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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第十一章 追憶の二重奏
  第十話 剣の鳥籠

 
前書き
 ……ずっと戦闘。

 ちと、中二病すぎ、かな? 

 
 空から見れば緑色の絨毯が広がっているように見える豊かなウエストウッドの森。鳥の歌声が響き、風に誘われ揺れる木の葉の囀りは、優しく染み渡るよう。誰もが心穏やかに浸れる空間に、

 ――――――ッ!!!!!

 鈍く重い音が響く。
 音と同時に空に舞い上がるのは十数メートルはあるだろう巨大な木々。玩具のように軽々と吹き飛ばされる木々に紛れ、六つの影が空を翔ける。六つの内五つの影は空を縦横無尽に飛び回り、最後の一つを追い回していた。五つの影に追われているのは、追っ手と違い空を飛ぶ力がないのか、吹き飛ばされる周囲の木々を足場に逃げ回っている。しかし、五体の追っ手の連携は凄まじく、一瞬毎に追い込まれていくのが傍目から見て明らかであった。

「―――ッ、偏在(ユビキタス)まで使えるとは―――厄介なッ!」

 士郎は足場にしていた木をへし折りながら背後へ大きく飛び退く。刹那の後、三体のワルド(・・・・・)が二つにヘシ折れた木を薙ぎ払いながら後方に飛び退いた士郎を雄叫びを上げながら追う。

「ッ、しつ―――こいッ!!」

 中空に逃げた士郎に切迫した二体のワルドが、獣の如き雄叫びを上げ風を纏った杖を突き立てようとする。鉄さえ容易く貫くだろう杖を、士郎は両手に握る干将・莫耶で捌く。剣の刃の上で滑らせるように杖を捌くと、勢い余ってつんのめるように前へとワルドたちが出る。両脇を通り過ぎて行こうとするワルドたちをそのままにするわけもなく、士郎はがら空きになった後頭部を剣の柄で叩き潰す勢いで振り抜く。

「っ?! 硬ッ!?」

 『ガギンッ!!』と、およそ人体から出る筈のない音を立てながらワルドたちが地面へと向け急降下していく。士郎はワルドたちの後頭部を殴りつけた反動で身体を回転させると、背後で魔法を放って来た三体目のワルドに相対する。放たれたのは電撃。ライトニング・クラウド。無数の雷が士郎に襲いかかる。文字通り雷速で迫る電撃は、移動手段がない空中では避けることは不可能。
 しかし、

「―――ッ」

 士郎は両手の干将・莫耶を迫る雷に投げつけ、

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)ッ!!」

 爆発させた。
 空間に円形の歪みが生まれ、次に衝撃波が放たれた。士郎とワルドの丁度中間当辺りで発生した衝撃は、雷光を散らすと共に士郎とワルドの間を引き離す。士郎よりも下に位置していたワルドは爆発の衝撃波で地面へと落ちていく。これで三体のワルドが戦線を離脱。だが、ワルドはまだ二体いる。その内の一体が士郎の背後に迫っていた。既にエア・ニードルを振り上げており、このままでは士郎は串刺しに。だが、士郎は迫る脅威に既に気付いていた。踏ん張りが効かず動きづらい空にありながら、士郎は素早い動作で背後に振り返ると、身体を回す勢いで自分に差し向けられる杖の先端を手の甲で逸らす。ダンスの熟練者が、素人を導くような優雅とも言える動作。ワルドは士郎の作り上げた道筋に逆らう暇も考えも浮かぶ間もなくそのままの勢いで下へと落ちていく。四体目のワルドを下へと受け流した士郎が顔を上げると、そこには最後のワルドが杖を振り上げている。何かの魔法を放とうとしていた。士郎は素早く周囲を見渡し何かを確認した後、腰に佩いた剣を引き抜き、魔法を放つワルドへと―――。

「おおっ!! やったぁ!! 相棒おれっちを使ってくれるのかい!? 嬉しいねぇ!! 頑張っちゃ―――」

 ……投げつけた。

「―――って?! ちょおおおおおおおおいいいいいいいいいいいいい―――ッ!!??」

 ドップラー効果を発揮しながらワルドへと向かって飛ぶデルフリンガー。
 だがしかし、その結果はというと。

「ちっ、やはり外したか」
「―――っやっぱりって、やっぱりって言ったぁぁぁぁ~~~相棒おおぉぉぉぉ!?」

 放たれた魔法はデルフリンガーに吸収できたが、投擲の攻撃は軽くワルドに躱され、そのまま地面へと向けデルフリンガーは飛んで(落ちて)いく。
 軽々とデルフリンガーを避けたワルドは、お返しとばかりに様々な魔法を乱れ撃ってくる。不可視の風の塊に音速を軽く超える速度で迫る雷。しかし、士郎はそれらを容易く再度投影した干将・莫耶で切り裂きながらも、そのまま地面へと逆らうことなく落ちていく。地面へ叩き付けられる直前、士郎は木の枝をへし折り衝撃を殺すと―――幹を蹴りつける。

