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或る皇国将校の回想録

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第四十六話 運命の一夜を待ちながら

 
前書き
馬堂豊久 駒城家重臣団の名門 馬堂家の嫡流 陸軍中佐  独立混成第十四連隊連隊長

大辺秀高 独立混成第十四聯隊首席幕僚 陸軍少佐

新城直衛少佐 近衛衆兵鉄虎第五○一大隊大隊長

藤森弥之介大尉 近衛衆兵鉄虎第五○一大隊首席幕僚

西津忠信 集成第三軍司令長官 西原家分家当主

荻名中佐 集成第三軍 戦務主任参謀 西原家重臣団出身

佐脇俊兼 集成第三軍 独立捜索剣虎兵第十一大隊長 駒城家重臣団出身 新城直衛を嫌っている。 

 
皇紀五百六十八年 七月十八日 午後第四刻 集成第三軍司令部前
独立混成第十四聯隊 聯隊長 馬堂豊久中佐


さて、この頃に語られる馬堂豊久の軍人としての評価は毀誉褒貶入り混じっていた――とりわけ北領での焦土作戦と“北領の英雄”の称号がそれを煽っていた――が、概ね共通しているところとして、理論によった指揮官である、といったところである。
事実として軍歴は秀才幕僚のそれであったし。皇紀五百六十八年当時の剣虎兵の運用や導術の軍事利用に関する理論は馬堂豊久の報告書・論文が多大な影響を及ぼしたことは誰もが認めざるを得なかった。
故に<皇国>軍事情に明るい人間であればあるほど彼の事を秀才参謀・軍官僚としての道を歩みながらも最前線で起きた大敗から事故的に指揮官への道を歩んだ男である、と認識するのである。
それは決して的外れなものではなく、実際に官吏としての能力は高い方であった。
だが人間とはいくつもの面を持つ物である、馬堂豊久という人間のまた別の一面として彼は自身の直観を強く信じている一面があった。 
豊久は直感というものは無意識の記憶を利用した経験則であると信じており、前世(?)の 記憶を持っている分、経験則に依拠する直観が利くのは当然であるとこれまた小理屈を捏ねて自身のそれを信用していたのである。
「非常に厭な予感がする――それも凄まじく」
 そう云いながらついた溜息は酷く重い。集成第三軍司令官である西津中将は再び彼――馬堂豊久を召喚したのである。
 ――どうも天狼からこっち厭な予感ばかりだ。あぁ畜生、どうしてこう俺は職務熱心にならなきゃ死ぬところにばかり放り込まれるんだ。
「――まぁ剣虎兵部隊の指揮官が二人揃った時点で結論は分かっていますよ」
 佐脇大隊長も苦笑して云った。独立捜索剣虎兵第十一大隊長殿までも集成第三軍司令官閣下に召喚されていたのだから何を言われるのかはわかりきっている。
「龍兵が随分とやってくれましたしね。まったく・・・あぁもやってくれるとは」
 ――砲兵部隊の再編を行っている合間に剣虎兵の夜襲により防衛線を寸断するつもりなのだろう。まぁ、それは良い、俺が指揮を執らないのならば尚更良いのだけれどさ。もう今日は給金分以上に働いた筈だもの。
 再び溜息をつき、豊久は自嘲の笑みを浮かべる。
互角の敵を相手に罠にはめて大勝を得る、将校ならば誰もが一度は夢見るであろう、それは脳髄が痺れる程の焦燥と恐怖に見た一時と、それらからの解放により、勝利に縁をもたず、敗残を重ねて死屍を累々と積み上げてきた青年中佐が喰らうには過ぎた馳走であった。
 ――こんなことで気を抜いてどうするんだ、莫迦め。
「勝利を得るための選択としては――これしかないでしょう」
 佐脇の言葉に豊久も頷く。
「えぇ、火力の補充が困難である以上は――こうするしかありますまい」
 ――結局は目の前で動く現実に対応するしかない。俺は第十四聯隊の聯隊長なのだから。
 司令部が置かれている天幕群へ向き直る。
「――行きますか」
 ――さてさて、果たして鬼が出るか空飛ぶトカゲが出るか。あ、両方ですね分かります。



