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空を見上げる白き蓮 別事象『幽州√』

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第二話 彼の思惑は彼女達の為に

 黒と白。男と女。練兵場にて真逆の二人が踊る。立会人として見ていた牡丹の目を釘付けにして。
 風を貫いて繰り出される槍の速度は、殺気を纏う戦場でのモノ。賊を幾人も突き殺し、貫かれた事さえ気づかせぬその一撃を……男は避けるでなくいなしていた。
 いや、いなしているとも違った。突いた後に必ず起こる引く動作に合わせて軽く弾き、そっと違和感を与える事によって最速の連撃をさせないようにしていた。
 言うなれば後の先の取り合いである。
 自分の動きにさえ合わせてくる秋斗の武を見て、次第に獰猛な笑みに変わっていく星。対して、秋斗は息を荒げるほど集中力を削っていた。
 ピタリと、二人は一定の間合いで動きを止める。
 星は柔らかく槍に両の手を添えて中段に構えたまま、秋斗は肩を弾ませながら目を細めて剣を片手持ちで水平に構えたまま。

「驚きましたぞ。よもや私の槍を躱すでなくずらすとは」
「こっちは、当たらんように、死に物狂いだ……お前さん、速すぎだろ」
「一撃も掠らせなかった方がよく言う。まあ、功に転じず守のままではそうなるでしょうな」

 星は言いながら思考に潜る。彼は自分の攻めが苛烈過ぎて攻められなかった……などとは考えていない。実力を確かめられるようにと徐々に速さを上げて行ったのだが、初めから秋斗は一度も攻撃をしていなかった。
 もっと彼の実力を見てみたい。
 ふいと湧いたのはそんな衝動。一つ間違えば突かれるやもしれないというのに目付けをしっかりとして、死線の中に生を求めようとする戦い方は本来の戦い方では無いと確信していた。それに、女だからと刃を向けない……そんな侮辱をする彼で無いのもここ数日で理解している。
 だから……星は彼に向かって穏やかに笑った。

「遠慮は要りませぬ。守るだけがあなたのしたい事、というわけでは無いのでしょう? 本気の攻めも見せてくだされ」

 静かに、その言葉は秋斗の心を燃やすで無く冷やしていく。
 攻めなければならないのは分かっていた。歴史上の武将相手に、守るだけだと負けるは必至なのも理解していた。
 しかし秋斗はただ、星を観察してから攻めようと決めていたのだ。不意打ちで勝負を決めるなど面白くない……そんな星の気質から、相手と自分の実力を正確に把握する為に。
 試合と言えども何を為したいかを忘れるな。それが星の言いたい事だと受け止め、秋斗は構えたままで三回、大きく深呼吸を行い、息を整えた。

「……ありがと、星。じゃあバカ、俺か星が危なくなったら止めてくれ。気ぃ抜くなよ? 星も、な」
「え? どういう事で――――」

 急に話しかけられた牡丹は、返す途中で言葉を失った。
 首を秋斗の方に回した一瞬の間に、彼が視界の中でブレたのだ。動く前は何かしらの予備動作があるはずなのに、一分の起こりも見せずに秋斗は移動していた。
 驚愕に支配されたのは牡丹だけでは無い。目の前で警戒していたはずの星でさえ、彼の急な肉薄に動くのが遅れた。
 構えた槍のギリギリ横を滑るように来る秋斗に攻撃を加えるには引くか薙ぐしかないのだが、彼女の選択は……功でも守でも無く、後退であった。
 流れる身体の動きで置き去りにされ、まさかりの如く担がれた長剣から大上段の大振り。後ろに飛び退きつつ支点を横にずらし、切っ先をどうにか回避した星は槍を持つ手にギシリと力が籠った。
 ただ、彼の攻撃はそれで終わりでは無く、星は通常の理合い思考を投げ捨て、本能的に着地同時で槍を脚の横に思いきり突き立てた。
 確認せずとも聞こえた甲高い金属音に寒気が起こった。無意識下の判断が無ければ足首から下は間違いなく飛んでいたのではないか、と。

――しかし彼にしては余りに力が……そういうことか。

 カチリと星の中で何かが切り替わった。意識が戦場のモノへと変化していくも、ギリギリのラインで踏みとどまらせた。脳髄は冷や水を浴びせられたように凍え、自身を最高の状態へと促していく。
 次いで、秋斗が行うは剣を手放しての下段回し蹴り。星は槍を引き抜きながら蝶のように舞い、彼の背へと最速の攻撃を突き出した。
 布の裂かれる音がした。伝わる手ごたえは薄皮一枚。

――やはりこの程度は避けて来るか。

 星は宙で槍を引きながら思わず舌打ちを一つ。
 着地し、構えて見据えると……剣を拾った秋斗がゆらりと見据え返してきた。ほんの少し、楽しげに笑って。
 自然と頬が緩む。たった一度の交差でどれだけ密な時間を過ごせたか。湧き上がる高揚感に、やはり自分は武人なのだと、星は改めて実感していた。

