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シルエットライフ

作者:赤人
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幽霊の話

 
前書き
初見となります。赤人と申します。
この度は、ちょっとしたミステリーの真似事をして、投稿してみました。
のんびりと連載していく予定なので、よければ読んでみてやってください。 

 
別に、誰かが恨めしい訳ではなかった。
妙な浮遊感に包まれながら、ロダンの考える人のポーズを真似てみる。
負担の感じない空気椅子、というこれまた妙な感覚を味わいながら、自分の死因について考えていた。

周りには数人の人間が歩いている。
今僕が漂っているのは、ある高校の正門の前だった。
白を基調とした校舎や体育館を、成人男性一人分の背丈はあるであろう壁が、両の腕で抱きかかえるように覆っている。
校舎はA棟とB棟の二つの建物が連結して構成されており、大きさは、県で三番目といったところだ。
偏差値も、それなりに高い。高いが、その偏差値の高さが生徒の意識と直結しているわけではなかった。

アリジゴクの逆だな、と思う。
アリジゴクは足を取られた蟻を引き摺りこむ恐ろしい穴に潜む、まさに悪魔のような虫だが、
そのアリジゴクも時を経れば、やがて美しい透明の羽を携えたウスバカゲロウとなる。

ここの生徒は、その逆だった。
教師という小さな法、秩序の権化の前ではカゲロウを気取り、その視線が自分達から離れた途端、捕食者に戻る。

僕は、その被害者の一人、といった具合なのだろう。

繰り返すようだが、別段、恨めしくはなかった。

それはまあ、殺した相手を見つけたら、ちょっと仕返ししてやろうか、痛い目に遭わせてやろうか、くらいのことは考えるだろうが、
殺してやる、なんて思うことはない。

それ以前に、幽霊は、人を呪い殺せない。
少なくとも、僕はそうだ。

考える人のポーズを解く。
A棟の額、とも言うべき、屋上に近い部分に取り付けられた時計を見る。
午後を回っている。今頃は生徒達は昼食を取っていることだろう。

校舎の裏には晴天が覗く。
空は意味のない思考を繰り返す僕を見下すかのように、真っ青だった。
太陽が眩しい、わけではないが、目を細める。生前の癖だ。








高校は、街の隅に位置していた。
あまり大きな建物は存在せず、最寄り駅も遠い。
どの住居も地味な色で、ここ一帯で一番豪華なのはコンビニエンスストア、というくらいに地味だ。

正門は道路に面しているため、もちろん、車の通る音がうるさい。
さすがに幽霊の僕でも顔をゆがめる。眉間にしわが寄るのが分かった。
実体を持った肉体はないため、しわが寄った気がしただけだが。

恐らく、僕の死因は、屋上からの転落死だった。

僕は卒業を控えた、高校三年生だった。
成績不振、というわけではないが、充実していたとも言い難い学校生活だった。

父の末期がんが見つかったのは、僕が死ぬ三年前だった。
つまりは、入学してから間もない頃である。

発見から程なくして、父は死んだ。
抗がん剤の投与を拒んだ父は、自宅療養を選び、ひたすら毎日を怠惰に過ごしていた。

寝間着姿で布団にくるまり、ひたすらにテレビを見つめる父を、母が疎ましそうに見ていたのを覚えている。
それも仕方のないことである。父と母を繋ぐものは、僕だけだったのだから。

父と母の馴れ初めは、大学だった。
サークル仲間だった二人は、飲み会の後、酒に酔った勢いで、夜の街のいかがわしいホテルに二人で雪崩れ込み、性行為に及んでしまったのが事の発端だった。

父は母に対して、罪悪感と責任感を感じたらしい。
それからずるずると関係は続き、父の就職が決まったところで、母の妊娠が分かったらしかった。

恋だとか愛だとか、そういったものよりも、より機械的な要因によって、僕は生まれたのだ。

それに特別な執着はなかった。男女がくっつく理由の一つとして考えるなら、充分すぎるだろう。
むしろ、二人の結婚は僕を想ってのことだった。今時の子供は、いい子であることを強要され、暴力への欲求を抑圧して日々を送っている。
彼らは、溜めこんだガスを抜く手段に、飢えている。
親が一人いない、というだけでも、充分人を踏みつける理由になり得る。
といっても、理由が必要なのは、彼らの罪悪感を打ち消すためであり、彼らが振るっているのは、正義や大義などの、信念や守るべきもののための暴力ではないのだが。
何の非もない相手を踏みつけると、心の奥底に眠った罪悪感が呻くのだろう、と勝手に推測する。
それに加え、周りからは「ひどい奴だ」と見られる。子供とはいえ、学校は人が集まる場所であるために、大人と同様の、集団の性質を有する。
その集団の中でもっとも致命的な行為は、敵を作ることだ。
集団の中に敵を作らないために、集団の外で共通の敵を作る、というのも一つの要因だろう。
ここまでくると、いじめという行為は、人間の本能に刷り込まれたものなのではないだろうか、と疑いたくなってくる。

