| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

SAO ~冷厳なる槍使い~

作者:禍原
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

SAO編
第二章  曇天の霹靂
  8.すれ違う想い

「ギャギャッ、ギャアアアアアアアアアアアアア!!」
「ルネリー、背後に回り込め! レイアは後方注意、増援が来たら知らせてくれ! チマは右から俺と同時に攻撃を……!」
『はい(ッス)!』

 浮遊城アインクラッド、第三十五層。
 その北部に広がる広大な森林地帯、通称《迷いの森》。
 数百の正方形エリアから造られるこの樹海は、そのエリア一つ一つが踏み込んでから一分経つごとにランダムで次の接続エリアが切り替わる。
 踏破するには、一分以内に次のエリアへと早々と力技で駆け抜けるか、主街区の道具屋で売っている高価な地図を買う、または熟練度を上げた《測量スキル》により現在地を逐一確認する方法しかない。

 ランダムに接続エリアが変わるので、基本的に思い通りに行きたい所へは行けないようになっているのだが、それにも例外はある。情報を入手した上で、更に特定の条件を満たすことで一部の特殊エリアに入ることが出来るのだ。

 今回、俺、ルネリー、レイア、チマの四人は一昨日解放された三十五層にて、とある目的を持ってこの《迷いの森》へと足を踏み入れた。
 その目的とは――俺が獲物としている《槍》だ。

 SAOには片手用の短槍と両手用の長槍の二種類の槍がある。
 俺が扱う獲物は長槍だ。
 長槍も用途によって大きく二種類に分けられる。
 即ち、2~3m程の振り回すことの出来る個人戦にも使える槍と、3~8m程の並べて突き出しておく槍垣として使用する集団専用の槍。

 SAOでは殆どの長槍が前者のようだ。
 そして俺が最も扱いなれている槍は、《素槍》と呼ばれる有名な槍の種類だ。
 形状は極めて簡素。約2mほどの円柱形の木造柄に、刃渡り30cm程の両刃の槍頭と球状の石突が付いただけの装飾も何も無いシンプルな槍。
 この素槍に形状、特性共に近似している槍をSAOで探すところから始めなければいけない。
 此処で注意しなければいけない点は、SAOでの槍の種類だ。
 現実世界では、気温に因って熱くなったり冷たくなったりする重量のあり過ぎる総金属製の柄の槍は少ないのだが、このSAOでは《鍛冶スキル》での製作工程が理由なのか、現存する殆どが総金属製の槍で、逆に木製柄は少ない。

 木製柄の槍の特徴は、メリットとして同レベル帯の総金属性のそれに比べてかなり軽いという点、そして素材となっている木の種類によってはかなり柄が《(しな)る》という点だ。軽いほうが扱い易いし、柄の撓りは槍術にとっても重要な点だ。
 デメリットとしては敵の攻撃を《木製柄の部分》で受けると、武器の耐久値がガクッと減るという点。
 耐久値は砥石や専用油で回復出来るが、耐久値がゼロになってしまった場合は武器そのものが失われてしまう。

 アルゴの話によれば、よほどプレイヤースキルに自信がある者でもなければ木製柄の槍は使わないらしい。
 そういった事情もあり、木製柄の槍は需要も無く、あまり作られないため数も少なかった。





 数週間前、俺は狂気のプレイヤー《PoH(プー)》と数奇な邂逅を果たした。
 SAOは所詮ゲーム。プレイヤーを殺したとしても自分は悪くない。何故なら自分はただゲームをプレイしているだけなのだから――と、そういった思想、いや狂想を持つ男。
 俺はPoHの挑発に乗って命を賭けた決闘を行い……あと一歩で死という所まで追い詰められた。
 運良く死にはしなかったが、内容的には俺の完全敗北だった。
 敗因は多々あるが、一番の理由はPoHが指摘した通り、俺がSAOという《ゲームを侮っていた》ことだろう。
 なまじ現実と同じように体を動かすことが出来るせいか、俺はこの世界を勘違いしていた。
 身体能力(ステータス)の不足も、武器防具の性能の低さも、今まで鍛えてきた武術の技で全て補うことが出来ると、そう思い込んでいた。己の腕を、気付かぬ内に《過信》してしまっていたのだ。
 それをPoHに気付かされた時、俺の中の様々な物が崩れ落ちる錯覚を受けた。
 十五年という短くない時間をかけて得た自分の武術が通じない――それは自分の今までの人生を否定されたと同義だと思ったからだ。