 どこか不機嫌そうな司令部の面々から命じられた事は二人の若き佐官が予想した通りの事であった。
「夜襲――ですか」
第十一大隊は戦歴を考えれば極めて当然の命令であるし、第十四聯隊もその成り立ちを考えれば驚くようなことではない。元々、独立混成第十四聯隊は剣虎兵部隊と銃兵・砲兵の共同運用により戦果の拡大と損耗率の低下の効果をどの程度まで実現出来るかを試す実験部隊でもある。そして、その効果を先の戦いで示し、同時にその練度も相応の物であることを証明したのである。
 
「そうだ。貴様らの有する剣虎兵部隊を投入し夜間の反撃に転じ、中央部の防衛線を構築する聯隊を壊滅させ、明払暁に第三軍主力を投入し敵の戦力が半減した敵猟兵旅団を突破、敵の橋頭堡に向かって突進する。そして明日の昼までには決着をつけるつもりだ。何か質問はあるか?」
 むっつりとした戦務主任参謀である荻名中佐が二人の若手佐官に尋ねる。
「宜しいでしょうか」
 馬堂中佐が軽く手を上げると荻名中佐が頷いた。
「言ってみろ」

「私は防衛線の前衛部隊を対象とせず、夜間浸透突破による後方の攪乱・および指揮系統の破壊を提案します。〈帝国〉は導術を利用しておらず、導術を探知するのは飛龍のみです。であるからには我々は剣虎兵の夜間行動能力と戦闘導術部隊による導術探索を活用することでほぼ一方的に夜間の活動を行うことが出来ます」
 ――あぁ畜生、どうしてこんな自分を死地に送り込むような事を言っているのだろう?
 豊久は内心舌打ちをしながらも流暢に弁舌を振るう。
「敵の哨戒網に勘づかれずに浸透し、敵の上級司令部を撃破することで敵の指揮系統を破壊する事ができます。これをうまく利用すれば敵の火力を機能不全にすることも可能です。
明日の払暁前に軍主力が攻勢を開始すれば敵の戦線を突破し、運が良ければ敵予備隊の揚陸前に橋頭堡を占領する事も十二分に可能です」
 参謀的な口調で持論を述べる青年中佐の言葉に淡々tの宿将は尋ねる。
「成功する見込みはあるのか?」

