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ワンピース~ただ側で~

作者:をもち
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番外11話『超ベリーグー』

 

 アラバスタには二人の守護神がある。彼らは国を守り、王家の敵を討ち滅ぼす王国の戦士だ。
 ジャッカルのチャカとハヤブサのペル。
 それが、彼らの名。二人ともその二つ名の通り、チャカは動物系悪魔の実、イヌイヌの実モデル『ジャッカル』の能力者で、ペルはトリトリの実モデル『(ファルコン)』の能力者。特にハヤブサのペルは世界にも5種しか確認されていない飛行能力を所持し、王国でも最強の戦士として名高い実力を誇っている。
 そのペルが――

「クラッチ!」

 ――倒れた。

 関節を極められ壊されてしまったことにより彼の意識が刈り取られ、吐血とともに背中から地面と倒れこむ。
 動く気配はない。

「……王国最強の戦士も大したことないわね」
「ペル! そんな! ……ウソよ」

 バロックワークスの社員に囲まれ、絶体絶命のピンチに現れたアラバスタ最強の戦士が、ビビにとって最も信頼のおける顔なじみの戦士ペルがミス・オールサンデーによりいとも簡単に打倒された。
 その事実が、ビビの意気を根こそぎ奪ってしまっていた。
 まさに茫然自失。
 決して容易には認めがたい目の前の現実をただただ酷薄に突きつけられ、それでも倒れて動かないペルの姿がその事実を煽る。

「……」

 声を失いショックのあまり動けないビビへ「さぁ、行きましょうか」と、ミス・オールサンデーは汗ひとつかいてない涼しい顔で歩み寄る。
 ビビにはもうそれに抵抗する気力は「――だーーー、やっと見つけたぞ! ビビ!」
 突如、一人の男が階段扉から現れた。 

「……へ?」
「……ふふ、丁度いいところに」

 ビビが呆然と首を傾げ、ミス・オールサンデーはやはり余裕の笑みを浮かべてその男、ハントの登場にのんびりと反応した。

「……は、ハントさん?」

 もうだめだと思っていたところに現れた突然の味方に、ビビの頭も一瞬では働かないらしい。

「人がうん……大便に行ってる間に集合場所からみんなしていなくなるとかさすがにひどいぞ!」

『うん……』という途中で言葉を止めたのはつい先ほどサンジに怒られたからだろうか。
 いや、それはともかくハントはこの状況を全く理解できていないらしく「俺が見聞色使えなかったらどうするんだよ! あれだぞ! いじめは良くないぞ! 俺はルフィみたいに神経図太くないんだからな!」と愚痴を垂れながら、ミス・オールサンデーの横を抜けてビビの側へと足を運ぶ。

「そもそもだな? 便意を我慢してたのは、別に俺が子供でなかなか言い出せなかったとかじゃなくて――」

 あまりにも場違いな空気を醸すハントに、ミス・オールサンデーはくすくすと小さく笑い、ビビは少し恥ずかしそうに、だが真剣な表情で叫んだ。

「――ハントさん! 後ろ!」
「……ん? 後ろ?」

 のんびりと後ろを向くハントと、笑っていたミス・オールサンデーの視線が、ここでやっとかみ合った。
 あまりにもマイペースだったハントがやっと敵と対峙したことで、ビビが注意を促す。

「気をつけて、ハントさん。彼女は悪魔の実の能力者よ」
「……へぇ」

 せっかくのビビの忠告だったのだが、ハントの関心はそこではなく、実は別のところに。

 ――どっかで見たんだけどな。

 そう、目の前の人物が誰か、という点だ。
 なにせハントからすれば、実際問題としてウィスキーピークで会って以来だ。少しばかり残念な記憶力のハントがミス・オールサンデーに関して曖昧な記憶になってしまっていてもある意味では仕方のないことかもしれない。 
 本当はビビに聞きたい彼なのだが、とてもそんな空気ではなく、必死に記憶を掘り起こして、どうにかそれに成功した。

 ――たしか、えっと……ミス・オールサンデー……だっけ。B.Wの結構偉い人で……敵……で、よかったんだよな?