――次はどうしてくれようか。こちらから、いや、それとも後の先で合わせて突くか……

 如何にして上回るか、それだけが星の思考を支配していく。向かい合って動かないまま、相手の呼吸も、筋肉の動きも、何一つ見逃すまいと意識を尖らせていった。しかし、

「バカーっ!」

 突然大きな声が練兵場に響く。
 牡丹の凛とした声が耳に入り、秋斗と星は……二人共が苦笑を漏らす。

「やれやれ、ここからがいい所だというのに」
「あー……刃を潰してない武器でやる戦いじゃあ無かったんだろうよ」

 ゆっくりと武器を降ろした二人は、怒気が膨れ上がっている方を見やる。そこには口を引き結んで睨みつけている牡丹が無い胸を張って仁王立ちしていた。

「誰が殺し合いをしていいって言いましたか! バカが攻めるまでの攻撃はまだいいです! でもさっきのは両方ダメです! 特に……このバカ! 星の足首をぶった切るつもりだったんですか!?」
「……ごめんなさい」
「秋斗殿が謝ることではござらん。本気で来いと言ったのは私なのだ。殺すつもりくらいでないとお互い本当の実力等出せんよ。まあ、秋斗殿は私の実力を信頼して繰り出した攻撃だったようだが」
「あれでですか!?」

 小さく苦笑した星は牡丹に言葉を返さず。そのまま秋斗を真剣な目で見やった。

「足首への一撃。刃に当たる前に、いや、止められるように最初から力を抜いておりましたな?」
「試合だからな。星も空中からの一撃は急所をずらしてただろ?」
「そ、そうなんですか?」

 殺し合いに見えていた戦いが試合の域だと言われて、牡丹は目を真ん丸にして驚く。

「秋斗殿が斬るつもりで力を込めていたら武器ごと吹き飛んでいたさ」
「星が殺すつもりで急所を突きに来てたら肩なり腹なり貫かれてただろうよ。ってかやっぱりばれてたか」
「ふふ、目付けが出来るのはあなただけでは無いのは当然のこと。それに信頼してくださればこそ、私も全力で試合を行ったまで。どうせ初めにいなしていたのも、私の実力を正確に把握するためだったのでしょう?」
「ああ、自分が星相手にどれくらい戦えるかも知りたくてさ。武人同士の試合の感じも掴めなかったし……試してたように見えたなら、ごめん」
「いえいえ、私も徐々に力を上げておりましたゆえ、おあいこという事で」

 楽しそうに笑い合う二人を見て、牡丹の心にもやもやが募る。

――それなら……二人を心配した私がバカみたいじゃないですか。

 自分の心配など全くの無駄だったと分かり、むぅーっと口を尖らせてツンと二人にそっぽを向いた。 

「どうした?」
「フン! もう知りません! 心行くまで二人で殺し合っていればいいんです!」

 肩をいからせて、牡丹は練兵場の出口へと進んで行く。

「……今追いかけても聞いてはくれないでしょう」
「ああ、また後で謝らなきゃならんな」

 二人はその背を追う事はせず、かといってまた試合を始めるわけにもいかず、見送るのみであった。
 出て行ったのを確認してから、星は思い出したように秋斗に話しかけた。

「そういえば今日は牡丹が不機嫌になる日なのを忘れていた」
「なんで今日限定なんだ?」
「あなたはまだ会った事がありませんでしたな。我らとは別の客分にして義勇軍の方々が賊討伐から帰還予定なのですよ」
「へぇ……名だけは聞いてるけど、大将は劉備……さん、だっけ?」
「左様。白蓮殿の友にしてこの街の民にも大層人気の高い方だ。あなたも一度腰を据えて話してみるがよろしいかと」
「うーん。それはいいんだがなんで関靖が不機嫌になるのか分からん」

 まだ出会った事の無い英雄に会ってみたいと思いながらも、それがどう繋がるのか秋斗には分からず。
 苦笑を一つ零した星は、自分の会った事のある劉備を思い出しながら首を振った。

「生理的に受け付けない……ただそれだけが牡丹の嫌う理由らしい」
「……俺にもそんな感じだけど」
「ふふ、秋斗殿がいじわるをするからでしょうに。それでもこうして付き合ってくれているあたり、嫌ってはいないと思われます」
「そういうもんかねぇ。ま、俺も直接見たら分かるだろ」

 なるようになるさー、と気の抜けた秋斗の一言で二人は歩き出した。

――どうせまた女の子なんだろう。ここから先の苦労を思えばなんか手助けしてやれたらいいけど……。

 三国志の最重要人物に思考を馳せ、その結末がどうなるかも思い出しながら秋斗は星にまたなと手を上げ城へと歩みを進めて行った。


 †††




 街の警邏は無駄が多すぎる。白蓮の所に来てまず初めに考えたのがそれだった。
 客将が歩けばその情報が行き渡り、誰かが悪さをする箇所が他で増える事が多かったのだ。確かに歩いている間は諍いや悪事を止められるのだが、自分が居ない場所にすぐ手が回らないのがもどかしくて仕方ない。
 思い至れば早く、すぐさま警察のシステムを参考にして草案を作り、関靖に見せると、

「……お前、城でしばらく机に向かってください」

 そんな一言と共に採用され、俺にこの件を任せられたのには驚いた。
 ただ……他の案件も次々と押し付けられ、晴れて白蓮と関靖のようなブラック社員仲間になったのは誤算だった。唯一の救いは、客将なので押し付けられる仕事が簡単なモノしかなかった事くらい。
 現場の判断が無いとどうにも動かないので、警備の件は星に見回って貰ってゆっくりと案が固まってきている。
 白蓮の所に来て二週間程たった。実は仕事が忙しすぎて白蓮とは昼食と夕食くらいでしか話していない。
 メシを食べながら教えて貰ったのはこの街や付近の村々の現状など多々あるが、やはりというべきかこの時代は荒れすぎて恐ろしい。
 野盗の集落がどこそこにあるとか、賊が廃城を占拠してるとか……白蓮が政務に縛られて直ぐさま討伐に行けないのも問題である。
 それを解決する為に雇ったのが劉備義勇軍らしい。
 劉備は各地を転々と人を救うために歩いている内に関羽、張飛と出会い、一つの村を賊から救った事によって義勇軍に発展し、扱いやすいからと白蓮が義勇軍のままで雇った……というのが現状の経緯とのこと。
 気を使いすぎる白蓮の事だから、俺や星みたいに劉備がいつでも出て行けるようにと考えてだろう。

