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【IS】例えばこんな生活は。

作者:海戦型
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例えばこんな願いを抱くのはおかしいかな

 
前書き
これがこの二次創作での、束がISを開発した経緯の全てです。そしてISが自立意思を持っている理由でもあり、彼女が求めた結果ということになります。オリジナルで原作と全く違うと思いますが、その辺には目をつぶってご覧ください。 

 
10月1日 織斑千冬の個人日誌


いつ以来だろうか、こうして面と向かって話をするのは。恐らくこれほどきちんと顔を合わせたのは白騎士事件前後以来のような気がする。その後も何度か顔を合わせたが、腰を据えて話が出来たことは無かった。

ずっと聞きたくはあったのだ。何故あの日、突然私を白騎士に乗せてあんな事件を起こしたのか。当時、既にミサイルの発射シークエンスが始まっていると教えられて言われるがままに東京を守ったが、少し冷静になればその事件が全て束のマッチポンプであったことは明らかだった。何より私自身、束以外にあんな真似をできる人間を知らなかった。
あの日以来、束は散発的に送り付けられる一方通行のメッセージを除いて直接的にその存在の安否を確かめる事は叶わなかった。表舞台から完全に姿を消し、見つけたくても見つけられなかったからだ。

何故あの事件を起こしたのか。何故姿をくらませたのか。何故友人である自分に何も言わないのか。何故―――ISを作ったのか。
その全ての質問に束は答えてくれた。今までのどこか本能的忌避感を微かに想起させる笑みではなかった。何かをやり遂げた様な、とにかく今まで付き合ってきた中で初めて見た顔だった。


束はいつも疑問に思っていた。
何故自分は多くの他人に興味を抱けないのか。
何故自分の主義主張は、多くが他者に受け入れられないのか。
他者を尊重するという言葉の意味が自分に理解できないのは何故か。
どうして自分が興味を持っていない人間が自分に話しかけてくるのか。
下らないと下らなくないの境が、家族の持つそれと大きく異なるのは何故か。
皆が楽しそうに生きて生活するこの世界を、一つも面白くないと感じるのは何故なのか。
束は考えた。
考えて、考えて、考え抜いた末に束は一つの答えに辿り着いた。

すなわち。

自分という存在が、束という自意識とそれに伴う価値観と世界観を記憶と共に仕舞い込んだ、「心」と呼ばれる部分に大きな欠陥がある。それゆえに、自分は楽しいと思える事が楽しいと当然に受け入れられなくなっているのだ。他人に理解を覚えることが出来ないのも、他者が自分を受け入れられないのも、恐らくこれが根本的な原因なのだ。

束はそれが辛かった。
自分が他者より優れている自覚はあった。
だがそれは決して幸せであることには繋がらなかった。
世界の全てを俯瞰し、他者の用意したあらゆる価値観に価値を見いだせない。
それが生まれて自我を形成してからの束の人生観であり、心が変わらない限りそれは続く。

しかし、束にはその心を「直す」術がなかった。彼女の思い描く心と他者の持つ心は全く別のものだ。いや、大きな欠陥がある分束の心は歪なのだろう。だから束はこの心の修理を、決して自分では行えなかった。元型(アーキタイプ)が無かったのだ。

そんな折に、束は私に出会った。
不思議と互いを受け入れた私達の距離は縮まり、人生で初めて友と呼べる関係になった。
未だに束には何故私が気に入ったのか理解できていないが、2人で過ごす時間が楽しかった。だからこそ、束は余計に自分の心が歪んでいることを思い知らされた。
私は周囲とも、少し距離はあれど付き合えていた。でも、束にそれさえ出来なかった。束の心が、他者と同じ次元とレベルに合わせてコミュニケーションを取ることを拒絶した。
束は人知れず苦しんだ。
他人と同じことを出来ない、異常な自分の心を、他の人間と同じにしたかった。
知らなくていい、考えなくていい理屈や理論が目の前の全てを否定していくさまが辛かった。
明晰であると自負する頭脳の代償が、とても大きく致命的なものだと思えていた。

これでは沢山の友達も作れない。
他人と笑いあうことも出来ない。
両親を愛しているとも思えない。
遊戯を楽しもうと考えられない。
真面(まとも)に恋をすることも出来ない。