そういった集団の性質の犠牲者に、僕が選ばれないように、両親は結婚した。
結婚して、僕の親として、普通の子供として生きてゆけるよう、必死に導いてくれた。
それだけで、充分だった。もっとも、これは言えずじまいだったが。

父が死んだ後、母にも乳がんが見つかった。
体のあちこちに転移しており、父同様、手術を行っても、助かる可能性は低かった。

「こんなところであの人とお揃いだなんて」母は、自嘲するように笑いながら言った。
その母の、渇いた笑顔を見て、僕は進路を就職にすることを決意した。

決意したその年の夏、幽霊になった。進路は進学でも就職でもなく、幽霊だった。これは予想外だった。

校舎はA棟とB棟の二つがあるため、当然、屋上も二つある。
A棟の屋上には底の青い綺麗なプールがあるが、B棟の屋上には給水タンクが寂しげに、ぽつんと佇んでいるだけだった。
どちらの屋上も、基本的に立ち入り禁止だった。常に屋上の扉には鍵がかかり、誰も入れなかった。

その日の昼食の時間、僕はB棟の屋上へと向かった。
クラスの教室は、一人の男子生徒が複数の女子生徒と交際していたのが学校の裏サイトで暴露され、話題騒然となっていたからだ。
その生徒が今にも泣きそうな表情で、まるで子供を殺された親のような剣幕で詰め寄る女子たちに対し、しどろもどろに弁明していたことを思い出す。
父と母の夫婦喧嘩を昔から聞いていたせいか、騒音は苦手だった。人の口から発せられる騒音なら、なおさらだ。

母が作ってくれた黒い弁当箱を小脇に抱え、B棟の屋上へ向かった。
僕のクラスの教室は、A棟の西側にあった。B棟への連絡通路は東側にあったため、そこまで歩く必要があったが、
不思議と教師にも他の生徒にも遭遇することはなかった。

屋上の扉の前で弁当を食べようと思っていた僕は、屋上の扉が少しだけ開き、暗い踊り場に細い光が差し込んでいたことに驚いた。
驚いて、それから、喜んだ。なんだか知らないけど、ついてるぞ。

浮足立ちながら、ドアノブをしっかりと掴み、勢いよく開け放った。
じりじりと、屋上を、僕の身体を、大地を舐めるように降り注ぐ太陽の光に、うひゃあ、と間抜けが声が出た。
あの暑い日差しに立っていたことは、思い出すたびに、その場面まで時間が逆戻りしたかのように頭の中で再生された。

あまりの暑さにすぐに参ってしまい、日陰になっている場所まで避難したところで、不運なことが起きた。
制服のズボンのポケットに入れていたスマートフォンが、地面に落ちてしまったのだ。
スマートフォンと屋上の床がぶつかり、擦れあう音に、悲鳴を上げそうになった。
慌てて拾い上げ、傷を確認しようと思った。そうして踏み出した足がスマートフォンに当たり、今度は金網フェンスの下を通り、屋上の端まで滑っていってしまった。
屋上は転落防止のためなのか、魚を入れる水槽のように、隙間なく金網フェンスに覆われていた。

金網フェンスの向こう側へ行ってしまったスマートフォンを見て、絶望的な気分になった。
指を突っ込んで引き寄せようにも、その微妙な隙間に指が挟まってしまった。

仕方なく、金網フェンスの網目の部分に手を掛け、足をかけ、ロッククライミングをするかのように登った。
今思えば、棒か何かで引き寄せればよかったのに。
不運の連続で、判断力が低下していたのだ。

一瞬、転落死への恐怖に駆られ、金網フェンスにしがみつくような姿勢のまま静止したが、それからまたすぐに動き出した。
僕は人より、少し身長が高く、足も長かった。だから、ちょっと足を伸ばしてスマートフォンを軽く蹴り、金網フェンスの中に戻せば済む、と思っていた。
そういった慢心と恐怖と、スリルを楽しむ幼い心を抱えながら金網フェンスの頂上に辿り着いた、その時だった。

下から、誰かに押し上げられた。
手が滑った。
世界がごろごろと坂道を転がるボールのように二転三転し、それから、視界が真っ白になった。


 
 

 
後書き
以上です。楽しんでいただけたでしょうか。
これからどんどん、登場人物達が笑ったり怒ったり、泣いたり喚いたりしていく予定です。
赤人の小説を、どうぞよろしくお願いいたします。 
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