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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百二十話 皇帝の地位



帝国暦 487年 3月 30日  オーディン  新無憂宮  オットー・フォン・ブラウンシュバイク



「首脳会談か」
『はい。同盟側は事務方に予備交渉をさせるよりも首脳会談を行う事で和平を既成事実にしてしまおうと考えているようです』
「条約はその後で結べば良いという事だな」
『はい』
スクリーンに映るレムシャイド伯が頷いた。

チラッとリッテンハイム侯を見た。侯も頷いている。
「どうかな、侯。今のレムシャイド伯の話だが」
「悪い話ではないな。確かに首脳会談を先に行った方が混乱は少なかろう」
「同感だ。となると問題は首脳会談の名目だな。いきなり和平とは言えまい」
「まあそうだな」
面倒な事だ。人間というのはどうして本音と建前が有るのか。

『その事ですがヴァレンシュタインから捕虜交換を行いたいと提案が有りました』
「捕虜交換?」
どういう事だ? 捕虜? よく分からんな。リッテンハイム侯も困惑している。我らの困惑を見てレムシャイド伯が言葉を続けた。

『お分かりにならないのも無理は有りません。私も説明を聞くまで分かりませんでした。帝国、同盟はこれまでの戦いでそれぞれ約二百万から三百万の捕虜を抱えているとの事です』
「捕虜が二百万から三百万も居るというのか、信じられんな」
リッテンハイム侯が嘆息した。

わしも信じられん思いだ。捕虜の数が二百万から三百万? 最近負け続けているがそれでも二百万もいるというのか。それより人口の少ない有人惑星は幾らでも有る。だが毎年戦争をしている事を考えればおかしな数字ではないのかもしれない。リッテンハイム侯が首を横に振っている。なかなか受け入れ辛い事実だ。政治に関わらなければ一生気付かぬ事実だろう。

「レムシャイド伯、ヴァレンシュタインはその捕虜交換を名目に首脳会談を行いたいと言うのだな」
『はい、捕虜交換では調印式を行います。両国首脳が調印を行いその際、首脳会談を行ってはどうかと』
なるほど、首脳会談の成果はどうあれ捕虜交換という実は手に入るな。悪い話ではない、いや旨味の有る話だ。

帝国はようやく貴族達の抵抗が終結した。改革に反対する勢力は潰えた。平民達はその事を喜んではいるが政府に全幅の信頼を寄せているとは言えない。その大部分は様子見だろう。捕虜の多くは平民の筈だ。ここで捕虜交換を行えば平民達は政府に対して好感を持つだろう。首脳会談を抜きにしても実施したい案だ。

「ブラウンシュバイク公、面白い話だと思うが」
「うむ、なかなかに面白い。良く考えたものだ」
「乗るか?」
リッテンハイム侯が悪童めいた笑みを見せた。
「そうだな、乗ってみよう」
侯が頷いた。レムシャイド伯に視線を向けると伯は“それが宜しいでしょう”と賛成した。

『調印式はイゼルローン要塞で行いたいとヴァレンシュタインは言っております』
「フェザーンではないのか」
リッテンハイム侯が妙な顔をしている。
『ヴァレンシュタインはフェザーンは反帝国感情が強すぎるから調印式の場としては不適当だと言っておりましたな。それと政情が不安定な事も避ける理由として有るようですが和平にはいかなる形でもフェザーンを関わらせたくないとも言っておりました』

なるほど。フェザーンは今混乱状態にある。ボルテックが死んだ事、自治領主を選出する八十人委員会が壊滅した事で自治領主府は完全に機能不全になった。現時点では一般市民の間から新たな政治体制を構築するべきだという動きが出ているらしい。

貴族連合軍によって酷い目に有った事でフェザーン人の間で政治に対する関心が強まっているようだ。面白く無い事だが場合によっては反帝国感情の強い政府が出来る可能性も有る。確かに調印式の場には相応しくないだろう。しかし和平に関わらせたくないというのはどういう事だ? 何か狙いがあるのか?