「あいつは本当に優しいけど甘い……って言っちゃ悪いな。俺もその恩恵を受けてるわけだし」

 廊下でぼーっと歩きながら一人ごちる。
 今、俺は劉備と話をする為に、彼女達を呼び出した東屋に向かっていた。
 かなり遠い所での賊討伐から劉備が帰ってきた次の日、夕食時に劉備と話してみると言うと、関靖が立ち会うと言ったのだ。仕事で忙しいのに時間を作ってくれる辺り、何か考えがあっての事なんだろう。
 耳を澄ませればきゃいきゃいと女の声が三色、遠くから聞こえ始めた。若干ハスキーな張りのある声、ほんわかとした柔らかい声、元気いっぱいの愛らしい声。どれが劉備か、なんて予想もつかない。
 さらに歩くこと幾分、東屋まで後少しの所で関靖がじとっと睨んでいた。

「まだ時間には早いです。そんなに劉備が気になるんですか」
「いや、時間前行動は基本だろ。っていうかお前、仕事は?」
「今日の分を昨日少しだけやってたんです。お前を一人で会わせると碌な事にならなさそうでしたから」

 相も変わらず俺に厳しい。真名の交換はしていないと言っても、名前でさえ呼んで貰えないのは心に来るものがある。先に呼ぶまで俺は呼んでやらんけど。
 それにしても碌な事にならんとは……どんな事を想像してるんだ。

「ああ、勘違いしないでください。お前が何かするって意味じゃないです。まあ、会ってみたら分かりますよ」

 言われて疑問だらけになった。曖昧だった劉備のイメージがさらにぼやける。
 そんな俺には構わずに、関靖はさっさと一人で向かっていった。
 慌てて追随し、東屋が見えると……まず目に入ったのはキラキラと流れる黒髪の女性。正直一発で分かった。

――あれが関羽か。美しい髭が髪になってるって……安直過ぎだろ。

 そして赤い髪の小さな……キックが必殺技の改造人間のようなマフラーを巻いた愛くるしい幼女と、桃色の髪の高校生くらいの子。さすがにこんな可愛いらしい幼女が劉備なんて事は無さそうだから、桃色の方が劉備に違いない。
 俺達が目に入ったのか三人は立ち上がりこちらを見据えていた。
 到着同時に何故か関靖が落としたため息を合図に、俺は小さく会釈をして自己紹介を始める。

「お忙しい所をお呼び出ししてすみません。俺は徐晃、徐公明と申します。お時間を取って下さり、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ話してみたいって思って下さってありがとうございます。私が義勇軍大将の劉玄徳です」
「関雲長と言います」
「張翼徳なのだ!」

 案の条、人物予想は的中だったようだ。

――そうかー、この世界の張飛は“のだっ子”かー、可愛いなぁ。なでなでして……っていかん、幼女にばかり気を取られるな。

 一瞬で包まれた緩い空気は、何処か穏やかな日向の公園に居るような気にさせてくれて、頬が綻んでしまった。
 ここで気付いた。東屋には椅子が足りない。四人分しかないから誰かが立たないといけない。

――まあ、女の子達に立たせるわけにゃいかんよな。

 と、思い口を開こうとすると、関靖に先を越された。

「今日の私はオマケなので立ったままでいいですから、気ぃ使うんじゃないですよ、バカと桃色巨乳」
「ええっ!? 私が立てばいいだけ――――」
「関羽」

 どうやら劉備も同じ事を考えていたらしく、関靖の一言で口を噤む。
 関羽は盛大なため息を吐いた後、困った顔で劉備の方を向いた。

「桃香様……客人との会合だというのにあなたが立ってどうするのですか……」
「にゃはは! お姉ちゃんは相変わらずなのだ」
「関羽も気を使わないでいいです」
「いえ、私は主の後ろで構いません。お気づかい無く」

 律儀な人だ。生真面目な雰囲気から、何処かその方がいいような気にさせられる。
 また関靖がため息を一つ。何も言わずに椅子を、俺が座るであろう席の横に引き、ストンと腰を下ろした。それを見て関羽が劉備の後ろに立ち、劉備と張飛が座る。俺は劉備に正対して座った。
 なんで関靖が苛立っているのか全く分からない。それに生理的に受け付けないってのがなんなのかも、まだ分からない。
 とりあえず話を始めようか。

「劉備殿、でよろしいですか?」
「は、はい。構いません」
「では劉備殿。まずは先の賊討伐、お疲れ様です。大勝だったそうで」
「ありがとうございます。皆が力を合わせてくれたから被害も少なく抑えられました。特に愛紗ちゃんと鈴々ちゃん……あ、二人の事なんですけど凄かったんですよー? 兵隊さん達を手足のように指揮して悪い人達をあっと言う間に――――」
「と、桃香様。我らの話はいいので落ち着いてください」
「ご、ごめんなさい徐晃さん。そんな感じでした」

