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悠久の仙人

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第一章


第一章

                     悠久の仙人
「疲れましたね」
 南平剛はある日溜息と共にこんなことを言った。会社の帰りの居酒屋でのことだった。
 不況だと言われているが彼の会社は業績を上げており多忙だった。まだ若い彼もそれで仕事漬けの毎日だ。それでつい職場の先輩にこんなことを言ったのだ。
 太めの一直線の眉が時折上下に動く。引き締まった大きい口元にやや垂れているが奥二重の目は鋭い。髪は太く多いもので色は黒くそれをサラリーマンらしく丁寧に右で分けている。長身でスーツがよく似合っている。その彼が今居酒屋のカウンターで眼鏡をかけた小柄な先輩に対して言っていた。
「本当にね」
「そんなにか」
「最近アパートに帰って寝るだけですよ」
 ビールを大ジョッキで飲みながらの言葉だった。
「ゲームする暇もありません」
「ゲームもか」
「はい、ありません」
 ここでさらに溜息を吐き出す彼だった。
「最近残業ばかりですよね。しかも週六日で」
「そうだな。最近は特ににな」
「忙しいですよね」
 また言う彼だった。
「とにかく」
「しかしそれで給料も増えてるし悪いことばかりじゃないじゃないか」
 ここで先輩は笑って彼に言ってきた。
「そうじゃないか?御前だってさ」
「成績を評価されてですね」
「その若さで今度あれじゃないか」
 こう言うのだった。
「大阪本社で主任だろう?」
「まあそうですけれど」
 実は彼の地元はそこだったりする。今彼等は東京の方に出向しているのである。そこで業績をあげそれを評価されてのことである。
「地元に早く戻れたんですけれど」
「じゃあいいじゃないか」
 また言う先輩だった。
「まあ俺は地元がこっちだしな」
「関東でいいんですか」
「ああ、俺にとってはな」
 レモンチューハイを飲みながら話す。そのつまみは海老の天麩羅だった。そして剛の前にあるのはお好み焼きである。それを食べながらだった。
「俺にはそのお好み焼きは合わないしな」
「僕もんじゃ駄目ですし」
「そうだろ?御前は関西向きなんだよ」
 そうだというのだ。
「疲れたっていうのもあれだろ。関東だからじゃないのか」
「そうですかね」
「そうじゃないのか。まあ今のプロジェクトが終わったらな」
「ええ」
「旅行でも行ったらどうだ?」
 このことを提案してみせたのだった。
「ちょっとな」
「旅行ですか」
「ああ。何処か外国でも行って来たらどうだ」
 こう彼に言うのであった。
「ちょっとな」
「旅行ですか」
「結構好きなんだろ?旅行」
「ええ、まあ」
 彼の趣味の一つだ。学生時代はあちこち旅をしたことがある。先輩の今の提案もそれを踏まえてのことであるのだ。
「それは」
「じゃあ有給取って何処かに行けばいいさ」
「何処かにですか」
「好きな場所に行けばいいさ」
 そこまでは問わない彼だった。
「それでどうだ?」
「そうですね。それじゃあ」
 それを聞いて考える顔になる彼だった。そうしながらまたビールを飲むのだった。飲み干してしまったのでおかわりをする。
「そうしてみます」
「そうするといいさ。まあ今日はな」
「はい、今日は」
「飲むか」
 優しい顔を向けて彼に告げるのだった。
「とりあえずな」
「そうですね。じゃあ今日はそれでストレスを忘れます」
 にこりと笑って返す剛だった。この場はこれで終わった。それで暫くして今やっている仕事が終わってからだった。彼は有給を取った。
「それで何処に行くんだ?」
「インドに」
 そこに行くと先輩に答える。またあの居酒屋のカウンターで話している。当然飲みながらだ。
 
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