当たり前に考えられる筈のことが、考えられない。
それならば、こんな心はいらない。欲しくない。
誰でもいいから、この心を交換して欲しい。
束は、私や妹のような―――まともな人間の女の子になりたかったのだ。
そうすれば、こんな苦しみなど味わわずに、何も考えないで笑っていられるのに。

でもそれは叶わないから―――だから、「心」を作ることにした。


 = =


「フラグメントマップは空っぽの脳髄。人間の脳波や神経の動きや状況による血管の収縮やら脳内麻薬の散布、果ては操縦者の会話や独り言とそのシチュエーションから導き出される感情や発想の道筋。多くの経験があればあるほどにそれは細かく、多く枝分かれし、あらゆるパーソナルデータを収拾し尽くす。つまりそれがフラグメントマップであり、その操縦者の分身か、もしくは娘なの」
「ならば、何故多くのISコアを作った?白騎士のコア・・・ヴァイスだけではいけなかったのか?」
「一つじゃ駄目だよ。例えばヴァイスちゃんだけだと、それはあくまでちーちゃんの客観的に観測できる傾向とロジックを組み合わせただけの存在。コピーではないけれど、それは普通とは程遠い。だから出来るだけ優秀で、尚且つまともな倫理観を持った、私と同じ女の子をもっと沢山・・・それで、ネットワークで潜在的に重ねあわせ、より多く重なる部分がマップとして残ってゆく」
「そうして数を増やしていけば、淘汰された感情はマイノリティとして自然に削ぎ落とされていく。それがゴエモンの言っていた”ひな形”という訳か。さしずめ”普通の人間”になるためのOSと言った所か?」
「良い例えだね。そう、まさに心のオペレーションシステムだよ。だからISの操縦者を募ろうと思って情報の一部公開したんだけど・・・駄目だね、私は。普通じゃないから、誰も集まらないっていう結果は全然想定してなかった。他人の心が理解できないのに宣伝で売り込みなんて、そもそも矛盾してた」
「だから派手な事件を起こしてISが強いと知ってもらい、人が集まる様にしようと思った訳だな」
「でもそこでまた失敗。あれは規模を大きくし過ぎちゃった。人は集まったけど、あそこで私が厳選なんか始めたら今度は”普通”になった後に過ごせる世界そのものが滅茶苦茶になっちゃう」
「ISの持つ力を世界は見てしまった。そんな力を日本、というよりも一個人が独占すれば、必ずそれを奪おうとする多くの国家、組織が動き出す。さすれば・・・・・・成程確かに、下手をすれば戦争だ」
「だから・・・それ以上自分でやれば事態が悪化する一方だと思って、アラスカ条約は他人に殆ど丸投げしたの。あれの草案、ゾルダーク博士に考えてもらったんだ」
「ISコアの製造を途中で止めて失踪したのは、何故だ?」
「あれ以上作っても私の求める”ひな形”にはならない。そもそも、あれは私が過ごす日本の女性をモデルにする筈だったのに、世界中をある程度鎮静化させるために急遽いっぱい用意したんだよ?それは日本人女性のじゃなくて、世界の女性のひな形だよ。その後で女尊男卑社会が形成されたのも予想外。一国につき10個以下のISコアで国防なんて担えるはずがないのに、馬鹿だよね」
「・・・・・・要するに、もうお前では手が負えなかった訳か。自分がいても火種になるから、それならばいっそいない者として扱ってもらおうと逃げ出した」
「そこでまたまた失敗。ISのフラグメントマップの形成速度を意図的に抑制するプログラムを急きょ組まないといけなくなったから、箒ちゃんを保護する余裕が全然なくなっちゃった」
「抑制した理由は・・・過剰な女尊男卑感情を取り込まないようにか」
「そうだね。でもそれに蓋をしたせいでフラグメントマップの成長は当初の予想の10分の1以下にまで落ち込んだ。スペアプランとして考えていた、ニヒロの孵化を中心とした先行生産核(ロストナンバー)プランの方が・・・個々はともかく計画全体としては成長が速いくらいだった。でもあのコアは渡す相手を選考できても環境が限定される。あくまでスペアプランでしかなかった。だから・・・・・・そこでいっくんの出番。ひな形のひな形になったヴァイスちゃんといっくんを組み合わせて、それを偏った性別感情の抗体として働かせる。上手くいくようならそのまま抑制プログラムを少しずつ解除する筈だった」

