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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第三章 始祖の祈祷書
  第八話 伝説

 
前書き
ルイズ 「シロウっ! わたしを乗せて飛んで!!」
士郎  「ルイズ……出来るのか?」
ルイズ 「出来る……ううんっ! やってみせるっ!! だからシロウッ!!」
シロウ 「ああっ! なら行くぞルイズっ!!」
ルイズ 「ええッ!! じゃあっいくわよっ!!! 皆抱きしめて! 銀河の果てまで!!」
サー・ジョンストン 「なっ!! 何者なんだ彼女は!!??」
ボーウッド 「ご存知ないのですか!? 彼女こそ代役からチャンスを掴みスターの座を駆け上がっている超時空ツンデレラ、ルイズちゃんです!」
アルビオン軍、トリステイン軍  「「うおおおおおおおお!! デカルチャー!!」」

 戦場に今っ! 歌声が響き渡るっ!! 天空を翔ける鳳ッ!!! 降り注ぐ歌ッ!!!!
 死が満ちる戦場を破壊しろっ!! ルイズッ(超時空ツンデレラ)!!!


 本編始まります。 

 
 王宮の混乱が混乱が極めていたことから、トリステイン魔法学院にアルビオンの宣戦布告の報が入ったのは翌朝になってからであった。
 魔法学院の玄関先で、ルイズたちは朝もやの中、士郎と共に王宮からの馬車を待っていた。待つ相手は、ゲルマニアまでルイズ達を運ぶための馬車であったが、やって来たのは息せききった一人の使者だった。
 彼は慌てた様子でオスマン氏の居室をルイズたちに尋ねると、足早に駆け去っていく。その尋常ならざる様子に士郎は嫌な予感を覚え、使者のあとを追い始めると、ルイズも慌てて士郎のあとをついていった。


 学院長室の中でオスマン氏は、式に出席するための用意で忙しそうに書類の片付けや、荷物をまとめていると、扉が壊れんばかりに猛烈な勢いで叩かれる音が聞こえた。

「誰―――」

 オスマン氏が誰何の声を上げる前に、大声で口上を述べながら王宮からの使者が飛び込んできた。

「し、失礼いたしますっ! 王宮の者です! 申し上げます! アルビオンがトリステインに宣戦布告! 姫殿下の式は無期延期にになりました! 王軍は現在、ラ・ロシェールに展開中! したがって、学院におかれましては、安全のため生徒及び職員の禁足令を願います!」

 オスマン氏は顔色を変えることなく、目を細める。

「宣戦布告とな? どこからかね?」
「いかにも! タルブの草原に、敵軍は陣を張り、ラ・ロシェール付近に展開した我が軍とにらみ合っております!」
「アルビオンか……強大な相手じゃな」

 顔を伏せた使者が悲しげに言う。

「敵軍は巨艦“レキシントン”号を筆頭に、戦列艦が十数隻。上陸せし総兵力は三千と見積もられます。我が軍の艦隊主力はすでに全滅、かき集めた兵力はわずか二千。未だ国内は戦の準備が整わず、緊急に配備できる兵はそれで精一杯のようです。しかしながらそれより、完全に制空権を奪われたのが致命的です。敵軍は空から砲撃をくわえ、我が軍をなんなく蹴散らすでしょう」
「そうじゃの……それで現在の戦況は?」
「敵の竜騎兵によって、タルブの村は炎で焼かれているそうです。同盟に基づき、ゲルマニアへ軍の派遣を要請しましたが、先陣が到着するのは三週間後とか……」

 重いため息を吐いたオスマン氏は、ゲルマニアのある方角へ憎々しげな目を向ける。

「……見捨てる気じゃろうな。三週間もあれば、アルビオンはトリステインの城下町を余裕を持って落とすじゃろうて」

 学院長室の外では、ルイズが学院長室の扉に張り付き聞き耳を立てていた。学院長室から戦争という言葉を聞き取ったルイズの顔が白く変化する。
 ドアの前で腕を組んで立っていた士郎は、戦争という言葉を聞くとギリリと歯を食いしばり、次にタルブの村という言葉が出ると駆け出した。

「へっ? し、シロウっ!?」   

 走り去っていく士郎に気付いたルイズは慌てて士郎を追う。
 




 士郎は中庭にある、ゼロ戦に走り寄る。
 後ろから息せき切ったルイズの声が士郎にかかる。

「どこ行くのよ!」
「タルブの村だ」
「なっ!? 何しに行くのよ!」
「決まっている。シエスタ達を助けに行く」

 士郎の腰に抱きついたルイズは、必死に士郎にしがみつき、必死に士郎に訴えかける。

「ダメよっ! 戦争してるのよ! いくらあんたが強いからって、一人で行っても何も出来ないわ!」
「……かもしれない」
「ならっ!」
「だが、何か出来るかもしれない」

 強い意思がこもった眼光を向けられたルイズは、気圧されたように一歩足を下げる。怯えたような顔をするルイズに気付いた士郎は、一度顔を横に振るとゼロ戦の傍に寄る。
 ゼロ戦の状態を探る士郎に対し、ルイズは必死に士郎を引き止めようとする。