 ――だが。

 それでも俺が精神的に崩れなかったのは、やはりルネリーたち三人の存在が大きい。
 今まで共に戦ってきた彼女たちは既に俺の中で非常に大切な存在となっている。
 彼女たちを守り、SAOをクリアして、全員で無事に現実世界へと戻る。
 そのためには悲観している暇など無い。欠点が解った以上、早々にそれを直し、万全を期さなければならない。

 今の俺に不足していて、PoHにはあったもの。それは《レベル》と《高性能な武器防具》、そして《ソードスキルの知識》だ。
 俺の攻撃を受けた時のダメージ量の少なさとあのPoHの冷静さ、恐らく俺とPoHの間には1つ2つどころではない、少なくとも5レベル以上は確実に差があったと考えるべきだろう。
 レベルというのはつまるところ身体能力(ステータス)だ。
 そして簡単にそれを上げるためには、道具に頼る――つまり、より高性能な武器防具を揃える必要がある。

 あれから俺が力を入れているのはレベル上げと装備充実のこの二点だが、問題は俺の武器だった。
 先述した通り、現存する数も少ない中、そのうえ高性能の木製柄の槍を探し出す、ということにはだいぶ頭を悩ませた。
 しかし、三十五層が解放された時、俺はふと第一層主街区で武器屋の店主が言っていたことを思い出した。

『そういやぁ、三十五層の《迷いの森》のどっかに木造柄の強い槍を落とすモンスターが出るって聞いた事があったような……』

 うろ覚えだったのだが他に宛てもなく、俺はそれに縋ることにした。
 そして第一層に戻り、ドマールの武器屋で店主に以前聞いた話について確認したところ、三十五層主街区のとある民家を訪ねてみろと言われた。向かった先の民家で待っていたのは、クエストを示す金色のクエッションマークを頭上に光らせた老婆のNPCだった。

「――迷いの森の最も深き場所には、魔猿共を統べる森の主が住んでおるのよ。彼の猿人はとても欲深で、自分が持っていない物で他者が持っておる物は必ず欲しがり……奪い取ろうとするのじゃ。数多の猛者たちが奴の犠牲となり、今や主はその者たちの武器防具を纏ってすらいるという。そこまでしても、なおその欲望は収まらないらしい。先月もわしの息子を含め五人の者が襲われてしもうた。――嗚呼。誰か、あの凶暴な主を倒してくれる者は居ぬものか……」

 此処で俺たちは、討伐クエスト【迷いの森の主】を受諾した。
 より詳しく話を聞くと、どうやら森の主が欲しがる物というのは月毎に変わるらしい。
 被害者の関係者を主街区で探し、五人の持ち物から共通する品を見つけた。

 装飾品である《足輪》だ。

 被害者全員が、とある露天商で売っている足輪をしていたことが判明した。
 俺たちは万全に準備をしたあと、件の露天商から足輪を買って装備し、迷いの森へと向かった。
 エリアを跨ぐこと数度。ドランクエイプという猿人型モンスター十匹の奇襲を二度凌いだ後、全身が長く白い毛で覆われた巨大な槍を持つ巨大狒々が現れた。

 その名《シルヴァナラ・バブーン》。

 定冠詞付きではないが、恐らくフィールドボスに属するモンスターだろう。
 四匹のドランクエイプを従えた白狒々は、大咆哮と共に俺たちに襲い掛かってきて――――

「ガ、ギャガ……ギャギャ、ガアアアアアアァァ…………!!」

 激しい戦いの末、喉元に槍の穂先を突き刺された森の主は、大輪の花火のように弾けて光に消えていった。
 視界の端に取得経験値とドロップアイテムが表示される。
 ラストアタックのボーナスか、俺の欲していた物もしっかりとストレージ内に入れられていた。