「王国最強の戦士ペルも彼女に……彼女には力も速度も、意味をなさないの!」

 ビビの声に耳を傾けながら視線を周囲へと。階下で倒れていた無数の人間。ミス・オールサンデーの後ろで口から血をこぼして気を失っているペルらしき人物。笑みを浮かべて佇むミス・オールサンデー。
 目の前の彼女が敵だという記憶と、悔しそうにそれでいて怨嗟のこもったような声で紡がれたビビの言葉が重なり合って、ついにハントもこの状況を理解した。

「……俺がもう少し遅れてたら結構危なかったのか」

 ――となると……うんこに行った俺が臭かったら嫌だとかいう理由で俺を置き去りにしたわけじゃないのか。敵襲かなにかがあって、って感じなのかな?
 状況を把握した割には呑気な……いや、ハント的には大事なことなのかもしれないが、少なくともそういうことを考える状況にあるわけではないはずなのだが、ハントは内心で安堵という場違いな感想を呑みこんだ。

「社長とあなたたちの仲間たちがいるところへと招待したいのだけれど……来てくれるかしら?」

 ハントが状況を理解するのを待っていてくれたのかと思えるほどに絶妙なタイミングで、ミス・オールサンデーが二人に言う。

「ふざけんじゃないわよ!」

 答えたのはもちろんビビだ。ハントが現れたことで本来の自分を取り戻したらしく、怒りをにじませてオールサンデーの提案を拒絶する……のだが。

「……あれ、行かないのか?」
「え?」

 どうにもハントの気の抜けた声がビビの気迫に穴を開ける。

「社長って……クロコダイルのことだろ?」というハントの質問にミス・オールサンデーが「もちろん」と頷き「仲間ってルフィたちのことだろ?」というハントの質問にミス・オールサンデーがやはり先ほど同様に「そうね」と頷いた。

「ほら、行ったほうが好都合なんじゃないか?」
「罠に決まってるわ!」

 ビビの断言。
 ハントも決して賢いわけではないが、その可能性を考えないほどに救えないほどに暗愚というわけでもなく、人並みの警戒心は持っている。

 ――その割には敵意がなさそうなんだよなぁ。

 見聞色を発動していても害意らしきものが感じられない。
 それが、ハントがミス・オールサンデーに対してあまり警戒を示していない理由だ。
 まぁ、それがすなわち罠がないと断言するには不安があるのも事実で、ビビにそこまで強く断言されたらやっぱりそうなのかぁと思ってしまうのがハントでもあり、だがやはりどうせクロコダイルのいる場所に向かわなければならないのだから、じゃあ連れて行ってもらっても一緒じゃないのか? という疑問も彼の中に浮かぶ。

「うーん」と唸って悩む様子を見せる彼に、ミス・オールサンデーが中断させた。
「あなたたちの会話は少し面白いのだけど……残念なことに時間があまりないの」
「ハントさん……来るわ!」

 戦闘態勢に入ったミス・オールサンデーに対して、いつまでものんびりとした態度を見せるハントへとビビが注意を促す。

「……」

 ――やれやれ。

 ハントはため息をつき、無言で頷く。

「六輪――」 

 ミス・オールサンデーが技を発動するその瞬間、ハントが地を蹴った。

「――っ!?」

 気づけばハントがミス・オールサンデーの眼前へ。
 彼女に迫るハント。ミス・オールサンデーへと伸びる腕。 
 いつの間に間合いをつぶしたのか、それすらもわからないほどの速さ。 
 その速度は少なくとも先ほどミス・オールサンデーが相手にしたペルのそれとは比肩しえないほどに速く、鋭い。技の発動はもちろん、回避も、防御すら間に合わない。それを感じたミス・オールサンデーが息をのんだところで「はい、俺の勝ち」
 彼女の後ろから声が。

「……」

 おそるおそる振り向いた先ではハントはミス・オールサンデーの帽子を片手に、まるで勝ち誇った笑みを浮かべていた。
 ミス・オールサンデーはもちろん、傍から見ていたビビですらもその目には映らなかったため、何が起こったのかを把握するのに数秒の間を要した。