「死んじゃうわよっ! 王軍が向かっているんだから王軍に任せなさいよ!」
「軍隊では動きが遅い。だが、これなら短時間でタルブに着くことが出来る」

 顔を向けずに答える士郎に、ルイズは顔を俯かせると、体を小刻みに震わせ始めた。

「……なっ……何で……何でシロウが行くのよ」 
「……」
「行か、ないでよ……シロウっ」
「……」

 顔を俯かせ、ポロポロと涙を零しながら、ルイズは士郎の外套を握り締める。

「……助けたいんだ」

 外套を握り締めるルイズの手に、優しく手を置く士郎。

「え……」
「俺が行くことで誰かが助かる可能性が少しでもあるのなら、俺は行きたい」
「そんなっ―――」
「馬鹿だろ」

 ルイズの言葉を止めるように、士郎の声がルイズの声に被る。

「全ては無理かもしれないが……少しでも可能性があるのなら」

 ルイズの頭に手を置いて笑う士郎に、ルイズは涙で潤んだ瞳を向ける。

「だから、ルイ―――」
「―――わたしも行く」
「る、ルイズ?」
「わたしも……行くから」

 ルイズを説得しようとする士郎の腰にルイズは勢い良く抱きつくと、胸に顔を押し付けながら、くぐもった声で訴える。

「止めても無駄でしょ……なら、助けを求める人を助けるシロウを……わたしが助ける」
「っな! ……何を言っているんだルイズ。そんなこと出来るわけないだろ」 
「出来るもんっ……わたしシロウのご主人様だから出来るもんっ」
「で、出来るもんって……無茶を言うなよルイズ」

 グリグリと士郎の胸に頭を擦りつけながらもんもん言うルイズに、士郎は呆然とした声を上げる。

「無茶言ってるのはシロウだもんっ。ならわたしも無茶を言うもん……」
「ルイズ?」

 段々と声が小さくなると共に、体の震えが大きくなるルイズに、士郎は戸惑いながら声をかけると、グッと士郎の身体を抱きしめたルイズが、ボロボロと涙を零す顔を、士郎に向け勢い良くあげた。

「連れて行ってよシロウ。わたしに……あなたを助けさせて」
「る、ルイズ……」

 必死に訴えかけてくるルイズに、士郎は深いため息吐くと、ルイズを持ち上げコクピットの中に入れた。

「はぁ……ここで待っていろ」
「し、シロウ? えっと……」

 コクピットの中からルイズが戸惑いながら士郎を見下ろすと、士郎は乱暴にルイズの頭を撫で繰り回した。

「わっ、わぷっ! な、何すんのよ!」
「分かった分かった……たくっ……連れて行くからそこで待っていろ、ガソリンを持ってくる」
「がそれん? 何それ……って、連れて行ってくれるの! 本当に!」

 コクピットから身を乗り出すルイズの両肩を押さえつけ、士郎はコクピットの中にルイズを押し戻す。

「ああ、連れて行くから待っていろ」
「絶対よ」
「ああ」

 後ろ向きに手を上げルイズに応え、ゼロ戦から去って行く士郎の後ろ姿を確認すると、ルイズは顔を俯かせ小さくぼそりと呟いた。

「シロウの……ばーか」







 士郎はコルベール眠りこけているコルベールの肩を揺すり起こした。

「ふあ? あれシロウくんじゃにゃいですか? どうしました?」
「ガソリンは出来ましたか?」
「がじょりん? ああ、がそりんですか? それなら君の言った量は出来ているよ。ほら、あそこ」

 寝ぼけ眼をこすりながら、コルベールが指差す先の部屋の隅には、ガソリンが入っていると思われる樽が置かれていた。

「飛ぶならもう少し待ってくれんかね? まだ眠くて眠くて……」
「すみませんが、それでは間に合わないので」
「間に合わない?」
「ええ、ですので今から離陸します。手伝ってもらっていいですかコルベール先生?」
「へ? ちょっ、ちょっと待てくださいシロうわっ」

 コルベールが不思議な顔をしている。どうやらコルベールは未だ戦争が始まった事を知らないようであった。
 説明してもいいが、説明する時間が惜しい。
 士郎はガソリンが入った樽を右手に、コルベールを左手に抱えると、ゼロ戦に向かって走り出した。

 




 コクピットに乗り込み、各部の計器を確認している士郎の膝には、小さな身体をさらに小さくしたルイズが乗っている。
 飛行に問題がないことを確認した士郎は、事前にエンジン始動の手順を伝えていたコルベールに、エンジンの始動をさせた。
 バルルルルッ! という腹を叩く様なエンジン音が鳴ると共に、プロペラが回り始める。
 
「シロウ……本当に飛ぶのこれ?」

 不安気に士郎を見上げるルイズの頭に、優しく士郎が手を置く。
 
「あぅ……」
「ちゃんと飛ぶさ……だが、少し滑走距離が足りんか。コルベール先生っ! 前からゼロ戦に向けて風を吹かせて下さいっ!」

 風防から顔を出すと、プロペラ音に負けないよう士郎はコルベールに大声で呼びかけた。
 常人を遥かに超える力を持つ士郎は、声の大きさも常人の比ではなく、プロペラ音にかき消されることなく、士郎の声はコルベールに届く。
 士郎の声を聞いたコルベールがゼロ戦の前に回ると、呪文を詠唱し烈風を吹かせた。
 シエスタから預かったゴーグルを付けた士郎は、ブレーキを踏みしめる。
 急激に熱が高まっていくエンジンを冷やすため、カウルフラップを全開にする。
 プロペラのピッチレバーを離陸上昇に合わせると、ブレーキを弱め、左手で握ったスロットレバーを開く。
 勢い良く走り出したゼロ戦に合わせ、操縦桿を前方にゆっくりと押し込む。
 尻輪が地面から離れ滑走し、魔法学院の壁が近づく。近づく壁に怯えルイズが士郎の胸に強くしがみつく。

「今っ!」

 壁に当たる寸前、士郎は声と共に操縦桿を引き機体の前が持ち上がり、ゼロ戦が浮かび上がる。
 壁を舐めるように飛び上がったゼロ戦は、足を収納しながら上昇を続けた。
 ゼロ戦は翼を陽光にきらめき、風を裂き、異世界の空を駆ける。






