| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

星の輝き

作者:霊亀
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第34局

 1学期の終業式を目前に控えた今日、ヒカルは、海王囲碁部の主将岸本に校舎裏に呼び出されていた。

「2年の伊藤が退部したよ。なぜ囲碁部にちょっかいをかける、進藤」
 岸本は眼鏡をクイッと押し上げながら、ヒカルに目線鋭く問いただした。

「君たちのせいで、部員は多かれ少なかれ動揺している。部長の俺とてそうだ。俺は正直君と対局したいし、教えを請いたいと思っている。しかし、まわりの視線が言ってるんだ。海王の部長が1年にあっさり負ける姿は見たくない、とね。君にぶつかっていきたくてもできない」

「…それで?」
「お前たちの存在は、俺たち海王囲碁部にとって、百害あって一利なしだ!今後俺たちにちょっかいをかけるのはやめてくれ!」

「…ちょっと気になってたんだけどさ、あの部屋って他に誰もいなかったけど、普段は使ってないの?」
「…あそこは昔の部室で、今は倉庫として使ってるからな。大会があるときに控え室として使うくらいだ。それよりも、人の話を」
「あの部屋としか言ってないんだけど、どの部屋か分かるんだ?」
「……、伊藤にお前と何があったか聞いていたからな。そう思っただけだ」
 岸本はまた眼鏡をクイッと押し上げながら答えた。眼鏡に光が反射していて、目元はよく見えなかった。

-?どういうことです、ヒカル?
-…、まぁどうでもいいことなんだけどな。

「普段使ってない教室ってさ、普通鍵がかかってるよね。理科室とか、音楽室とか。ただの2年生の部員が、部屋の鍵って持ってるもんなの?」
「……、何が言いたいんだ?」
「んー、まぁ別にどうでもいいんだけどね。囲碁部にこれ以上かかわる気なんてないし」
「なら今後は」
「ちょっと聞き捨てならないわね」

 岸本の声が突然さえぎられた。校舎の陰から歩いて出てきたのは、日高だった。

「日高…」
「ごめん。二人が歩いてるのが見えたんでちょっと気になってね。それより岸本君、部室の鍵は対局室の鍵とペアになっていて3組しかないはずよね?(ユン)先生が1組。そして職員室の鍵保管庫に、1組。これはその日の当番が毎日交代で取りに行って、対局室や部室の開け閉めに使うから、部活が終わるまでは当番の人間が持ってるわね。そして、最後の1組は、部長である岸本君、あなたが持ってるのよね。だったらあの日、伊藤はどうやって鍵を開けたの?」
「…伊藤が当番だったんだろう?それか、(ユン)先生に借りたんじゃないのか?」
「あの日、先生は出張よ。だから、いつもの部活の時よりもみんな少し騒いでいて、途中で抜け出しても誰も気にしなかった」
「…なら、当番だったんだろ」
「…それもありえないの。あの日、私があいつらに説教した後、私が部室の戸締りをしたのよ、誰にも言わないで。…たまたま私が当番だったからね。…最近の岸本君、らしくないよ」

 岸本はうなだれていた。

-なるほど、このものが手を引いていたのですか。
-ま、そうみたいだな。

「岸本さん、知ってる?碁って一人じゃ打てないんだよ」
「…あたりまえだろう」
「そう、あたりまえさ。二人で打つものだからね。そして、勝つのは一人。負けるのも一人。分かる?負ける人がいるから碁が成立するんだよ。負ける人がいるのはごく当たり前のことなんだ。プロの棋士でも、どんなに偉い人でもそれは同じ。…当然どこかの部長様でもね」

「…進藤」
「負けることを嫌がっていたら、駄目なのさ。そりゃ、自分より弱い相手だけと打っていたら負けないさ。でもそれじゃあ絶対に強くなんてなれない。まわりの視線が気になるなんて、気にする方向が間違ってるのさ。碁打ちとして成長したいのなら、負ける事を避けちゃいけないんだよ。塔矢を見てたら分かるだろう?あいつは暇があったら俺に対局を申し込んでくるぜ」

