目を凝らすと暗灰色の空をふらふらと動く何かが見えた。
 ――あれは・・・竜か?水軍の飛竜だろうか?
 暴風に翻弄されているのだろう、それこそ鉄砲水に浮かぶ木っ端の様に動いている。
「誘導灯を出せ!風に流されている!
あれでは振り落とされてもおかしくない!」
 坪田は慌てて信号士官の耳許で叫ぶ、こうでもしなければ聞こえない。
 竜も一か八かと着艦しようとしたが波に揺られ竜士は竜ごと壁に叩きつけられた。
「ッ・・・」
 竜士は呻いて起き上がろうとするが立ち上がれない。
慌てて水夫達が這い寄り、用意させた命綱で彼を繋ぐ。竜も何とか同様にする。
揺れが酷かったが彼を何とか艦橋の中、海図室に運び込んだ。

「おい!大丈夫か!」

「・・・脚が痛みますが・・・大丈夫です、艦長」 
船医の診断では重度の捻挫らしい。これでは竜に乗るのは不可能だろう。

「おい!何故この様な所にいたのだ?」
「はい笹嶋司令の厳命で・・・真室の状況を・・・風に流されて・・・」
 ――これでは竜で戻るのは不可能だ。

「真室の状況――?おい、どうなっている!」
返答次第では――戻らなくてはならないかもしれない。
 坪田は荒らしの中にいた時のような勢いで竜士に詰め寄った。


二月十九日 午後四刻 小苗橋 
独立捜索剣虎兵第十一大隊 大隊本部 大隊長 馬堂豊久


 第十一大隊は新城大尉率いる遅滞戦闘部隊と無事合流し、補給と再編成と並行して近衛の助力を得ることで築城作業を完成させつつあった。
 近衛工兵中隊を中心とした作業陣は可能な限り迅速に作業を続けており、明日の早朝、近衛達の出発までには交戦が可能な状態になるだろう。
 そして工兵達を除いた指揮官達は、明日にでも始まるかもしれない戦いの為、本部に集合させられていた。
「さて、大尉。敵の位置は?」
「はい。敵の先鋒は十八日早朝に真室の渡河を開始し、
午後三刻の時点で現在位置より十五里程の距離におります。」
 合流した新城が応える。
「成程、どちらも許容範囲内だな。寧ろ上々か。
さて、現在の状況だが、上苗橋は既に爆砕した。
そして、近衛工兵中隊の協力の下、築城作業を行っている。
此方は今日中に、遅くとも明日の午前中には完成するだろう。
そして敵は二十日の昼以降に到着する為、我々は多少の時間の余裕を得られた事になる。
そこから三日間の時か「大隊長殿!転進支援本部より伝令です!」
 当番導術兵の金森二等兵が行き成り身を起こして言った。
何事か、と視線が集まる中で二等兵は目を閉じ伝令を始める

「発・転進支援隊本部 宛・独立捜索剣虎兵第十一大隊本部
真室ノ穀倉ヲ焼却ノ成功ヲ確認スルモ
小隊救助ニ派遣セシ巡洋艦〈大瀬〉ハ負傷シタ竜士ヲ救助シ帰還シタ為、真室残留兵ノ救助ニ失敗ス。
尚、転進作業モ天候不良ノ為ニ1日ノ遅延ヲ必要トスル。
貴隊ノ武運ヲ祈ル」

「――喜ばしい知らせだ。
真室の穀倉は敵の手に落ちる前に焼かれている。
兵藤少尉達の無事は祈るしか無いがこれで迂回され、直接 鎮台主力を叩かれる恐れは無くなった。
我々は四日分の時間を稼げば良い、敵は疲労し兵站も崩壊している事が確実となった。
けして不可能ではない」
 妹尾少尉が懸念を表し言う
「ですが、距離のある北美名津は無理でも我々の後背を突く事は可能です。
大隊規模以下の騎兵でも挟撃にあったら危険です」