 タルブの村の火災は収まっていたが、そこは無残な戦場へと変わり果てていた。アルビオンの大部隊が草原を踏み散らしながら集結し、港町ラ・ロシェールに立てこもったトリステイン軍との決戦の火蓋が切られるのを待ち構えていた。
 上空には、舞台を空から守るため、“レキシントン”号から発艦した竜騎士隊が飛び交っている。
 何度かトリステイン軍の竜騎士隊が攻撃をかけてきたが、その悉くが容易く撃退されていた。
 そんな折、タルブ村の上空を警戒していた竜騎士隊の一人が、自分の上空、二千五百メイルほどの一点に近づく一騎の竜騎兵を見付けた。
 竜騎兵は竜を鳴かせ、味方に敵の接近を告げた。



 士郎は風防から顔を出すと、家が黒く焼き焦げ、濁った黒い煙が立ち昇り、ついこの間見た、素朴で、美しかったタルブの村を見下ろす。

「ひどい……」

 風防から顔を出したルイズは、眼下のタルブの村の現状を見ると、顔を悲痛に歪め、手で塞いだ口から声が漏れる。 
 士郎の顔には一見して何の表情も浮かんではいないように見えるが、口の中では歯を折らんばかりに噛み締めていた。
 士郎が視線が草原に移すと、そこはアルビオンの軍勢で埋まっている。
 その時、士郎の脳裏に、双月と星々の輝きを受けて淡く緋色に染まったシエスタの姿が過ぎる。
 感情が見えない顔と比例するかのように、激情が押さえ込まれた目は鈍く光る眼光が輝き、空を飛ぶ竜騎兵を貫く。
 士郎は無言で操縦桿を、左斜めに倒すとスロットを絞る。
 機体を捻らせ、タルブの村目掛けゼロ戦が急降下を始めた。

「一騎とは、舐められたものだな」

 向かってくる影を迎い撃つため、竜を上昇させながら騎士が呟く。
 見たこともない奇妙な竜に疑問を浮かべながらも、騎士はこれまでに撃墜した二騎のトリステインの竜騎兵と同じように仕留めようと急降下してくる竜騎兵を待ち受ける。

「三匹め―――」

 口の端を歪め、笑おうとした竜騎兵であったが、竜とは思えない速さで迫る竜に驚き、顔が笑おうとした直前の奇妙な表情で固まる。
 慌ててブレスを吐かせるため、火竜に口を開けさせた。だが、火竜が口を開けた瞬間、急降下してくる竜の翼が光った。白く光る何かが無数に飛んで来たかと思うと、騎乗する竜の翼、胴体に大穴が開いた。その内の一つが開いた火竜の口の中に飛び込んだ。火竜の喉にはブレスのための燃焼性の高い油が入った袋がある。その喉の奥で機関砲弾が炸裂し、その袋が引火し、火竜は爆発した。



 空中爆発した竜騎士の横をすり抜け、士郎はゼロ戦を急降下させ続けた。その間にも、士郎は周囲の状況を把握し、竜騎士の位置を確認する。
 味方をやられ、躍起になって向かってくる竜騎士を、冷静に十字の光字の光像を描く照準器のガラスの中心に入れると、敵の攻撃範囲から遠く離れた場所から機関砲弾を火竜に叩き込む。
 ゼロ戦の攻撃範囲と攻撃力を知らない竜騎士達は、気付いた時には既に遅く、機首装備の七.七ミリ機銃で穴だらけにされ絶命し、バタバタと地上に落ちていく。

「す、すごい……すごいじゃない士郎っ! 天下無双と謳われたアルビオンの竜騎士が、まるで虫みたいに落ちてくわっぷ」
「落ち着けルイズ」
 
 膝の上で子供のようにはしゃぐルイズの額に手を置き、士郎は自身の胸に押し付けた。急に士郎の胸に押し付けられたルイズは、顔を真っ赤にさせると、士郎の顔を仰ぎ見た。

「何よシロ―――」
「新手だ」
「シロウ?」
 
 何騎もの竜騎士を落としながらも、士郎の顔には何の表情も浮かぶことはなく、新たに迫る竜騎士を睨みつける。まるで人形の様な士郎の様子に、戸惑うような声をルイズは上げるが、士郎はそれに応えることなく、機体を太陽に向け上昇させた。ある程度の高度までたどり着くと、機体を反転させ太陽を背にし、ゼロ戦を急降下させた士郎は、ゼロ戦を追いかけ上昇してくる竜騎士たち目掛け、淡々と機関砲弾と機銃弾を叩き込んだ。





 士郎の膝の上で、ルイズは士郎の外套を握りしめて震えていた。

 シロウ……一体どうしたの。

 周囲を飛び交う竜騎士達は確かに怖かったが、それよりも大好きな士郎が、まるで別人になったような不安が身を包み、ルイズは縋り付くように士郎の外套を、“始祖の祈祷書”と共に握り締めた。あの不思議な夢を見た時から、漠然とした不安を抱いていたからこそ、士郎に無理を言って乗せてもらったのではないか。それなのに自分は何をやっているのか……結局自分は何も出来ないで震えているだけなのか。
 士郎の膝の上で、俯きながらルイズは自嘲気味に小さく呟くと、ポケットに入れていたアンリエッタからもらった“水”のルビーを取り出し、落とさないよう指に嵌め、その指を握り締めた。
 
「……シロウはわたしが守るんだから」

 小さく、しかし強く呟いたルイズは、士郎の外套から手を離すと、馬車の中で詔を考えるため持っていた“始祖の祈祷書”を両手で持つと胸に抱えた。

 何も書かれていない“始祖の祈祷書”……何の力もないわたしだけど……もしもこれが本物なら……士郎の力になって……!!