「……」

 そして、やっと自分がかぶっていた帽子が奪われたのだということに気づいたミス・オールサンデーがクスと息を漏らして「そうね、私の負けのようね」と両手をあげて降参のポーズを。

「ハントさん!」

 嬉しそうな声をあげるビビへ顔を向けず、ハントは一度大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出してから何かを決意したらしい強い意志を込めて言う。

「そういうわけで……連れて行ってもらえるか? クロコダイルのところに」
「……ハントさん!?」
「……え」

 ビビだけでなくミス・オールサンデーもが驚きの表情を浮かべた。

「ちょ、ちょっとハントさん! なにいって――」
「――どうせクロコダイルのところの行くんだし、その方が手間がかからないだろ」
「……で、でも」
「今日、反乱が起きる……時間もないんだし、な?」
「そうだけど――」

 不安そうな顔であくまでも渋るビビの言葉を割って、ハントは帽子を持ち主へと手渡しで返して笑う。

「クロコダイルは絶対に倒す」
「……っ」
「俺はルフィたちに比べたら確かに頼りない……でも、俺も麦わらの一味だ」

 真摯な目で、つい先ほどまであったどこか呑気な態度はなりを潜めて、いつしか穏やかかつ強い空気をまとったハントが、ビビの肩をつかんで、言葉を落とす。

「俺に任せろ」

 自信にあふれているこのハントの言葉はビビにだけ向けられているものではない。
 ルフィのようにまっすぐにただ前だけを見つめていられるほどの意志の強さはハントにはない。手合せ自体は嫌いではないが、かといって戦うことそのものが好きかと問われればそんなこともなく、ゾロのように強さだけを目指すような生き方もハントにはできない。
 それでも、ハントは強くなると師匠に誓った。
 だから、ハントはそれに応える。
 約束を守るため、自分が自分であるために。
 だからハントはビビへと、そして何よりも自分へと誓う。

「俺がクロコダイルを倒す」

 ビビが初めて見るハントの覚悟に溢れた表情。巨人二人を倒すと宣言したときとも少し違う、どこか不安の様相も垣間見える表情。それらを押し隠すように吐き出されたハントの言葉に、だからこそビビは頷き、微笑んだ。

「うん、わかった。行こうハントさん」
「……ああ!」

 こうして3人は歩き出す。
 クロコダイルのいる店『レインディナーズ』へ。

「……」

 ミス・オールサンデーは、楽しそうに彼らの会話を見ていた。
 それはクロコダイルをハントのような若者が倒せるわけがないと思ってのことか、それとも本当にただ二人の会話に興味を示しているのか、もっと別の何かを見ているのか。それはきっと彼女自身にもわかっていない笑みだった。




 レインディナーズ。
 水の上に浮かぶその店は夢の町『レインベース』の中でも最大の規模を誇るカジノで、オーナーが王下七武海のクロコダイルとして有名な店だ。
 誰もが夢と娯楽を求めて興じるこのカジノ店の地下。
 巨大に開けた一室があった。

 唯一の扉から50段以上もの階段を下りた先に広がるその一室は、空間の大きさだけ見れば王城の広間と言われても信じてしまうだろう。高さは少なく見積もっても10m以上。面積も大抵のスポーツならば問題なく行えそうなほどに広い。
 四方を囲む壁や、それに備えられた窓はおそらく特殊な素材で構成されているのであろう。地下室は水面下に存在しており、つまりは壁や窓の向こう側は水で覆われており、普通の材壁ならば一日ともたずに沈没している。

 なぜカジノの地下にこんな一室が存在してるかは考えるまでもない。
 ここはクロコダイルの秘密基地ともいえる一室。
 例えば国を乗っ取るための最終計画『ユートピア作戦』もここで打ち合わせが行われた。
 要はそういう場所だ。

 そこで、ルフィたちと、ルフィを追っていた海軍大佐のスモーカーが捕まっていた。
 海楼石入りの柵で覆われた特別製の牢獄で囚われており、自然系悪魔の実の能力者のスモーカーでも出ることができない。
 捕まって大した時間は経っていなのだが、既に暇を持て余している人物が二人。