 カテゴリ《ロングスピア/トゥーハンド》、固有名《マイトシーカー》。

 取り出してみると、それは槍というより矛に近い。返しが四つ付いた若干幅広の両刃の穂先に、2.5m程の緑に染められた木製柄、それに極彩色の装飾が程よく付けられていた。

「やりましたねっ、キリュウさん!」
「おー、それが噂の槍ッスか~」
「おめでとうございます。ドロップという話だったので、誰も取れてなかったらもう一度クエストを受け直すかもと思ってましたけど……取れて良かったです」
「……ああ。有難う……」

 三人に礼を言いつつ、槍の性能を確かめる。

 ――ふむ、これは……。

 今まで使っていたプレイヤーメイドの槍よりも二倍近い性能だった。
 強化回数は二十八回。巧く強化すれば三十五層より上でもしばらくは使えそうだ。

「…………」
「?」
「キリュウさん? どうかしましたか?」
「……いや、何でもない。街へ戻ろう」
「は、はい!」

 あわてて地図を取り出しながら現在地を確認する三人。
 帰路に着きながら、俺は自分に問う。――あれから約一か月、俺は強くなれたのだろうか、と。
 瞬時に答えは出た。――まだまだ、全然足りない、と。

「でね、まーたアシュレイさんがねー」
「うげっ。いやもう、ほんとあれは勘弁ッスよ!?」
「ふふ。でもチマも結構気に入ってたんでしょ?」
「…………まあ、チコッとは……」
『あはは』

 彼女たちが居る、この陽だまりの如き空間を守るため。
 もっと、もっと。俺は強くならなくてはいけない。
 再びPoHが襲ってきたとしても、それ以上の危機が襲い掛かってきたとしても。

 ――この子たちを確実に守れる力を、守り通せる力を、俺は持たなくてはならない……!








「それじゃあキリュウさん。おやすみなさいー」
「おやすみなさいッスー」
「お休みなさい」
「……ああ、お休み」

 三十五層主街区《リーフェン》に無事戻ってきた俺たちは、クエスト達成の報告や装備の修理、アイテムの補充などを終わらせ、早々に宿屋に入る。
 夕食を食べてしばらく雑談し、就寝の挨拶を交わして男女別にとった部屋に分かれた。

「……」

 時刻は午後十時八分。ルネリーが寝るのが早い関係でこの時間には三人ともベッドに入っているという。
 つまり、ここから朝までは一人行動が出来るということだ。

「……行くか」

 システム的に隣の部屋には聞こえないということは解っていたが、それでも極力音を立てないよう俺は静かに部屋を出た。
 宿を出て、すっかり暗くなった大通りを抜け、外壁の門へと辿り着く。
 門外に広がる闇夜のフィールドを前にして立ち止まり、システムメニューウインドウを立ち上げて外していた武器防具を装備し直した。

 ――もっと強く。もっとレベルを上げなくては……!

 目指すは三十五層迷宮区。
 ()()()()()、朝五時までに戻ることを目標に。

「……っ」

 俺は闇に染まる街道を走り出した。



   ◆



「やっぱり変……だよね」

 明かりを消し、既に暗くなった宿の部屋。
 ベッドに入って瞼を閉じても、いつもは訪れる眠気が一向に現れない。
 最近はいつもこうだ。
 その原因もあたしは解っている。

 頭を占めるのはあの人の顔。
 ずっと、ずーっと前から見てきたキリュウさんの端正な顔だった。

 ――だからこそ、解る。

 依然と比べて、彼に何か変化があったということが。

「ネリーも、そう思う?」
「ほほ? やっぱりふたりも感じてたッスか」

 暗い天井を見つめながらボソッと呟いた独り言に、川の字に並んだ両端のベッドから声が上がった。

「キリュウさんさ……最近ずっとなんていうか、切羽詰ってるっていうか――」
「余裕がない?」
「そうそう。――此処一か月ぐらいかな、ずっと張り詰めてるみたいな気がするんだよね」
「わたしも思ったッス。以前にも増して表情が硬いんスよね」
「うん。――だから今日ね、キリュウさんが提案してきた《迷いの森》の槍を手に入れれば少しは喜んでくれるかなーと思ってたんだけど……」
「……あまり喜んでいるようには見えなかったね」