 “始祖の祈祷書”がシワになるほど、ルイズが強く胸に抱きしめると、

「……ワルドか」
「え?」

 冷たい声がルイズの耳に届く。
 思わず士郎を仰ぎ見たルイズの目に、凍えるように冷たい目をした士郎が頭上を仰ぎ見ていた。
 視線の先には、風竜に乗ったワルドが狂った狂相を浮かべ、こちらに向かって急降下してくる。
 狂声を轟かせるワルドの様子が、あまりにも恐ろしく、ルイズは身体を回すと士郎の腰に抱きついた。腰に抱きついてきたルイズの頭を安心させるように軽く叩くと、士郎は急降下しながら風竜のブレスや“エア・スピアー”を放ってくるワルドの攻撃を危うげなく避ける。
 奇襲を避けられたワルドだが、匠に風竜を操ると、ゼロ戦の背後をとり、攻撃を仕掛ける。

 ―――はっ……っハハハハぁぁぁぁ~あああああああああああアアアアアっ!! 死ね死ね死ねっ!!―――
 
 背後で狂った声を上げ、背後から怒涛の勢いで襲い来るワルドを、士郎は奇襲を受けたというのに微動だにしない顔でチラリと見る。ゼロ戦を急激に減速させた士郎は、操縦桿を左下に倒すと共にフットバーを蹴り込み――天地が回転した。

 ―――アアアアアっ?!―――

 ゼロ戦が目の前で消え、驚愕に目を見開いたワルドだったが、全身を貫く殺気を感じ振り向こうとした――が、

「馬鹿が」

 線を描くように打ち込まれた機銃弾により、火竜よりも鱗の薄い風竜の身体は穴だらけにされ、ワルドも肩、背中に弾を食らい、ワルドを乗せた風竜は地上めがけ落下していく。





 背後から攻撃を仕掛けてくるワルドに対し、士郎はゼロ戦を壜の内側をなぞるような軌道を描くと、竜に乗ったワルドの背中に回る。士郎の世界で“木の葉落とし”と呼ばれる妙技でもってワルドを降した士郎であったが、落ちていくワルドを一瞥もすることなく、機首を遥か上空、雲の隙間から覗く巨大な戦艦に向けようとしたが――
 

 風防の中に魔力が満ちると共に光が灯った。

  
 


「馬鹿な……、わずか五分で全滅だ、と?」

 タルブの草原の上空三千メイルに浮かぶ“レキシントン”号の後甲板で、トリステイン侵攻軍総司令官サー・ジョンストンは伝令からの報告を聞くと顔色を変えた。

「て、敵は一体どれだけの数何だ……ひゃ、百か? し、しかしトリステインにそれだけの竜騎兵がいるとは聞いていないぞ」
「サー。そ、それが……、報告では、敵はた、たった一機であると」
「い、一騎?」

 ジョンストンが唖然とした顔を伝令に向ける。
 直後、被った防止を甲板に叩きつけた。

「ふざけるなっ! 二十騎もの竜騎兵が、た、たった一騎にやられるはずがないっ! 私を馬鹿にしているのかっ!」   

 総司令官の剣幕に、伝令が怯え後ずさる。

「敵の竜騎兵はありえぬスピードで敏捷に飛び回り、こちらの竜騎兵よりも遥かに長い射程を持つ強力な魔法攻撃を用い、こちらの竜騎士を討ち取ったと……」

 怒りで顔を真っ赤にさせたジョンストンが伝令に掴みかかろうとしたが、

「ワルドはどうした! 竜騎士隊に預けたワルドは! あの狂人はどうした!」
「な、なにか叫びながら出て行ったのを見たものがおりますが……どうなったのかは……」
「っ! ……役に立たない狂人だ……っ!」

 いつの間にか現れたボーウッドが手を出し、ジョンストンを咎めた。

「兵の前でそのように取り乱しては士気にかかわりますぞ。総司令官殿」

 現れたボーウッドに、ジョンストンは矛先を変えた。

「何を申すかっ! これは艦長っ! 貴様の稚拙な指揮のせいだぞっ! 貴様が貴重な竜騎士隊を全滅させたのだっ! この責任はとってもらうぞっ! クロムウェル閣下には報告するからなっ!!」

 ジョンストンが喚きながら掴みかかってくると、ボーウッドは杖を引き抜き、ジョンストンの腹に叩き込んだ。一瞬で白目になり気絶したジョンストンを、ボーウッドは落ち着いた様子で従兵に命じた。
 運ばれていくジョンストンを見ながら、ボーウッドは後悔していた。一瞬の判断が明暗を分ける戦闘行動中に、ジョンストンの喚き声はあまりにも神経を逆なでするものだ。
 不安気に見つめてくる伝令に気付いたボーウッドは、落ち着き払った声で指示をする。

「竜騎士隊が全滅したとて、本艦“レキシントン”号を筆頭に艦隊は未だ無傷だ。例え馬鹿げた力を持つ竜騎兵であっても、一騎ではどうすることも出来ん。諸君らは安心して勤務に励むが良い」
 
 そう、例え一騎で二十騎を討ち果たした英雄であったとしても、個人では変えられる流れと、変えられぬ流れがあるのだ。
 所詮“個人”では、この“レキシントン”号を落とすことなど出来はしない。

