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少女1人>リリカルマジカル

作者:アスカ
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第五十五話 思春期⑨



 それは、一瞬の油断であった。

 同じ任務についていた友人と同僚から、少し後方に位置する場所。彼女はサーチャーを使い、全体の指揮や敵勢力の把握にあたっていた。無人世界に逃げ込んだ、とある違法研究者を捕縛するための任務。頼もしすぎる味方のおかげで、旗色はこちらに傾いていた。

「(ん、前線と少々離れてしまったか。まぁ、この距離ならすぐに追いつく)」

 前方、後方、と周囲に敵影がないことを魔法で確認し、上空に放っていたサーチャーをさらに拡散させる。違法研究者が作り出した質量兵器を使う機械兵士。蜘蛛のように壁を這うその姿に、任務に就いた誰もが最初は驚いた。だが、そこは管理局が誇る……精鋭たち。すぐに対応してみせ、研究者を追いつめていった。

「なんと、リアル蜘蛛男であるか……!」
「動きは似ているけど、全身装甲なのが残念ね。もう、こういうのは全身スーツで来るべきでしょう」
「糸を出しませんが、どうやらかぎ爪を使って移動できるようです。変則的な動きを持っているようですが、漫画からアニメ、テレビドラマに劇場版まで、ちきゅうやにある全シリーズに給料をつぎ込んできた私と勝負とは、笑止。偽物へ天誅ぅー!」
「おぉ、天誅であるか。我が魂に響くなんかかっこいい言葉ではないか。よし、俺もてんちゅーー!」
「お前ら、他世界のカルチャーに染まりすぎだろ! あとそこっ、勝手に前線に出ッ……破壊しまくってやがる……!」
「敵の敗因は、ファン心を刺激したことだな。彼らが目覚めた時、真の力を発揮するということか」
「そんなもん、敵も味方もわかるかァーー!!」

 そんな会話をしながら、5人は任務を遂行していった。15歳の1人の少年が、仲間たちの行動に頭を抱える。ついでに胃痛にも悩まされたが、伊達に小学生から英雄と呼ばれるほど荒波に揉まれてきてはいない。彼のストレスは武力へと変換され、前線へと赴いた。何気に討伐数が一番多かった。


「そうだ、またみんなでちきゅうやに遊びに行くか」

 前線に追いつくために、彼女は歩みを進める。あの時の会話を思い出し、任務が終わったら声をかけようと思考を巡らせた。彼女の所属するチームが、カルチャーに染まってしまった原因。管理局員にとって、あそこはやっぱり鬼門らしい。

 そんな、注意を怠ってしまった瞬間。

「―――ッ!?」

 目の前の地面の中から、複数の反応が突如として現れた。

 蜘蛛男ということで、ずっと空を警戒し続けていた。サーチャーの大多数も空中を飛び回り、援護をしていたが、まさか地面の下から掘って来るとは。先ほどまでの蜘蛛男とは違い、装甲は薄く、小回りがきく小型の機械兵士のようだ。地蜘蛛と呼ばれる蜘蛛を連想した。

 いくら善戦していたとはいえ、戦場で気を抜いてしまった己を彼女は恥じる。改めて地中も含め、探知範囲に含めると、どうやらあちらも戦いの真っ最中らしい。しかも、念話妨害の術も組まれている。苦戦はしていないようだが、時間はかかるだろう。そう判断を下した彼女はデバイスを握りしめ、この場を切り抜ける選択肢を選んだ。


「はぁ…、これは鍛え直さないと、訓練校に逆戻りか?」

 苦笑を浮かべながら、彼女は軽度の火傷を負った腕に応急処置を施していた。複数の相手を1人だけで相手取ろうなど、もともと考えていなかった。時間を稼ぎ、逃げに徹し、時に隙を窺い迎撃する。あいつらのようにかっこよくはいかないな…、と黒髪の友人とエメラルドグリーンの髪の友人を思い出し、噴き出した。

 廃墟の一角に身を隠し、呼吸を落ち着ける。笑うことができるのは、まだ余裕があるということ。彼女は笑みを作り、医療道具をデバイスへと収納した。数は全部で5体。1体は交戦の最中に片腕を落とし、もう1体は武器を破壊している。無傷なのは3体おり、敵影がない間は固まって行動するようだ。