 ――浸透突破に必要なのは足の速さと隠密性の保持だ。それらの要素を優先しなければならない為、砲を持ち込む事は出来ない。であるからには剣牙虎を用いた白兵戦に特化した編成になる。剣牙虎は当然ながら弾が当たれば普通に死ぬし、正面から戦列歩兵の斉射を受けたらたちまち潰乱してしまうのは騎兵と同じだ。長引いたら軍主力が動いたとしても後方で包囲殲滅をくらう可能性も十分ありうる。剣虎兵の奇襲は一撃に成功すれば一個大隊で一個連隊を蹴散らす程に強力であるが過信しすぎるのは大いに問題がある。
北領の英雄は凄まじい速さで投入しうる戦力の再確認と評価を行う。
 ――こちらは工兵を除く後方支援部隊と砲兵大隊を置いていくし、第十一大隊にも同様の要請を行わざるを得ない。
不本意ではある、単純に豊久が砲兵将校として火力戦を主眼に置いているからだけではない。剣虎兵部隊による多勢相手の伏撃を決行する際の致命的な弱点である戦力の分散に対する補強案として他兵科部隊による退路の確保、別戦線の構築による戦力の吸引などを実践する事が第十四聯隊の編成が意図したものである。
事実、北領で戦果を上げた第十一大隊は三個大隊を潰した引き換えに戦闘力を喪失する憂き目にあった。
これは大隊本部の無能をしめるものでは断じてない、寡兵で多勢を駆逐すると言う事は部隊が拡散せざるを得ないという事である。
つまるところ、剣虎兵は、騎兵と同じく非常に強力であり、そして非常に脆いのだ。多大な戦果を挙げ、北領の戦地で果てた伊藤大佐の第十一大隊が残した戦訓であり、故にその戦訓を活かす為に実験的に編制された第十四聯隊であり、実際として消耗を抑えて敵の(火力が低いとはいえ)諸兵科連合部隊を壊乱せしめた事は戦訓の活用に成功したと言えるだろう。
そもそもからして強力なのだから日の昇らぬうちに決着をつけるなら剣虎兵二個大隊にそれぞれ銃兵一個大隊の支援をつければ十分に過ぎる。
 ――つまるところ、万全でなくても可能である、か。
「はい、閣下。導術兵の増強と第11大隊の采配を私に預けて下さるのならば、試す価値は十分にあります」
 脳内で弾いた|十露盤≪そろばん≫の結果をもう一度豊久は確認する。
 上手く成功すればよく整備された――それこそ〈皇国〉軍以上に――軍の組織の神経を寸断する事が出来る。それは軍隊にとって致命的なものであり、我が聯隊と第十一大隊にはそれを成し遂げる可能性がある。
 暫くぼそぼそと参謀達と会話を交わし、西津司令官は再び此方へ向き直った。
「導術兵は疲労が激しく、其方に回せるものは居ない。だが、第十一大隊は貴様の先遣支隊の指揮下に預ける。第三軍の剣虎兵をすべて集中して用いる事にする。
――異論はないな、佐脇少佐」
有無を云わせぬ口調で西津中将が確認を取る。
「はい、閣下」
 佐脇少佐は僅かに顔を顰めたが、直ぐに頷いた。さすがに剣虎兵を集めて使うのならば豊久に任せる方が妥当だと考えたのだろう。
 それを確認すると老将は副官を呼び、命令書の口述筆記を用意を行わせた。
「――兵力部署を発令する。馬堂豊久中佐は可及的速やかに独立混成第十四聯隊、及び独立捜索剣虎兵第十一大隊より部隊を選抜し夜間浸透突破を敢行する部隊を編成せよ。
以後、編成された部隊を先遣支隊と呼称する。
馬堂中佐は先遣支隊を指揮し、〈帝国〉軍防衛線へ浸透を敢行せよ。
可能な限り戦闘を避け索敵を行い、第三軍に相対している旅団本部・及び師団司令部を捜索し、撃破するべし。
以後は別命があるまで索敵を継続しながら敵海岸堡を目指し浸透を再開。
司令部への伝達は半刻に一度を目安に支隊長の判断で行うように。
なお、第十四聯隊、及び第十一大隊の留守部隊は第三軍司令部直轄とする。
――以上だ、速やかに準備にかかれ、行動開始は午後第八刻だ」

「はい、閣下」
二人の青年将校は軍司令官に敬礼を奉げて退出した。
――先遣支隊か。味も素っ気もない名前だが――
 自然と笑みが浮かぶ。
――俺がまた第十一大隊を指揮するのは、中々面白い話だ。ほんの一夜とはいえまたもや一軍の運命を担うのはとてもとても面白い話だ。あぁ畜生め、いやはや人の世と言うものは――
そこから先を何というべきか言葉を探し――自分の思考が迷走を始めた事にきづき、豊久はまたも笑みを深めた。



同日 午後第五刻 近衛衆兵第五旅団本部
近衛衆兵鉄虎第五〇一大隊 大隊長 新城直衛少佐

「――集成第三軍の前進は停止した。」
 五十過ぎの眠たげな顔つきをした男が云った。
 近衛衆兵第五旅団長――実仁少将の後を継いだ美倉准将だ。有能とも無能とも聞かない、だからこそ近衛衆兵で准将閣下の地位にあるのだろう。

「我々も第三軍があれ程の損害を受けた以上は状況を把握しなおし、態勢を整える時間が必要だ。まったく、あの竜は随分とやってくれたものだ」
 火力支援を潰された第三軍は序盤の猛攻で敵の防衛線を後退させた事によって逆に〈帝国〉軍に火力を集中させてしまい、その攻勢は頓挫してしまった。

 ――明日はどうするつもりなのだろう?また明日になればあの爆撃を幾度も受ける事は分かりきった事だ。だが、この戦の総司令部である龍州軍司令部は作戦中止を命じる事はなく。麾下部隊は皆行動を継続している。
 新城は内心の思いを出すことはなく美倉に視線を向けた。
「僕が受けた命は閣下、貴方の旅団と協同して作戦目的を達成せよと云う事です」
 新城の言葉に頷いた准将が現状の説明を始める。
「現在、我々が圧迫した敵はこの道を約三里ほど進んだ地点で防御態勢をとっている。
規模は大隊程度。不可解な事に方陣を組んではおらずある程度の補充兵を受け取った兆候もある。我々は明払暁に攻撃を再開するつもりだ」

