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一輪の花

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第一章


第一章

                     一輪の花
 戦争は終わった。後に残ったのは焦土だけだった。
 とりわけ広島は悲惨なものだった。あの新型爆弾一発で何もかもが消えてしまったのだ。後に残っていたのは瓦礫の山と絶望、それだけであった。
「おい、これ何じゃ」
 中学生程度の少年が高校生と見られる少年に問うていた。ある瓦礫を指差してだ。見ればそこは一部分だけ黒くなっていた。他は白いというのにだ。
「この黒いのは」
「影じゃ」
 こう教えるのだった。
「これは影じゃ、優二」
「影か兄貴」
「そうじゃ、これ影じゃ」
 その彼優一はこう弟の優二に話したのである。二人は広島に住んでいた。だが幸いにして爆心地ではない街の相当な外れにいたので原爆には遭わずに済んだ。それが幸いだった。
 家には母がいるだけだ。父は内地、東京に兵隊として行かされている。ここでも幸運なのか外地には出ていない。とりあえず彼等の家族は無事だった。
 しかしである。広島はだ。見るも無残な有様だった。至る場所にまだ骸が横たわっている。普通の爆弾のそれとは全く違いケロイドになり肌がずる剥けになった骸が横たわりそこに蝿がたかり蛆が湧き酷い有様だった。
 二人はその中を歩きだ。その影を見ていたのである。
 そしてだ。優一はまた言ったのである。
「影じゃ、これは」
「何で影がこうなってるんじゃ」
「ピカに焼かれたんじゃ」
 彼は忌々しげに弟に話した。二人はまだその影が焼き付けられた瓦礫を見ている。
「それでじゃ」
「ピカでか」
「ああ、ピカじゃ」
 その新型爆弾の通称である。爆発の時に凄まじい光を放ったのでこの呼び方になったのである。
「ピカでじゃ。こうなったんじゃ」
「じゃあこの影の人はじゃ」
「あっという間に焼き尽くされたんじゃ」
 そうなったというのだ。
「一瞬でじゃ」
「この人も死んだんか」
「ああ、間違いない」
 それは確実なのだという。
「この人も死んだんじゃ。ピカでな」
「鬱陶しいのう」
 優二は兄の言葉を聞いてこう述べた。
「これもピカか」
「そうじゃ。これもピカであれもピカじゃ」
 優一は実に忌々しげに話した。
「全部ピカに壊されたわ」
「そうじゃな。広島いうたら」
 優二は周りを見回した。それは彼等が覚えている広島ではなかった。何もかもがなくなった完全な廃墟が今の広島なのである。
「立派な街じゃったのにな」
「それがこんなんじゃ」
 優一もまた周囲を見回している。彼が見ているものも優二が見ているものもだ。全く同じ見るも無残な廃墟の山であった。
「ほんま一瞬でこれじゃ」
「たった一発の爆弾でな」
「人はこんなんで」
 足元に骨が転がっていた。人間のどの部分の骨かは二人にはわからない。だがそれは黒焦げになり炭にさえ見えるものだった。
 その骨を見ながらだ。また弟に話す優一だった。
「おまけに草木もなくなったやろ」
「城もなくなったしな」
 広島城である。その爆弾に消し飛ばされたのである。
「全部じゃな」
「広島にはもう草木も生えんらしいぞ」
 優一は言った。
「御前の仕事先も消えたやろ」
「行ったら何もなかったわ」
 こう兄に答えた。
「兄貴のところもじゃろ」
「ああ、ない」
 一言だった。
「行ったら何もなかったわ」
「そうじゃな。これからどないする?」
「どうやって生きるかかい」
「そうじゃ。わしも兄貴も食わなあかんやろ」
 人間は食べなければならない。これはもう言うまでもないことである。とにかく食べなければ生きていけないのが人間だからである。
 
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