 個別に動いて探索をしてくれたら、各個撃破する方法を考えたのにな…、と彼女は小さく笑った。相対したからわかるが、装甲が薄い分、耐久性はあまり高くない。だから1体ずつ、せめて2体ずつなら彼女も動けた。だが、さすがに5体を一気に相手取るのはリスクが高すぎる。

「おっ、また破壊されたか。まったく、片っ端から壊してくるな」

 情報収集のために放ったサーチャーが、また破壊されたことに気づく。大量に展開するには、魔力量の問題もあり今は控え、必要最低限のものを使っていた。サーチャーを作り出すにも、魔方陣を展開しなければならず、気づかれる可能性がある。増援が来る場合も想定して、動かなければならない。


 そこまで思考していたが、空気が変わったことを彼女は察知した。動きが変わったのだ。先ほどまで機敏に動いていた機械兵士が突如動きを止め、なにやらコードのようなものが空中に描かれる。遠目からサーチャーで確認していたため、そのコードの内容は視認できない。だが、彼女の中の直感が危険信号を出した。

 罠かもしれない、という不安はあったが、彼女は自身の勘を信じた。すぐに廃墟から身を乗り出し、滑るように機械兵士たちから距離をとる。身をさらした彼女に、攻撃の手はない。沈黙を続ける戦場の中、未だに首筋にピリピリとした悪寒があった。

『―――レティ! 研究者をたった今捕縛したが、その際にプログラムを組まれたッ! 小型の機械が近くにいたら、今すぐに退避しろッ! そいつらは―――』

 そして、その沈黙は仲間によって破られた。

「あぁー、もうっ! これだからロボット系の研究者は! そこのロマンは私も認めるけど、やられる身にとっては、たまったものじゃないのよッ!」

 珍しく声を荒げたレティは、鳴り響いた警告音に自身もコードを入力する。研究者を捕縛したからか、念話妨害の術も切れたらしい。逃走をはかりながら、防御魔法陣を同時に展開していく。おそらく逃げ切れない、と彼女は判断した。

 5体分の機械による、自爆による威力。それを計算し、彼女は冷や汗を流した。仲間の方は、全て処理できたことには安堵する。彼らとの距離が離れている分、巻き添えにさせることはない。レティは念話を繋げ、急いで指示を出した。

『そのままそこで待機しておけ! そっちは爆発範囲外にいるから、結界を張って守っておけば問題はない。その研究者を絶対に逃がすんじゃないぞ!』
『―――そっちは!?』
『……大丈夫。かなり距離を取ったから、死ぬことは絶対にないって断言できる。だけど、防御でへとへとだろうから、あとでちゃんと拾ってくれよ?』

 くすり、と余裕を浮かべた笑みを見せながら、彼女は念話を切った。そして、すべての魔力を防御魔法へと注ぎ込む。念話で話した通り、命の危険はおそらくない。冷静に爆心地からの距離と、己の魔法障壁の強度を計算し、心を落ち着かせた。

 大丈夫、そうわかっているはずなのに、震えそうになる手を意地で押さえる。反射的に逃げ出したくなる足に力を入れ、衝撃に備える。熱風や音などによる被害を防ぐため、結界も張った。女は度胸よ、と眼前に魔方陣を3重に発動させ、胸を張ってみせた。


 そして、機械が急激な圧力によって破壊される音が響き、その圧力が遂に外へと解放された。結界という無音の中、熱と光による破壊現象を目にし、彼女はそれを直視できず顔をそむける。魔方陣から伝わる衝撃と微かに感じる熱。1枚目の魔法障壁が破れ、2枚目に罅が入る。出てきそうになった悲鳴を、彼女は懸命に殺し続けた。

 3枚目に入った時、彼女は歯を噛み締め、全力で維持にあたる。バリアジャケットが破れ、結んでいた髪紐が熱で燃えた。チリッとした痛みが頬に走り、熱風が紫苑の髪を揺らす。死ぬことはない、と宣言した通り、この魔方陣は保つだろう。多少の熱傷は、許容範囲だ。ただ痛みを堪え続けようとした彼女に―――

『まったく、変なところでかっこをつけるな』

 無音の世界で、声が響いた。頭に直接語りかけてくる呆れたような声音に、彼女は顔を勢いよくあげる。すると、先ほどまでの熱も負担も、いつの間にか消えていた。何が―――と思った時には、自分の前に誰かの背中があった。その大きな背中は、今までに何度も見てきたものだった。