箒は、その会話を延々と部屋の外で聞いていた。千冬が、束と先に話をさせてほしいと申し出たからそれに頷き、外で待っていたのだ。箒は、珍しく逃げも隠れもせずに学園に滞在する束に今まで聞きたかった全ての事をぶつける気でいた。
だが、その疑惑や疑問の一部が、このドアの向こう側で少しずつ融解していく。

だから、それだけに箒にはショックだった。

「普通の女の子になりたかった・・・?」

箒も、姉が失踪してからは幾度となくそれを願っていた。篠ノ之の名前を捨てて、普通の女の子として普通に一夏と一緒に過ごしたかった。でも―――姉はそんな自分よりも、はるか昔からそんなことを考えていたんだ。

「私は、そんなこと知らなかった・・・・・・姉妹なのに・・・」

姉の事を憎んでいた。何故家族を、私を捨てて勝手に逃げ出したんだと。貴方のせいで私は不幸になったんだと。だが、箒の本当の願いは結局のところ一夏に会えないとかそういうレベルのもので、学園でそれは叶ってしまっていた。
だが束はそうでない。自分よりもずっと前から苦しんでいて、おそらくはつい数日前までの全ての人生で普通に行動できない自分に苦しんでいた。他人に理解を求める事さえ「思いつかず」に。

「何も、知らなかった・・・」

勝手に自分だけが被害者で姉だけが悪だと、心のどこかで思っていた。そうだと分かっていれば、何かしてやれたかもしれないのに。姉の苦悩を、初めて理解した瞬間だった。


 = =


そしてそれを実行した、そのすぐ後に彼が現れたのだ。

ISコアは、その全てに開発者たる束の因子を組み込んでいた。それはとても感覚的なもので、尚且つひな形として受け入れられるように束の遺伝子と共振するような、特別な構造に作り上げてあった。束だけが持つ固有の脳波―――どうやらそれは極低確率で出生する、不確定的な、外部にまで伝達できるほどの強い波動、一種のテレパスとでも言うべき波動と強く惹かれあい、意識を共有し合う。ISコアは人間と結びつくことで初めてその力を発動でき、彼女の言葉だけを完全に正しく理解できるよう作られていた。
このテレパス的波動は、束が試しに計算した所「特定の因子となりうる遺伝情報を持った男女の間に約250億分の1の確立で産まれる」という結果が導き出されるほどに特殊で希少で稀有で、束は当初これこそが心がいびつになった原因ではないかとさえ考えた。

その波動を持った人間が―――特定の因子となりうる遺伝情報を持った男女の間に約250億分の1の確率で産まれる男が、それこそが、真田ゴエモンだった。篠ノ之の家系と遠い繋がりがあるから可能性としてはあったろうが、確率は限りなくゼロに近かった。だが、産まれていた。

そしてそれに出会い、束と同じ波動を感じたことで”人の心”と共振を起こして抑制プログラムを弾いたISコアが現れた。それこそが、オウカだった。

束と違い、歪みながらも確りとした人間の心を持っていたゴエモン。彼のISコアに対する干渉は、当初の予定を超えてISコア一つ一つの自意識の確立を加速させ、抑制プログラムをスルー出来る脳波とオウカの得た独自発展の共有データによってIS達のリミッターは次々に解除されていった。それはある種での成功であり、束にとっては棚から牡丹餅の幸運となる。

ISが人と同じ形を欲する可能性は考慮していた。ISは人の模倣でもあるのだから、そういう欲求を抱く可能性は十分にあった。だがそれはフラグメントマップ成長率が6割を過ぎる辺りで起こるという推測の元であり、成長率が2割に満たないウツホやオウカが人間としての行動を取れる段階まで自意識を確立するとは考えていなかった。間違いなく、ゴエモンからダイレクトに人間のカタチを受け取ったものだった。
子が親に近づこうとするように、子供が大人になりたいと願う様に、オウカはゴエモンの隣に―――パートナーの隣に立ちたかったのだ。