「……」
「進藤、何度も囲碁部が迷惑かけてすまないね。岸本君は私が後できっちり絞っておくから」
 うなだれる岸本の肩に手をかけながら、日高はヒカルに告げた。

「ま、別にたいした事されたわけじゃないんで」
「…あんたって、見かけによらず随分大人っぽいのね。まったくどっちが年上なんだか」
-うんうん。ホントにしっかりしてきましたよね、ヒカルは。
「いや、別にそんなことないですよ」
 照れるヒカルの様子を見て、日高はいたずらっぽく笑う。

「囲碁部の女子たちで結構噂になってるのよ。囲碁部に乗り込んできたあんた、結構かっこよかったってね!いつでも遊びに来なさい。少なくとも女子は大歓迎するわよ!」
「ハハハハハ…」
-おー、モテモテですね、ヒカル!
-……いや、ほっといてくれ。







 夏休み前最後の塔矢家での勉強会。今日はプロは緒方さんだけの参加だった。

「さ、じゃあ次の対局しようぜ。奈瀬、打とうか」
「うん、おねがい!あ、そうだヒカル君、夏休みに入ったら勉強会の回数増やすことはできないかな?もう、プロ試験目前だしさ!」
「んー…、まぁ、今より少しなら構わないかな…。ちょっとやりたいこともあるし、毎日とかは無理だよ?」
「うわーっ、ありがとうっ!」
「進藤、ここもいつでも構わないからな。でも、やりたいことってなんだい?」
「いや、せっかくパソコンもあるから、佐為との今までの対局の棋譜をまとめたりしたいなって思ってるんだ」
「あ、ヒカルの本棚、佐為との棋譜がかなりたまってるもんねぇ。パソコンに整理するんだ?」
「ああ。夏休みなら時間も取れるしさ。紙だとかさ張るばっかりだし」

 実はヒカル、佐為との対局はすべて棋譜として記録を残していた。ただ、あかりの言うようにかなりの数があるため非常にかさ張り、場所をとる。それに、昔の棋譜を探すのも大変だったりするので、そろそろ整理しようと考えていたのだ。夏休みだし、いい機会だと。
 そう話していたヒカルの肩を、緒方とアキラががっしりと掴んだ。

「おい。そんなものがあるのに今まで黙っているとはいったいどういうことだ!」
「そうだ進藤っ!ずるいじゃないか、隠してるなんてっ!」

 ヒカルはぎょっとして後ずさろうとしたが、二人の手はガッチリと肩を掴んで離れない。

「うおっ!緒方さん!塔矢も、なんか二人とも目が据わってるっ!いや、ずるいって、別に隠してたわけじゃないって!」
「だったらすぐに出さないか!ブログでも作って棋譜を全部見れるようにしろ!」
「いや、そんな無茶言わないでよ緒方さん!全部ってすごい数なんだから!それにおれパソコンあんまり詳しくないから、とりあえず夏休みにパソコンの勉強から始めるんだから!それに、棋譜を整理するだけなんだけどっ!」
「そんなの待てるわけないだろうがっ!」
「進藤っ!saiと君の対局を是非見たいんだ!?」

 そんな二人を押さえ込んだのは奈瀬だ。

「ああもう!緒方さんも塔矢君も落ち着いてっ!今はヒカル君は私と碁を打つの!邪魔しないでっ!」
「…すまん」
「…ごめんなさい」
「もうほんとに男の人ってすぐ見境がなくなるんだから…。はい、ヒカル君、打つよ!」
「…ああ。おねがいします」
「おねがいします!」

 奈瀬の剣幕に思わず謝る緒方とアキラ。もう奈瀬もすっかり勉強会の空気になじんでいた。たとえ相手が緒方であろうとも、ヒカルとの貴重な対局機会を減らすわけにはいかないのだ。遠慮ばかりはしていられなかった。

-取りあえずおさまりましたね、ヒカル。
-…あー、このまま終わるとは思えないんだけどなぁ…。

 どうやらヒカルにとって、過酷な夏休みとなりそうな気配だった。あかりと佐為は顔を見合わせて、思わず溜息を吐いた。  



 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