「やはり厄介だな」

 士郎の蹴りつけで罅は入ったが何とか生き残った木であるが、瞬きの間もなく左右から挟み込むように躍りかかった三体のワルドにより三つに砕かれた。士郎はその様を見ながらくるくると回転すると、地面に足が着いたと同時に駆け出していった。障害物のように規則性もなく生える木々の合間を縫うように翔ける士郎。迷うさまを見せず駆ける士郎の背後から、風切り音を身に纏わせながら五体のワルドが飛びながら迫ってくる。猫科の獣のように喉を『グルグル』と唸らせながら追いかけてくるワルドたちは、乱雑に生える木々が邪魔となり士郎に追いつけないでいた。

「……このまま大人しくついて来てくれれば楽だが……」

 ポツリと呟く士郎。
 だが、そう言った物言いは、一般的にフラグと呼ばれるものであり―――結果。

「―――そう上手くはいかないか」

 三体のワルドが急加速し士郎目掛け真っ直ぐ直進(・・)してきた。後方の二体のワルドが“ウィンド・ブレイク”により先行する三体のワルドを吹き飛ばしたのだ。全身に“固定”が掛けられ鋼鉄並の強度を持った身体ならではの方法であろう。幹周り数メートルはある木々を枯れ枝でも折るようにへし折りながら士郎へと迫る三体のワルド。
 迫るワルドたちの姿に、士郎の顔が歪む。
 偏在(ユビキタス)の魔法により五体に増えたワルドたちの攻撃方法は先程から変わりはない。五体の内三体を前衛、二体を後衛にした単純なもの。しかし、単純であるからこそ、それは堅実であった。距離さえ取れれば、士郎の力ならば一気に殲滅する方法(宝具)は幾つもある。だが、その距離が取れない。三体のワルドがしつこい程近接戦を仕掛けてき、何とか撃退したかと思えば後方にいる残り二体目のワルドが安全な距離から魔法を乱れ撃ち、三体のワルドが戦線復帰するまでの時間を稼ぐ。色々と強化されているとは言え、単純にワルドを五体相手にするならば、そう苦労するようなものではなかったのだが、五体のワルドの連携が異常なほど密であったのだ。前衛の三体のワルドを相手にする際、士郎はまるで六本の手足を持つ化物を相手にしているかのような気がした。また、全身に掛けられた“固定”の魔法もまた地味に厄介なものであり、それなりの勢いが無ければワルドに刃がたたなかったのだ。
 その厄介さを改めて確認しながら、士郎は出そうになった溜め息を噛み殺し両手に掴んだ干将・莫耶を握り締めた。

「さて、あそこ(・・・)までまだ距離があるか……それまで大人しくしてくれるのなら楽だったんだがな」

 木々を薙ぎ倒しながら迫るワルドを背に、更に速度を上げる士郎。ワルドの一体が殴り折った木を掴み投げつけてくる。士郎は斜めに身体を大きく倒すと地面を蹴り、膝を軽く曲げた。鈍い風切り音を立て迫る倒木。士郎の足の裏はまるで磁石で引き付けられたかのように襲いかかる木の上に触れ―――、

「―――ッ」

 ―――蹴った。
 蹴り砕くのではなく押し込むような蹴り。木は砕かれることなく先程木を放り投げたワルドへと向かって逆再生のように飛んでいく。士郎は木を蹴った勢いで更に速度を上げ、詰められた分以上の距離を稼ぐ。壁にぶつかったスーパーボールのように戻って来た木を、腕のひと振りで殴り砕くワルド。

「―――シッ!」

 鋭く呼気を吐き、宙を翔ける士郎は地面に降り立ち駆け出す―――のではなく木へと向かって一直線へと向かう。このままでは木にぶつかってしまう、しかし、士郎は慌てることなく身体の向きを変え、足を近付く木に向け―――蹴りつけた。四足歩行するかのような前傾姿勢で、士郎は木から木へと地面に一度たりとも足を着けず進む。木から木へと飛び移るその姿は、何処か四足歩行の動物と言うよりも、昆虫―――それも肉食のそれのようであった。この移動方法を取り始めた士郎の移動速度は格段に上がり、一瞬にして詰められた距離以上の間合いを得る。