 ――よしよし、妹尾少尉も意見を言う程度には割り切っているな。
 豊久は内心安堵しながらこれに応える。
「有り得る。だがその場合は砲で牽すれば向こうの兵站が続かなくなる。
輜重部隊までと化させるのは骨だからな。
念の為に迂回経路として予想される側道にも壕を作った。
そこに予備を投入し砲と連携すればしのぎ切れるだろう。
幸い真室大橋にて我が軍の置土産である平射砲を六門接収し、我が大隊が保有する砲は27門、砲兵大隊並だ。
補給も転進支援本部及び実仁准将閣下の御厚意で滞りなく行き届いている」
 ――問題は導術兵達だ。
表面上は笑みを浮かべながら豊久はちらりと導術士達を見る。八人いるが、疲労の色は濃い。
 この二日間は可能な限り優先して休ませているがこれからの四日間、彼らを酷使しなければならない為、将校達の最大に不安材料となっていた。

「案ずるな。我々の戦術的な有利は多い。
第一に敵の兵站の破壊の成功。
第二に現在の状況で望みうる限り最厚の築陣の完成。
第三に導術――君達による情報伝達で戦力を隠蔽したまま連携を取れる事だ」

 休みながらも本部に詰めている導術兵達は大隊長に覚悟を決めた目で肯く事で応えた。
 将校たちも幾らかは可能性を見出し、顔色が良くなっており、士気は堅調であった――漆原以外は。虚ろな目をして腑抜けている彼を見ると新城大尉の懸念通りの結果になってしまったようであった。

「質問は無いな。――よしでは解散だ。各員配置に戻れ」 

将校達が退室すると一変して弛緩した青年少佐は脱力しきった声をあげた。
「――とんだ茶番だな」

「今更だろう」
不意に背後から声がした。
「・・・脅かすな。ド阿呆
何だ?何時だったか根性悪呼ばわりした事でも根に持ってるのか?」
 馬堂少佐が視線を向けた先には新城大尉が居た。
「いや、千早も居るのに気がつかない貴様が重症だと思うが」
 新城大尉の言葉に馬堂は苦い笑みを浮かべた。
「皆を配置につけた筈だがね」

「自分は此処が配置です。大隊長殿」
恭しく敬礼する新城に豊久は乾いた笑い声をあげて肩をすくめて見せた。
「・・・忘れていたよ」
 新城は別行動以来、二日ぶりの本部配置だった。
隊員や砲の配置に築城作業、馬防柵の設置に補給の配分とやるべきことは山のようにあった。

「あー、それで、何か説明に穴があったか?」

「いえ、今の時点では十分です。
それより、漆原少尉はどうするおつもりですか?」
 真剣な目で見つめる新城に馬堂少佐も大隊長の口調で応じる。
「・・・・・・お前の警告通りになったな。
あの様子では使い物にならない。予備に置くつもりだ」

「はい、それならば、
早い内に予備を一度投入した方が宜しいかと」
 新城の言に豊久は眉をひそめた。
「何故だ?予備隊は最後の盾、守勢に徹するのなら慎重に運用しなくてはならん。
消耗を抑制しなければ時間は稼げないぞ?」
 ――何故か消耗抑制という言葉から妙に不吉な香りがしたが無視する。

「敵の動きを混乱させます。此方の兵力を過小評価するか、過大評価するか。
どちらでも損はありません」

「帝国側が過大評価するなら慎重になり行動が鈍る。
過小評価するなら攻め急ぐ敵を火線集中地点に引きずり込み結果は同じと?」
 この防御陣地の築城に際して練った工夫の一つである、壕や砲に角度をつけある程度侵入したら一掃させる事が可能だ。

「だが、賭けになるぞ?
最悪、過大評価されたとしても、仮に敵の騎兵大隊に回り込まれたら防ぎきれるか自信はない」
 先ほどは自信満々に弁舌をふるっていたが、実際はさほどの自信はない。相応の理はあるが、結局は初撃をしのげるかどうかですべてが決まる。

「だからこそ、です。
戦力を過大評価するなら迂回の準備に時間を掛けます。
真室の穀倉を破壊した今なら回り込む時間を考えても十分に採算がとれます」

 ――成程ね。過小評価されても損害を増やせば以下同様、と
 かつては軍中枢に身を置いた秀才らしく素早く構想を読み取った。 
「迂回の準備はどれ程かかると予想する?」
 経験豊富な元兵站幕僚の計算ならば信用出来るだろうと問う。