 それは槍を手に入れたことを嬉しがっていない、というわけではないと思うが、何故かあの時は、キリュウさんの感情を読み取ることが出来なかった。
 常に無表情を崩さないヒトだけど、半年以上もの付き合いでそれでもある程度の感情は読み取れていると思っていた。それだけに、あの時のキリュウさんはよくわからない。
 レイアの言葉が妙にしっくりとくる。

『余裕がない』

 なんで? どうして?
 この推測が当たっているんだったら、彼はどうして余裕がないんだろうか?
 あたしは、今のあたしたちの状態を振り返ってみる。

 ――SAOの攻略は順調……だよね。たぶん。

 八日~二週間以内には階層を攻略しているし、ボス戦にだって何度も参加してる。
 ギルドを組む攻略組も増えてきていて、そろそろ《アインクラッド解放軍》に変わるリーダー的存在が現れそうな気がする。

 ――あたしたちの強さが問題?

 最近は少しレベリングの時間が増えた。うん、増えた。
 そのうえ、なんというか密度が濃くなった感じ。
 前は至らない部分だけをキリュウさんが指摘してくれて、それなりに自由に戦ってきた印象だけど、今は絶えず細かく指示が飛んでくる。
 キリュウさんの指示は正確、かつ効果的なので従うのに否は無いんだけど、すっごくタイトなんだよね~。
 全部がギリギリの要求っていうか、あたしたちの出来ることを全部解ってなきゃ出来ないような指示が来る。
 それがハマればもうすっごい。敵に反撃の隙さえ与えない。
 だけど失敗するとこっちに大きな隙が出来てしまう。
 ハイリスク・ハイリターン……って、まあ安全マージンは十分とってるんだけどね。

 ――だけど、ちゃんと強くなってると思う。

 ううん。強くなってるよ。
 ソードスキルだって、もういくつも覚えた。
 レイアやチマとの連携だって巧くいってる。
 今日だって、ひとりで何匹もモンスターをやっつけたし。
 キリュウさんに頼りきりにならずに戦えてる。
 あたしは、あたしたちは。

 ――キリュウさんの仲間として、ちゃんとやれてるはずだよ……!

 だからこそ。

「――どうして、なのかなぁ……」
「うーん」
「ふぬー?」

 時刻は既に夜の十一時。いつもは寝息が聞こえるはずの室内には悩める声が三つ。
 一向に解決策が思いつかず――というよりも、うんうんと唸りながらも頭の中はあの人の(だけ)で一杯だ。論理的な思考なんて出来るわけがない。
「あーうーにょ~……ぴょっ!」
「チ、チマ?」
「ど、どうしたの……?」

 突然、バッと掛け布団を押しのけてチマが上半身を起き上がらせた。
 その行動というよりも、彼女の掛け声のほうに微妙な表情をするあたしとレイア。

「あーだこーだ悩んでもしょーがないッスよ! だったら直接キリュウさんに訊いたほうが手っ取り早いッス!」

 グッと拳を握りしめ、熱いことを言うチマ。たぶん、考えるのが面倒になったんだと思う。
 ちょいちょいこういうことは昔によくあった。

「えええ……」
「マジ?」

 それを知っているあたしたちは少し引き気味だ。
 なんとなく、それを本人に聞いたらいけないって決めつけてたふうもあったし……。

「大マヂッス。ほらほら行くッスよー」
「え、今から!?」
「もう十一時だよ?」
「それこそ今更ッス。だいだい寝れないからこういう話になったんじゃないッスか」
「あぅあぅ」
「大丈夫かなぁ」

 チマに背を押され、あたしたちはパジャマのままで隣の部屋へと向かった。






 ……コンコン。

「キリュウさ~ん、起きてますか~?」

 ノックの二回。次に小さい声で中に話しかける。

「聞こえてない? やっぱりもう寝ちゃったんじゃないのかな?」
「うーん」

 SAOのシステム上、どんなに小さい音のノックでも、必ず室内の人物には聞こえるようになっている。
 逆にもし聞こえていなかったとするならば、室内の人物が音にも気付かないほど熟睡しているか、もしくは――――

「あ、あれ?」
「どうしたの、ネリー?」

 寝てるのかな? と、別に異常状態として表れるわけじゃないんだけど、つい視界端のPTメンバーのHPバー表示を見た。
 そして、キリュウさんのそれを見た時、ほんの一瞬HPバーが減っていたような気がした。
 今はもう、あたしたちと同じ、フル状態に戻っている。

 ――錯覚?