「「「G、ぐ、ぁ、デル、ヴァが、ラース」」」

 ―――ライトネス(軽量)―――

 前衛三体のワルドが同時に軽量の魔法を唱え、続いて後方のワルドが再度三体のワルドの背へ向け“ウィンド・ブレイク”を放った。軽量化により先程の倍以上の速度で飛び出す三体のワルド。その速度は凄まじく、三十メートル以上距離が離れていたのを一秒もなく食い尽くし、士郎が足を着けた木を破壊した。
 根元から叩き折れた木の先は、枯れ木のように軽々と空へと飛んでいき。

「―――全く無茶をする」

 飛んでいく木にしがみついた姿でぼやくようにそう呟いた士郎は、軽やかな動作で背後へと大きく飛んだ。蹴りつけられた木は真っ二つになりながらも、下で士郎を探し辺りを見渡す二体のワルドに向かう。ぐるぐると勢い良く回転しながら迫る木に気付いたワルドたちは、避けるでなく、迎え撃つのでもなく―――真っ直ぐ突っ込んだ。
 
「……まあ、そう来るよ―――なッ!!」

 襲い来る木を木っ端にしながら突っ込んでくる三体のワルド。士郎は干将・莫耶を十字に交差すると、砲弾のように襲いかかるワルドを受け止めた。しかし、やはり踏ん張ることが出来ない空中。士郎は枯れ木のように軽々と吹き飛んでいく。
 
「……まあ、結果オーライと言ったところか」

 吹き飛ばされた士郎は、自分が向かう先をチラリと見ると、口元に小さな笑みを浮かべた。視線を前に戻すと、士郎を吹き飛ばしたワルドがフライで迫って来ている。だが、士郎の移動速度の方がまだ速い。空中で再度襲われる可能性は少ない―――が。

「そう甘くはない―――か!」

 吐き捨てるように言い捨てた士郎は、上空から襲いかかる不可視の風の刃を干将・莫耶で切り裂く。距離が離れた三体のワルドがエア・カッターを乱れ撃っているのだ。迫る風の刃を切り裂き切り裂き―――士郎は次々と襲いかかる風の刃と切り結ぶ。

「しつ―――こいッ!!」

 大きく干将を振り抜き、十の迫る風の刃を纏めて吹き飛ばす。僅かに空いた空間に押し込むように、干将・莫耶を上空の二体のワルドへと投擲する。風の刃を切り裂きながらワルドへと向かう干将・莫耶。流石のワルドもそのまま突っ込むワケもいかないのか、風を纏った杖で干将・莫耶を弾き飛ばす。弾き飛ばされた干将・莫耶は、地面へと落ちていく士郎の横を通り過ぎていく。士郎は叩きつけられるような勢いで地面に降り立ち―――。

「―――ッ!!?」

 顔を驚愕に歪ませた。
 士郎が降り立った場所は地面ではなく―――、

「―――沼、か!?」

 沼であった。
 泥濘んだ大地に士郎の身体が股下まで埋まる。少しでも力を込めれば踏ん張ることも出来ずに沈んでしまう。
 下半身が完全に埋没してしまった状況に焦る士郎。焦燥に駆られる士郎に、三つの脅威が襲いかかる。
 一つは上空―――エア・ニードルを構えて二つの弾丸となった三体のワルド。
 一つは前方―――後衛の一体のワルドが放った四本の不可視の槍―――エア・スピアー。
 一つは後方―――二体目の後衛が放った雷撃―――ライトニング・クラウド。
 着弾は同時。
 (ワルド)を対処すれば()後ろ(電撃)が、()を対処すれば(ワルド)後ろ(電撃)が防げない。
 どちらも当たれば致命傷。
 三方同時に対処するのは不可能。
 どちらかを選ばなければならない。
 
 ―――ふむ、チェック―――か―――。

 普通に考えれば詰みの現状。
 しかし、士郎の顔に悲観は見えない。
 それどころか、その口元には―――。

「―――だが―――まだチェック・メイトではないぞッ!!」

 笑みが浮かんでいた。
 腰まで沈んだ足を動かし目的(・・)のものを探り当てた士郎は、勢い良く足を振り抜きソレ(・・)を自分の眼前へと飛び出させる。

「―――頼むぞデルフッ!!」

 沼の中から泥に纏った姿で飛び出したデルフリンガーに、眼前にまで迫っていた四本のエア・スピアーが当たる。が、その結果は四本のエア・スピアーは吸い込まれるようにデルフリ