疑問に思っているとリッテンハイム侯がその事をレムシャイド伯に訊ねた。
「レムシャイド伯、フェザーンを和平に関わらせたくないと言うのはどういう事だ?」
『今後の宇宙、いえ人類社会は同盟と帝国の協調体制によって動く。その事を両国は行動に示すべきだと言っておりました』
分かる様な気もするが今一つだな。レムシャイド伯が咳払いをした、どうやらこちらが納得していないと判断したらしい。

『これは私の考えですがフェザーン抜きでも宇宙は動く、それをフェザーンに理解させる必要が有るという事ではありますまいか。これまでの様に帝国と同盟を操って利を得るような事はさせぬという警告かと』
「なるほど」
思わず声が出た。なるほど、それなら分かる。リッテンハイム侯も頷いている。

「ブラウンシュバイク公、捕虜交換の調印式はイゼルローン要塞が良かろう。安全でもある」
「まあ我らは安全かもしれんが向こうの安全には気を付けねばならん。血迷った馬鹿者が居ないとも限らんからな」
「確かに、それは有るな」
リッテンハイム侯がウンザリしている。レムシャイド伯が咳払いをした。気不味そうな表情をしている。どうやら言い辛い事が有るらしい。

『宜しいでしょうか?』
「うむ、何かな」
『ヴァレンシュタインが……』
「? ヴァレンシュタインが如何した?」
『捕虜交換の調印はアマーリエ陛下に御願いしたいと言っております』
「なんと……」

言葉が続かない、アマーリエにイゼルローン要塞へ赴けというのか。皇帝にイゼルローンまで赴けと……。リッテンハイム侯を見た、侯も厳しい表情をしている。
「わしやリッテンハイム侯ではいかんのか?」
『……首脳会談はブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯でも問題は無いと申しております』
調印はアマーリエというのは譲れぬという事か……。

「レムシャイド伯、理由は何だ? 何が有る?」
あの男が拘る以上何らかの意味が有る筈だ。スクリーンに映るレムシャイド伯が目に見えて緊張を露わにした。
『同盟からはトリューニヒト議長が調印するそうです。国家元首同士による調印にしたいと』
思わず唸り声が出た。

「つまり格という事か。ブラウンシュバイク公や私はあくまで臣下。トリューニヒト最高評議会議長とは格が釣り合わぬと」
リッテンハイム侯の問いにレムシャイド伯の顔が歪んだ。
『言い難い事ですが』
また唸り声が出た。今度はリッテンハイム侯だ。

実務レベルの会談は実力者同士で構わぬという事だな。だが調印式というセレモニーは形式を整えたいという事か。
「どう思う、ブラウンシュバイク公」
「うむ、……我らはこれまで同盟を反乱軍として蔑んできた。和平を結ぶとなれば対等の関係を求めてくるのは道理だ。それを受け入れるかどうか、その事を調印式で示せという事だろう」
“私もそう思う”とリッテンハイム侯が頷いた。

神聖不可侵、全宇宙の支配者、それが銀河帝国皇帝だ。対等の者など有り得ない。だが同盟と和平を結ぶとなれば当然だが対等の関係という事になる。実際和平交渉ではその部分をどうするかが一番揉めるところになる筈だ。ヴァレンシュタインは調印式でその障害を取り除けと言っている。

『ヴァレンシュタインはこちらが帝国の領土であるイゼルローン要塞に赴くのだという事に留意して貰いたいと言っておりました』
「なるほどな、こちらの顔は立てたという事か」
『はい』
溜息が出た。リッテンハイム侯が顔を顰めてわしを見ている。

帝国領内で調印式をするとなれば形式的には同盟側が捕虜交換を請うという形になるだろう。調印式の式場として他に候補地が無いという事も有るが立場はこちらが上と見る事も出来る。帝国において不平を持つ人間にも説得は出来るだろうという事か。

トリューニヒト議長への遇し方が悪ければ彼の体面を潰す事になる。今後の事を考えればそのような事は避けるべきだ。賓客として遇すべきだろう。最高級のもてなしをするとなれば主人自らのもてなしである事は間違いない。帝国の主人、つまりアマーリエだ。そういう形をとることで後々問題になるだろう障害を取り除けとヴァレンシュタインは言っている。

「手強い相手だな。調印式にここまで意味を持たせるとは」
溜息が出た。
「同感だが、如何する、公」
「さて……」
結論は見えている、和平を望むのであれば避けては通れぬ事だ。だが口にする事が出来ぬ。銀河帝国皇帝の尊厳に関わる事なのだ。五百年間守られてきた唯一無二の地位が揺らごうとしている。一度口に出せば戻る事は出来ぬ。

『宜しいでしょうか』
レムシャイド伯がこちらを見ている。頷くと居住まいを正して話し始めた。
『帝国と同盟が百五十年に亘って戦争をしてきた原因の一つが共に相手を認めぬという事に有ると私は思っております』
「うむ」