「サンジのマネ……肉くったのお前か!」
「あっひゃっひゃっ」

 もちろんルフィとウソップだ。
 いくらやることがないとはいえ、緊張感のなさすぎる二人へとナミが「真面目に捕まれ!」と、げんこつを振り下ろす。と同時に横で寝ているゾロへも「で、あんたはなに寝てんの!?」と、げんこつを。

「お、朝か」
「ずっと朝よ!」

 尽きないボケに暴力的とはいえ的確に突っ込みを入れるナミは見事だが、これがまた彼らにとっては自然体だから恐れ入る。なんやかんやで楽しそうな彼らに、一人優雅な椅子に腰かけてそれらを傍観していたクロコダイルが言葉を漏らした。

「……威勢のいいお嬢ちゃんだな」

 クロコダイルに声をかけられ、王下七武海にびびりまくっていたナミならば及び腰になるかと思いきやまったくそんなことはなかった。

「何よ、そうやって今のうちに余裕かましてるといいわ! こいつらがあの檻から出たらあんたなんか雲の上まで吹き飛ばしておしまいよ! そうでしょ!? ルフィ!」
「あたりめぇだこのぉ!」

 ルフィはともかくとして、ナミまでもが王下七武海のクロコダイルに威勢のいい態度を見せるのはよほどビビの件で彼に対して頭に来ているせいか、それとも仲間に対してそれだけの信頼があるのか。

「随分と信頼のある船長のようだな麦わらのルフィ……信頼――」

 クロコダイルは後者として受け取ったらしい。まるで『信頼』という言葉を吟味するかのように目を閉じて、嘲笑する。

「――クハハ、この世で最も不要なものだ」
「なにあいつっ! 人を馬鹿にして!」
「やや……やめとけ、今に怒るぞ、あいつも」

 怒りをあらわにするナミに、ウソップがさすがに止めに入る。クロコダイルの怒りに触れたらこの状況ではどうしようもないのがたしかで、だがそれでもナミが何かを言おうと口を開こうとしたところで――

「――クロコダイル!」

 扉の入り口。階上に、ミス・オールサンデーが連れてきた二人の客の姿が。その姿を認めた檻の中のルフィとウソップがその人物の名を同時に呼んだ。

「ビビ!」

 名を呼ばれたビビはよほど怒り心頭らしく、ルフィたちには一切反応せずクロコダイルへ言葉を交わす。

「やぁ、ようこそアラバスタの王女ビビ。いや……ミス・ウェンズデー。よくぞわが社の刺客をかいくぐってここまで来たな」
「来るわよ、どこまでだって」

 徐々に高まる緊張の中で、ビビの後ろで佇むハントは小さく肩を落としていた。

「……ローグタウンの時のスモーカーといい、今の時といい……俺って存在感ないのか? しかもクロコダイルだけじゃなくてルフィとかウソップにも声をかけられないし……そんなに存在感薄いかなぁ……あれ? ということはトイレ言ってる間にみんな勝手にどっか行ってたのも忘れられてたとか……い、いやまさか……いくら存在感が薄いといっても」

 寂寥感と自虐感たっぷりでつぶやかれたハントの独り言。
 それを聞いていたミス・オールサンデーがハントの肩をたたいて励ますかのように言う。

「……大丈夫よ、存在はしてるから」
「……そっか、そうだよな。ありが……あれ今バカにされた?」
「ふふ」
「いや『ふふ』じゃないから。励ますふりして貶めるとかどんな高等技術? 家族にもそんないじり方されたことないんだけど」

 実に緊張感のないやりとりだが、ハントがまとう空気は全くもって表面的なそれとは違う。
 鋭い目つき。いつ何が起こっても対応できるように軽く膝を沈み込ませている態勢。声色の端々から感じられる精悍さ。ハントから感じられる雰囲気は先ほどミス・オールサンデーと対峙していた時よりも格段に違っている。

