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独裁政権

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第七章


第七章

「半年。持たせる」
「閣下、何もそこまで」
「国家と国民はまだ私を必要としている」
 天井を見たまま述べた。
「まだな。あと半年だけでもだ」
「半年だけでもですか」
「死ぬのはわかっている」
 このことはよく踏まえていた。自分でも言っているように死は必ず訪れるものであることはわかっているのだ。しかしそれでもなのだった。
「その半年が残された時間なら」
「その半年も机に座られるのですね」
「机に座っているだけが仕事ではない」
 無論それだけで済ませるつもりはなかったのだ。
「全ての仕事をやり遂げる」
「それではせめてです」
 彼はここであるものを差し出してきた。それは」
「これをお使い下さい」
「何だそれは」
「痛み止めの薬です」
 差し出したものはそれであった。
「これをお使いになればせめて苦しみだけは和らぎます」
「それもいらないと思うがな」
「使われても意識には関係ありませんので」
 是非にというのだった。
「ですから。どうか」
「使って欲しいのか」
「せめてこれは」
 医師もまたどうしてもという。
「お使い下さい。私からの御願いです」
「では。受けよう」
 彼もまたそれを受け取ることにしたのだった。医師の心がわかったからだ。
「その薬をな」
「有り難うございます」
 痛み止めの薬は受け取った。それからすぐにベッドから起き上がりそうして仕事に向かった。それから半年経ったが彼はまだ立っていた。身体のことは医師以外は知らなかった。エ印デンバーグにさえも隠してはいた。そうして己の責務を果たしていたが一年後。彼は遂に倒れたのだった。
「これで私のやることは終わったな」
 彼は死の床で言った。周りにはリンデンバーグや医師を含め腹心達が集まっている。その彼等に囲まれながら言うのだった。
「これでな」
「終わりですか」
「半年だったな」
 ここでやっと医師以外の者に己のことを話した。ここには家族もいたが家族にも何も話していなかった。なお彼は家族や親族を国の要職に就けることもなかった。
「それが一年だ。長くもったものだ」
「ですが」
「終わった」
 何か言おうとした医師にも告げた。
「これでな。終わりだ」
「では閣下」
 リンデンバーグが腹心達を代表する形で彼に言ってきた。
「後のことは」
「後は国民が選ぶことだ」
 彼はこう言うだけだった。
「後はな。民主政治もいい」
「それもですか」
 今も普通選挙は行われ複数政党ではある。しかし内外の批判者は誰も民主主義が行われているとは思っていなかった。それを踏まえての言葉だった。
「そうだ。国民が選ぶことだ」
 彼はまた言った。
「全てな。少なくとも彼等がこれからも不幸になるようにはしなかったつもりだ」
「はい」
 彼はそこまで考えて政治をしていたのだ。後時も考えていたのだ。
「だから。これからはな」
「左様ですか」
「後は国民に任せた」
 彼は先程と同じことを述べた。
「幸せになってくれ」
 最後にこう言い残してこの世を去った。これが独裁者と言われた男の最後だった。
 彼が死んですぐにこの国は総選挙が行われ与党が引き続き政権を担当することになった。国民が選んだのは彼等だった。しかし代替わりは行われており新しい大統領はシュツットガルトのような軍人出身者ではなく完全な文民だった。軍人出身の政治家は圧倒的少数となってしまっておりリンデンバーグも引退した。その新しい大統領はシュツットガルトをこう呼んだ。
「国父」
 こう読んだのだった。就任演説でも国民に対して告げた。
「我々は国父を忘れてはいけない。彼は我々に対して全てを残してくれたのだから」
 こう言ったのだった。これはそのままこの国における彼の評価であった。
 この後この国は政権交代もあったが全て民主的な選挙の結果であり発展と繁栄を続けた。やがて隣国は崩壊しまともな国になった。そして何時しかシュツットガルトは外国から再評価されるようになった。彼は稀代の独裁者から英雄となったのである。
「評価は今はわからない」
 外国でもこの言葉が出されるようになった。
「後になってからわかる。全てな」
「極論すればシュツットガルトは独裁者ではなかった」
 こうした意見も出されるようになった。
「強権政治家ではあった」
 こう言い替えられるようになった。
「彼は権力者だったが権力に溺れてはいなかった」
「そして贅沢もせず私もなかった」
 生前はそれとは全く逆だと国外では思われていたのだ。
「全て。国の為に尽くした」
「そうして死んだ」
 それが彼の評価になっていった。
「偉大な政治家だった」
「あの国にとっては英雄だった」
 こうも言われた。
「国を救いそのうえ発展させた」
「確かに民主的とは言い難い政治ではあったが」
 独裁者であるという評価よりもこうした評価になっていった。確かに彼は強権政治家であったがそれでも国を救った英雄だと評価されるようになったのだ。それがシュツットガルトの後世での評価であった。彼は独裁者から国を救った英雄なったのであった。
 そして腹心であるリンデンバーグも彼の死後すぐに政権から退いた。一切の公務に携わることはなく公の場にも姿を現わさず政権の顧問への就任を打診されたこともあったがそれは断った。彼はそうした話を断る都度こう言うのだった。
「私の仕事は終わった」
 こう言うだけだった。
 彼は講演等もせず故郷に妻と共に帰ってそうしてそこで静かに暮らした。彼だけでなくシュツットガルトの部下達は皆そうして余生を過ごした。時代は彼等のものでなくなっていた。
 国は発展し首都の大通りにはシュツットガルトの像が置かれている。生前個人崇拝を嫌い抜きそうしたものは一切作らせなかった。だが今国民はそこに彼の像を置いたのだった。そうして今も彼を見ているのであった。彼の果たしてきたことを忘れない為にもだ。


独裁政権   完


                 2009・3・4
 
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