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少年は旅行をするようです

作者:Hate・R
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少年は剣の世界で城を上るようです 第五層

Side 愁磨

「うっざぁぁぁぁぁぁい。いつまでやってるのかしら?」

「なっ……?え?」


"月夜の黒猫団"のギルドホーム。色々と事情があってキリトが責められていた訳だが、とうとうそのウザさに

ノワールがキレた。・・・そりゃそうだ。んな話を身内じゃない奴が居るところでやるもんじゃない。

そして何より―――


「私良く分からないのだけれど、レベル偽ってたのがそんなに気に食わない事なのかしらぁ?

ベータテスター?って言うのだって、要は羨ましいだけでしょ?そんな事をネチネチネチネチ……。

男らしくも無いにも程があるわよ。」

「お……お前に関係無いだろうが!」

「そうね、関係無いわね。でも命の恩人の目の前で争う事でもないわよねぇ?そんな事されたら、何で

こんな人達助けちゃったかなーとか思っちゃうのが普通だと思わない?

まぁ私は美少女助けられただけで満足なのだけどね~♪」

「お、お姉様………っ♡」


・・・真っ赤だったり真っ青だったりする男性陣を放置して、女性陣は背景にハートとか百合を振りまいて

二人だけの世界に入ってしまった。まぁ、俺もノワールと同意見だから突っ込まないが、これ以上ここに

居ても仕方ないし空気悪くするだけだし帰るか・・・。


「ノワール、もう行くぞ。アリアが完全に寝てる。」

「なん、ですって……!ごめんなさいサチ、また今度、ゆっくりお茶でもしましょうね。」

「はいお姉様!あの、お茶も良いのですけれど、槍スキルの方も見て頂ければ……。」

「ええ勿論、お安い御用よ。それじゃあ。」

「はい、また!」


これ以上幸せな事が無いんじゃないかと思える笑顔で俺達を見送るサチ。その奥で、キリトは顔に

『すまない』と思い切り書いて困った笑顔を向けて来た。・・・また後で話しを聞いてやろう、うん。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――
subSide キリト

「それじゃみなさん、あでゅー!」
バタンッ
『『『……………………。』』』


シュウマ達が去った黒猫団ホーム。

ノワールさんに言い負かされた上放置されたケイタは今にも噴火しそうで、他の三人はそれぞれ何か

考えている風だ。サチは・・・恍惚とした表情で、鼻歌でも歌い出しそうだ。


「キリト。ノワール……さん?の言う事も尤もだが、俺達はお前への不信感を消せない。

分かっていると思うが―――」

「……ああ、俺は出て行くよ。今まで、すまなかった。それと…………ありがとう。」

「―――ッ!早く出て行け!」


ケイタの叫びを背に受けホームを出る。それと同時に軽いポップ音と共に、目の前に簡易ウインドウが

出現する。当然その内容は、"ギルドを強制脱退させられた"旨だった。

・・・元々ソロだったとは言え、直ぐに元通りってはいかないだろうなぁ・・・・・・。


「しばらく、休むのもいいかも知れないな。」

Side out
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

「っそぉーーい!」
ザシュッ!
『ギャギャァッ!』
パキャァァン ピンピロリロリン♪
「……ねぇシュウ。飽きたって言うのが大半だけれど、レベル上がり過ぎじゃないかしら?」