『帝国は同盟を反徒と蔑み同盟は帝国を簒奪者と罵りました。百五十年です、両国にはそれがこびり付いております。ご不興を被る事を覚悟の上で申し上げます。これを払拭するには余程の覚悟が必要でありましょう。その覚悟が無ければいずれ両国は再び戦争への道を歩む事になると私は思っております』
「……」

『こちらにとってリスクが大きいと御考えかもしれません。しかし同盟側にとってもリスクは大きいと思います。簒奪者として罵ってきた相手を国家元首として認める事になるのです。帝国を国家として認めることになるのです。ヴァレンシュタインは両国が相手を対等の相手と認められなければ、受け入れられなければ、和平は難しいと考えています』

レムシャイド伯がこちらを見ている。視線を逸らそうとはしない。なるほど、覚悟か。この男はその覚悟を持っている様だ。トリューニヒト議長もその覚悟を決めている。後は我らにその覚悟が有るかだな。

「……卿はヴァレンシュタインからの提案を受け入れろというのだな」
『はっ、畏れ多い事ではありますが』
「ブラウンシュバイク公……」
「リッテンハイム侯、已むを得ぬな。……レムシャイド伯、調印は皇帝陛下が行う。そう同盟側に伝えてくれ」
『はっ、確と伝えます』

その後、二、三の確認をして通信が終わった。
「リッテンハイム侯、イゼルローンにはわしと皇帝陛下で行く。侯にはオーディンで留守を頼む」
「承知した、エリザベートは如何する、連れて行くのかな?」
そうか、エリザベートの件が有ったな。

「……今後の事も有る、連れて行こうと思う」
「分かった。では陛下の下に行こうか。私も事情を説明する」
驚いて侯を見ると軽く苦笑をしていた。
「公だけに押し付けはせんよ」
「済まんな」



宇宙歴 796年 4月 3日  ハイネセン  最高評議会ビル  ミハマ・サアヤ



「組織作り、外枠だけと言ってもなあ」
「難しいですよね」
「総務、人事、財務、広報は問題ないよね、他の委員会にも有るんだし」
「その辺りの組織は他の委員会の組織図を丸々コピーで良いんじゃないの。問題は外務委員会、通商委員会独自の組織よ。何が必要かしら」
彼方此方から溜息が出ました。

私達、最高評議会諮問委員会のメンバーは委員長のヴァレンシュタイン大将を除いて諮問委員会の執務室に集まっています。円卓のテーブルに十一人が座っていますがこのテーブル、最高評議会で使っているものと同じだそうです。それを聞いた時には皆が“ゲッ”と言いそうな表情をしました。

最高評議会諮問委員会は委員長と各委員会、そして軍からの出向者、合わせて十二名の委員から構成されます。
エーリッヒ・ヴァレンシュタイン委員長
グレアム・リード(国務委員会)
グレアム・エバード・ノエルベーカー(書記局)
カレン・アブローズ(情報交通委員会) 
イワン・キリレンコ(地域社会開発委員会)
チャン・ディーレン(天然資源委員会) 
エロール・クライ(法秩序委員会) 
エドナ・パール(人的資源委員会) 
ジャン・バーバー(経済開発委員会) 
アルバート・デロリアン(国防委員会)
クロード・モンテイユ(財政委員会)
ミハマ・サアヤ(軍)

少ないです、これしか居ないんですから。ヴァレンシュタイン委員長の考えでは各委員には部屋を与え数名のスタッフを付けるそうです。実際に部屋は結構大きめの部屋をもらっています。後はスタッフの用意ですがどうするのか……。民間から採るのかそれとも出向元から呼ぶのか……。ヴァレンシュタイン委員長がトリューニヒト議長と調整しています。ちなみに私が軍からの出向者に選ばれたのは委員長を怖がらない極めて希な存在だからだそうです。私だって怖いと思う事は一杯有るのに。

諮問委員会は他の委員会と違って独自の庁舎を持ちません。最高評議会ビルの一角を使用し総務、財務的な雑務は最高評議会の内部部局が担当しています。その程度の軽い存在と見るべきか、それとも議長の一番近くに居る事を重視すべきか、同盟市民も判断に迷っているようです。もちろん私達も迷っています。

「外交委員会なんだから条約局って必要だよね?」
「必要だろうね。最初の仕事って帝国との和平条約になるのかな?」
リード委員とキリレンコ委員の遣り取りに彼方此方から“うーん”という声が上がりました。不信感が一杯です。