「なっ、お前は何をしてッ! しかも、なんだ! その火傷は!?」

 時間にすれば、ほんの数秒の間の出来事。彼はレティの前に現れると、防御魔法をさらに重ねがけし、爆発からすべてを守ってみせた。爆風が収まったと同時に、事前にセットしておいた転移魔法を発動させ、爆心地から離れた場所へと転移していた。

 その流れを呆然と見ていたレティは、助けてもらったことにようやく実感が戻っていった。そして、救助に来た彼を見て、思わず声を荒げてしまった。

「仕方がないだろ。爆発の中に突っ込めば、多少の火傷ぐらい負う。これぐらい、あの廃スペックと訓練をしていたら、いくらでも出来るぞ」
「それだ、私は大丈夫だと言ったぞ! 私のミスに、お前まで巻き込まれることはなかった!」
「仲間を、友人を助けるのに理由などいるか。助けが欲しいときはちゃんと言え。……まったく」

 お互いに4年間、友人として過ごしてきた。彼女が意固地なことを、彼が真面目なことを、お互いが知っていた。最初に出会ったのは、初等部の運動会の時。その時は敵としてライバルとして競い合い、中等部でも激突した。そして、管理局へと就職した彼らは、同じチームを組む仲間になっていた。

 彼女としても、彼の生真面目さは知っている。だから、彼の言葉に他意はなく、本当に自分を助けるために来てくれたのだとわかっているのだ。本来ならすぐに感謝の言葉を述べるべきだと頭でわかっていても、素直に口に出すことができなかった。

「かっこをつけるな、っていうがな……そういうお前はどうなんだ。普通、仲間のためとはいえ飛び込んでくるか? お前だって、かっこつけだろう」

 思わず言ってしまった言葉に罪悪感を感じながらも、レティは視線を地面へと落とす。助けてもらいながら、悪態をつくなど自分自身に嘲笑が浮かんだ。

「……そうだな。確かにお前にとっては、余計なお世話だったかもしれない。同じだ、と言われてもその通りだとしか言えないだろう。だが、俺は自分の行動をお前に謝るつもりはないし、助けたことを後悔するつもりもない」
「助けた側が文句を言ってきているのにか…?」
「俺は騎士になるために、ベルカ式の学校へ行き、精進してきた。歴史書に載っている騎士たちに憧れ、いつかあんな風になりたいと夢見たんだ。俺が助けたいと思ったから、助けてみせる。かっこつけだろうと、夢見がちなやつだと言われても、それ以外に理由などない」

 それにな、と彼は破れてしまっていたレティのバリアジャケットの上に、デバイスから取り出したコートをそっとかけた。今まで何故か目を逸らされていると思ったら、今の自分の姿を思い出し、発狂しそうになった。チラリズム満載で啖呵をきっていた少女であった。

「……まぁ、なんだ。傷つくお前を、見たくなかったのも理由に入る。友人が傷つくぐらいなら、俺がその傷を受け止めてやる。……騎士として、男として、少しぐらいかっこつけさせろ」

 レティの頬についた熱傷を、彼はヒーリングを唱え、治していく。簡易な処置しかできないが、温かい光が彼女を包み込んだ。彼の言葉に、彼女は顔を俯かせながら、小さく感謝を口にする。それに、騎士の少年は肩を竦めてみせた。

 4年間、共に過ごしてきた友人。今まで見てきた彼が、より大きく彼女には見えた。



******



「もう、もう……なんていうのっ! まさに雷が走っちゃったっていうか、痺れちゃったじゃない! かっこよすぎよォーー!!」
「ちょっ、レティ先輩! 肩をバシバシ叩かないでください、本当に痛いからッ!」

 なかなかのシリアス系な話だったのに、ベルカの学校の先輩さんが登場した途端、テンションが上がりまくったレティ先輩。照れ隠しなのはわかるけど、被害が俺に集中している。無意識に魔力を込めてくるからか、最初に受けた時は吹っ飛ばされかけた。防御魔法を展開しながらの相談、ってどんなんだよ!