 うん。なんでこんな普通そうな子が劉備なんだ。関羽とか張飛とは違って隙だらけだから武力も無さそうだし、前線での指揮官は無理だろう。

「いえいえ、いいですよ。仲がいいというのはそれだけ部下と信頼関係が強い証拠ですから」
「へ? 部下?」

 間の抜けた声だった。俺は何か間違った事を言ったのか?
 関靖に目を向けると眉間に皺を寄せて目を瞑っていた。何故、劉備がこんな返答をしたか分かってるようだ。

「義勇軍の大将とその部下二人でしょう?」
「ふふ、違いますよー。愛紗ちゃんと鈴々ちゃんは一緒に人を助ける為に戦ってくれる仲間です」
「仲間であっても私はあなたの臣です」
「もう、そういう事じゃなくて……うーん、どう言ったらいいのかなー……」

 ふんわりと為されていく会話はさらに空気を緩める。ニコニコと楽しそうに、頭に手をやって悩む劉備を見ている張飛。関羽でさえ、あなたという人は、というように首を振って受け入れていた。
 上の人間が分け隔てなく接し、その在り方で人を惹きつけて行く。兵にも、民にもこうやって笑顔を振りまいているのか。
 これがこの世界の劉備か。なんとも……

――足りない。

 気付くと関靖が俺の事をじっと見ていた。推し量ろうと、心の内を見透かそうというように。
 口の端を片方だけ上げて見せると、ほんの少し驚いたようだ。
 この時代との価値観の違いで……俺は劉備の雰囲気には流されないし、心打たれる事も別に無い。こういった人間がどれだけ希少かも分かってるが、いい所も悪い所も知ってるのだから。
 気にせず視線を前に向けて、次の質問をぶつける事にした。

「では……そうですね。あなたが目指すモノをお聞かせ頂いてもよろしいですか?」

 ハッと顔を上げた劉備の雰囲気が変わる。緩やかなプレッシャー、多分これが覇気ってもんなんだろう。胸に抱く想いの強さから、何かを為さんとする王だけが持てるモノ。白蓮が幽州を一緒に守って欲しいと言った時もこんな感じだったか。

「私は誰もが笑って暮らせる争いの無い優しい国にしたくて、それで義勇軍を立ち上げました。犠牲になる兵隊さん達の命を背負ってでも、人が理不尽な犠牲にならない暖かい国を作りたいんです」

 関靖の雰囲気がほんの少し冷たく変わった。同時に、何故生理的に受け付けないのか分かってしまった。
 劉備は王だけど王じゃない。この子はまだまだ発展途上。
 辿り着く先は民側に立つ希望の標。覇道に対する最高の対抗者。人を和で繋いで行く弱者の為の王。そして……天下を統一するなら矛盾を背負うしかない哀しい大徳。
 関靖が生理的に受け付けないのは、守る為では無く、後々上に上がっていくのに矛盾を背負う事を知らずに理想を追いかけているからか。迷わず追いかけ続けるなら意味があるんだが……白蓮をずっと見てきた関靖が拒絶するのも仕方ない。
 ちょっと質問を変えてみてもいいが、白蓮との今後もある。出来る限り仲を悪くしたくない。
 関靖はきっと、民の心が揺さぶられつくす前に劉備達を追い出したいんだろうけど、もっと別の使い方をした方がいいな。乱世は長いし、此処は徐々に友好を深めて、白蓮の手助けが多くなるようにしよう。

「へぇ……いいですね。そのような世界になれば、きっと皆は平穏に生きられるかと」
「うん! 皆が手を繋げるようになれば、きっと楽しい世の中に出来ますよ! 白蓮ちゃんみたいに平和の為に協力してくれる優しい人だっているんですから!」

 ほわーっとした空気を放った劉備。最近仕事ばかりで白蓮達の苦労が痛い程分かったのもあってか、曖昧でおぼろげな理想を目指す純粋な彼女を見て、俺の胸に少し黒い感情が蠢いた。

――前言撤回。なんで仲良くなるまで待たないといけないんだ。関靖も白蓮もそうしてる間に倒れたらどうすんだよ。それに、白蓮とゆっくり話も出来ない内に乱世が始まるなんざごめんだ。とりあえず、身近な人がどれだけ苦労してるか知って貰おうか。

「クク、では聞きましょう。あなたが義勇軍として白蓮の所に来て、どんな――――」
「このバカ! それは言わないでも――――」
「バカはお前だ。白蓮とお前の寝る時間の方が大事だ。どうせ昨日も無茶したんだろうが」

 言うと関靖は言葉に詰まって俯いてしまった。白蓮の為にと無茶ばっかりしてるのに、ばれないとでも思ってたのか。
 劉備のようなタイプの人間は、事実を知った方がより強固に縛り付ける事が出来る。扱い方さえ間違わなければ、湧き出てくる利は計り知れない。
 人を扱うってのは言い方が悪いだろうけど、上下関係がある社会に於いては当たり前の事だ。白蓮と関靖の為に、ギリギリまで働いて貰おうか。
 しかし……関靖から言った方がいいかもしれんな。

「どうしたん……ですか?」

 不安そうに俺達を見ていた劉備達に、自分でも軽薄だと思うような笑いを返して、後に関靖を見据えた。

「いや、ちょっと真実の話をね。お前な、白蓮の為を想うなら言うべきだ。等価交換も基本だろ」
「くっ……白蓮様の心労の方が増えますよ」
「心労だけじゃなくてこのままじゃどっちもになるのは時間の問題だろうが。俺に寄越した簡易の仕事だけでもあれだけあるって相当だぞ。こんな状態で烏丸が攻めてきたらどうすんだよ」
「ぐぬぬ……つい使えると思ってお前に仕事を割り振った私の失態でした……分かりましたよ! その代わり、問題が発生したらその分はお前にも回しますからね! 覚悟してください!」
「構わんさ。俺の仕事が増えても、お前さんらの仕事が減るならな」