ンガーの中へと消えていく。
 デルフリンガーの固有能力である“魔法吸収”である。
 とは言え、魔法自体は吸収できても、その勢いまでは吸収出来るわけではないようで―――結果、支えがないデルフリンガーは軽々と吹き飛んでしまう。

「最近オレッチの扱い酷すぎないっ?! ねえっ!! 本気で酷くないッ!? 相棒おおおぉぉぉぉぉぉ!!!??」

 吹き飛ばされるデルフリンガーの―――その行き先は―――。

「おんどりゃああああああ!! こうなりゃ意地でぇ! 一矢報いてやらああぁぁ!!」

 士郎であった。
 怨念混じりの怒声を上げて迫るデルフリンガーを士郎は顔を横に傾け「ひょい」と軽々と避け。

「やっぱそうだよねぇぇぇ!!?」

 士郎の後へと飛んでいくデルフリンガーは、士郎の背後から迫る電撃(ライトニング・クラウド)とぶつかり、その魔法を吸収し。

「―――ああ、もう諦めたわ……」

 先程と同じく衝撃をそのまま受け止め吹き飛んでいくデルフリンガー。
 何処か悟ったような声を上げながら彼方へと消えていくデルフリンガーを一瞥することなく、士郎は上空から彗星の如く迫るワルドを干将・莫耶で斬り上げるのではなく斬り落とす。
 斬るのではなく逸らす剣捌きで士郎が三体のワルドを叩き落とすと、下は硬い地面ではなく沼であることから、落下と斬り落としが合わさった加速は凄まじくワルドの身体は沼の奥深くまで一気に沈み込んでしまう。
 そして、一瞬の間を置き―――。

「―――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 士郎はチェックを宣言する。
 瞬間、沼が膨れ上がり―――爆発した。
 先程ワルドに弾き飛ばされ沼の中へと沈んだ干将・莫耶(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)を爆発させ、その衝撃波を持って沼から脱出した士郎は、硬い地面へと降り立つ。そしてそのまま駆け出し周囲に見える木々の中で最も巨大な樹へと向かって駆け出した。足を緩めず木へと迫り、そして―――。

「―――ッ!」

 速度を緩めずそのまま木の上を駆け上がった(・・・・・・・・・・)
 二十メートル以上はある木の頂上まで一気に駆け上がった士郎は、そのまま空へと向かって飛び上がる。ぐんぐんと空へと向かって飛翔する士郎の身体は、地上から軽く四、五十メートルの地点にあった。
 轟々と唸りを上げる風の音を聞きながら(地上)を見下ろす士郎は、不敵な笑みを浮かべながら話し掛ける。

「さて―――来るか」

 今だ上昇が止まらない士郎がそう話しかけた瞬間、地上に十の爆発が起きる。

「―――何?」

 地上から宇宙を目指すロケットのようにワルドたちが自分目掛け飛んでくる際の爆発だろうと理解する士郎だが、その顔は怪訝に染まっていた。
 しかし、ワルドが追ってくるのは予想通りである。そのことに何の驚きもない―――筈であった。
 だが、()が予想外であったのだ。

 五ではなく十―――だと?

 どういう事だ? と士郎が不可思議に思い―――同時に理解した。

 ―――まさか―――!?

 答えは、直ぐに出た。
 士郎の想像通りの答えが。

「十体まで可能と言うのか―――ッ!!?」

 上空の士郎に、十体のワルドが襲いかかる。
 予想通りの予想外の答えに、士郎の口から苦味切った声が漏れた。

 十体……いけるか?
 いや、五体がギリギリ許容範囲内だ。十体では囲いきれん。
 囲むには百以上は必要だ。
 だが―――それだけの魔力はない。

 予想外の事態に士郎が作戦を変更しようとした―――その時であった。
 


 遠く、森の上空に太陽が一つ生まれたのは。
 見覚えのある白く光る巨大なそれは、かつて一隻の巨大な戦艦を破壊し尽くしたものであり。 

「―――ふ」

 士郎の硬く引き締められていた口元から吐息が漏れ、固くなっていた口元が緩む。
 
「ルイズ―――やったな」

 口元を笑みの形に曲げた士郎は、ゆっくりと目蓋を閉じる。
 今にもワルドたちが魔法を放って来るような状況で目を閉じるなど自殺行為のようなものであるが、今はそんなことを考えるような状況ではなかった。
 目を閉じ、外界を切り離し、雑念を捨てる。己の内に意識を向け。一つの繋がりに意識を集中させる。つい先程まで弱々しい微かな糸のようだったそれは、今では数百年の古木の幹のような太さと存在感を見せていた。
 それを感じ取り、更に士郎の口元に浮かぶ笑みが深くなる。
 そして、士郎の意識がその繋がりに触れ―――、