 どこかふざけたやり取りの中ですら敵へと集中しているという事実が本当にクロコダイルを倒そうとしているという事実へとつながり、それがまたミス・オールサンデーからすれば興味深い。
 ビビとクロコダイルとは対照的に緊張感のない会話をするハントとミス・オールサンデーだったが、その会話は「お前さえこの国に来なければアラバスタはずっと平和でいられたんだ!」というビビの叫びにより中断された。

 両手小指に小さい刃物をつけた紐を取り付け、その刃物を回転させながら相手を切り裂く技『孔雀一連スラッシャー!』をクロコダイルの顔面めがけて放った。それを、クロコダイルは避ける仕草すら見せずに佇み、そしてその結果。
 クロコダイルの頭部が不自然なほどにはじけ飛んだ。

「うおお!」

 興奮するルフィたちをよそに、ルフィたちと同じく牢獄の中にいたスモーカーが小さく「無駄だ」と呟いた。
 一目見れば頭部がはじけ飛んで生きていられる人間などいない。よってクロコダイルが死んだ、と判断しされもおかしくはない状況なのだが、果してスモーカーの言葉通りだった。

「気が済んだか。ミス・ウェンズデー」

 クロコダイルの声。気づけばビビの周囲を不自然な砂が舞っていた。
 そして――

「この国に住むものなら知っているはずだぞ……この俺のスナスナの実の能力くらいな」

 ――ビビの腕と口を背後から抑え込むクロコダイルがそこにいた。

 自然系悪魔の実『スナスナの実』の能力者、王下七武海クロコダイル。決して単純な物理攻撃をその身に受けることのない自然系の悪魔の実の能力者。一筋縄ではいかないであろうこの男はビビの耳元で呟く。

「ミイラにな――」

 いや、呟けなかった。
 なぜなら。

「――セクハラ禁止!」

 ハントの黒く変色した拳がクロコダイルを殴り飛ばしていたから。
 すさまじい速度で殴り飛ばされたクロコダイルは壁際に設置されていた本棚まで弾き飛ばされてそのまま激突。全身が細やかな砂になって宙に舞った。

「……え」

 理解できないのは側にいたビビだ。
 ビビもクロコダイルがスナスナの実の能力者だということは知っている。そして、もちろんそれはすなわち単純な物理攻撃は通らないということも。なのに、つい今この瞬間。クロコダイルがハントに殴り飛ばされる瞬間を見た。
 何が起こったのかわからない、という表情をするビビに、ハントが親指をたてて言う。

「クロコダイルは俺が倒す……そう言っただろ?」
「……っ!」

 瞳を輝かせて頷いたビビだったが、すぐに状況を思い出してハントから離れた。なにせ相手は王下七武海のクロコダイル。巨人をも倒してしまうほどの力をもつハントの一撃とはいえ、たった一発で決着がつくわけがない。

「……てめぇ、まさか覇気使いか」

 まだまだ小僧ともとれるようなハントから一撃をもらったことによる屈辱とそれ以上の警戒をこめて、いつの間にか体を形成していたクロコダイルがハントを睨み付けた。

「珍しくはないんじゃないか?」
「こんなところにいるのは十分珍しいがな」

 冷静につぶやくハントと、吐き捨てるように漏らすクロコダイル。
 どこか対照的な態度の二人で、この態度だけを見ていればハントの方にこそ余裕があるかと思われるかもしれないが、実際はそんなことはなく、内心ではハントは焦りに焦っていた。

 ――ここで戦ったら流石に勝てないな、これ。

 ハントとビビ。クロコダイルとミス・オールサンデー。
 自分がクロコダイルと戦うのは当たり前として、ビビとミス・オールサンデーに差がありすぎる。つまりビビを守りながら、二人と戦わなければいけないということになる。が、もちろんビビを助けながら戦うほどの余裕はおそらくハントにはない。
 相手がクロコダイルというだけでも勝てるかわからないのに、もう一人加わられたらたまったものじゃない。