「もし大隊規模なら三日以上はかかるでしょう。
何しろ向こうの兵站を崩壊させています。
それに予備隊の投入は漆原の為でもあります。それになにより――」
 ――戦場で迷いを抱くものは血に酔わせるか戦死させてやるべきです。
 そう言って新城は――笑った。
 ――厭な笑顔だ。こいつの、この顔は、嫌いだ。



二月二十日 午前十三刻 独立捜索剣虎兵第十一大隊防御陣地 丘陵頂点付近
独立捜索剣虎兵第十一大隊 首席幕僚 新城直衛大尉 


 晴れわたった平野には閲兵されるかの様に整然と大軍が向かって来る。
 近衛工兵達も今朝、北美名津へと発つ際に誰もが彼らに内地の者に宛てた手紙を渡していた。
 ――あの大軍が相手だ。何人生きて帰れるのやら。
「おうおう、ゾロゾロと、戦いは数だよ。兄貴ってヤツか?」
 声をあげた大隊長は冷や汗を流しながらも無理矢理、唇を捻じ曲げている。
 ――随分と指揮官らしくなったものだ。

「圧倒的ですな。敵軍は。一度でいいからあんな立派な軍隊を率いてみたいものです」
――我が軍だろじゃないのな。と大隊長が毒づく。

「敵は八千はいますな。糧秣は不足しておらんのでしょうか」
猪口曹長が思わず疑問の声をあげる。

「「不足しているとも、勿論」」
偶然か、豊久と同時に声をあげてしまった。

気まずそうに手をひらひらと振りながら豊久が言葉を続ける。
「まぁ・・・後方は凄まじい事になっているだろうねぇ」

「追撃戦の通例通り、此処で消耗したら後がないでしょう」
 ――後方の鎮台に真っ当な評価(過大評価だが)をしているから無理をしたのだろう。
 ――ならば此処で消耗させる。

「それで、どうなさるのですか?」
 猪口が確認の言葉を出す

「勿論、此処で粘るさ。此処は防御戦には理想的な土地だ。
正面から馬鹿正直に戦争するなら二刻も保たないが。
此処ならば上手く戦れば何とかなるさ」
 馬堂少佐が答える。

「橋はどうします?いつでも爆破出来るようにしておりますが。」

「――そうだな。これ以上近寄られる前に爆破するか。」
 工兵が作業していた場所へ目を向けようとする。

「いえ、まだです。向こうが渡らせる最中まで待ちましょう。」
 ――まだ早いぞ、豊久。

「危険じゃないか?」
「ですがあまり早く吹き飛ばすと他の手を考えられて面倒になります。」
 馬堂少佐が目蓋を揉みながら考え込む。
「だがな、それ程露骨な罠にかかるか?
敵だって馬鹿ではない、此方が時間稼ぎに徹している事だって理解している筈だ。
ならば確実に行える内に爆破させた方が安全だろう」
 反論は豊久らしい無用な賭けを避ける物だった。
 ――少なくとも理性的ではある事に少し安堵した。
「勿論、だが向こうも余裕が無いのです。
優先的な補給は受けていても物資・糧秣の枯渇はこれから更に酷くなります。
物資は奥津・・・北端の港に届いているでしょうが此処に届く迄には相当時間が掛かるでしょう」

「此処で持久戦になればそれまでに戦闘不可能になると」

「その通りです。だからこそ敵は此方が失敗する可能性に賭けて罠だと理解している橋を渡らせるでしょう」

「成程ね。 橋のあるなしでは大違いだ、目の前で橋が落ちれば士気も下がる。部隊を巻き込めば尚更だ、この陣地で凌げるな。
――不発だったら砲兵に手間取らせる事になりそうだが」
 そう云いながらも逡巡し、新城の提案に頷いた。

 ――豊久は指揮官としては有能だが堅実さを重んじ過ぎる所がある。
 ――優位に立ってから叩き潰す その定石に忠実なのだ。
あくまで程度の問題だ。経験が解決するだろう。

「我々も本部に戻るか。
この苗川、見掛け以上に深く、此岸は遠いぞ・・・」
大隊長は悪辣な笑みを浮かべながら身を翻した。


皇紀五百六十八年二月二十日 午後一刻
シュヴェーリン,ユーリィ・ティラノヴィッチ・ド・アンヴァラール少将は
指揮下の先遣隊約8400名に苗川渡河を命じた。

 
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