「本当に和平とか可能なのかしら? 凄い疑問なんだけど、私」
「ですよね。帝国ってそういうの認めそうに有りませんし」
「自然休戦が良いところじゃないの」
今度はパール、クライ、ノエルベーカー。皆頷いてます。

「国防委員会は和平なんて御免でしょ、予算削られちゃうもんね」
アブローズ委員が悪戯っぽい笑みを浮かべながら問い掛けるとデロリアン委員はちょっと困ったような表情をしました。
「この状況で和平は嫌だとは言えませんよ。馬鹿共が盛大に暴発しましたからね。まあウチは大所帯なんで予算を減らさないで欲しいというのが本音です。食費を削られると皆ピーピー泣くんですよ。それさえ守られるなら和平でも構いません。違うかな、ミハマ大佐」

「そうですね、戦争が無くなれば死なずに済むのですから和平を望む人は軍人にも多いと思います。ですが軍に関わる事で生計を立てている人も居ます。平和になれば国防費の削減で生活が苦しくなるのではないかという不安感を持っている人はそれ以上に多いでしょう。」
私が答えると彼方此方から“ジレンマだな”、“その気持ち、分かるよ”という声が上がりました。

「でもどこの委員会も国防費を狙っているからね。厳しいと思うよ」
モンテイユ委員が言うと会議室に笑い声が上がりました。デロリアン委員も苦笑を浮かべながら“勘弁して欲しいなあ”と言いました。私も勘弁して欲しいです。戦争をしたいとは思いませんが不景気は困ります。

「増やせとは言いませんよ。でも前年度並みぐらいには欲しいです。二千億ディナールの臨時収入も有ったんですし国債だって減ったでしょう。実質増収じゃないですか。和平も決まったわけじゃないんだから国防費削減は気が早すぎるんじゃないですかねえ」
「まあ今までが多すぎたからね、どうしても目の敵にされるよ。でも和平が確定していないのも事実だ。どうなるかな」
デロリアン委員とディーレン委員の会話に皆が頷きました。

「旗色悪いですよね。ネグロポンティ委員長は新任だし今一つ押しが弱いから……、前任者がやり手過ぎたからなあ、やり手過ぎて議長になっちゃった」
皆が笑いましたがデロリアン委員は情けなさそうな表情をしています。中年サラリーマンの悲哀、そんな感じです。

「まあパジャマ着てないし装甲服も着てない。スーツだけでこの難局に向かうのはちょっと厳しいよなあ」
リード委員の言葉にさらに笑い声が募りました。デロリアン委員も今度は“酷いなあ”と言いながらも笑っています。

TV電話の呼び出し音が鳴りました。何だろうと思いながら受信すると最高評議会の広報担当から“重大な政府発表が十五時から有るから必ずニュースを聞くように”と連絡が有りました。最近政府発表が多いです。皆も“なんですかね”、“十五時ってもうすぐですよ”と話しています。チャンネルをFBC(自由惑星同盟放送協会)に合わせました。

十五時になると画面が切り替わって何処かのプレスルームが映りました。
「これってここじゃありませんか?」
「みたいですね」
「トリューニヒト議長? まさかウチの委員長って事は無いわよね?」
アブローズ委員の問い掛けに皆が顔を見合わせました。

嫌な予感がします。ヴァレンシュタイン委員長は隠密行動が得意なんです。もしかすると私達に外交委員会、通商委員会の組織作りをさせ本人は別の事をしていた可能性は十分に有るでしょう。この場合の別な事とはおそらくは和平に関する事のはずです。

プレスルームに議長が入ってきました。その後ろにヴァレンシュタイン委員長もいます。どうやら予感は当たりそうです。議長がマイクの前に立ちました。
『えー、皆さん。これから非常に重大な事を御報せします。自由惑星同盟と銀河帝国は両国が抱える二百万人以上の捕虜を交換することで合意しました』

スクリーンからどよめきが聞こえました。トリューニヒト議長の顔がフラッシュで何度も白く光ります。
「捕虜交換? これって和平交渉と繋がってるよね」
「多分ね。仕掛けたのはヴァレンシュタイン委員長だろう。あそこで控えている」
ノエルベーカー委員とバーバー委員の会話に皆が頷きました。

「ミハマ大佐、国防費、減りそうだね。組織作りも急いだ方が良さそうだ」
「そうですね、デロリアン委員。皆さん、仕事をしましょうか」
デロリアン委員が溜息を吐きました。私も溜息を吐きました。
「そうだね、仕事をしようか」
リード委員が声をかけると皆が頷きました。



 
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