 あれから、ちきゅうやでエイカの手伝いが終わった後。仕事帰りのレティ先輩と合流し、近くの喫茶店に入店した。あの時は遠慮がちというか、後輩の俺に気を使っていたのだが、いざ話し始めると止まらなくなった。文字通り、ものすごい勢いで恋バナを語りだした。肩もバシバシ叩き出した。俺は今日、肩が外れるかもしれません。

 メリニスから図書室の先輩さんに話を伺っていたが、確かにこれは涙ながら言ってくるよ。出会いから何やらまで、ずっとループしています。うん、これ完全に生贄にされた。ただ単に友人の恋バナを聞くのに疲れただけだろ。図書室の先輩さん、自分じゃ手に余るからって絶対に俺に押し付けてきやがった……!

「あと、それからだな…」
「レ、レティ先輩。お話はよーく、よぉーくわかりましたから。本当にマジで真剣に大丈夫ですから」
「何? だが、友人に話した分の5分の1ぐらいしか、まだ話していないぞ」

 図書室の先輩さん、お疲れ様です。仕返ししてやろうかと思ったけど、同情の方が勝ったよ。今ので5分の1とか、あなたはよく頑張った。だけど、出来たら俺を巻き込まないでほしかったよ……!


「えっと、ロウランさんでしたっけ。先輩が惚れちゃったっていう、あの『ベルカの学校の英雄さん』」
「あ、あぁ。……あと、その二つ名は有名なのか?」
「有名です。もはや代名詞の1つですね」

 あの運動会の魔法合戦を見た人なら、きっと誰もが認知しているよ。『廃スペックトリオ』の脅威と混沌さを鎮静させた英雄。レティ先輩たちがクラ校の伝説なら、ベルカの学校では彼が伝説扱いである。あのバインド王子に獅子奮迅のごとく戦ってみせた彼は、クラ校の一部(教員含む)でも支持されていた。

 完全に3人組に振り回されていた被害者(仮)さんだよな。ツッコミのキレが、半端なかった記憶がある。あと、普通にいい人だった。もともと優秀な児童だったらしいが、そこまで有名になるほどの実力は、最初のころはなかったらしい。だが、廃スペックトリオのおかげというか所為で、実力がついたというのだから、人生って不思議なものである。

 それにしても、あの時の人かー。レティ先輩も含め、全員管理局に就職したって聞いていたけど、みんな元気そうで何よりだ。図書室の先輩さんと廃スペック先輩は、また違うチームらしいが、あっちもあっちで名を轟かせているらしい。

 管理局の仕事は実地での活動があるため、危険もあるようだ。だけど、レティ先輩の話を聞いている限りのメンツなら、なんか大丈夫そうだと思った。というか、ものすごく個人的に友人になってみたいです。なんにしても、先輩が無事であったことにほっとしたし、英雄さんもナイスです。

「ふーん、それでそれで。告白はしたんですか?」
「こ、こくひゃ……っごほん。告白はまだだ」

 噛んだ。しかもなかったことにした。

「ちなみに聞きますけど、先輩って―――いや、なんでもないです」
「おい、今何をためらった」
「あははは、本当になんでもないでーす」

 レティ先輩のジト目に、俺は笑って切り抜けた。さすがに今までに付き合った経験はありますか? と女性に聞くのは失礼だろう。15歳だから、まだ早い気もするけど、ここ異世界だしな。一応反応からして、副官さんを思い出すので初心のような気はするが。美人さんだから、今まで付き合った人とかもいるのかなって思っていた。

 さて、しかしどうしたものか。恋愛相談なんて、前世でも1、2回ぐらいだし、相談相手は全員男だった。あいつらなら正々堂々とぶつかってこーい、ぐらいのことは言えたが、さすがに女子の、しかも先輩にそんな適当なことは言えない。いきなり告白できましたか? なんて聞いたのは、ちょっと不躾だったか。

「うーん、俺に教えられることねー」
「おっ、そうだ。告白はまだだが、準備できるものは先に準備しておいたぞ」
「さすが先輩。準備いいですね」

 プレゼントとかだろうか。ラブレターかもしれない。確かにバレンタインとかは、そういう戦略だったよな。物に気持ちを込めるっていうのは、いい手かもしれない。

 俺の褒め言葉に、先輩は嬉しそうにうなずく。そして、懐から丁寧にたたまれた1枚の紙を取り出した。なるほど、どうやらラブレターらしい。惚れたシチュエーションでも思ったが、先輩は意外に乙女だったようだ。それが微笑ましくて、ついにやにやしてしまった。

「後輩よ、その顔は普通にむかつくんだが」
「すんません。けど、手紙があるなら本当に準備万端じゃないですか。なんて書いたんですか?」
「……私は名前しか書いていない。だが、私が持つ精一杯の気持ちは込めたぞ!」

 ……ちょっと、待て。ラブレターなのに、名前だけしか書いていない? いや、そもそもその紙って、ラブレターじゃない?