 ―――同調(トレース)―――開始(オン)―――


  
 士郎の身体に爆発的な力が流れ込む。
 引き裂かんばかりに体内で暴れまわる魔力の奔流を、士郎は押さえ込むことなくそのまま自身の魔術回路にブチ込んだ。二十七本の魔術回路に自身の許容範囲を遥かに超える魔力が流れ込む。紫電を走らせ流れる魔力。体内から焼き尽くされるような熱と痛みを不敵な笑みで噛み殺し、士郎は吠えるように詠唱する。

「――――投影、開始(トレース・オン)!!」

 自身の心の内に手を伸ばし、無限に広がる荒野に突き刺さる(つるぎ)を掴み取る。
 何時も通りの投影と同じ。
 ―――だが。

「――――憑依経験、共感終了」

 その数が―――桁が違った。
 その数―――。

「――――工程完了(ロールアウト)全投影(バレット)待機(クリア)

 優に百を超える。
 全行程が終了し、数百の剣が姿を現す。切っ先を上下左右前後に向け規則性もなくバラバラに空に浮び上がったっている。ただ一つだけ規則性が感じられるのは、剣と剣の間隔。剣は大体十メートルの合間を持って展開していた。十メートル、それは常人ならば不可能だが、士郎(・・)ならば助走なしでも軽々と跳べる距離である。それが襲い来る十体のワルドを飲み込むように空に浮かんでいた。遠目で見れば点画で描かれた歪な形の球のように見える剣の集合体。そのどれもが只の剣は一本たりともない。一つ残らず魔力を帯びた魔剣・魔刀の類。その剣は岩―――否、例え鉄であったとしても触れれば紙のごとく切り裂くだろう。
 現に鉄さえ凌ぐ頑強さを持つ筈のワルドの身体が、突然現れた剣に対応出来ず接触した部分が大きく削れていた。
 前後左右上下を取り囲まれ、十体のワルドは身動きが出来ない。移動することは出来る。しかし、先程までの高速移動は不可能。宙に浮かび苛立たし気に威嚇のように喉を鳴らす十体のワルド。
 その姿はまるで鳥籠に囚われた鳥のようで。
 士郎は上昇が止まり下降が始まった身体を動かし、足場()の上に降り立つ。
 恨みまがしい視線で自分を睨み付けてくるワルドたちを見回した士郎は、宣言するようにその名を告げる。

「―――The birdcage of a sword (剣の鳥籠)

 空を行く鳥を墜とすための力の名を。
 
「これで、チェック(・・)だ」

 士郎の不敵な物言いを合図に、十体のワルドが士郎に襲いかかる。バラバラに散開したワルドたちは、士郎を中心に球状に展開した。
 そして、展開が終了すると共に士郎目掛け十体のワルドが一気に飛びかかる。前衛後衛関係なく、全てのワルドが我先にと己の牙を突き立てようと。全方位から迫るワルドを前に、全長一メートル少し程度の剣の上で器用に舐めるような体勢を取る。
 その姿は四足の獣のようであるが、しかし、その身から滲み出る気配は無機質であり―――獣、と言うよりも昆虫、それも肉食の―――そう―――さながら蜘蛛のようで。

「―――投影開始(トレース・オン)

 ダラリと垂れ下げられた士郎の手に現れるは一振りの短剣。
 鉄製の柄に無骨な五寸の刃。
 士郎が握り締める指の隙間に見える柄に刻まれるは“七夜”。
 とある退魔一族に伝わる宝刀。
 歴史はあるが何か特別な力は持たず、ただ頑丈なだけ。
 しかし、それで十分。
 何故ならば、今必要なのは刀―――ではなく、その使い手の力。
 稀代の暗殺者にして殺人貴。
 かつて見た蜘蛛の如き身体操作。
 その力が―――。
 
 ―――投影、装填(トリガー・オフ)――― 

「―――それでは、始めるとするか」

 ―――全工程投影完了(セット)