「ほかのひと、置いてけ・・・ぼり。」

「………まぁ、確かに。元から相手にならんけど、ボスもソロでノーダメ余裕だろうな。」


"月夜に代わってお仕置きよ"事件から3か月。最前線は48層に達し、稀にサチの槍修行を見つつレベルを

上げていた俺達だったが、安全マージンである58をとうに超え、現在73になった。

例の50層が近いから全体をなるべくカバー出来る様にと思ったレベリングだったが、流石に上げ過ぎたか。


「やぁ皆さん、元気だったかい?」

「おやヒースクリフ、ダンジョンで会うとはしこたま珍しい。天変地異の前触れか?」

「はっはっは、私だって一応攻略組の一人なのだよ?レベリングくらいしないとね。

ギルドの長として、他のプレイヤーとあまりレベル差があるのも示しがつかないだろう?」

「・・・・胃に、穴、あいちゃうよ・・・?」

「お、あ、はっはっは!そこまで思いつめていないよ。ありがとう、アリア君。」


一端引き上げるかと思ったその時、後ろにお揃いの白騎士服を着た10人程を従えたヒースクリフが現れ

親しげに話しかけて来た。・・・そのせいで、視線が痛い事痛い事。

そんな中だと言うのに、俺達と話したいからとその団員達を追っ払いやがった。


「………俺ら、次のボス戦休んでいいか?」

「いやぁそれは困るなぁ。君達がいないと少々辛い事になるからねぇ。」

「・・・?困るの、つぎの、層・・・。」

「あ、コラアリア!」

「……………やはり、信じがたい事だが。そうなのかね?」


アリアの言葉を聞いたその瞬間、ヒースクリフの目が僅かに鋭くなり、冷え切るような薄寒さを周囲に捲く。

『そうなのかね』、と来たか・・・。隠す理由も無いが、さりとて面倒事を態々抱え込むのもなー。


「ウフフ、何か言いたい事があるならハッキリ言ったらどうかしら?――"か・や・ば・さ・ん"♪」

「―――!!これはこれは、何と言って良いものか……。驚き以上の言葉が見つからないよ、予想以上だ。

いや、質問を変えさせて頂こうかな。『君達は何者だ?』とね。」

「・・・誰でも、いい。べつに、どうでもいいし・・・。」

「まぁそうねぇ。私達はただゲームを楽しめればそれでいいんだし。」

「ふ、ふ、ふ……!私に解けない問題があるとはね。世界はまだまだ広いと言う事か。

次の層の参加は自由でいいが、50層はよろしく頼むよ。」


それだけ言い残して、ヒースクリフは去った。あー、色々言いたい事がありすぎるんだが。

いや問題ない。問題無いんだけどさぁ・・・・・・。


「ほらシュウ、折角だからボスの動きでも見に行きましょう。」

「ハイハイ、了解ですよ~。」


・・・次の層、か。違和感があるけど、何はともあれこの層のボスを倒してからの心配だな。

Side out


Side キリト

「これでエリアは回り切ったな。………帰るか。」


マップデータを手に入れた48層をいつもの様に一回りし、レベリングと敵情報収集を粗方終えた俺は

宿に帰る為、ゆっくりと歩き出した。・・・あれからずっとソロで潜り続けていたが、慣れないな。

どれだけあのギルドに依存していたかが分かるってもんだ。


「「いぃぃやあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」

「っ!?な、なんだ?」


突然、ダンジョンを切り裂いて後ろから悲鳴が聞こえて来た。

振り向くと同時、奥の方からモンスターの大軍でも走って来たのかと思うほどけたたましい音を立てて

走って来る影が・・・三つ。って、あいつら?


「よぉシュウ―――
ゴォウッ!!!!
おわぁっ!?……な、なんだなんだ?」


声をかけた俺にまるで気付く素振りも見せず、三人は走り去って――いや、逃げて行った。

何があったんだ?あいつらがあんなに取り乱すなんて。この先は・・・ボスの間、か?


「……行ってみるか。」


そう決め、速度パラメータの許す限りの最高速度でダンジョンを駆け抜ける。

一分ほどでボスの間前まで辿り着く。・・・ここだけはいつも変わらない。

オブジェクトが"重く"なり、灰青色の巨大な二枚扉には怪物のレリーフがびっしりと刻まれている。

俺はゆっくりとその扉を押し開く。


―――ボスは扉から出て来ない。分かっていても、この瞬間だけは緊張せざるを得ない。

そして扉が開き切り、松明が奥に向かって連続で灯るその最奥。

何かが蠢いている・・・あ、あれ・・・は・・・!?


ウゾうゾウゾうゾうゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ!!!
「ぎ……ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


最早思考する事も許されず、あいつらが逃げた理由を本能的にのみ理解し、俺も逃げた。

………
……


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ………。」

「よぉ、キリト……お前も、あれ見たのか……?」

「あぁ、見たよ。あれは……辛いな。いろんな意味で………。」


ダンジョンの入口まで脇目も振らず逃げて来た俺は、息を切らせつつ(切れる訳が無いのだが)隣りに

倒れたシュウマと半分意識を失いつつ、あの・・・ボス?の感想を述べ合う。

しかしアレは・・・何といえばいいんだろうか?


「今までとは違うな、アレは。」

「え!?あ、ああ……そうだな。このダンジョンのモンスターとは明らかにタイプが違う。」

「・・・いままで、似た子・・・ボスなってた。」

「そうねぇ。セオリーで行けばゴーレムっぽいのがボスに来るとばかり思ってたから……。

15層の時とは比べ物にならないわ。アレは……アレは………ねぇ?」

「「ああ……。」」「・・・うん。」


ノワールさんの『分かるでしょ?』と言いたげな目配せに、同じ様なゲッソリした表情で答える俺達。

非常に思い出したくないが・・・あの、"蟲の大軍"としか言えないボス(名前を見る余裕さえなかった)。

男でも逃げたくなるあの見た目だ。攻略組に数人しかいない女性陣は辞退すると考えて良いだろう。

この三人も――狼狽える所など初めて見たし――望み薄だろうな。


「仮に、仮にだ……。アレ全部でボスだとしたらどう戦う?」

「的がどのモンスターと比べるまでも無く小さいからな……。防御力が高いとも思えないし、ふ、踏めば?

いやスマン嘘だゴメン許してくれ俺だって嫌だ。投擲スキル持ちか、大剣とかの範囲攻撃で、か?」

「それが最適よねぇ。あと、自分でやるのは御免だけれど踏むって発想は悪くないと思うわよ?

突撃槍系を並べて、"マヘンジー・ダート(直線突撃)"で一気に………!」

「他人任せなのが癪だけど、今回はそれでお願いしたいなぁ……。」


ウンザリしつつ、どうにか他人任せの作戦にならないかと話し合いながら帰る。

まぁ、どうせ決めるのはあの男なんだがな―――


「おや、攻略組のトップ4人が一緒とは珍しい。3人は先程ぶりだがね。どうかしたのかい?

凄く疲れた顔をしているが?」

「五月蠅い、帰れ。いやお前らもボス見て来い、嫌でも分かるから。」

「貴様、団長に向かってその口の利き方は――!!」

「気にするな。ボスに関しては他の分隊が向かったよ。そろそろ帰ってくるはずだがね?」


・・・その男の事を思い浮かべたと同時、噂をすれば何とやら。ダンジョンに出て来る事自体珍しい

そいつが部下を引き連れて現れた。

――血盟騎士団・団長"ヒースクリフ"。ユニークスキルである"神聖剣"の使い手で、攻略組のトップだ。

ボスにおいての作戦はほぼこいつの案と、あとはアリアちゃんの機嫌次第で決まる。いや、マジで。

とその時、今度こそ大人数がドタバタと走ってくる音が聞こえて来た。

それを聞いた俺達の顔は・・・恐らく全く同じ顔をしていた事だろう。


「だ、だ、団長……!!ぼ、ボスを、見て来たのですが……!!」

「ああご苦労。だがどうした?そんなに慌てて。」

「その……取り敢えずこのSSを見てください。」

「ああ?ん―――!?これは、気分の良い物ではないな。成程、君達の慌てぶりが理解出来たよ。

フフフ、泣く子も黙る"死神一家"がこれほど慌てるとはね。」

「お黙りなさいな、悪趣味な。私達はこのボス辞退するわよ?」

「……一重に了承はし兼ねる。頼めるかね?」

「ふぅむ………お前がそう言うなら、まぁ待っておこう。作戦会議には出るからWis飛ばしてくれ。」

「あぁ、了解した。」


全てのプレイヤーを圧倒するこの男と、対等かそれ以上に話をする3人(2人?)には相変わらず舌を巻く。

ヒラヒラと手を振って去って行く3人に慌ててついて行く。・・・あそこに残されたら針の筵もいい所だ。

変な奴に好かれるのが得意な奴らだけど、その他大勢には嫌われるんだよな・・・人の事は言えないが。


「ふー、全く嫌な物を見たな。どうだキリト、俺らの家で飯でも食って行かないか?