 この腹黒が、というように恨めしげに見られるも、いつも通りにやりと笑ってやると、関靖は舌打ちを一つして劉備達の方を向いた。
 共犯にしてしまったのは悪いが、白蓮の正式な部下のお前が言っておいた方がいい。白蓮のフォローは任せろ。少なくとも、お前が思ってるよりは机仕事になれてるからさ。

「一月前から言わなかった事を教えてあげます。劉備義勇軍が来てから、白蓮様の仕事量が増えたんですよ。それも膨大な量に」
「そんな! 白蓮ちゃんは懸念事項が減ったって言ってたのに」
「減ったモノに対して増えた分の方が多いって言ってんですよ桃色巨乳! 義勇軍の糧食調達も武器配給もどれだけ負担になってると思ってんですか! 外敵対策の練兵をしないとダメな兵も抱えているというのに、日に日に……帰ってくる度にも増えて行く義勇軍の管理だって、白蓮様がわざと手伝わせている星が居てやっとでしょう!? それに政務で白蓮様が出れないので幽州の民の評判はめちゃくちゃお前に傾くんですよ!」

 絶句。愕然とした表情からは、きっと白蓮との等価交換が成り立っていたと勘違いしてたんだろう。
 確かに人を助けたいっていう想いは大切だが、義勇『軍』を率いる上ではもうちょっと視野を広げて貰わないと困る。一番身近にいるはずの白蓮を苦しめていたんだから。

「関羽殿は薄々気づいていたのでは? 星が少し手伝っていると言っても、義勇兵の管理は大変でしょう?」
「劉備たちには既にギリギリの譲歩をしてますよ。劉備義勇軍では基本的に交渉の役目は関羽が担ってますから。役割分担適材適所、それぞれが出来る事をすすんでするってのが、劉備達のやり方ですからね」

 その通りだというように苦い顔をした関羽を見て驚いた。義勇軍を本当の意味で動かしているのが関羽だとは思わなくて。
 出来ない事を出来るようにしないと意味が無いだろうに。特に大将の成長は早ければ早い方がいいんだから。

「劉備殿は?」
「この街にいる間は集まった義勇兵を纏めさせて改築工事、筵作りなどの出来そうな仕事の指揮をさせています。劉備自体、筵作りの技術がそこいらの職人よりも凄いので……そこは重宝してますけど」

 関靖らしい使い方だ。タダで養うつもりは無いから少しでも働かせる、といった所か。しかしどこか違和感があった。

――違う。指揮を取らせたのは白蓮の気遣いか。集まった兵と絆を繋がせ、指揮するモノとしても成長させる為に……義勇軍としてそのまま雇ったって事は、この方がしっくり来る。

「張飛殿は?」
「義勇軍との合同訓練と警邏くらいですね」

 無意識の内にため息が出た。劉備達の扱いにしても、やはり白蓮は優しすぎる。
 睨みつける関靖に対して、劉備が震えながら関羽に尋ねた。

「愛紗ちゃん……そんなに、なの?」
「……はい。公孫賛様からの支援はギリギリです。増えすぎた義勇軍は公孫賛様の兵に志願もしないので、特に食の問題は増えるばかり」
「じゃあどうすればいいのだ?」
「義勇兵の門戸は既に閉じているが、噂が独り歩きして志願者が後を絶たないので追い返し続けるのも……あと一月もせずに不信がカタチとなって見えるようになる。それだけ……」

 劉備の影響が白蓮を越え始めてる……とは続けなかった関羽。
 大陸が弱ってるのもあるが、劉備たちが旅をして名を広めてきたのも原因の一つか。友達という立場以上に、現状の民を救っているから太守としても表立っては文句も付けられない。これは早急に手を打たないと大変な事になる。
 関靖をチラと見ると、当然何か策があるんだろうと……無かったら殺すというように殺気を込めて睨んできた。
 ここで義勇軍を解散させる事は容易い。無理矢理公孫軍に組み込む事も出来る。しかしそれをしてしまうと白蓮に対して不信が膨れ上がり、友の絆を大切にしない不義の人、なんて事になってしまう。

――まあ聞いてろ。お前達が気付いてない第三の問題もある。劉備も関羽も張飛も、皆使って改善の方に向かわせればいい。

 内心で呟いてすっと目を細めると、関靖はツンとそっぽを向いてしまった。一応期待はしてくれるらしい。

「あー、劉備殿。一応同じ客将の立場だから上も下も無いし、こっからは敬語止めるけど許してくれるかな?」
「は、はい。全然構いません。っていうよりそっちの方が私も嬉しいです。さすがに年上の男の人から敬語で話されるのは……むず痒かったですから」

 うん。相変わらず俺の敬語はダメダメらしい。関羽に少しジト目で見られたけど放っておこう。歴史上の偉人だろうと、今は俺と同じ客将である事に変わりない。

「それと……ごめんなさい。白蓮ちゃんがそんなに無理してるなんて知ろうともしないで」

 素直に聞いてくれる劉備はやはり優しい子のようだ。劉備についてはこれから見極めていくとして、とにかく打開策を提示しておこうか。

「俺には別に謝らないでいいんだが……後で白蓮と話してみたらいいよ。民を救いたいのはいいけどとりあえず白蓮を救ってやってくれ。その為に……練兵とは別に、義勇軍の半分程を特殊な仕事に割り振らせて貰うけど、いいか?」
「特殊な仕事?」
「あ! お前……あの案件に組み込むつもりですね?」

