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漫画無頼

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9部分:第九章


第九章

「漫画は夢だよな、やっぱり」
「そうね」
 美恵子もその言葉には笑顔で頷いてきた。
「夢ね、本当に」
「俺は悩んでいたんじゃなかったんだ」
 彼は述べる。
「思い出そうとしていたんだ。ずっと昔に忘れていたことをな」
「あなたは昔は本当に滅茶苦茶だったわよね」
「ああ」
 妻のその言葉にこくりと頷く。
「そうだったな。何でそんなに滅茶苦茶になれたか」
 今思い出してもかなり壮絶だった。彼はがむしゃらに休む間もなく何かを負い掛けてつっ走ってきた。それは何の為か、思えばそれは夢を追っていたのである。
「夢だったからな」
「そうよね。それじゃあ」
「ああ、また走るさ」
 彼は言う。
「何処までもな」
「いいの?」
 美恵子はここで夫の顔を見てくすりと笑ってきた。
「もう若くないし。大変よ」
「何、それもいいさ」
 だが峰崎の決意は止まらない。毅然として言う。
「夢を追うのが生きがいだからな」
「そうだよな。だから」
「歳はいいの?」
「いい」
 それも構わないと。断言してきた。
「歳なんて関係ない」
 またしても断言した。やはり迷いはない。
「夢は幾つになっても追えるからな。漫画は夢なんだ」
「その夢を追って、何処までもね」
「悪いな」
 妻の顔を見て申し訳なさそうに笑う。
「御前には迷惑をかけるな。若い時から」
「ねえ」
 そう言った夫の顔をじっと見てきた。
「何だ?」
「私にも夢があるのよ」
 そう述べてにこりと笑ってきた。
「御前の夢・・・・・・」
「ええ、それはね」
 一旦間を置く。それから述べる。
「そんなあなたをずっと見ることなのよ」
「俺をか」
「ええ」
 またにこりと笑ってきた。その笑みを峰崎に向けている。
「それでいいわよね」
「そうだったのか」
 その言葉だけで何かが変わった。彼は漫画だけでなく妻も見たのであった。
「御前の夢はそれだったのか」
「そうよ。あなたはずっと先に進んで」
 背中を押すような言葉であった。
「私はそのあなたをずっと見ていたいから。支えていたいから」
「御前の夢を適えたいんだな」
「そうよ、わかってくれたわね」
「ああ」
 再び強い顔になった。その顔で頷く。
「わかった。じゃあ俺は行く」
 毅然とした言葉になっていた。
「俺の道をな」
「そのままね」
 背中を支えてきた。今の言葉通りに。
「行って。夢を追いかけて」
「御前もな」
 二人は会心の笑みを浮かべ合った。彼は確かに無頼だった。しかしその無頼は美恵子あっての無頼だった。漫画という夢を追い求めるのは。全て彼女があってこそであったのだ。そして美恵子はそんな彼を何処までも支えていき夢を追う姿を見守る。二人の夢は重なっていた。
「俺は夢を追って」
「私は夢を見ていくわ」
「よし、それじゃあこれからの二人の夢に」
「乾杯するのね」
 顔も若くなっていた。既に心はかつての若き日に戻っていた。いや、そのままであったことを思い出した。それだけであったのだ。
「といっても明日もな」
 峰崎は少し苦笑いになった。
「夢を追わなくちゃいけないからな」
「ジュースでね」
「そうだな。そのジュースに夢というとびきりの酒をカクテルさせて」
「飲みましょう」
 夢に向かっての乾杯だった。二人の昔からの夢に向かっての。今それを誓い合うのだった。


漫画無頼   完


                 2007・3・18
 
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