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トワノクウ

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トワノクウ
  第零夜 遙けき蒼/晴けき青

 
前書き

 鴇と紺の別れ。彼らが最後に交わした約束とは。 

 

 最後に、背中合わせになる。

 互いの表情は見えないが、自分は笑っているし、彼も笑っているだろうと何故か思えた。合わせた背中から伝わる彼の拍動がとても落ち着いていたからかもしれない。

 本当にこれでよかったのか?
 後悔してないか?
 怖くないのか?

 訊きたいことはたくさんあったけれども、どれも口には出さなかった。彼がすでに終わらせ、決めたことを、気遣いを装った自身の迷いで穢すわけにはいかない。


「あとのこと、よろしくね」
「任せろ。ちゃんとしとく。面倒看てやるよ、最期まで」


 彼が守ったこの世界。バトンはとうに引き継いだ。
 あとは自分が少しばかり苦労すればいい話だ。自分が背負うはずだったものを彼が引き受けてくれたのだから、安い苦労だ。
 残せるものがあるとするなら――


「――いつか」
「ん、なに?」
「いつか必ずそこから連れ出す」


 彼が驚く気配が触れた背中から伝わる。


「約束する。――俺が、なんとかしてやる」


 こんな口約束しか残せない自分が情けなかった。
 それでもせめて形に残るよう、固く、想いをこめて言葉にする。
 困難な道になる。彼を救うためには、この世界を彼以上に完全な形で救わなければならないからだ。両方を、自分一人に救えるか。雲を掴むような話。

 しばらく、待った。
 彼は自分の手を握ってきた。きゅっ、と音にすればそれだけの幽かな力で。


「うん……待ってる」
「――っ」


 定かならぬ希望を信じてくれた彼に、堪えていたものがこみ上げそうになった。握り拳を作って、歯を食いしばって、ぐっとそれを押し戻す。


「約束、したからな。破ったら針千本」
「小学生かお前は」
「えー鉄板だろー、針千本って。あ、無理なら魚のほうでもいいよ」
「もっと無理だっつーの。つか破ること前提に話すな」


 こんな時まで空気を和ませ、誰かを笑わせることを忘れない彼には、本当に感服させられる。
 そんな彼だから自分の持てるものをいくら注ぎ込んでも惜しくなかった。彼の人間性に感化されたから、心服したから、彼を助けることが自分の中で呼吸のように自然になっていった。


「大丈夫かなあ。なーんか不安かも」
「ちったあ信用しろ。俺がそんな頼りねえ男に見えるか?」
「はは、見えない。うん、信じてます」


 軽口に混ぜた極上の信頼。
 意地でも応えようと改めて心が決まる。
 友情なんかのためではなく、自身のプライドのために。


「ねえ、あれやらない? 西部劇でよくあるワンツースリーでふり返るやつ」
「お前ほんっと唐突だな! どこから湧いて出たそのネタ」
「へへー、なんとなく。ねえねえやろーぜ」
「あー分かったって」
「じゃあカウント取るよ。ちゃんと三歩進んでふり返れよ。――いーち」


 一歩。

 分かってしまった。これが彼なりの最後の気遣いなのだ。ふり返ったその先にきっと彼はいない。だからせめて、それが痛みを刻む記憶にならないようにと、持ち前のにぎやかしを発揮したのだ。


「にー」


 二歩。

 だったら応えなければいけない。何もないという顔であと一歩を耐え抜かなければならない。


「さんっ」


 最後まで聞こえる前に勢いよくふり返る。

 ――案の定、そこには彼はいなかった。


 虚脱してその場で膝をつく。喪失感より後悔より悲痛より、何より大きいのは無力感だ。

 このあとに待ち受ける結果はとうに知っている。それは最悪の結末ではないだろう。それでも唯一彼にとってのみ失うものが大きすぎる。それを未然に防げなかった自分の無力を責めずにはおれなかった。


「……と、き」


 慟哭は上げない。涙は流さない。
 それらはすべて〝約束〟を果たすための糧に変えて。
 網のない青空の下で、決意を灯した。



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後書き

 時間軸的には鴇が帝天になった直後、紺に別れを告げに現れたという場面です。原作ではもはやありえない場面でしょうが、作者のあまつきはこれをもとに成り立っています。あしからずご了承ください。
 1巻でも言われていましたが、紺って割とシビアなんですよね。朽葉と2年一緒に過ごしていながら犬神のことで動いたのは鴇と会ってからが最初。鴇に感化されたからだと思ってこのような心理描写になりました。
 
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