 これだけでも危機を感じるには十分だというのに、周囲が水に囲まれているこの状況でルフィたちが牢獄の中で捕まっているというのもハントにしてみれば痛事だった。もしもここにいるのがハントだけならば小躍りしたくなるほどにラッキーな状況だろうが、もちろんそんなIFは考えるだけ無駄という話で、今のこの状況ではハントは本気を出せない。
 本気を出せばこの建物に傷が入る可能性が大きく、そして傷が入ればこの壁から浸水しここは一瞬で沈むことになる。
 そうなればルフィたちが水に沈むという最悪な事態になってしまう。

 ――場所が悪すぎる。

 ビビの言う通り、ここに来るべきじゃなかったかもと、少しばかり早すぎる後悔を始めるハント。
 圧倒的にハントにしてみれば不利と思われる状況で焦りを覚えている彼だったが、実はクロコダイルはハント以上に危機感を覚えていた。
 彼が自然系の能力者として本気を出せばハント以上に確実にこの建物を壊してしまう。そもそも悪魔の実の能力者というだけで水が弱点なのに、スナスナの実という砂の能力によって、クロコダイルにとっての水は悪魔の実の能力者以上に致命的な弱点となっている。
 周囲に水があふれるという状況をクロコダイルがそれを望むわけもなく、かといってハントは覇気使い。

 覇気使いの人間は、物理攻撃を当ててくるという芸当をこなし、自然系という絶対的優位性はその地位を落とし単なる優位性があるというだけの状況へとしてしまう。加えて覇気使いはその大抵が並々ならない努力を積んだ人間が得ているものが多く、それを相手にして悪魔の実の能力の技を使わずに戦ってもいくらクロコダイルとてジリ貧になる可能性がある。
 お互いにお互いが望まない状況にある中、ふとミス・オールサンデーが言葉を発し、空気がわずかに弛緩した。

「……7時を回ったわ」
「……そうか、始まったか」

 クロコダイルが頷き、ハントがそれに対して小首を傾げた。

「……始まった?」

 ハントだけではなく、ビビや囚われているルフィたちも同様に何のことかわからずに不思議そうな顔に。
 用意周到で切れ者のクロコダイルだが、もうこの段階にまで至ってしまっては目の前の彼らにそれを止める手立てがないと判断したのか、それともそれを尋ねられて話すこと自体も彼にとっては計算の内なのか、ともかくクロコダイルは今から始まるそれについて嬉々として語りだした。

 それ、ユートピア作戦の全貌について。
 作戦の全貌をクロコダイルが語られ、そしてクロコダイルはビビをからかうように告げる。反乱軍が『ナノハナ』から『アルバーナ』の国王軍とぶつかるまで約8時間。ここ『レインベース』から『アルバーナ』につくまでにはそれ以上の時間がかかる。もしも彼らの衝突を回避させるならばビビが今すぐにでも『アルバーナ』へと向かわなければならない、ということを。

「……」

 ハントが拳を震わせた。
 顔面を殴られたクロコダイルだがハントが悔しそうにしているその表情に溜飲を下げたらしく「さて、じゃあ俺たちは一足先に失礼するとしようか」とミス・オールサンデーと共に部屋を出ていこうとする。とはいえハントがそれを許すはずがなく「俺の相手が終わってないだろ」とクロコダイルの背中へと動き出そうとして――

「――なお、この部屋はこれから一時間かけて自動的に消滅する」

 この言葉に、ハントの動きが止まった。
 それを背中越しに感じたクロコダイルが、ハントを見下す目をもって振り返り、そしてハントを睨み付けながら言い捨てる。

「こんな小者海賊団に覇気使いがいたことには驚いたが、所詮は小者海賊団の一員。俺が相手をしてやる必要もねぇ……さっきの一撃は餞別がわりに受け取っておいてやるさ。ミス・ウェンズデーも、もうそのままこの部屋と共に沈没する小者海賊団を救おうとするより罪なき100万人の国民を救うために行動した方がいいんじゃねぇか? ……どっちを選ぼうが可能性は限りなく低いがな」
「っ」
「……」

 ビビが歯を食いしばり、ハントは無言でクロコダイルを睨み付ける。
 それがまたクロコダイルには心地よいのだろう。笑い声をあげながら聞いてもいないことをぺらぺらと語りだした。