「貴様に捉えられるか―――この絶死の蜘蛛をッ!」

 士郎の身体が撓み、ブレ、消える。
 ワルドたちの視界から士郎の姿が消えた。先程まで士郎がいた場所に辿りついたワルドたちが戸惑うように辺りを見渡す。しかし、前後左右上下に首を廻らすも、十体のワルドの目に士郎の姿は映らない。

「―――Gaッ!!?」

 突然士郎を探すワルドの内の一体が地上目掛けて落ちる。何者から頭を蹴りつけられたのだ。地に向かって落ちるワルドは無数に浮かぶ剣の上に叩き付けられる。
 一瞬姿を現した士郎は、その姿が捉えられる前に移動していた。どのワルドも未だ士郎の姿を捉えられていない。
 士郎の攻撃は続く。
 宙に浮かび、士郎の姿を捉えようと辺りを見渡すワルドを一体、また一体と蹴り、殴り、吹き飛ばす。
 背後から、頭上から、足元から、視界の死角から襲いかかる士郎を、ワルドたちは捉えられないまま吹き飛ばされ、無数に浮かぶ剣のどれかに叩き付けられる。一方的な展開。だが、しかし、未だワルドたちに決定的なダメージを与えられていない。
 ワルドたちは何度も剣へと叩きつけられながらも、その度に復活し剣と剣の間を飛び回り士郎の姿を探す。
 そんな中、一体のワルドが偶然士郎を見つける。丁度剣の上に降り立った時なのか、両手両足で掴むように剣の上にいる士郎を眼下に収めた。士郎を見つけたワルドは、その瞬間には既に飛び出し急降下し士郎に襲いかかっていた。落下と飛行の速度が加わり、その加速は凄まじく。士郎に到達するまで一秒もなかった。死角である頭上からの攻撃。しかも丁度足場()の上に降り立った瞬間である。例え死角から迫るワルドに気付いたとしても逃げようと思った瞬間にはワルドの爪がその身を引き裂くだろう。
 殺った。
 ワルドの凶気に染まり理性が感じられない顔が喜色に歪み―――。

 ―――蹴り―――穿つッ!!

 ―――崩壊した。
 剣の上で逆立ちするような格好で頭上から襲ってきたワルドの顔面を蹴り上げた士郎は、その勢いのまま他の剣の上へと移動すると、またもワルドたちの視界の中から消えてしまう。顔面を士郎に蹴りつけられ吹き飛ばされたワルドであったが、何十にも“固定”が施された肉体は士郎の凄まじい蹴りにさえ耐え抜いていた。吹き飛ばされた身体が空中に浮かぶ剣の柄にぶつかって止まると、直ぐに憤怒に染まる顔で辺りを見回し士郎を探し始めていた。
 互いに決定的な攻撃を与えられない状況が続く中、突然十体のワルドたちが同時に魔法を放ち始めた。
 電撃に風の刃、様々な魔法が狙いも定めず乱れ飛ぶ。だが、放たれる魔法には何らかの意図が感じられた。それが分かっていながら、士郎にはどうしようもない―――否、どうかしようとは考えていない(・・・・・・・・・・・・・・・)

「―――ッ―――ベルセルク(狂戦士)と言いながら、随分と計算高いな」
 
 ワルドたちの魔法により、足場である剣に容易に近づけない。攻撃の薄い剣の上を足場に移動し、誘導されるように士郎はある地点へと向かう。

「―――チッ」

 狭い剣の上で器用に膝を着き辺りを見渡した士郎は―――舌を打つ。
 士郎が降り立った剣の周囲には飛び移れるような剣の姿はなく、絶海の孤島のように空中にポツンと浮かんでいた。。
 周囲に一度で飛んで行けるような足場()はない。
 そして―――十体のワルドが取り囲んでいる。
 ―――逃げ場は、ない。
 
「……チェック・メイトと言ったところか?」

 狭い剣の上で器用に膝を着くと、士郎は周囲を見渡し肩を竦める。前後左右上下―――士郎を中心に球状に取り囲むワルド。歪んだ口元から覗く噛み締められた歯の隙間からは、蒸気のように熱い息を激しく音を立て吐き出し、魔法人形(ガーゴイル)と化して体力など無限に等しいにも関わらず大きく肩を上下させながら喉を大きく鳴らすその姿。紅い狂気に染まった目からは一片の理性を感じられないにも関わらず、

