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新しいお父さん

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第四章


第四章

「凄くいい人だから。だから結婚したのよ」
「そうだったのね」
「前言ったじゃない。そうだって」
「わからなかったわ」
 夏実は寂しそうに言った。
「いえ、わかりたくなかった」
 そして正確に言い直した。その通りであった。
「だって。私にはお父さんは一人しかいなかったから」
「今まではね。けれど」
「もう一人、いてもいいのね」
「そう、新しいお父さんよ」
 美代子は娘にこう言った。
「新しいお父さん。受け入れてくれるかしら」
「・・・・・・・・・」
「すぐにでもなくてもいいから。考えてね」
「わかったわ。それでね」
「何?」
「お父・・・・・・えっと、あの人は?」
「ちょっと休んでるわ」
 美代子はそれに答えた。
「大分輸血したから」
「そうなの」
「そうよ。けれどすぐに元気になるから。心配しないで」
「わかったわ。それでね」
「今度は何?」
「私が退院したら」
 夏実は言おうとした。
「退院したら?」
「ううん」
 だが途中でそれを止めた。
「何でもない」
「そうなの」
「とりあえず私、助かるのよね」
「ええ」
 美代子は今度は笑顔になった。
「そうよ、それは安心して」
「わかったわ」
 夏実も笑顔でそれに返した。
「お父さんのおかげでね」
「ええ」
 そして母の言葉に頷いた。それから入院しながら日を過ごした。その間元治はずっと夏実の御見舞いに来て何かと世話を焼いていた。
「今度は何を持って来ようか」
 いつも彼女にそんなことを尋ねていた。
「傷、痛むかい?退屈なんかしていないよね」
「大丈夫よ」
 少しましになっていた夏実は漫画を読んでいた。見れば漫画だけでなく小説やテレビゲームもある。全部元治が持って来てくれたものであった。
「こんなに色々あるから。退屈はしていないわよ」
 微笑んでそう言葉を返すのであった。あまりにも心配性なのでかえって夏実の方が戸惑ってしまう程であった。
「だったらいいんだけれどね」
「お父さん」
 美代子がそんな彼に言う。
「大丈夫よ、それにもうすぐ退院するのよ」
「それはわかってるけどさ」
 それもで彼は心配だったのだ。夏実が退屈していないか、寂しいか。
「病室にずっといるから」
「これだけあったら充分でしょ。過保護よ、幾ら何でも」
「それでも」
 彼はその太った顔に汗を垂らしながら返事をした。
「安心してていいわ、それよりもあなたが」
「僕が!?」
「あれだけ輸血したのに歩き回って。大丈夫なの?」
 どうやらこの漫画やテレビゲームは全部彼が店で買ってきたものらしい。夏実も元々持っていたがそれよりもずっと新しくて数も多かった。
「大丈夫だって、僕は丈夫だからね」
「だといいけれど」
 そんな真心が夏実にも伝わっていた。温かい心が彼女を包もうとしているのがわかった。今までだったらそれを受け入れることはなかったが今は違っていた。彼女も微笑んでいた。
 それから数日経って退院の日となった。病院で退院の手続きをすることになった。
「ここにサインをするんですね」
「はい」 
 看護婦さんは退院の為の書類を彼女に出していた。もうベッドから起き上がってテーブルに座ってサインをしていた。
「ここに御名前を」
「わかったわ。それじゃあ」
 夏実はそこにサインをする。その名前は。
「田所夏実、と」
 名前を呟きながらサインをした。もう苗字は久保ではなかった。
「それで宜しいのですね」
「はい」
 夏実はにこりと答えた。間違いはないと言った。
「わかりました。それでは」
「これで。帰られるんですよね」
 彼女は最後に看護婦さんに尋ねた。
「お父さんとお母さんのところに」
「そうですよ。今度は気をつけて下さいね。御二人本当に心配してらしたから」
「わかりました」
 にこりと笑った。そして夏実は帰るのであった。お母さんと、新しいお父さんのところに。


新しいお父さん   完


                    2006・7・9

 
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