「一国の王女もこうなっちまうと非力なもんだな。この国には実にバカが多くて仕事がしやすかった。若い反乱軍やユバの穴掘りジジ然りだ」

 ユバの穴掘りジジイ。
 その単語を聞いたハントが「なに?」と反応し、ルフィが「カラカラのおっさんのことか!」と声を張り上げた。
 ユバの穴掘りジジイを知っていることにクロコダイルは意外そうに、だがそれ以上に愉快そうに言う。

「なんだ、知ってるのか……もうとっくに死んじまってるオアシスを……毎日もくもくと掘り続けるバカなじじいだ……はっはっは笑っちまうだろう?」
「何だとお前!」

 不服そうなルフィの声を遮って。

「聞くが麦わらのルフィ……砂嵐ってやつがそう何度もうまく町を襲うと思うか?」

 あまりにも衝撃的な言葉がクロコダイルからこぼれ落ちた。

「……」
「……」
「……」

 一瞬、理解が出来なかったルフィ、ビビ、ハントが言葉を失った。だが、クロコダイルが右手で小さな砂塵を起こして見せたことで、悟った。

「お前がやったのか……っ!」

 ルフィの怒りの声。

「殺してやるっ!」

 ビビの怨嗟の声。

「ハハッ! ハッハッハッハッハ!」

 そして、クロコダイルの喜悦の笑い声。
 それが瞬間、悔しさに顔を染めたビビの前を、ビビには視認できないなにかが通った。
 灰色の甚平をなびかせ、振り上げた拳をクロコダイルの顔面へと叩き付け――

 ――いや、さすがにクロコダイル。

 ハントの黒色の拳を、今度はその左手のフックで受け止めていた。

「さっきの一撃は餞別で受けてやったと言ったろう!」
「外に出ろ……ブッ飛ばしてやる!」

 怒り心頭のハントの言葉。特に後半のそれを受けて、自分が王下七武海として海賊のトップの一人にいるという自覚と誇りからだろうか。余裕を見せていたクロコダイルから初めて一瞬、言葉が消え、まるで脅すかのような表情へと変化した。

「うぬ惚れるなよ」
「お前がな!」

 常人ならば目をそらして謝りだしそうなほどに気迫の込められた声色に、だがハントも負けてはいない。獣ならば確実に唸り声を漏らしているだろう表情でクロコダイルを睨み付ける。
 クロコダイルが自分のフックにぶつかっているハントの拳を外して、背中を向ける。

「……ついてこい、5分で終わらせてやる」
「……」
「そこの小者海賊団を見捨てられるんならな」
「……あ」
「見捨てるなら今のうちだぞ? 俺も暇じゃねぇんだ。ついてこねぇなら先にアルバーナへと向かわせてもらう」

 ――忘れてた。

 この部屋が消滅するまで、おそらくはもう半時間程度。
 それを思い出して、クロコダイルに付いていこうとしていた足を止めた。クロコダイルは本当にハントがどちらを選択しようが構わないのだろう。足を止めずにミス・オールサンデーと共にそのまま扉を出ていこうとしている。

「……くそ」

 さすがに仲間を見捨てるという選択肢をハントが選べるはずもなく、必然的に檻をどうにかできないかを調べてみようと檻に寄ろうとしたところで――

「――おれたちのことはいい!」

 ルフィから制止の声が響いた。

「いや、でも」
「行け、ハント! ブッ飛ばしてこい!」

 いつもながらのルフィの、心強い言葉だ。
 普段のハントならばすかさず頷いていただろうが、今回は状況が状況。さすがにルフィの無計画な言葉を受けてただ信じるというわけにもいかない。反論しようとして、だがそこでルフィの後ろ。眉を人差し指でぐるぐると回転させているナミの姿が見えた。