「それにしては随分と苛ついているようだな」

 明らかに苛立っていた。
 しかし、それも仕方がないことだろう。ワルドの身体に士郎の剣は通らず、力は圧倒的に上。速さはほぼ互角だが、士郎と違ってワルドは飛ぶことが可能。しかも偏在(ユビキタス)により数の有利がある―――にも関わらず、ワルドの攻撃は今まで一度も当たっていなかった(・・・・・・・・・・・・)。いつもギリギリのところで躱されるか防御されてしまう。
 追い詰めたかと思えばヒラリと逃げられ―――先程も空中に逃げ追い詰めたかと思えば逆に剣の檻に閉じ込められ、空の上だと言うのに飛べない士郎に翻弄されてしまう始末。
 だからだろうか、逃げ場がない決定的な場面に追い詰めたと言うにも関わらず、ワルドたちは士郎を取り囲むだけで襲いかかろうとはしなかった。警戒するように士郎を睨みつけるだけ。
 そう―――ワルドは警戒していた。
 殺ったかと思えば紙一重で避けられ逃げられ続け、結果こんな所まで追いかけて来てしまった。
 ……この剣の檻(剣の鳥籠)の中にまで。
 まるで、追い詰めたつもりが追い込まれたかのように……だからだろう、士郎をこの死地に追い詰めたにも関わらず、襲いかからないのは。狂気に染まった思考の片隅にこべりつくように残った理性と戦士としての本能が叫んでいる。

 ―――誘い込まれた、と。

 だからワルドは動かない―――否、動けない。
 追い詰めたかと思えば、実は誘い込まれていただけのように感じとったため。そのため圧倒的に有利でありながら、ワルドは動く事が出来ないでいた。
 だが、それも時間の問題である。
 警告を上げる理性と戦士としての本能では、今の凶気に犯されたワルドの手綱を握るには力が足りないのだ。それを証明するかのように、士郎を取り囲むワルドたちの身体が段々と前傾していく。肉食獣が獲物に襲いかかる直前の仕草。全身の身体をバネとし、獲物に一瞬で襲いかかる、その前段階。士郎の周囲の空間が溢れんばかりの殺意に歪み始める。
 追い詰められ逃げ場がない士郎は、“七夜”のナイフを消すとゆっくりと自由になった右手で足場にしている剣の柄を握り締めた。
 身体に力を込め、更に姿勢を低くし剣と一体になるかのように意識をする。
 周囲が殺気で埋め尽くされ、破裂しそうになる空間。

 合図は―――なかった。

 巨大な岩が空を飛んだかのような空間を無理矢理引き裂くような音が響く。
 その数十。
 士郎を目掛け全方位から十の白い線が生まれる。
 全身の筋肉と魔法による飛行が高次元で纏まったワルドたちの突撃。士郎とワルドの間に広がっていた空間を瞬く間に食い尽くし、その牙を、爪を士郎に突き立んとする。
 逃げ場はない。
 例えあったとしても、どうしても()を蹴る動作が必要な士郎は、その僅かなタイムラグにより空中で十のワルドの内どれかに身体を引き裂かれてしまうだろう。
 それほどまでにワルドの敷いたこの包囲網は密であり。ワルドたちの突撃の速度と威力は桁違いであった。
 この包囲網を抜けようとするならば、迫るワルドたちの合間を抜けるしかない。
 だが、そんなことは不可能である。
 例え全力の士郎でも、跳躍のため剣を蹴りつけるために生じる僅かな時間が必要であるため、空中に身を踊りださせた時にはもうワルドたちのどれかに身体を引き裂かれてしまう。
 空を飛ぶことが不可能である士郎では、このワルドたちからは逃げられない。 
 
 ―――そう、空を飛ぶことが不可能であるならば(・・・・・・・・・)

 ワルドたちが突撃を敢行した瞬間―――。

 ―――停止解凍(フリーズアウト)

 士郎は飛んだ(・・・・・・)
 足場にしていた剣を射出し、亜音速で飛ぶ士郎(・・・・・・・・)。ワルドたちの隙間を通り抜け、無数の剣の合間を通り過ぎ―――剣の鳥籠から脱出する。
 柄を握る手を外し、足を伸ばし剣から身体を離し空へと踊り出る士郎。くるりと身体を回転させ、“剣の鳥籠(つるぎのとりかご)”を視界に収める。“剣の鳥籠”は、無数の剣を約十メートルの間を開け、不規則に設置したものであったことから、遠目で見るとそれは歪な球の形に見えていたのだが。しかし、今、士郎の目に映る“剣の鳥籠”の姿は歪ではなく完全な球の姿をしていた。それも点画で描かれたかのような綺麗な球で。そして“鷹の目”を持つ士郎にはその詳細が見えていた。上下左右前後と切っ先をバラバラに向けていた筈が、何時の間にか全ての切っ先が球の中心に向いているのだ。そして、数百の魔剣、魔刀の切っ先を向けられる先には、“剣の鳥籠”の中心(・・・・・・・)で衝突し空中で絡まっている十体のワルドの姿があった。