 関靖は気付いたようで、その手があったかとポンと手を叩く。
 関羽も張飛も、これなら交互に練兵をしつつ適切な仕事にありつけるし、民の為にもなるから文句も出ないだろう。

「その通りだ。今、俺と関靖が進めている街の警備案件なんだがな、人手が全く足りないんだ。給金という面ではまだまだ薄くなるが、義勇軍をそのまま使えば食事と住む所くらいは保障出来る。駐屯所の設営から始めて、警邏、民からの相談事の受付け、道案内等々、様々な仕事を劉備殿の持つ義勇兵にさせたい。関羽殿と張飛殿はそのまとめを入れ替わりで行い、三日置きに練兵と警備を義勇軍の半分ずつで交互にして貰う。休日の割り振りは任せる」

 そのまま警備兵として慣れて、最後には正式に採用される事が最善。人は安全な方を選ぶ傾向が強い。戦場で死ぬ事を考えると、こっちの方を選ぶ奴が増えるだろ。それに誰かを守る仕事が出来るのだから、人を救いたいからと集まった義勇兵にもすんなりと受け入れられるだろう。仕事の無かった奴等が多い義勇兵なら尚更。
 兵見習いとして練兵を続けるよりも、街の警備隊という明確な目的を与えてやった方が気も引き締まる。
 まあ、警備隊になる前に間違いを起こさないように一度地獄を見て貰うが。その程度で逃げ出す奴は故郷に帰って貰えば手間が省ける。

「で、だ。劉備殿は城に籠って貰うってのはどうかな?」
「城に籠るとは?」

 訝しげに聞き返して来る関羽。張飛も可愛らしく首を傾げていた。
 対して関靖は、絶対に反対だというようにぶんぶんと首を振る。お前の好き嫌いなんざ知るか。自分の責任は自分で取らせろ。どれだけ時間が掛かっても、白蓮と劉備の関係を難しくしてもだ。そして白蓮は……きっと劣等感を持ってるから、乗り越えて欲しい。

「白蓮の仕事を横で見て太守のなんたるかを知るって感じだ。国を治める事がどれだけ大変かを肌で感じて、自分が義勇軍を立てた事でどれだけの影響が出て、何が必要で何が不必要かを自分自身で見極め、その上で出来る事をやればいい」
「劉備が白蓮様の所に入り浸るなら部下の反発が出ますけど、どうするんですか?」
「反発する前にお前と白蓮の仕事を多く押し付けろ。見てきたけど、お前と白蓮は細かい事まで自分達で解決しようとし過ぎだ。この程度の問題も決めかねるようなら降格、とでも言っておけば必死でするだろ。部下の誰が有能か無能かを隅々まで判別するいい機会にもなる。義勇兵に働き手を取られた村々から不満が出るのも時間の問題になってくるから、この問題は本腰を入れて解決しないとやばい事になるんだよ」
「……ふむ、部下達に通常の仕事をさせている間に義勇軍問題に取り組む、というわけですか。確かにそれなら――――」

 ぶつぶつと考え込み始めた関靖を置いて、何故か驚いている劉備を見やる。

「劉備殿は白蓮と同じ私塾に通っていたんだろ?」
「はい。成績は……白蓮ちゃんの方が良かったですけど」
「なら出来る限りでいいから白蓮の仕事を手伝ってやってくれ。分からない事は調べ、考え、最後に白蓮に聞いて解決すればいい。俺も手が空いてたら手伝うし……どうかな?」
「……私が迷惑を掛けて、白蓮ちゃんに無理をさせてたんですから……なんでもします!」

 権限的に、白蓮の仕事のほんの一部しか出来ないけど、とは言わない。
 関羽も劉備の今後の成長に繋がると見て賛成の様子。
 白蓮を近くで見て、白蓮を支えたいと思ってくれたらそれだけで成功だ。劉備、関羽、張飛がこの時分で白蓮の配下に加われば面白い事になるだろう。後に劉備が離れるとしても友好関係から盟を結んで置いて、今後の情勢に多大な影響が齎せるわけだし、現在の白蓮の負担も減るわけだからいい方向にしか転ばない。
 問題は俺の仕事がかなーり増える事、か。まあ……気合でどうにかしよう。せめて頭のキレる政治屋が居ればしっかりと両者の安定を図れるんだが、ないモノねだりは無駄な思考だ。星は嫌だろうけど、白蓮の為に一緒に手伝って貰おう。後は関靖と一緒に白蓮を説得するだけ。
 とりあえず思考を打ち切り、義勇軍がどうするかの案も決まったからと関靖に話を向ける。

「ってな感じになったが、どうだ? 俺が劉備義勇軍との繋ぎ役になればある程度の自由も効くし、お前にとっても動かしやすいと思うけど?」
「美しく気高い白蓮様の為に白蓮様の偉大な思いやりを蔑ろにする私はどうしたらいいんでしょうああもうダメです白蓮様成分が足りなくてこいつの思惑に乗ってしまいました今日の朝は昨日遅かったせいで白蓮様の掛け布をクンカクンカしてないですからそれのせいですきっとそうです白蓮様の美しい気遣いを穢してしまった私はもう馬に踏まれて潰れてしまえばいいんですそれとも脳髄を洗ってしまえば白蓮様のように純真で美しい思考になれるんでしょうかでも誰に頼みましょうこの黒いのだけは真っ黒になりそうだからいやですけど星だと捻くれてしまいそうだからいやですああどうしたら――――」