「あの、先輩、まさかそれ……」
「くっ、この紙を見るとドキドキしてしまう。レティ・ロウランか、……きゃー!」
「きゃー、じゃなーい!? それたたんでください! 今すぐたたんでください! それを見せながら告白って、すでに恋人の域を天元突破していますからッ! 順序良く王道にいきましょう。俺もしっかりお手伝いをさせてもらいますからァーー!」

 先輩の暴走を必死に止めた、俺の努力を誰か褒めてくれ。とりあえず、まずは恋愛の順序について教えることになったのは、言うまでもなかった。



 そんなこんながあったが、例の紙はたたんでもらえました。

「先輩、相変わらず斜め上ですねー」
「いい案だと思ったんだが…」
「気持ち込めすぎですから。最初は、もうちょっとソフトに込めてあげてください」
「そういうものか。……焦りすぎたか?」

 レティ先輩は俺の言葉に、考えるようにうなずいてくれた。俺は頼んでおいたジュースを飲みながら、思考を巡らせる。恋する女性はすごいって聞いたことがあるけど、これは確かにすごい。彼女の場合、今は気持ちが先行して空回りしているのだろう。普段なら暴走はしても、頭の中では冷静に計算をする人だ。計算の仕方が時々おかしい時もあるし、愉快犯なところは多少あるが、理性は結構強い人である。

「まぁ、まずは相手のことを知るのがいいんじゃないですか。レティ先輩って美人だし、かっこいいし、頭いいし。ハードルは下がると思いますよ」
「……そういうことを、真顔で言うな。ちなみに聞くが、後輩は私が告白したら受けるのか?」
「…………」
「そこで無言になるな!」

 すいません、素で返答に困りました。

「なんだ、何が無言の原因だ!?」
「いや、えっと、そういう対象に見ていなかったといいますか。俺にとっては、頼れる先輩というか、ぶっ飛んでいる先輩というか、校則破壊神な先輩というか……」
「遠まわしに拒否っているだろォ!」

 チャイムの音がつまらないからって、クラッシックを流し出したのは誰ですか。3人組が訓練所の壁に大穴をあけてしまった時、名所申請して、『ここで告白をしたら、相手のハートもぶち抜きます』と噂を流して、伝説を故意に作ったのは誰ですか。

「あー、というか俺のことは置いといてください。少なくとも、中等部を卒業して、2、3年ぐらい経つまでは、恋愛とかできそうにないんで」
「はっ? 卒業してって、16、7歳ぐらいまでしないつもりか。……何かトラウマでもあるのか?」
「ははっ、そんなものはないんで心配いりません。俺だって、彼女は欲しいですし。ただ、ちょっと俺自身の問題なんですよ、精神的な」

 誰が悪いわけでもなく、問題は俺自身だろう。まず、子どもを恋愛対象に見ることができない。俺が付き合いたいと思うには、前世の精神年齢と釣り合うぐらいに年を重ねた人だけだろう。16歳でも正直ギリギリだ。精神年齢的に言えば30代かもしれないが、俺自身の内面は死んだ時とあんまり変わっていない気がする。

 なんだろう、人生の経験的なものや物事の見方はこの11年間でさらに培ったと思うが、自分が30代だという自覚が湧かない。ならいくつだろう、と思えば20代前半だと答えてしまう。まぁ、子ども時代をもう1回繰り返したって精神的に成長なんかしないか。30歳と言えば、ダンディだ。俺がそんなアダルティな人物になれたとは、どうも思えない。

 まぁ、こればっかりは難しく考えても仕方がない。とにかく俺自身の見た目的にも、相手的にも10代後半は最低でも欲しい。今の俺と同じ年代でも年下でも付き合えるとは思うが、条件はやっぱり10代後半だな。せっかくの青春時代を勿体ないとも思うが、こればっかりは仕方がないことだろう。