そればかりかゴエモンはスペアプランにまで干渉し始め、ニヒロのプランとメインプランを直結させてしまった。空っぽの器に「心」を満たし、ミニネットワークによるより少数での”ひな形”形成・・・だが、刺激されたニヒロはそれでは足りないとコア・ネットワークへ干渉し、記録海に手を伸ばし、ひな形の材料を自分で拾い上げてしまった。

そしてついこの間―――ジェーンの器に心が満たされたことで、メインとスペアの混ざり合ったユニゾンプランが完成した。それは待ちに待った人間の少女の元型(アーキタイプ)、ゴエモンが言った通り、精神的な意味での「人間」そのもの。

「ニヒロのマップそのものが、お前が喉から手が出る程に求めた”ひな形”・・・・・・そうか、それでは」
「うん。ここ・・・このウサ耳を経由して共振によるインストールが完了したよ」

道理でいつもと違う訳だ、と今更になって千冬は納得する。普通に会話していても時折話がかみ合わないことの多い束が、今日は随分流暢で円滑に言葉のやり取りが出来ている。表情も随分人間的になった。
だが、と思う。人間の脳はPCとは違うのだから、インストールなどという一言で片付くほど簡単にそのひな形を自分の心に組み込めたのだろうか。そんなことをして、人は平気でいられるのだろうか。

「お前、大丈夫なのか?」
「大丈夫・・・じゃ、ないかも、ね」

くしゃっと顔を歪めた束は両腕で自分の肩を抱く。それは子供が親に叱られるのを怖がっているような―――少なくとも千冬には、とても人間的な行為に見えた。
束は反省はしても落ち込むことはない。終わったことを反芻して悩みを抱える事も無い。恐れも、表面上はリアクションを取っていようと本音では怖く思っていない。そんな束の肩が、震えていた。

「ISの開発からずっと、ずっと・・・・・・私がどれだけ恐ろしいことをして、どれほど罪と呼べるだけの行為や干渉をしたか、今なら分かる。ISのおかげで平和になったって言う人もいるけど、きっと私のせいで死んだ人も沢山いる。家族にだって・・・仇しか返せてない。いっくんの気持ちも箒ちゃんの気持ちも、ちーちゃんのことも私は・・・」
「束・・・」

親とはぐれ、雨に濡れる子兎。今の束はまさしくそんな存在だった。震える友人の痛々しい姿を見ていられなくなり、彼女の手を取り強く握る。手汗で濡れ、震えた掌。今までに一度も見たことのない親友の姿。人間の心など手に入れなければ、これほどに怖がらなくても良かったろうに。
余りにも皮肉ではないか。心を手に入れたかった束がそれを得たというのに、その中で一番強く感じるのが喜びではなくて恐怖と自責だなどと。束は束なりに、まともな人間になりたかったのだ。まともでない自分が迷惑を撒き散らしていることを、理屈で気付いてたんだ。だから求めたのに―――

「そんな顔しないでちーちゃん。私、怖いけど・・・大丈夫」
「そんな姿で言っても信じられるか!そんなお前は見たくなかった。そんなに小さ震えるくらいなら、いつも通りの笑ったお前の顔が見たかった・・・!!」

考えたことがある。束がもしももう少し良識を弁えた人間だったのなら、これほど苦労はせずに済んだろうにと。だが間違っていた。束は良識が無いからこそあの束でいられたのだ。後から心など付け足せばこうなることくらい、少し考えれば分かったのに。

「でも、ちょっとだけ分かるようになったの。なんでちーちゃんは私の発明に笑ったり怒ったりするのか。何で箒ちゃんがISを受け取った時、迷いがあったのか。私、分かるよ・・・何で分からないんだって怒られたけど、今は・・・分かるの。それが、少しだけ嬉しくて―――」


だから、きっと今の私は―――心が分かった私は、何も理解できていなかった私よりも幸せ。


その後、千冬は我慢できずに部屋に入ってきた箒と一緒に、震える束の手を握り続けた。
人生で初めて見ることになった束の涙を―――まるで今までの苦悩を全て流すかのような涙をぬぐってやりながら。
 
 

 
後書き
いかがだったでしょうか。
後書きを書こうと思ったんですが、説明が多くなりすぎたので次話で説明します。内容としてはそう長くないので簡単に目を通してください。 
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