 ぶつぶつ言い続けてたのは分かってたが、何時の間にか暴走していたらしい。
 ポカンと口を開けている劉備達は、どうやら関靖の暴走を見るのが初めての様子。白蓮はどうやって暴走を止めてたんだっけか。
 確か……

「早く、戻れ、このバカ」

 三つ言葉と共に優しく頭を撫でてみた。さらさらの髪の毛は柔らかくて、いつまでも撫でていたいような気にさせられる。
 いつの間にか関靖の独り言が止まり、ギギギと音が鳴りそうな動きでゆっくりと俺の方を向いて――――

「なに気安く頭撫でてんですか! この真っ黒バカ!」
「ぐはぁっ!」

 頭突きを一発、顎にクリーンヒット。脳髄が衝撃で揺さぶられ、意識が手放されていく。
 倒れて行く間は、まるで宙を舞っているような感覚で心地よかった。
 劉備の心配そうな声が聴こえた気がしたが、俺にはそれからの記憶が無い。





 †††




 目が覚めた。
 寝台の上、誰も居ない暗い部屋、静寂が痛く響く夜半過ぎ。
 どれだけ寝ていたのか、何故寝ていたのかと思考を巡らせて行き、秋斗は牡丹の頭突きを思い出し、顎をさする。

「砕けてなくてよかった。まあ、いきなり女の子の頭撫でた俺が悪い。これは土下座もんだな」

 言うなり伸びをして、寝台から立ち上がった秋斗は静かに部屋の扉を開いた。真っ暗な廊下には人の気配が全くない。
 皆、寝てしまっているのだからとなるべく音を立てないように気を遣いながら目的の部屋に進む事幾分。やはりというか、予想通りと言うべきか、遠くから見たその部屋には灯りが揺れている。

「起きてるだろうと思った」

 劉備達をどうするか、提案したモノが通ったかどうか、それの確認をしようと彼は向かっていた。
 扉の前に着いて、気配が殺気立ったモノに変わったのでノックを二回。雰囲気が緩まると同時に、

「入れ」

 凛とした声を合図に扉を開けた。
 机の上でゆらゆらと燃える灯りだけが輝く薄暗い部屋の中、白蓮は急な来訪者である秋斗に取り乱す事も無く、むしろ怒りをその背に浮かべてじとっと見据えた。

「関靖は寝たのか?」
「寝かせた。昨日も一昨日も遅かったからな」
「……お前もだろう?」
「牡丹の方が私の代わりにいろいろ動いてるから疲れが大きいんだ。私はこのくらいもう慣れたさ」

 尖がった声は白蓮の怒りを秋斗に伝える。

「義勇軍問題の事、勝手に話してすまないな」
「……お前が私の身体と心を心配してくれたのは嬉しいよ。でも桃香の思考を誘導したのは腑に落ちない」

 厳しい目線と強い圧力は、秋斗を鋭く射抜いた。
 秋斗はこうなる事が分かっていた。牡丹と劉備だけで白蓮に義勇軍問題の話をすれば、秋斗の思惑を看破してしまう、と。
 狙いは劉備達三人の幽州残留。出て行きたい時に出て行けばいいという白蓮の想いとは真逆のモノ。
 牡丹が危惧していた白蓮の心の負担というのは、劉備を縛り付けてしまうという負い目。桃香は自分よりも皆に期待される凄い奴なのだから、とサポートする側に回ろうとしていた白蓮の優しさを踏みにじったのだ。

「お前が守りたいのはなんなんだ?」

 放つ圧力を受け流し、対面に椅子を据えて腰を降ろしながらの秋斗の一言に、白蓮は小さく鼻を鳴らした。

「この幽州の家だ。だけど……それは私の遣り方で治めてこそ、だ。自責の鎖で友を縛るなんて私は望んじゃいない」
「友達関係の義はお前のやり方でいいだろうさ。でも関靖のような部下達の負担を減らす方を選んでやってもいいじゃないか」

 沈黙は肯定を差して。白蓮も牡丹の事はどうにかしてやりたいと常々考えていた。しかし……それでもどちらも大切にしたいのが白蓮であった。
 ただ、今回は少し様子が違う。
 いつもなら真っ直ぐに秋斗に言葉をぶつけて行くのだが、何故か沈黙したままであった。
 ため息を一つ。
 白蓮はゆるく笑ってやれやれと首を振る。

「許せ秋斗。今回の事は私のわがままが招いた事だな。『公孫賛』はお前の行いを認めるしかない。義勇軍に働き手を取られた村々の暮らしは必ず苦しくなっただろうし、私の兵からも部下達からも、義勇軍の待遇に不満を漏らし始めるのは時間の問題だったろう。
 私達には見えない所まで注意を払ってくれて、解決策を提示してくれたんだから、お前が正しい」
「いや、俺も白蓮の心を蔑ろにして勝手な事をした。解決策を提示する前に話しておいた方が良かっただろ。すまなかった」

 謝り合う二人はもういつも通りに戻っている。半月ほどの短い期間ではあるが、毎日のように食事を共にして、お互いどういった人柄であるか読み取っていたから。 

「うん。私達二人の間ではこれでいいな。でも客将が勝手に話を進めた事は既に部下達にも知れ渡ってしまったから、なんらかの処置を与えないとダメなんだ。だから一つ質問に答えて欲しい」

