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魔法使いへ到る道

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2.友達の家に行って外で遊ぶって本末転倒だよね

 ここ私立聖祥大付属小学校は進学校である。
 いやまだ小学校だって言うのは分かってるけど、それにしたって授業の進む速度が半端じゃない。以前は二年生で習ったはずの分野が当たり前のように一年生の序盤で出てくる。それについていく同級生も同級生だけど。伊達に小学校で入学試験とかやってないな。
 試験により篩にかけられ、そしてその門を通ることができた者たちだけがここで学ぶことを許される。とはいえ、ここにいるのはやはり小学一年生。あまりに早すぎるその授業ペースによって混乱し、内容が分からなくなるやつもいる。
「それではこの問題を……高町さん、お願いします」
「…………はい」
 ―――こんな風に。
 指名されて立ち上がったものの、完全に硬直しているなのは。どうにかして答えを導き出そうとしているが、あの表情はさっぱり理解できないという顔だ。
 今は数学――小学校でもう数学とか表記してやがる――の時間。黒板に書かれている計算式は
『21−17』
である。
 ある程度大きく、少なくとも年齢が二桁を超えた人からすれば非常に簡単な問題であろうが、僕たちはまだ7歳。くり下がりは難易度がやや高めである。
 だがまあ、軽く見る限りではなのはの親友であるアリサとすずかは問題ないようだ。むしろ答えられないなのはを心配そうな目で見ている。
 席から立ち上がって数十秒。あー、だの、うー、だの唸りながらもいまだ答えは出ない。
 おっと、なんか涙目になってないあの子?まあ当てられて答えられないのは結構なプレッシャーになるよね。そして助けを求めるように――なぜ俺を見る。二人はどうした。
 しかし、あんなウルウルした目で見られては仕方ない。俺はこっそりと、先生には見えないがなのはには見える角度でそっと指を四本立てた。


「ケンジく〜ん!さっきはありがと〜!」
 授業が終わって早々、なのはが俺の元に来て感謝を告げる。いやバカお前声を抑えろ。教材を片付けてる先生がこっち見てるぞ。先程のことが勘付かれたらどうするんだ。
 にこにこと笑いながら混じりけのない純粋な目で見てくるなのは。何言っても無駄かと思いつつ、視界の端に同じようにこちらの席に向かってくるアリサとすずかの姿を見る。
「なのはちゃん、さっきは危なかったね」
「まったく、ちゃんと予習してないからあんな事になるのよ」
「にゃはは、ごめんごめん」
 口々に言い合いながら、三人は俺の周りの席に座り手にしたお弁当箱を机に下ろす。本来の席の持ち主はまた別の席で弁当を広げている。
 今はお昼の時間。ぶっちゃけ学校生活で一番楽しみにしている時間といっても過言ではない。二位と三位は体育と図工がデッドヒートを繰り広げている。どっちも頑張れ。
 そしてそして、悲しいことに。残念なことに。この学校は初等部からすでに弁当制なのだ。知ったときは愕然としたね。
 嗚呼、愛しの学校給食。味付けはもっさりとしていたし、配分ミスって量がまちまちになったし、残ったパンやらデザートを取り合って野郎共とじゃんけん大会を繰り広げたりしたもんだ。懐かしきあの日々よ。
 さようなら、人気のなかったコッペパン。さようなら、ひたすらになべの底に余ったうどん。さようなら、麺が千切れまくってたスパゲティ。さようなら、アルミホイルが剥がし難かった鯖の味噌煮。さようなら、行事ごとに用意されたスペシャルデザート。みんなみんな大好きだったよ。
「……ケンジくん?どうしたの?」
 きょとんとしたすずかに呼びかけられて正気に戻る。いかんいかんちょっとトリップしてた。教科書やノートをしまい、代わりに弁当を机に広げた。
「うー、分かんなかったのがくやしいなー。今考えたらちゃんと分かるのに」
 プチトマトを食べながらなのはが言う。口に物入れて食べるのはよしなさい。
「ああいうのはそのまま解こうとするんじゃなくて、出来るだけ簡単にしてから解くんだよ」
「どうやって?」
「例えば……そうだな、両方の数字から10引くんだよ。そうすれば『11−7』で、最初よりは簡単だろ?」
『おぉー』
 感嘆の声が漏れたところで、他にも色々方法があるから自分で考えてみな、と言っておく。
 偉そうに教師ぶってはみたものの、実質中身はコイツらより歳上なので優越感なんかよりなんか虚しさの方が勝った。
 弁当の中身が日の丸弁当だったのも、もしかしたらそれに拍車をかけているのかもしれない。
 ちなみに、なのはは小さめのおにぎり。アリサはサンドイッチ。すずかは五目チャーハンだろうか。なんなんだこの格差は。