こんな時くらい、NPCの作った物じゃなくていいだろ?」

「……そうだな。今日はたらふく食いたい気分だしお邪魔しようかな。」

「ん、おじゃま・・・するといい。」

「あらアリアも乗り気ね。それじゃあ今日はありったけの食材叩き込むわよ!」

「いいともー!Sレア食材+冷蔵庫コンボでもいい加減耐久度切れるしな。」


・・・そんなこんなでご飯を頂く事になってしまい、ワイワイと35層に向かう。

転移ゲートを抜けると、懐かしいゆったりとしたBGMが聞こえて来た。

主街区『ミーシェ』。赤い屋根に白い壁の建物が並ぶ牧歌的な農村で土地も安く、こいつらの他にも

数人の攻略組がこの層に家を持っている。・・・俺も、怪しい装備に金をかけてさえいなければ・・・。


「ま、アリアとゆっくりしてな。料理自体はすぐ終わっちゃうけど。」

「自分で料理出来るように出来なかったのかしら、茅場さんったら。スキル上げるにしたって退屈よねぇ。」


文句を言いつつ冷蔵庫(?)から食材を次々取り出し、調理コマンドを実行して行く2人。

・・・羨ましい。見た目は女性と女の子が料理しているだけだが、恋人のやり取りにしか見えない。

俺もいつか、こんな相手が現れるのかな・・・?


クイクイ――
「うん?」

ママ(・・)は、パパ(・・)の・・・だよ?」

「あはは、分かってるって。誰もノワールさんに惚れてなん、て………………パパ?ママ?」

「・・・・・あ。なんでも、ない。気にしない・・・で?」


無表情なままお願いのポーズをして、こてん、と頭を傾けるアリアちゃん。・・・・可愛い。

いや俺はロリコンじゃない筈だ。だがしかしこの子を可愛いと思わない奴は居ないだろう。

よって、俺は今の記憶を封印する事にした。そして、拳を天高く上げ宣言する!


「「「可愛いは、正義!!!」」」

「っておわぁ!?お前らいつ後ろに!?」

「あと待つだけだもの。暇しているよりはアリアを愛でていた方がいいと思わないかしら?ロリコンさん。」

「ちょっと待てそれには異を唱えたい!確かにアリアちゃんを可愛いと思ったのは事実だけど、

いやらしい意味は微塵も持ち合わせてないぞ!」

「それだってロリコンって言うんだぞキリト。認めれば楽になるぞ~色々と。」
      テリロリロン♪
「だ・か・らぁーー!「あ、終わった終わった。」話しはまだ終わってないぞ!?」