「艦速全速前進。左砲戦準備」

 しばらくすると遥か眼下に、タルブの草原の端向こうに、周りを岩山で囲まれた天然の要塞。ラ・ロシェールの港町に布陣したトリステイン軍の陣容が浮かび上がる。

「艦隊微速。面舵」

 艦隊はトリステイン軍を左下に眺めるかたちで回頭した。

「左砲戦開始。以後は別命あるまで射撃を続けよ」

 そして、

 「上方、下方、右砲戦準備。弾種散弾」

 これから来るだろう“英雄”に対する命令を追加した。





 ラ・ロシェールの街に立てこもったトリステイン軍の前方五百メイル、タルブの草原に敵軍勢が見えた。三色の“レコン・キスタ”の旗を掲げたアルビオン軍だ。軍勢は静々と行進してくる。
 生まれて初めて見る敵に、ユニコーンに跨ったアンリエッタは怯え震える。その怯えからくる震えを周りに悟られないよう、アンリエッタは目を瞑り軽く祈りを捧げる。
 だが……祈りは届かず、敵軍の上空に大艦隊を見つけたアンリエッタは、さらなる恐怖を感じ顔色を変えた。アルビオン艦隊の舷側が光ったかとアンリエッタが思うと、アルビオン艦隊から放たれた砲弾が自軍めがけ飛びこんだ。
 着弾。
 何百発もの砲弾が、ラ・ロシェールに立てこもったトリステイン軍を襲う。
 岩や馬、人がまとまって吹き飛ぶ。圧倒的な力を前にした味方の軍が浮き足立ち、周囲を轟音が包む。
 恐怖にかられ、アンリエッタは叫ぶ。

「落ち着きなさいッ! 落ち着いて!」

 叫ぶように指示をするアンリエッタに、近づいたマザリーニが耳打ちする。

「まずは殿下が落ち着きなされ。将が取り乱しては、軍は瞬く間に潰走しますぞ」

 近くの将軍達と素早く打ち合わせたマザリーニが、兵力比におけば各国の中で一番多いメイジを使い、岩山の隙間の空に、いくつもの空気の壁を作り上げた。砲弾がそこに当たると砕け散る。だがやはり、何割かは飛び込んできてしまう。そのたびにあちこちで悲鳴が上がり、砕けた岩と血が舞う。
 それを見たマザリーニが隣のアンリエッタに声をかける。

「この砲撃が終わり次第、敵は一斉に突撃してくるでしょう。とにかく迎え撃つしかありませんな」
「勝ち目はありますか」

 砲撃により兵の間に同様が走りつつあるのを見たマザリーニが、溜息をつく。
 勢い余って出撃したはいいが……人間の勇気には限界がある。
 しかし、忘れていた何かを思い出させてくれた姫に現実を突きつける気にはなれなかった。

「五分五分……といったところでしょうな」

 アンリエッタは口元を噛み締める。
 着弾。
 周囲が地震が起こったかのように揺れる。
 痛いぐらいにマザリーニは状況を理解していた……アンリエッタもだ。
 敵は空からの絶大な支援を受けた三千。我が軍は砲撃で崩壊しつつある二千……勝ち目は、ない。







 
 士郎に頭を軽く叩かれた瞬間、機体が大きく揺れ、ルイズの手から“始祖の祈祷書”が離れた。“始祖の祈祷書”が開き風防の中を蝶の様に羽ばたくと、ルイズは焦りながら開いた“始祖の祈祷書”の端を掴んだ瞬間。
 唐突に“水”のルビーと“始祖の祈祷書”が光りだした。
 





 恐る恐ると光の中に見える文字を、ルイズは目でなぞっていく。
 それは……、古代のルーン文字で書かれていた。真面目に授業を受けていたルイズは、その古代語を読むことが出来た。

『序文

 これより我が知しりし真理をこの書に記す。この世のすべての物質は、小さな粒より為る。四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。その四つの系統は、“火”、“水”、“風”、“土”と為す』

 こんな時なのに、ルイズの知的好奇心が膨れ上がる。はやる気持ちを抑えながらも、一枚一枚確実に確認しめくっていく。

『神は我にさらなる力を与えられた。四の系統が影響を与えし小さな粒は、さらに小さな粒より為る。神が我に与えしその系統は、四の何れにも属せず。我が系統はさらなる小さき粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。四にあらざれば零。零すなわちこれ“虚無”。我は神が我に与えし零を“虚無の系統”と名づけん』

「虚無……の系統。うそ……っ!」 
 
 鼓動が一つ強く鳴った。“始祖の祈祷書”を握る手が震える。

 
 膝の上でかぶりつく様に“始祖の祈祷書”を読むルイズの様子を見た士郎は、危険がないことを確認すると、顔を上げ、ラ・ロシェールの港町の頭上に浮かぶ巨大戦艦に目を向けた。
 今の今まで黙っていたデルフリンガーが声を上げた。

「相棒、親玉だ。雑魚をいくらやっても、あいつをやっつけなきゃ……お話にならねえが……」
「分かっている……というかデルフいたのか?」
「相棒が持ち込んだんだろ」
「まあ、そうだが」

 非難が込められたデルフリンガーの声に、やっと士郎の顔に表情が浮かんだ。苦笑いが浮かんだ顔で、士郎が脇に置いていたデルフリンガーを見下ろした。 

「それで、どうするんだ相棒? これじゃ、逆立ちしても無理だ」
「……方法はある」
「はっ? あるのか?!」
「……ああ」

 被我の戦力差が、文字通り象と蟻ほどあることを理解したデルフリンガーは、士郎の予想外の答えに、驚愕の声を上げた。

「ああ。だが、このままでは無理だ。一旦下に降りなければ」

 士郎が下に降りることをルイズに伝えようと、顔を下に向けると、ルイズの決意を秘めた鳶色の瞳とぶつかった。








 士郎とデルフリンガーが何か話しているが、ルイズの耳にその内容が届くことはなかった。ただ、自身おの鼓動がやけに大きく響くのを感じながら、“始祖の祈祷書”を読みふける。

『これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐ者なり。またそのための力を担いし者なり。“虚無”を扱うものは心せよ。志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし“聖地”を取り戻すべく努力せよ。“虚無”は強力なり。また、その詠唱は永きにわたり、多大な精神力を消耗する。詠唱者は注意せよ。時として“虚無”はその強力により命を削る。したがって我はこの書の読み手を選ぶ。たとえ資格なきものが指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。選ばれし読み手は“四の系統”の指輪を嵌めよ。されば、この書は開かれん。

                    ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェ―・ヴァルトリ
 
 以下に、我が扱いし“虚無”の呪文を記す。
 初歩の初歩の初歩。“エクスプロージョン(爆発)”』


 そのあとに古代語の呪文が続いていた。
 読み終わったルイズは呆然と呟く。

「ねえ、始祖ブリミル。あんたヌケてんじゃないの? この指輪がなくっちゃ“始祖の祈祷書”は読めないんでしょ? 注意書きまで隠してたら注意書きの意味ないじゃないの……」

 つい先程まであったブリミルへ対する畏敬の念が、ガラガラと音を立てながら崩れていくのを感じていたルイズは、そこで気付いた。

 『読み手を選びし』と文句がある。ということは……。

 文字が読めるということは、わたしは読み手なのか? 
 初歩の初歩の初歩の呪文が“エクスプロージョン(爆発)”。自分が呪文を唱えると、いつも爆発が起きることと何か関係があるのでは? 
 自分が起こす爆発を、誰も説明することが出来なかったのは、あの爆発が“虚無”に関わることだからではないからか。
 なら、自分はやはり読み手なのかもしれない。
 今思えば、ワルドが言っていたことはこれの事だったのことかもしれない。

 ……だったら、やる……っ!
 虚無の使い手だったら…………シロウの力になれるっ!!





 ある決意を決めたルイズが、士郎に顔を向けると、変わらず冷徹なまでに冷静な士郎の瞳と目があった。
 
「ルイズ、あのデカ物を落とす。一旦下に降りるぞ」
「えっ」

 士郎の“デカ物”という言葉に、ルイズが風防の向こうに顔を向けると、そこに威容を誇る“レキシントン”号を見付け、驚愕の表情を見せた。
 かなり離れた距離であるにもかかわらず、その大きさを理解出来たルイズは、慌てて士郎に顔を向ける。 
 
「な、何言っているのよ士郎っ! あんな大きなの無理よっ!!」
「無理ではない」
「なっ! ……一体どうするのよ」

 ルイズの否定の言葉を、士郎はさらに否定した。
 あまりにもアッサリと答えた士郎に、戸惑いながらもルイズはその方法を問う。

「……ルイズは見たことがあるだろう。“偽・螺旋剣(カラドボルグ)”を使う」
「“カラドボルグ”? ……っ! まさかアレっ!? た、確かにアレならあの船も落とせるかもしれないけど」
 
 アルビオンで一度見たあの歪な矢……桁が違うあの力なら、確かにあの巨艦を落とせるかもしれない……けど。

「……いいの?」
「……何がだ?」

 ルイズのあまりの真っ直ぐとした目に、士郎は一瞬気圧されたかの様に息を飲んだかと思うと、誤魔化すように聞き返す。それに対し、ルイズは士郎の膝の上で身体を反転させ、士郎の腰を足で抱くように回すと、両手で士郎の襟を握り顔を近づける。

「わたしは……知ってる」
「ぁ」

 息が触れる距離まで近づいたルイズの顔は、悲しげに歪んでいた。

「士郎は……優しい……強いのに優しすぎるから……敵であっても傷付けるのは嫌なんでしょう」
「それがどうした?」

 士郎の言葉に、ルイズの顔が凍った。

「え?」
「倒さなければ、もっと大勢の人が死ぬ……なら、倒すだけだ。ただそれだけのことだ。そこに俺の感情は関係ない」
「な、何言っているのよ……」

 ピクリとも表情を変えず、淡々と言い放つ士郎の様子に、ルイズの口元が震える。

「だから、今からアレを落とす」
「……落として……殺すの」
「……ああ」
「……そして……シロウは後悔するのね」
「……かも、しれないな」

 ルイズに士郎は顔を向けてはいない。ただ、前だけを見ている。

「……馬鹿、言わないで」
「ルイズ?」

 震える声には、明確な怒りが込められていた。
 士郎の襟を握る力が強くなり、ルイズはさらに士郎の顔に自身の顔を近づける。
 
「馬鹿言わないでシロウっ!! あなたが傷付くのを知りながら黙って見ていろって言うのっ!! 馬鹿じゃないっ! 馬鹿じゃないっ!! 馬鹿でしょっ!!」
「なッ! る、ルイズ。ちょっと待て。落ち、つ……け」


 ルイズが視界を覆い、前が見えなくなった士郎は、ルイズを落ち着かせようと手を伸ばそうとしたが、そこで、ルイズが泣いていることに気付いた。
 ボロボロと、大きなルイズの瞳から大粒の涙がこぼれている。

「っ……ぁ……い、やなの……シロウが傷付くのが……嫌なの……っ!! わた、しが……嫌なのっ!!」 
「ルイ――」
「好きな人が傷付くを、黙って見ていられるわけないじゃないっ!!」
「え」
「あ」

 時が凍った……プロペラが回る轟音さえ遠く聞こえる。コクピットの中、士郎とルイズが見つめあった状態で固まっている。
 凍った時の中、最初に動きだしたのは……ルイズだった。

「……だから、わたしがやる」
「は?」
「わたしが……アレを落とす」

 顔を真っ赤にさせたルイズが、しっかりと士郎を見つめている。

「なっ、そんなこと出来――」
「出来る」

 士郎の言葉を遮り、ルイズが“始祖の祈祷書”を士郎の目の前で広げて見せる。

「“虚無”の魔法……“エクスプロージョン”なら、誰も傷付けずにアレを落とせる」
「虚無の……魔法……っ! まさかルイズ。 いやっ、それより誰も傷付けない、だと?」
「……うん。わたしの魔法なら、出来る。だからシロウ……わたしを……信じて」