 本日最後の授業が終わり、あとはもうさっさと帰ってしまおうとした矢先、
「ケンジくん!」
 なのはを筆頭とした三人娘がパタパタとやって来る。
 机に身を乗り出して、
「これからなのはの家で遊ぶんだけど、ケンジくんも一緒に遊ばない?」
「いいよ」
 女の子からのお誘いは出来るだけ断らないようにしているんだ。なんちゃって。
 バカなことを考えながら了承を貰えたことに嬉しそうにはしゃぐなのはを、そして一緒に遊べると分かって喜んでいるアリサとすずかを眺める。まあアリサはなんてことなさそうにしているが楽しみなのが隠しきれていない。素直じゃないなぁアリサちゃんは。聞けばこの間のいざこざももとはすずかと仲良くしたかったからだとか。不器用にも程がある。
 ぞろぞろと連れ立って教室を出る。すれ違う顔見知りに挨拶を交わしながら俺たちは校舎を出た。


「ただいまー!」
「「「おじゃましまーす」」」
 校門を出てから十数分、なのはの家の玄関を潜った。聖祥は行きはバスで送ってくれるのに帰りは歩きという不親切なことになっている。 
 なのはとアリサとすずかは同じ方向のバスらしく朝は一緒に来ているらしい。俺ん家は反対方向にあるのでここまで来たら帰るまでの距離は延びることになるのだが、まあ子どもの付き合いというのはそういうものなのだろう。
 というか、この家すごいね。家自体は普通の一軒家なのに敷地が広い。家の裏に道場らしき建築物が見えた。高町家ぱねえ。
「この時間はお父さんもお母さんもお店なんだ。もう少ししたらお兄ちゃんかお姉ちゃんが帰ってくると思うから」
「うん?なのはのお父さんとお母さんはどこかのお店で働いているの?」
「アンタ知らないの?なのはの家は『翠屋』っていうケーキ屋さんを営んでるのよ」
 マジでか。
 その名前には聞き覚えがある。というか何回かそこのケーキ食ったことあるわ。去年の誕生日に食べて感動した記憶がある。
 そっか。なのはの家がやってる店だったのか。ううむ、なんという偶然。人の出会いとは摩訶不思議なり。
「さ、入って入って」
 なのはの先導に従って廊下を進み、リビングに入る。
 なのはがトテトテとキッチンへ行きお茶を用意しようとしたので手伝う。人数分の麦茶をコップに注いでテーブルに運んだ。
「それで、なにして遊ぶ?」
 全員が一口ずつお茶を飲んだところでアリサが切り出した。って、考えてなかったのかよ。
 いや。もしかしたら男の俺がいるからこうなったのかもしれない。女の子だけならやることもすぐに決まったのかもしれない。
「私はなんでもいいよ」
「なのはもー」
「そう……じゃあケンジは何かしたいことある?」
 俺に振るのか。
 さてどうする。遊びの内容なんかで悩むことになった原因が俺にないとも言えないのだ。ならばここは自らナイスアイデアを提供するのが筋と言うものだろう。
 しかし、何にしよう。これが男だけなら適当に外に出て遊ぼうと言い出せるのだが、ここにいるのは女の子である。アリサはともかくとして、すずかは運動はできるが基本的におとなしい子だし、なのはにいたっては運動神経が切れているといってもいい有り様である。あまり激しい動きをするのは好ましくないだろう。
 ならば、だ。
「かくれんぼ、とかどうだ?」