結局、次々と運ばれて来た料理を片付けている内にロリコン疑惑はうやむやになり、家に泊まる事にまで

なってしまった。・・・何故か、シュウマがこっちの部屋に来たが。

何か話す事でもあるのかと思ったのだが、世間話をしている間に寝落ちしやがった。


「すー……すー………。ん、ぅん…………ざこむ、し…がぁ…………這いつくばれぇ………。」

「……どんな寝言だよ。」


・・・幾ら自分の家とは言え、よく他人が横に居る状況で熟睡できるな。

このゲームが"始まって"から一年弱。誰もが仲間にすら大なり小なり疑いを抱いている世界だって言うのに。

それだけ信用して貰っているのか、将又心臓に毛が生えているのか・・・。


「(ここまでされて、疑うのも失礼な話だな……。)……ありがとな、シュウマ。」

「うふふふー………ごーてん、れんじょー…………ま、ざん…うにゃむにゃー……。」

「まさかそれソードスキルじゃないだろうな!?全く……。」


童顔な俺より子供な(見た目の)奴がここまで堂々としてるんだ。見習うべきだな・・・。

明日もダンジョンに籠るんだ、早く寝よう。今日は悪夢を見ずに済みそうだ。

Side out


Side 愁磨

「先に渡したSSを見て貰ったかと思うが……今回のボスは、それらだ。名は【the Herds of vermin 】

蟲の大軍、と言った所かな?」

「うえぇーこりゃありえねぇ。良くこんな悪趣味なモンス設定しやがったなぁGMは。」

「……GMに文句を言っても仕方ない。今回のボスは今までの敵とは毛色が違い過ぎる。

私から提案できる作戦は、突撃系スキルを持った者達を横一列に並べて何度も行き来して貰う事くらいだ。」

「踏み潰す、と…………いくら重装備とてやりたくはないな。」


ボスの実態を把握してから数日。主要ギルド・攻略組が収集され、ついに討伐会議が開かれたが・・・

全員の表情は一様に重く苦々しい。ここまで全員が乗り気でないのは25層以来だ。

ヒースクリフの策を聞いた時の重装備の槍・大剣持ちと言ったら、言葉に表せない程ひどい顔だった。


「鍛冶屋総出で"デッドスパイク・タワー"を作らせてはどうだ?あれならば、STR270値で装備できるし、

AGIも200あれば走るだけで十分ダメージが出せるろう。」

「"アダムの樹棍"でも良いとは思うけどなぁ?あれなら走らんでも転がせばいいだろー?」

「あれはコストと熟練度の問題がある。5つ作るだけでも一週間はかかるぞ。要求STRもデッドの3倍だ。」

「……では重盾で突撃する作戦で良いかね?装備できるプレイヤーの目星は?」


と、いつもの様に大ギルド長三人が主となり話しが進んで行く。内容的には、俺が参加する必要は

なさそうだ。攻略組のバランス型ステがLv60の時点で平均200程度だから少々STR寄りのステ振りが

必要だが、要求ステは満たしている。・・・とは言え"重"スキルを一つも持っていないしな。


「では決行は明日10時。集合はいつもの様に現地と言う事でな。」

「くれぐれも確認するが、明日は無理をせず情報収集に徹する事としよう。

先程呼ばれたメンバーは戦闘に直接参加しないが、有事の支援部隊として動いて貰う。良いかね?」

「りょーかいりょーかい。それじゃまた明日な。」


聖竜連合(DDA)長の軽い返事に倣い、集まっていたプレイヤーは三々五々宿屋を後にして行く。

しかし俺はその流れに合わせず座ったままの魔術師然とした男に合わせ、2人きりになるのを待った。


「して……どういう事だ?あのボスにはやけに慎重じゃないか。」

「……………アレは元々私の知る限り、55層のボスだったモンスターだ。」

「55!?今より9層も上となると、攻略組だって安全マージンを取れない奴だって出て来るぞ。

今回の策では上位層も数人来るんだろう?危険じゃないか?」


ヒース・・いや、"茅場"の思わぬ進言に驚く。SAOにおいて安全マージンは彼層+10レベルとされており、

大雑把に分ければ攻略組は+15以上・上位が+10~-15・中堅層は±0~-20であり、ボス戦となれば

更に5ほどレベルが上でないと危険と言われている。この男がそんな事を知らないとも思えないが・・・。


「あのモンスターは見た目通り、一体一体は蟲系モンスターより遥かにVIT系統が低い。

それこそ装備・ステータス共にバランス型が思い切り踏んだだけで倒せるほどにね。」

「と言う事は……?」

「数が半分……つまりHPがイエローになった時点で融合・巨大化する特殊能力持ちだ。

完成まで時間はかかるが、その後は【the foriys ettin】が40層で出現した時と同じステータスとなる。

防御力は低いが、その分特殊攻撃を複数持ってね。」