 ルイズの真摯な瞳に、士郎が逡巡を見せる。
 
「シロウ……」

 縋るような、それでいて硬い決意と覚悟を秘めたルイズの瞳に、

 覚悟を決めた目……これを覆すのは……無理、か……それに――

 士郎は一度目を閉じ 

 わたしを信じて……か。

 目を開ける。
 





「ああ、分かった」
「! 本当っ!」
「それで、俺はどうしたらいいんだ?」
「出来るだけ、あの船に近づいて。それで、わたしが合図するまでぐるぐる回ってて」
「了解」

 士郎はルイズの命令に了承すると、ゼロ戦を一気に上昇させ、“レキシントン”号の上空にあっという間に到達し占位した。
 “レキシントン”号の上空にゼロ戦が到達すると、ルイズはシロウの肩に跨がり、風防を開けた。
 士郎の顔に向かって、猛烈な風が顔に当たる。

「なっ! る、ルイズ。何してるっ! 危険だ!」
「い・い・か・ら。わたしが合図するまで、ここでぐるぐる回っててなさいっ!」

 ルイズは息を吸い込み、目を閉じた。そしてかっと目を見開き、“始祖の祈祷書”を読みあげる。
 エンジン轟音の中、ルイズの朗々と呪文を詠みあげる声が混じる。

 ―――エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ―――

 ルイズの中を、リズムが巡る。どこか懐かしさを感じるそれは、呪文を詠唱するたびに、強くなっていく。神経は鋭く鋭敏に、辺りの雑音は聞こえなくなる。
 体の中で、何かが生まれ、行き先を求めそれが回転しているのを感じる……
 そう誰かが言っていた……自分の系統を唱える者は、そんな感じがするという。
 だとしたら、これがそうなんだろうか?
 いつも、ゼロと蔑まれていた自分……。
 魔法の才能がない、と両親に、姉達に、先生に叱られていた自分……。
 これが……本当の自分の姿……?

 ―――オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド―――

 体の中に、波が生まれ、さらに大きくうねっていく。

 ―――べオーズス・ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ―――

 体の中の波が、行き先を求め暴れだす。
 ルイズは足で士郎に合図を送る。
 士郎は操縦桿を倒す。
 ゼロ戦が真下の“レキシントン”号目掛け急降下を始めた。
 見開いた目で、ルイズはタイミングを伺っている。
 “虚無”
 伝説の系統。
 どれほどの威力があるのか分からない……
 士郎に言ったのは唯のデタラメだ……『これが』人を殺さないかどうかも分からない……
 そう……そのはずだった……

 ―――ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・べオークン・イル……―――

 長い詠唱の後、呪文が完成する。
 その瞬間。理解した。
 巻き込む。全ての人を。
 視界に映る全てのものを、人を、自分の呪文は巻き込むと。
 選択は二つ。殺すか。殺されぬか。
 破壊すべきは何か……
 烈風が顔を嬲る中、真っ逆さまに降下している。
 目の前に広がる光景は巨艦。戦艦“レキシントン”号。
 なら……狙うは……
 ルイズは己の衝動に準じ、宙の一点めがけて、杖を振り下ろす。



 
 アンリエッタは信じられない光景を目の当たりにした。今まで散々自分達に砲撃を浴びせかけていた巨艦の上空に光の球が現れたかと思うと、それはまるで小型の太陽のように光を放ち、膨れ上がった。
 そして……空に浮かぶ艦隊を包み込んだ。
 さらに光は膨張し、視界の全てを覆った。
 音はない。
 咄嗟に目を閉じたアンリエッタだが、それでも目が光で眩んだ。
 痛む目をゆっくりと開くと、艦隊は炎上しながら地上に落下している光景が広がっていた。
 まるで嘘の様な光景に、アンリエッタはしばし呆然としている。
 辺りは恐ろしい程までの静寂に包まれていた。誰も何も言わない。ただ、目の前の光景を信じられず只々呆然としているだけだ。
 そんな中、一番初めに我に返ったのは、枢機卿のマザリーニだった。彼は戦艦が遊弋していた空に、飛ぶゼロ戦を見つけると、大声で叫ぶ。

「諸君! 空を見よっ! 伝説のフェニックスの手によって敵の艦隊は滅んだっ!」
「フェニックス? 不死鳥だって?」

 トリステイン軍に動揺が走る。

「その通り! あの空飛ぶ鳥を見よ! あれこそがトリステインが危機に陥った時に現れるという、伝説の不死鳥、フェニックスですぞ!」

 マザリーニの声に、最初は戸惑っていた声が徐々に歓声に変わり、次第にそれは大きなうねりとなっていく。

「う、うおおおおおおおぉーッ! トリステイン万歳っ! フェニックス万歳ッ!」

 視界が揺れる程の歓声が響く中、マザリーニしか聞こえない小さな声をアンリエッタが掛けた。

「枢機卿、フェニックスとは……、まことですか? 伝説のフェニックスなど、わたしは聞いたことがありませんが」

 訝しげなアンリエッタの声に、マザリーニが悪戯っぽい笑みを返す。

「そんなのわたしも知りません。ただ、今のこの状況は利用出来ます。この奇跡とも言える光景を利用し、士気を上げ。それをもって“レコン・キスタ”を叩きます」
「り、利用……」
 
 悪戯っぽく笑いかけながらも、マザリーニの目は全く笑ってはいなかった。そのことに気付いたアンリエッタは、背筋に感じた寒気にも似た何かに目眩を感じる。
 アンリエッタの様子にマザリーニは気付いているのいないのか、変わらない表情でマザリーニは話を続ける。