「後輩がいいのなら、いいが。……うん」
「先輩?」
「その、な。後輩も言っていたが、私の性格はやはり……おかしいのか? あいつは私から見ても、堅物の大真面目だ。校則破壊神などと呼ばれていた女を、好きになってくれるだろうか」

 実はもっと物騒な二つ名がいくつかあるのだが、それはそっと心の奥にしまっておこう。

「うーん。だからって、先輩がいきなり見た目通りの知的美人でお淑やかなふりをしだしたら、俺は間違いなく噴く自信がありますよ?」

 無言で頭にチョップを入れられた。容赦がなかった。

「……なら、どうしろというんだ。私はこのままでいていいのか」
「ってぇ……まぁ、俺がいうのもなんですが、気長に考えてもいいんじゃないですか。堅物さんだと言うのなら、女性関係も硬派な人でしょうし。相手に合わせて変わることも、自分を押して変わらないことも、どっちも間違いだなんて言えないんですから。大切なのは、自分も相手も無理をしないことですよ」
「無理を?」
「先輩、英雄さんの話をする時、すごく輝いていました。恋する女の子すげー、って他人の俺が感じてしまうぐらい幸せそうでした。……そんな素敵な光を、曇らせるなんてもったいないでしょ。好きな人のために悩んだり、努力をするのは必要でも、それで無理をしすぎたら絶対にしんどいし、大変ですよ」

 難しい顔で俺の話を聞く先輩。好きな人のために全力投球するのもすごいと思うし、否定はしない。だけど、俺はどちらかと言えば心配性なんだ。

「俺は先輩を応援します。今のまま変わらないことを選んだ先輩でも、変わることを選んだ先輩でも、俺にとっては大切な先輩なんですから」
「ふっ、変わっても変わらなくても、か。もし、変わるを選んだ私が、結局無理をして道を踏み外したらどうする気だ?」
「俺の知っている先輩は、後輩に無様な姿を見せて、失望させるようなかっこわるい人じゃないので大丈夫です」
「……あー、逆に釘を刺されたみたいだ」

 にやにやといじわるな質問をしてきたのは、そっちでしょう。とりあえず、この話は長期戦になりそうだな。レティ先輩が悩んで出した答えなら、精一杯背中を押してあげよう。俺は息を吐き、すっかり氷が融けてしまったジュースに手をつけた。

 その後、相変わらず可愛いのか、可愛くないのかがわからない後輩だ、と髪の毛をぐしゃぐしゃにされた。


「そういえば、後輩も私に用事があったんじゃないのか?」
「あぁ、はい。だけど、今日はもう遅いですし、今度時間が取れたら、お願いしてもいいですか?」
「もちろんだ。……すまんな、少々自分のことを話し過ぎたようだ」

 いえいえ。先輩の惚れ気というか、馴れ初め話はもう十分すぎるぐらい聞きました。

 けど、レティ先輩の新しい顔を知れたのは、結構面白かった。暴走の仕方とか、誰かさんにそっくりだったしな。……そういえば、アリシアがレティ先輩に初めて会った時に、あの人と雰囲気が似ているって言っていたか。うちの妹の勘は、さすがである。

 おっ、そうだ。せっかくだから。俺はタイミングよく、今日返却してもらったものを思い出した。もしかしたら、先輩にとっていい刺激になるかもしれないし、参考にもなるかもしれない。俺は頭の中で計画を立てながら、レティ先輩に向き直った。

「先輩、参考になるかはわからないんですけど、先輩と雰囲気が似ているっていう人が、俺の近くにいるんですよ」
「ん、私にか?」
「はい、今日学校で返された『観察日記』に詳しく書いたので、よかったら貸しますよ」

 今度会ったらお渡しします、と約束して先輩と別れることになった。とある人物のランデブーまでの道のりを書き綴った観察日記。調べていた俺自身も、思わず感心してしまうような代物であった。

 ―――ちなみにその後、観察日記は先輩の愛読書になってしまいました。



******



「あのー、母さん?」
「さぁ、次はこのターゲットを狙うのよ。……ちょっと作りすぎちゃったけど、まぁ大丈夫ね」

 いつも通りの優しそうな笑顔で、にこにこと無数のターゲットを作り出した母親。母さんの周りには、紫色に輝く魔力弾が無数。ちょっとって、あの、数えることすら億劫になりそうなんですが。しかもこれ、全部誘導弾ですよね。本気でだらだらと、俺の全身から冷や汗が流れた。