25層のあの双頭巨人と同じ強さだと・・・?あれから15層も上の強さとなると厳しいな。

転移結晶無効化空間でもないだろうが、緊急の事態に備えて俺達も待機しておく必要があるか・・・。

やれやれ、超級ボス2連続とか頭が痛くなるよ。


「お前にとっても不測の事態、か……。了解了解、俺達も本気でやらせて貰うよ。」

「ああ、そうして貰えると助かる。必要とあれば―――私も本気を出す。」


その鋭い目を見た瞬間、不覚にも喜びと恐怖で寒気が走った。

成程、この男も飄々としているがプライドが高い上に"子供"だ。自分の作ったオモチャを他人に弄られて

ここまで怒るとは・・・。近い内に、手合せしたいねぇ。


「む……こ、これは失礼した。私とした事が取り乱したね。」

「なぁに。思ったより余程人間らしいと思っただけだ。寧ろそちらの方が好ましい。」

「からかうのはよしてくれないか…やれやれ。では明日、よろしく頼むよ。」


それだけ言うと、そそくさと席を立つヒースクリフ。無関係の人間2千人以上を間接的に殺した奴が

恥ずかしがったり怒ったりゲームを楽しんだり・・・・・ああ、本当に―――


「人間は、面白い。なぁ?――」


その呟きを聞く者は、今となっては俺以外に存在しない。

………
……


翌日、作戦会議で決定された通りの時間に49層ボス間前の扉に、いつもの顔見知りのメンバー達と

少々緊張した面持ちの上位勢と数人の中堅達が集まった。


「これで全員かね?」

「ハッ!重槍騎士改め重盾騎士隊30名、投擲部隊10名、後ろ備え10名。合計50名全員揃っております!」

「よし。諸君!これから挑むボスはかつてない程精神的に厳しい相手となるだろう!

しかし、これを乗り切れば他のプレイヤー達とは比べるまでも無い精神力を手に入れる!

では行くぞ!重盾隊、構え―――全軍突撃!!」

『『『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』』』
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!


ヒースクリフの号令と共に、開け放たれていた扉の中へと半分自棄になり30名が一気に突撃をかける。

そしてそれを見越していたように、部屋の奥で黒い波が蠢きこちらへ物凄い速さで這い寄って来る。

両者が激突する瞬間、波が―――持ち上がった。


「「「うげぇっ!!」」」

「構うなぁ!突撃!!勢いを止めたらまともに頭にかぶるぞ!!」

『『『うおぉぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』』』

「投擲部隊下がれ!頭上超えてきた連中を片付ける!!」

「うえぇー、結局こうなるんかい!!」


一瞬止まった攻略組以外を叱責し、突撃を敢行させる。波の中に消えた先発隊だったが、それも一瞬。

数人があちこちにウゴウゴと蠢くのを貼り付けて弾け出て来た。

先の事を考え投擲部隊の装備はそのままにさせ、後ろ備えの範囲攻撃持ちが溢れて来た残党を掃除しに

出て行く羽目になった。あーいやだいやだ・・・・・ならばせめて、なるべく遠くで刈り取る――って

来た来た来た来たぁ!!


「そ、それ以上近づくなぁぁぁぁぁぁ!!"色即是空-色"!!」
ザゥンッ!!
「ホンットにもう仕方ないわねぇ!!"ディバイダー・フィッズ"!!」
ガォウ!
「"ギガント・シントライカー"!!っと、こりゃマジで気持ち悪いなぁ!死神の!」
ドガガガガガ!
「そう思うんなら少しでも近づけない様に倒せよぉ!!"色即是空-即"!!」
フォンフォンフォン!
「大剣で中距離攻撃出来るつったら4mが限界なんだよ!嫌ならそれの出現条件晒せよ!」


分かってるならとっくに晒している――とエリゴールに心の中でぼやきつつ、ソニックブームを放つ

"色即是空"を発動し続ける。このスキルもまた微妙な使い勝手で、"色"の攻撃範囲が前方4m~6m間の

縦30cmの横2m。続く"即"が幅1m程の地を這う真空波を3方向に撃つ技だ。


『『『ぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!』』』

「重盾部隊が戻って来るぞ!下がれ!敵の残存数は!?」

「一度の往復で2/3まで減ったが4分隊に別れた!」

「1分隊を一合で叩く!重盾部隊全員で右の孤立している蟲を蹴散らせ!突撃ぃぃ!!」

『『『うぅらっしゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!』』』
ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!


