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梅と共に

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第一章

                     梅と共に
 西山妙子は物心ついてすぐに母の三枝子にこう言われた。
「いい、妙ちゃんはね」
「私は?」
「そう、この木を見て」
 二人は今家の庭にいる、その二人の前に小さな木がある。
「この木をね」
「この木何の木なの?」
「梅よ」
「梅?」
「そう、この木は梅っていう木なのよ」
 母はこう娘に話す。
「この木はね」
「そうなの」
「今はまだ小さいけれど」
 それでもだというのだ。
「大きくなるのよ」
「そうなの?」
「そう、妙ちゃんと一緒にね」
 笑顔でだ、こう娘に話す。
「大きくなっていくのよ」
「じゃあ私が大きくなったら」
「この木も大きくなってね」
 大きくなっていくだけではない、母は妙子にこうも話した。
「お花も咲くのよ」
「この木お花が咲くのね」
「ええ、そうよ」
 このことも話した母だった。
「妙ちゃんと一緒にね」
「そうなのね」
「だから妙ちゃんもこの木と一緒にね」
「大きくなってなのね」
「お花を咲かせてね」
「私がお花を咲かせるの?」
 妙子は母のその言葉の意味がわからなかった、それできょとんとした顔になりそのうえで母に問い返した。
「それってどういうことなの?」
「幸せに生きるってことよ」
 母は娘の問いににこりと笑って答えた。
「そういうことよ」
「幸せになの」
「そう、幸せにね」
 そうして生きることがだというのだ。
「お花を咲かせるってことなの」
「そうなのね」
「それで幸せになるにはね」
 つまり花を咲かせるにはだ、どうすればいいのかも話す母だった。
「妙ちゃんの心が綺麗になることが必要なの」
「私の心がなの」
「そう、いつも誰かを気遣って優しくしてね」
 そうしてだというのだ。
「温かい人になることよ」
「それが心が綺麗になるってことなのね」
「そうよ、梅のお花もそうだから」
「とても綺麗なの」
「それで優しいの」
 それが梅の花だというのだ。
「だからこの木みたいになるのよ」
「梅の木みたいに」
「そうなってね、いいわね」
「うん、それじゃあ」
 妙子は母の言葉に今は静かに頷いた、この時はどういうことかよくわからなかったが心には深く刻まれた。
 それで何かあるとだ、妙子はいつも庭に出て梅を見た。そのうえで言うのだった。
「私、この梅みたいになるんだ」
 こう言って見るのだった、何かある度に。
 嬉しいことも悲しいこともあった、曾祖母が死んだ時もだ。
 妙子は庭に出て梅を見た、季節は夏で梅は咲いていない。しかしそれでも梅の木の前に立って見ていた。
 その妙子にだ、喪服姿の母が傍に来て尋ねてきた。
「梅を見てるのね」
「うん」
 小さな声でだ、妙子は母に答えた。
「そうしてるの」
「ひいお祖母ちゃんが亡くなったけれど」
 母にとっては祖母だ、だから母は目を赤くさせている。それは妙子も同じだ。妙子にとってはとても優しいひいお祖母ちゃんだった。
 その曾祖母が亡くなって悲しい、だがそれでもだった。
 妙子は梅の木を見ながらだ、こう母に言った。
「梅を見てるとね」
「どうなの?」
「悲しいけれど。梅は綺麗だから」
 例えだ、花は咲いていなくともだ。 
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