 ――成程、数の優位に頼って芸のない攻め手をかけ、ようやく崩れかけた所で龍兵を恐れて再編成の時間を与えているわけだ。確かに士気が落ちる事は避けられないだろうが、それを統制するからこその将校だろうに。
新城は内心、舌打ちをするが今回もまた選択の余地はほとんどない。またもこの旅団に振り回されるのかという愚痴めいた思考も追い出す
 ――だ忌々しい事だが独力でなにもかも実現できるほどこの世は明快なものではない。誰も彼もが面倒をこなさなければ生きられない。

「閣下、ひとつ提案があるのですが――」
 相手を傷つけないように、此方が主導権を握る事ができるように新城は言葉を紡ぐ。
――伊達に何もかも貰い物・借り物で生きてきたわけではない。この程度の面倒をこなせなくては話にならない。何しろ僕はこれからたまらなく愉しい地獄の夜へ五千の兵達を引き連れなくてはならないのだから。



同日 午後第五刻 集成第三軍 先遣支隊本部
先遣支隊 支隊長 馬堂豊久中佐


古参の少尉二人が聯隊長の前に並び。敬礼を奉げる。二人とも、聯隊鉄虎大隊の所属であった。片方は腕を吊っており、もう一人は頬に止血帯を巻いている。
「聯隊長殿、軽傷者の内、行動に支障がないもの達が復帰しました。将校2名、兵8名です。
兵達は原隊に復帰しております」
「ご苦労、君たちも聞いているだろうが、日没後は鉄虎大隊にまた苦労をしてもらわねばならない。君たちは大隊本部付に転属してもらう、精々頭をすっきりさせておきたまえ」
にこやかに馬堂聯隊長は名誉の負傷を受けた二人の勇士に笑いかけた。
「あれこれと面倒な仕事だからね。今のうちに休んでおきなさい」
 二人の将校が本部天幕をでると彼らが尊敬の念を示していた柔らかな物腰をした指揮官は瞬く間に消え去った。
馬堂聯隊長は折り畳みの椅子に深く身を沈めながら大きく伸びをし、大きく欠伸をした。
「あー、これでようやく頭数が揃ったか。先遣支隊の編成もようやっと済んだし、これで休めるかな」
 副官である米山も黒茶に口をつけながら書類の束をめくりながらいった。
「休むのも軍務の内です。まぁ部隊の選抜自体は既定路線ですから問題ありませんが」
 部隊の選抜は基本的には砲兵大隊と輜重・給食部隊を司令部に預けるだけである。第十一大隊も似たようなものであるが、両部隊を合わせれば浸透突破に参加する兵力は三千超近い規模になる。
兵を休ませ、作戦に必要な物資を算出し――ようやく作戦開始の準備が整いつつあった。
「――最大にして最後の問題は第十一大隊の面々ですね、彼らとの調整も最後まで気を抜けません。」
と大辺首席幕僚が薄い唇をなぞりながら言う。
 佐脇少佐をはじめとする第十一大隊の将校団と打ち合せも念入りにしなければならないし
第十一大隊の様子を秋山剣虎兵幕僚と査閲し、自身の存在を第十一大隊の面々にも示さなければならない。
 結局のところ、あれこれと気を使わなければならないのである。

「あと一刻程で佐脇少佐の第十一大隊と合流します。
それまでは聯隊長殿も少し休まれてはいかがでしょうか。」
「・・・・・・すまんな。」

 簡易寝棚へいそいそと潜り込み、目を瞑るが思考はまだ先の話題に焦点が絞られたままだ。
 ――投入兵数は兵数三千そこそこと剣牙虎二百三十匹超――潜り込めたら相当な痛手を与える事ができるだろう。
 つまるところたった一夜の時間にたかが二十七の餓鬼が引きづり回す一個連隊規模の部隊が一国の趨勢を左右する立場にあるわけだ。あぁ、そしてその指揮権を俺が握るわけだ・・・・まったくもって不本意極まる。
その癖、楽しみでしかたない、まるで餓鬼の頃に誕生日を待っていた時の様だ。
ははは、まったく俺は何処でこうまで性根が捻くれたのやら・・・



 
 

 
後書き
文庫版でカルパート僭帝乱にふれられるとは……弓月兄妹の幕間を少々修正しました。 
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