 言っておいてからなんだが、 コレは外したと思った。家で遊ぶって言ってんのにかくれんぼはないだろう。
 と思ってたら、
「悪くないわね。なのは、大丈夫?」
「うーん、お父さんとかの部屋に勝手に入らなければ平気だと思う」
「それじゃ、決まりだね」
 意外に好感触。トントン拍子に決まってしまった。まあキミらがいいならいいけどさ。そしてレッツじゃんけん。グー、グー、グー、チョキで一発で決まった。
「うっ…私が鬼かぁ」
 悔しそうにすずかは自らのチョキを見る。可哀想だけど、これも社会の厳しさというものなのだよ。
 鬼が決まったところで、なのはから入ってはいけない場所をいくつか聞いて、ようやくゲームスタート。顔を隠して数を数え始めるすずかを尻目に、俺達は駆け出した。
 バタバタと足音を響かせながら一目散に二階への階段をかけ上がるなのはと、それに追従するアリサ。この家のことをよく知っているなのはが一目散に二階に向かい、そのことを把握し利用しようとアリサも着いていったのだろう。
 ふっ、だが、まだまだ甘い。そんなにドタバタ足音をならしてはすずかに居場所を教えているようなものではないか。所詮は子どもよのぅ。
 対して、見た目は子ども、中身は大人、そして性格は大人気ない俺は、あの二人を囮に使い、別の方向に逃げたいと思います。
 足音を殺し、抜き足差し足でスニーキングしていると、廊下の突き当たりにあるドアを発見した。恐らくは勝手口、裏口と呼ばれる類のものだろう。開けてみる。
 開けた視界には飛び石の道と先ほど見えた道場の出入り口。やっぱスゲェデカい。学校の道場なんか比べ物にならないほどしっかりしている。扉は空いているようなのでちょっと中を覗いてみることに。
「ん?誰だい、君は」
 ヤベェ、人に見つかった。スニーキング失敗。
 というか、お前こそ誰だ。道場の真ん中で結跏趺座していたが、精神統一でもしていたのだろうか。
 あ、ひょっとして、
「なのは…ちゃんの、お兄さん?」
「ああ、なのはのお友達か。俺は高町恭也。なのはの兄だ。よろしく」
 ご家族の前だと呼び捨てにするのに抵抗があるのは俺だけだろうか。
 いやー、それにしても恭也さんイケメンだなー。高校生ぐらいかな?それにしては雰囲気が大分落ち着いている。俺がこれくらいの頃にはもっとバカやってたはずだけどな。
 おおっと、出来るならもう少し歓談などをして親交を深めたいのだが、今はそんな場合ではないのだった。
「あの、どこか隠れられる場所はないですか?」
「隠れる?ああ、遊んでいるのか。それなら…彼処なんかどうだ?」
 微笑ましいものを見るような目をした恭也さんが示したのは壁。より正確には壁に取り付けられた引き戸。ガラガラと恭也さんが開けると、中には箒やぞうきん、バケツなどといった掃除道具が収納されていた。
「ここなら見つかることはないだろう。俺はしばらく練習をしているから用があったら出てくるといい」
 素晴らしい。パーフェクトじゃないか。会って間もない子どもにここまで親切になってくれるなんて…きっと学校ではモテモテに違いない。クソ羨ましいぜ。
 まあ、そんなことはどうでもいい。さっさと隠れてしまおう。
 クックック。アイツらが戸惑う様が目に浮かぶ様だぜ。