「良いですか陛下。政治と戦で重要なもの。一つは上に立つものは常に冷静であること。二つ使えるものは何でも使うこと。もちろん他にも重要なものはいくつもありますが。まずはこれを覚えておいて下さい。何せあなたは……」

 そこまで言うとマザリーニは、視線を顔色が青く、震えるアンリエッタから熱狂が未だ冷めやらぬ兵達に移動させると、どこか悲哀が混じった声で続きを告げる。

「……このトリステインの王となったのだから……」

 マザリーニの悲しみと哀れみが混じった声に、アンリエッタは青かった顔色を白く染めながらも、しっかりと歓喜に湧き上がる兵達を見つめながら頷く。そう……わたしは選んだのだ……。
 顔色を白く染め、震えながらも、アンリエッタが強い意思を篭めた目で兵達を見つめているのを、マザリーニが誇らしげに、しかし、悲しげに見ている。
 
「……殿下。今敵は頼みの艦隊が消えたことにより、我々以上に混乱し、動揺し、浮き足立っているのは間違いありません。なので今を持って好機はありませぬ」
「はい」
「それでは、殿下―――」

 何気ない風にマザリーニはアンリエッタに声を掛ける。それはまるで、人を散歩に誘うような気軽さで……。
 
「―――勝ちに行きましょう」






 鳴り止まぬ歓声の中。一際高く澄んだ声が響く。







「全軍突撃ッ! 王軍ッ! 我に続けッ!」








 士郎の腕の中、ルイズはぐったりと士郎の胸にもたれかかっている。そんなルイズの様子を見下ろす士郎の瞳には、優しげで、それでいて悲しげな色が混じっている。
 寄り添うようにもたれかかるルイズの頭を、士郎は無言で優しく撫でる。優しく……労わるように……守るように……

「……」
「んぅ?」

 士郎の胸に頬を当て、気だるい疲労感により、微睡む様に目を閉じていたルイズは、優しく触れる士郎の手を感じ、ぼんやりとした声を上げる。ルイズが今感じているものは、今までに感じたことのない程に気持ちのいい疲労感。大きな何かをやり遂げたあとの……何かが体に満ちていくような感覚が伴う疲労。

「しろ……ぅ……」
「…………」

 ルイズの頭を撫でながら、士郎は眼下に見える光景を見ていた。タルブの草原に布陣したアルビオン軍に、トリステイン軍が突撃を敢行しているところだった。トリステイン軍の勢いは強く。数で勝る敵軍を圧倒している。
 戦の勝敗がハッキリと決まったのを確認した士郎は、再び視線を地面に落ちたあとも未だ燃え盛る、“レコン・キスタ”の艦隊に移動させると、視力を強化した。
 強化された視力は、燃え上がる艦隊の瓦礫の細かい傷さえも見える。燃える瓦礫の中、士郎は必死に視線を動かしている。そして……それは唐突に止まった。
 士郎の強化された視線の先には……人が倒れていた。
 ざっと見ただけでも数十人はいる。さらに目を凝らすと、倒れ伏す者たちの胸が動いているのが見える。
 そのことに小さく安堵の息を吐いた士郎は、ルイズに視線を戻すと、頭を撫でていた手を止め、それをゆっくりと背中に移動させ。そしてゆっくりとルイズを抱きしめた。
 
「ありがとう……ルイズ」





 日が落ち、赤く染まる森の中から、弟を連れたシエスタが、おそるおそると森の中から姿を見せた。つい先程、トリステイン軍が草原に集結したアルビオン軍をやっつけたとの噂が、森に避難していた村人の間に伝わったのだ。
 アルビオン軍はトリステイン軍の突撃により潰走し、多くの将兵が投降したという話しだ。
 話の通り、昼間は村を闊歩していたアルビオンの兵士達の姿は見えない。
 それに、先程まで聞こえていた怒号や剣戟、爆発音が聞こえない。
 草原からは黒煙が立ち上ってはいた……。と言うことは本当に戦は終わったようにも見える。
 ビクビクと震えながらも森の外へと出たシエスタの耳に……今までに聞いたこともない爆音が飛び込んできた。
 慌てて空を見上げたシエスタの視線の先には、シエスタにとっては見慣れた“もの”が悠々と空を舞っている。
 “龍の羽衣”だ。
 身体の奥から湧き上がってくる『暖かい何か』によって、青ざめ、怯え震え続けていたシエスタの顔に笑顔が浮かんでいく。





 ゼロ戦をタルブの草原に着陸させた士郎は風防を開けると、村の南にある森の中から女性が、シエスタが駆けてくるのが見えた。
 もたれかかるルイズを優しくパイロット席によりかかさせると、士郎はゼロ戦から降り立ち、シエスタに向かって歩き出していく。
 



 
 
 

 
後書き
アンリエッタ 「人を道具として使うつもりならとことん冷酷になりなさい」
マザリーニ  「殿下……ならば、お願いいたします」
アンリエッタ 「ええ……兵士の仕事が戦うことなら私の仕事は――唄うことよっ!!」
マザリーニ  「昨日までの殿下は何者でもなかった。伝説は今ここから始まるっ!!!」
アンリエッタ 「今ここにあるのは音楽と観客、そしてわたくし……だから……私の歌を聴け――ッ!!」


 戦場に響く歌声がもう一つッ! それは王の声ッ女王の歌声ッ!! 今戦場がステージに変わるッ!!!
  
 次回 「こんなサービス、滅多にしないんだからねっ!!」

 破壊に満ちた戦場を(ピンクに)染め上げろッ!! アンリエッタ(王国の妖精)ッ!!!!


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