段々息が合って来た重盾部隊の突撃で、別れた内最も大きい分隊が行きの一合で潰れ切った。

それにより早くも敵の総数が半分になったようだ。挙動が代わり、1か所に球体の様に集まり動かなくなる。


「お…?なんだなんだ?」

「全員距離を取れ!なるべく扉の近くに広く布陣するのだ!」

「ったく気持ちわりぃ奴だぜ。数が半分なったってHPバーが碌に動きやがらねぇ。」

「これからが本番だとでも言いたいんじゃないか?あぁいやだ……帰っていいか?」

「私だって帰りたいわよ………全く。」


嫌がっている内に奴の合体(変体?)が終わったようで、黒い繭が光り輝き、罅が入る。

バガッ! ガリガリガリガリ!
「うぇええぇぇえええーー!やっぱ無理無理無理ぃーー!」

「おぉっと、逃がさないよ?どうやら……今までとは訳が違うようだ。」


その罅から蜘蛛の様な長く鋭く、毛の生えた――どうやって収まっていたのかと突っ込みたくなる――

足が飛び出て来て、歩こうと地面を引っ掻く。あまりの気持ち悪さに逃げ出そうとした所で

ヒースクリフとエリゴールに肩を掴まれ、呆気無くその場に留まらせられた。

バガッ!バガッ!バガバガバガッ!
「来た来た来た………なんだ、ただの大蜘蛛か?」
ヒュンッ!
「………飛んだぞ?」
バサッ ブブブブブブブブブウブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ!
『ヒキュァァァアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーー!!』

「あらあらあら……女の子版ベルゼブブって感じねぇ。意外と美人さん。」


繭が弾けるとその8本の足で跳び上がり、上空で蜂の翅を広げ浮遊するその姿・・・。

アラクネ―に蜂の翅をつけて、腹部から3節になった長い鎌状の腕が生えた【the Queen of variant】。

キモい事はキモイが、思ったよりは全然やりやすくなった。


「で、あのかわい子ちゃんは素直に降りて来てくれると思うか?」

「降りて来ないだろうなぁ……。ノワール、届くか?」

「目算で15m、って所かしら。殺ってみせるわ……!」


明らかにニュアンスが殺る気満々なノワールが装備を変更し、少々レアな投擲槍を装備し直す。

そして上方へ槍を向けると、赤いライトエフェクトと共に纏う空気さえ真紅に染める。

異変に気付いた異形の女王様がこちらへ向くと同時、天への一撃が射出される。


「誰を見下ろしているのか理解させてあげる……!"ティープアウフ・ファウレン"!!」
ドウッ!!
『――――――――ィィィィ!!』
ギィギギギギギギギギギギィン!
「高周波の膜……"アルマ・シールド"か!?」

「おいおいおい、投擲無効化の防御スキルだぞ?空飛んでる相手が持ってていいのかよ!?」


ノワールが正式なシステムアシストまで使って撃った全力の"カイン・エグゾカンス"改め

"ティープアウフ・ファウレン"だったが、敵の持つ防御スキルの前に、ダメージを与える事無く落ちた。

しかしそれは・・・逆効果だ。


「アリア、"剣舞"をお願い。シュウ……分かってるわね?」

「勿論合点委細了解。落とすぞ、女王様気取りの蟲を。」

「・・・ん、行く。」


死神の本気――見せてやろう。精々踊れ、蟲の女王。

Side out
 
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