 それで、ハントも気づく。

 ――そうか、サンジがまだどこかに……そういえばチョッパーも。

 頼れる仲間が外にいることを思いだし、ハントは小さくナミへと頷いた。

「ビビ、とりあえずこいつら頼んだぞ!」
「任せて!」

 気持ちのいい返事をもらって、だからこそハントはルフィへと改めて言う。

「了解、船長!」

 クロコダイルを追いかけて、彼は駆け出した。




 ハントが走り去った後、取り残された地下室。
 徐々にあふれ出した水がそのタイムリミットを刻々と告げる。
 唯一自由の体だったビビはサンジやチョッパーを探しに出て、既にその姿はなく、今ここにいるのは牢獄の中にいる面子とその彼らを餌と勘違いして出てきた何頭ものバナナワニの姿があるだけ。

 人間など一飲みにしてしまえるバナナワニでも海楼石の牢獄を壊すことはできずに檻の周辺をうろついている。
 ルフィやゾロに壊すことが出来ない檻をバナナワニが壊せるわけがないというのは当然といえば当然だが、それはつまり今のこの状況ではやることがないということ。
 待つしかないというどうしようもないこの状況で、ナミがさらに大変な状況にあるということに気付いた。

「……鍵がないと出られないんじゃ」
「あ」

 声を漏らしたのはウソップか。

「どどどどうすんだよ! これじゃビビが助けを呼んできてもどうにもなんねぇぞ!」 
 続けて泣き出しそうな声で言うウソップに、ナミが「もしかしたらこの部屋のどこかにあるかもしれないし」と可能性の薄い慰めを言い、ゾロが面倒そうに「騒ぐなてめぇは」と妙に落ち着いた声でつぶやく。

「ででででもよ! クロコダイルがそんな迂闊なことを――」

 とはいえ、それでウソップが納得できるはずもなく不安を暴走させてギャーギャーと大きな声で騒ぎ立てる。
 そのおかげで「策があるわけじゃねぇのか」と、鍵の所在がわかっていないという問題にとっくに気づいていたスモーカーが辟易とした声を漏らしのだが、ウソップの声にかき消されて誰にも聞こえなかったことはスモーカーにとって、無駄にルフィたちに絡まれることがなかったという点ではラッキーだったか。

 徐々にあふれてくる水量を見て、だが結局は待つしかないと、どうにか腹をくくったウソップがふと静かになり、そしてまたふと場違いなことを呟く。

「そういやハントがナミに声かけなかったな」

 ある意味当然といえば当然の雰囲気だったため誰もその違和感に気づかなかったが、改めて指摘されれば確かにそれは異常なことで。「な、なによ」とわずかにうろたえる様相を見せるナミを無視してゾロも言う。

「よっぽど余裕がなかったんだろ、相手は王下七武海だし、状況が状況だしよ」
「……意味わかんないんだけど!」

 ナミがこの話題はもう終わりだと言わんばかりに、そっぽを向いた。
 これでこの話題は終わりを告げた……というわけにはいかなかったようで。

「あー、そういやハントってナミのことす――」
「――アホッ! 今ここで言うんじゃねぇよ!」

 今更ながらにウソップとゾロの言葉の意味を思い出したルフィがそれを口に出しかけた。さすがにナミがいる前でそれはまずいだろうということでウソップがあわてて口を塞いだのだが、それがナミに聞こえていないわけがない。

「……ハントがなに?」
「ななな、なんでもねぇって! いいからビビがサンジを呼んでくることをお前は願っとけ!」
「……?」

 どこか納得できない表情をするナミも、たしかに状況的にいま問い詰めることではないと判断して、小さく頷いて黙り込んだ。
 命の危機が迫る彼らには焦りの表情が……という状況にあるはずなのだが、どこか和やかな空気が彼らに流れていた。
 
 
 

 
後書き
あとがき

鍵は未だにクロコダイルの懐の中。原作だとバナナワニに食わせてたけど、まぁバナナワニをハントが倒すことを警戒したんでしょうね。まぁ、どっちにしても偽物の鍵だからあんまり関係ないといえば関係ないですが。
そういうわけでバナナワニの出番はサンジに蹴られてMr.3を吐き出してもうらためだけですね。
ドンマイバナナワニ。

ハントがクロコダイルの相手をしてくれるので、ビビもクロコダイルに邪魔されずにすんなりとサンジたちを呼びに行けました。
いやーよかったよかった(棒)



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