 訝しげに首を傾げるも、コクリと頷いた秋斗。白蓮にしては珍しい事に、にやりと笑う。

「牡丹、だけどな。お前って結構あいつの事考えてやってるのか?」
「そんなのが罰なのか?」
「いいから答えろ。どう思ってるかも含めてくれると嬉しい」
「……凄い奴だと思うよ。自分の主の為にいつも一生懸命で、頑張り屋さんで、白蓮に憧れて、認めて貰いたくてひたすら努力して来たんだなーって感じる。今回の事にしても白蓮の心を守る事と、義勇軍問題の負担を減らすには劉備達に直接話さないとダメな事で悩んでたみたいだしな。
 まさしく白蓮の、『白馬の片腕』って言えるだろうよ。まあ、なんか恥ずかしいのとからかうのが面白いから素直には従ってやらんけど、少しでも助けになるなら俺くらい、いくらでも使ってくれればいい」

 ゆっくりと目を瞑った白蓮は穏やかに微笑んで、喧嘩しながらもどこか楽しそうに見えていた二人の姿を思い浮かべる。

――牡丹の方も、お前の事は悔しいけど認めてるって零してたからなぁ。案外相性もいいのかもしれないし、これでいこう。

「お前らは互いにツンケンし過ぎだ。私の治めるこの地の為にも、もっと仲良くなって貰わないと困る」
「あー、仲良くしようとは思ってるんだがなぁ。なんとなくからかっちまうんだよ。あいつとのやり取りは中々に楽しいし」
「いきなりやめろとは言わないさ。だからな、お前の処置は……これまで以上に牡丹の下で死ぬ気で働け。義勇軍問題の大半、警備隊の事も、義勇兵の練兵の事も、二人に任せる」

 目を見開いた。的確な処置であると同時に、全てをいい方向へと導けるであろうモノであったから。
 つまり白蓮の部下達からの信頼も厚い牡丹の下で馬車馬の如く働いてみせて、客将が変な気を起こすつもりはないのだと、結果で示して見せろと言っていた。
 秋斗にとっては元より提案するつもりだった事。
 義勇軍との繋ぎ役として動きやすく、また白蓮の客将としてもやりやすい適切な立ち位置。何より牡丹との仲を深めるいい機会にもなる。
 客将程度が勝手に政事に口を出し、あまつさえ友人との関係崩壊の可能性も浮上させたというのに……出て行けと言わない白蓮に秋斗は驚愕を隠せない。

「白蓮はやっぱり……優しいな」

 ふっと口元を緩めた秋斗は、彼女の暖かさを見せられて心が弾む。

――本当に、こんな奴が大陸を治めたら……乱世なんか来ないのになぁ。

 自分がどうするかもまだ決めていない現状で、劉備がどういった人間かもある程度見極めた状況で、ポツリと小さな想いの火が灯る。
 白蓮と一緒に乱世を乗り越えられたら、どんな優しい世界が作れるんだろうか、と。

「ありがとう。まあ、これまで以上の権限を与えられる事になるから仕事も増えるだろうけど、無茶だけはするなよ? ある程度落ち着いたらまた酒のある楽しい時間を作るんだから。
 ふふ、今度は途中で寝ないからな?」

 綺麗に、子供のように笑った白蓮に、秋斗は思わず見惚れた。
 自然と頬が緩む。もう一つ、秋斗の心に想いが宿った。

――ああ、白蓮にはもっと笑って過ごして貰いたい。

 この地を治める主として心身ともにすり減らしている白蓮を助けたい、という想いが徐々に膨れ上がっていく。
 誤魔化すように苦笑して、秋斗はポリポリと頭を掻いた。

「クク、なんか頑張れる気がしてきたよ。今度はまた違った料理も作りたいし、出来る限り早く終わらせて楽しい酒宴を開こうか」

 まだ戦がどういったモノか知らないから、覚悟が決まっていないから、白蓮の元で働くとは言わない。
 しかし……彼の心はこの時を以って、白蓮の方へと傾いていた。

 その後、今後の方針を軽くだけ話した二人は、おやすみと言い合ってそれぞれの寝所へと向かう。
 歩きながら、秋斗はぽつりと呟いた。

「大局を捻じ曲げるってのも……いいかもしれない。劉備が三人の王として立たないなんて選択肢も、世界を変える為にはアリだろ」

 空に半月が浮かぶ静かな夜の事。
 にやりと笑った彼は想いを馳せる。
 世界を背負う白馬の友が、大局という膨大な流れに逆らう事を決めた日であった。 
 

 
後書き
読んで頂きありがとうございます。

この外史の桃香さんは正式に兵を引き連れて白蓮さんの元に身を預けました。
本編では明かしていないモノですが、こちらで明らかにしておきますね。

こんな感じが幽州√での桃香さんとの会合です。
実は……幽州√の方が桃香さんの成長物語だったりします。
愛紗さんは与えられた仕事を黙々とこなしていたのですが、桃香さんと白蓮さんの関係に気を使って言い出せなかった感じです。
鈴々ちゃんは天使です。

主人公の進めで桃香さん達が魏の三羽烏的なポジションになりそうですね。
ブラック企業幽州にて、牡丹ちゃんのスパルタとデスマーチを経験して貰いましょう。


次は初めての賊討伐になると思います。


ではまた 
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