「……チェック・メイト(・・・・・・・・)だ」

 支えるモノなく落下する中、拳大の大きさに見える“剣の鳥籠”に向かって士郎は右手を伸ばす。大きく手の平を開き、



 ―――停止解凍(フリーズアウト)全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)



「―――籠目百剣」
  


 一気に握り締めた。

 

 数百の魔剣魔刀が一斉に球の中心に向かって飛ぶ。加速のための助走もなく、零から一気に亜音速へ。罠にはめられたと気付いたワルドが逃げ出そうとするも既に遅く。目にも止まらぬ獣の如き速度で大地を駆け、空を飛びワルドであっても、目にも映らぬ(・・・・・・)速度で飛ぶ魔剣には流石に分が悪すぎた。十体のワルドが逃げ出そうとした時には、既に最初の剣の切っ先はワルドたちの目の前であり。“固定”を掛けられ並の刃物では斬りつければ逆に刃が欠けてしまうようなそんな身体に、士郎の投影した魔剣魔刀はするりと滑り込むように突き刺さった。十体のワルドたちの腹に、足に、頭に、顔に、手に、腕に、口に、胸に……剣が突き立つ。剣山のように一体のワルドに数十の剣が突き刺さる。だが、それでもまだ剣は後から後からワルドたちの身体突き刺さり続けた。
 全ての剣の射出が終わると、一つの剣山が浮かんでいた。
 その中心にはワルドの姿がある。
 全身くまなく剣が突き刺さった姿は、何かの植物を思わせた。
 だが、そんな姿になってもなお、ワルドは生きていた―――正確には、まだ動いていた。別段それは何もおかしくはないのだ。何故なら今のワルドは元々から生きてはいない。先住魔法と系統魔法が組み合わさり生まれた人形であるからだ。そのため、例え頭や心臓を貫かれても、形さえあれば(・・・・・・)戦闘に支障はないのである。
 全身を剣で貫かれたワルドが、落ちていく士郎を補足する。獲物に襲いかかろうと身体に力を込め―――。
 


 だから―――。



 ―――チェック・メイトと言っただろうが―――ワルド。



「―――壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)



 ―――空に無色の花火が咲き乱れた。



 ワルドに突き刺さった剣。
 偏在(ユビキタス)が消え宙に放られた剣。
 その全てが一斉に爆発した。
 空高くで広がった爆風は、辺りに浮かんでいた雲を残らず消し去り完全な蒼が広がる中、その中心には無色の花が咲き乱れる。
 宝具に比べ士郎が投影した数百の魔剣魔刀の内包する幻想の力は少ない。そのため、爆発の威力は低い。だが、その数の桁が文字通り違う。周囲一体に数百の爆発が同時に広がる。耳を打つ数百の爆発音が一つに聞こえるほどだ。そんな爆発の中心にいたワルドは、やはりひとたまりもなかった。
 ワルドの体内、そして周囲で同時に発生した爆発。中心にいたワルドは己の内で生じた爆発により身体は幾つにも分断され、分断されたものは周囲で発生する爆発に巻き込まれ砕かれ押しつぶされた。
 地上へと落ちながらその光景を余すことなく視界に収めていた士郎は、硬く引き締められていた口元を僅かに緩めると、小さく呟く。

「……何も……出来なかった、か」

 あらゆる面で強化され、ハルケギニア中を探してもその力に匹敵するものを探し出すことが難しいそんな力を持った化物(ワルド)を無傷で勝利しながら、士郎はまるで自分こそが敗者であるかのようなそんな悔しげな、悲しげな顔を、声をしながら薄れゆく爆発の跡を見つめていた。
 白く煙り蒼く澄み渡る空にたった一つ浮かぶ雲のように見えるそれを。
 薄れ消え行くまで……士郎は背中が木々に触れる直前まで見つめていた。
 
 





 
 

 
後書き
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 次回エピローグです。

致命的にネーミングセンスのない私を誰か助けて(/≧◇≦\)  
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