「それじゃあ、今から一斉に撃つから、全部撃ち返すか守るか避けるのよ?」
「待って待って待ってっ! せめて負荷を外していいですかッ!? 普通に死ねるゥーー!?」
「お母さんを信じなさい。あなたの限界ギリギリをちゃんと設定して、魔力負荷も魔力弾の数も調整しているんだから。だから、大丈夫よ」
「にっこりと怖いことを言わないでェーー!!」
『ますたー、諦めて頑張りましょう。マイスター、いつも以上にノリノリですから』

 休日の魔法練習場にて行われる、黒髪の親子による修行風景。レティ先輩の相談に載ってから2日後。運動会まで残り1ヶ月ということで、母さんにそのための練習をしたいと俺は申し出た。普段の訓練でも泣きそうだったが、背に腹はかえられない。そう覚悟を決めたのだが、初っ端から挫けそうです。


「ごほっ……ッ、……げほっ、ッはぁ……」
「撃ち落とした数45、守った数73、避けた数47、被弾数25。相変わらずの防御と回避ね。私としては、射撃スキルを磨いてほしいけど…」
『マイスター、さすがにこれ以上注文を増やしたら可哀想ですよ。それ用のメニューは、次の週ぐらいに回してあげて下さい』
「そうね、じゃあこれは来週にしましょうか」

 来週の訓練が、今日よりも地獄になりそうなことが決定した。

「それじゃあ、今日はもう1回だけ同じことをしましょうか。次は被弾数を減らすことを目標に、頑張るのよ」
「…………えっ」

 今日も地獄だった。


「身体、マジで重い…」
『今日は魔力の負荷度を、いつもの3倍にしましたからねー。当然ですよ』
「普通いきなり3倍にするか? せめて、2倍じゃね?」
「あなたがいつもつけていたのは、だいぶ軽くなっていたでしょう? 2倍も考えたけど、3倍でも問題ないわ。あなたの武器の1つは、その魔力量なんだから。増やせるものは増やしておくべきよ」

 俺以上に俺の魔力や限界を知っている母さんの言葉なので、文句を言うつもりはないけどさ。もうちょっと個人的には、容赦してほしい。チキンレースが如く、ギリギリの修行の連続って。さすがは、ラスボスである。

 ちなみに魔力負荷というのは、魔力を使ったギブスのようなものだ。母さんがコーラルに組み込んだものらしい。腕を上げたり、歩くといった行動全てに、魔力を使わなければならない。はっきり言って、かなり辛い。魔力がどんどん抜けていく感覚には慣れたつもりだったけど、今日は久々に脂汗が出た。

 子どもの頃にきつい修行ばかりしたら、身体に負担がかかるものだろう。筋力負荷とかは有名だな。幼い頃から鍛えすぎると、成長や健康的にあまりよくないのだ。だが、魔力負荷はこの定義には入らないらしい。むしろ推奨されているというのだから、本当に不思議な力である。

「基礎固めには、有名な方法よ。お母さんの子どもの頃も日常生活ではいつも負荷をかけて、過ごしていたわねー」
「あぁ、つまりやりすぎが基準の人に教えを乞うと、こうなるのか」
『Sランク魔導師が、一般的な基準で修行しているわけがないでしょう』

 つまり、なのはさんあたりの修行は、一般の枠を超えているってわけですね。納得した。

「うーん、なぁ母さん。基礎が大切なのはわかるけど、ずっとこんな感じで修行するのか?」
「そうね……新しい魔法を覚えるにしても、1ヶ月でものにするのは大変よ。使いこなすつもりなら、あなたの得意系統である、変化や放出、フィールドに影響を及ぼすものかしら」
『天候操作系の魔法は、意外に相性がよかったですからね。長い詠唱と演算の所為で、頭がパンクしかけていましたが』
「うっせぇ」

 天候操作は、文字通り魔力を自然と交わらせ、操る魔法だ。俺の場合は、雷しか操れないが。どこにでも雷を撃ち落とせる広範囲型の儀式魔法だな。儀式魔法は詠唱が必要なものが多く、しかも長い。魔力も食うし、使いどころが難しいが、威力は強力だ。