 そうは思ったけど、脳裏に残る減ったHPと最近のキリュウさんの横顔が重なった時、言いようもない不安を感じてしまった。

「……レイア」
「なに?」
「キリュウさん、何処にいる? マップで確認出来るよね……?」
「え……」

 一瞬、あたしの言っていることが解らないといった表情をしたレイアだったけど、あたしの雰囲気に気付いてすぐに主街区のマップを表示した。

「――居ない?」
「うそ……宿じゃなくて街自体に居ないなんて……!?」
「ど、ど、どどど何処に行ったんスかっ」

 果たして、今居る三十五層主街区には、あたしたち三人の光点が在るだけだった。
 あたしは焦りながらマップを色々と切り替えてみる。

 一層主街区《はじまりの街》――居ない
 三十五層主街区の周りのフィールド――居ないっ。
 次のエリア――居ない!

「どこ? どこに居るの!?」

 この時のあたしたちは、焦りすぎてキリュウさんにメッセージを飛ばせばいいということにさえ気付いていなかった。
 レイアやチマと手分けをして各所のマップを確認した。

《迷いの森》――居ない!

 確認した後で思う。こんな時間にモンスターの出るフィールドに居るわけない。一人でそんなところに行くわけがない。
 出掛けるとしても別の街だろう。
 それに、もしも行くことがあったとしても、あたしたちに何も言わないなんてありえない。

 ――だって、あたしたちはパーティー……《仲間》なんだもん。

 戦いに行くのなら、絶対に声はかけてくれるはず。
 だから。
 此処を見るのもただの確認作業。
 居ないことが解っていても、確信を持つためだけの行為。

 ――――――なのに。

「なんで」

 キリュウさんの位置を示すマーカーがあったのは、三十五層《迷宮区》。
 今現在もっとも危険な最前線だった。

「どう、して……?」

 唇が、声が震える。
 心臓が誰かに鷲掴みに遭ったように身が竦む。

「迷宮区? 此処にキリュウさんが?」
「な、なにか事情があるんじゃないッスか? 一人で黙って行くくらいッスし……」
「…………事情?」

 チマの言葉にハッとする。

 ――事情、そう事情! きっと私たちに言えない事情があるに違いないよ!

 じゃなければ、そうじゃなければキリュウさんがあたしたちに無断で迷宮区に一人で行っちゃうなんてあるわけがない。

「行こう。キリュウさんを迎えに行こう!」

 装備を確認し、あたしは二人の返事を聞きもせずに宿を飛び出した。
 キリュウさんの止むに止まれぬ事情。それを知るために。
 あたしたちとキリュウさんは《仲間》なんだ。
 アインクラッド第一層からずっと頼りっぱなしだったけど、ようやく役に立てるようになってきたと思う。
 いくつもの修羅場を一緒に潜り抜けてきたし、その中には確かにあたしたちの活躍もあった。
「頼りにしてる」と、言ってくれた。
 やっと、この人の隣に並ぶことが出来たと思った。

 ランタンを前に掲げ、あたしは走った。
 見える明かりは三つ。後ろからレイアとチマもちゃんと付いてきているようだ。
 迷宮区までの道はしっかりとチェック済みだったから、たいしてモンスターとも戦わなかった。

 ――あたしは、キリュウさんの仲間なんだ。

 そしてキリュウさんも、あたしたちのことを今では仲間だと思ってくれている。

 これは独りよがりな考えじゃないはずだ。

 ……ないはず、だったのに。

「――――――ぁぁ」

 迷宮区の四階、階段から覗く数十メートル向こうに。

 幾度となく弾ける、蒼い光の軌跡が見えた。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