……と思っていた時期が僕にもありました。
「ケンジくん、みーっけ」
 暗く狭い空間に独りだった俺を照らした暖かな光。見ればそこには、和かな光を背に受け笑みを浮かべる――
「げぇっ、すずか」
「いくらなんでもその反応はひどいよぉ」
 優しい微笑みが苦笑いに変わる。どっちにしても可愛いけどね。
「ちぇー、見つかっちゃったかー。俺で最後か?」
「うん。なのはちゃんもアリサちゃんもとっくに見つけたよ。ケンジくんだけだよ、こんな難しいところに隠れてるの」
 二人の評価が辛口っすね。後ろの方で誰かが『言ってくれるじゃない』とか『うぅ、ひどいよー』とか言ってるのが聞こえてるはずなのに表情に微塵も変化がない。おとなしい子だとは思っていたがどうやらそれだけじゃなさそうだ。……月村すずか、おそろしい子ッ。
 のそのそと這い出ながら、
「しかし、よく分かったよな、俺の隠れ場所。結構自信あったんだぜ」
 と言うと、目の前の少女は楽しげに笑い、
「協力者がいたんだよ」
 愛らしく、ピッと人差し指を立てた。
 つられるように指される方向に首を動かす。
 そこには申し訳なさそうに笑うイケメンの姿があった。
「犯人はあなたですか…」
「いやー、すまない。なのはに頼まれてしまって、つい」
 ダメだこのお兄ちゃん妹に甘すぎる。
「というかなのはもなのはだ。捕まった人は協力したらダメだろふつー」
「だって、ケンジくんいくら呼んでも出てきてくれないんだもん」
 え。呼んでたっけ?
「何回も呼んだよ。もうやめにしよー、って」
「家のあちこちを探しても見つからないから、もしかしたらここかもってなのはが言ったの」
「五分前くらいからキミを探していたぞ。声はここまで届いていた」
 次々と集まる有力な証言。しかし俺には見に覚えがない。そして真実は一つ。
 謎は、全て解けた!
「ごめん。この中で寝てた」
 アハハと笑う俺。あきれた様子の三人。
 そんな光景を見て、恭也さんはうっすらと微笑んだ。



「はじめまして。八代健児です。なのはちゃんのともだちやってます」
 ぺこりと頭を下げる。
「これはご丁寧に。私は高町士郎。なのはの父親だ」
「私は高町桃子。なのはのお母さんよ。」
「お姉ちゃんの美由紀だよ」
 三人がそれぞれ言う。そんないっぺんに言われたら覚えきれないよ。
 かくれんぼが終わってしばらくして。道場で鍛練を続けると言う恭也さんを残し、母屋に帰ってきた俺たちは残りの高町家構成員、父、母、姉にエンカウントした。
 で、先ほどのような口上と相成ったわけである。アリサとすずかは何度かなのはの家には来ているそうなので初顔合わせになるのは俺だけなのさ。
「キミが健児くんか。キミのことはよくなのはが話しているよ」
 士郎さんが言う。いったいどんなことを話したのか気になってなのはの方を見ると、何故か嬉しそうに笑っていた。
 というか、士郎さんも桃子さんもお若いですね。お世辞抜きで美由紀さんと同年代くらいに見えるよ。いや美由紀さんが老けているということでなく。
 本当ならもっと話したいのだが、高町夫妻はすぐ翠屋に戻らなくてはならないらしい。ここへは備品の補充に来ただけだそうだ。後日、店の方へ伺うことを約束し二人を見送った。
 で。
「それじゃー、何をして遊ぼっか」
 どういうわけか妙にやる気に満ちた美由紀さんだったのだが、ふっと表れた恭也さんに「お前も鍛練があるだろ」と首根っこ掴まれて連行されていった。「ひーん」という悲鳴が廊下の奥から聞こえてくる。
「お姉ちゃんのバカぁ……」
 恥ずかしそうに俯くなのはであった。
 その後、変える時間になるまで三人でトランプをして過ごした。イカサマしてたら怪しんだアリサに看破されてしまい、しこたま怒られた。小一相手ならばれないだろうと油断したのがまちがいだった。今回のことはいい教訓になるだろう。
 今世で初めて女の子の家に遊びに来た日。色々驚いたことがあったが、一番驚いたのはアリサとすずかのお迎えが黒塗りの外車だったことだろう。
 お嬢様だったんですね……。
 世の中にはまだまだ俺の知らないことが一杯あるんだなぁとしみじみ考えながら、夕焼けに朱く染まった帰り道を歩いた。  
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