「フィールド系か…。砲撃魔法とかは、やっぱり難しい?」
「難しいかと聞かれたら、難しいわね。あなたはどちらかと言えば、射撃を攻撃の主軸にした遊撃タイプよ。絶えず動きを止めないで、相手を手数で攻めていくスタイルね。一撃の火力に籠めるタイプっていうよりは、数で押していくタイプだわ」
「必殺技は無理かー」

 クイントたちを一撃必殺できる技は、やはり無理なようだ。火力は多少あるけど、削っていく必要がある。砲撃魔法って収束魔法だからな。もろ俺の苦手分野だ。100の威力を籠めた1の砲撃魔法っていうのが、どうも難しい。1の威力を籠めた100の射撃魔法ならできるんだが。似ているが、その効果はかなり違うだろう。

「あなたは魔力量が多い分、火力を上乗せしやすいわ。普通なら、かなりやっかいなタイプなのよ? 防御は固いし、手数も多くて、無視できないぐらいの火力がある。私なら、真っ先に潰しに行くわ」
『しかも、レアスキルまでありますからねー』
「そこまで、言うほどかな…? 俺の場合、タイマンされたら負けると思うし、小細工が効かないぐらいの火力や速さを持つ相手なら、何もできずに沈められると思う。一点特化型には、切り崩されやすい」

 なのはさんなら、ブレイカーで防御の上から一撃で沈められ、フェイトさんなら、こちらの攻撃が当てられずにやられるな。はやてさんは、俺よりも豊富な魔力量と手数を持っている。ユーノさんなら、彼の結界を破れるほどの火力が出せず、バインドでいつの間にか負けていそうだ。クロスケ君は、確実に勝負にすらならない。


「……あなたのそういうところは、長所であって短所ね」
「えっ?」
「自分の力量を見極めて、できることとできないことを取捨選択できることは長所よ。でもそれは、自分の力に勝手に見切りをつけて、これ以上は無理だって諦めてしまう短所でもある」

 言われて、初めて気づいた。母さんの言葉に、俺は目を見開く。確かに母さんの言うとおりだ、と俺自身すんなり受け止めてしまった。

「お母さんが、あなたが無茶をしないと思うのは、そういうところがあるからなのよね。母親としては、心配が減って嬉しいことだけど……あなたは、男の子なんだから。もうちょっとやんちゃになってもいいのよ? 自分が勝手に作った壁に、負けちゃ駄目」
「自分が、勝手に作った壁…」
「あなたに必要なのは、自信よ。忍耐力はリニスと6年間も戦い続けられるんだから、あとは自分を信じてあげること。シスコンだー、っていつも胸を張って言っているぐらいの、自信満々な態度をみせてみなさい」

 シスコンと戦闘力は違うんじゃ、……いや、同じ括りでいい、のか? 俺は確かに自信を持ってシスコンだと言えるが……えっ、戦闘もそんな認識で本当にいいの?

「この3年間、あなたに魔法を教えてきたのは誰だと思っているの? ちょっとぐらい自信を持ってくれないと、お母さんは泣いちゃうかもしれないわ」
「……母さん、それ軽く脅しています」
「ふふっ、でもそうね…。それじゃあ、あなたに自信がつくような、お母さん直伝のとっておきの魔法を、1つ教えてあげるわ」
「えっ、とっておき?」
『素直に食いついた』

 そこ、うっさい。

「昔あなたがレアスキルで実験をしていた時に、使ってみたいって言っていたものの魔法バージョンかしら。私やアルヴィンのような魔導師には、うってつけの魔法よ?」
『ますたーと相性が良くて、昔の実験で、……あぁ。アレですかー』

 母さんが話す内容にわくわくが止まらなくなったのは事実なのだが、同時に背中に流れる冷や汗の量が半端ない。楽しそうに微笑む母さんの顔が、さっきのノリノリで修行をしていたときの顔と被るのだ。ふふふふっ、と優しそうな笑い声と一緒に、何か別の威圧感を感じます。アリシア助けて。

 あっ、これ俺にとっての地雷を踏んだ。地獄への片道切符を確実に手に入れた。自分のデバイスからものすっごい哀れみオーラが漂ってきました。何されるの、というか何が始まるんですか。できたら優しくっていうか、飴はちゃんと欲しいです。鞭は絶対に上手いだろうからな!


 結論から言えば、母さんは飴と鞭がめちゃくちゃ上手かったです。

 
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