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東方虚空伝

作者:TAKAYA
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第三章   [ 花 鳥 風 月 ]
  四十一話 一時の安らぎ

 天狗達を迎えてから一夜開けた神社の境内は早朝にも関わらず早くも町の住民達が炊き出しを行っていた。幽香の一件での街の修復もこなしながら天狗達の看護も引き受けてくれた住民達には本当に頭が下がる思いだ。
 ちなみに幽香はあれから連日街の修復作業に従事したりして自分なりの償いの姿勢を見せていた。さとりとこいしもそんな幽香を必死に手伝っており、三人のそんな姿をみて今の所幽香に対してあからさまに厳しい態度を取る者は居ないが許しを得た訳でもない。こればかりは時間が解決してくれるだろう。
 そんな事を考えながら境内を歩いていると後ろの方から声をかけられる。

「お早う御座います盟主殿」

 振り返ると其処には昨日僕を襲撃してきた内の二人、獣耳と尻尾持つ男女が立っていた。彼等の様な特徴を持つ天狗の事を白狼天狗と呼び、黒い翼を持つ天狗の事を鴉天狗と言うそうだ。

「あぁお早う、え~~と…」

 挨拶を返した所で彼らの名前を聞いていない事を思い出した。昨日は色々慌しかったからね。僕が言い淀むのを見て男性の白狼天狗が慌てて自己紹介を始めた。

「失礼!儂とした事が名乗っておりませんでした!儂は天狗族白狼衆隊長を務めております『犬走 黄葉(いぬばしり こうよう)』と申します!」

 男性、黄葉が名乗り頭を下げると後ろに居た女性が黄葉の隣りに立ち、

 「私は黄葉の娘で『犬走 椛(いぬばしり もみじ)』と申します!昨日は誠に申し訳ありませんでした!」

 黄葉以上に深く頭を下げ謝罪の言葉まで言われてしまう。

「いやいやそんな頭を下げなくてもいいから、あと昨日の事は事故みたいなものなんだから謝罪はいらないよ」

「……え~と、その…昨日のアレは…実は事故じゃないんです…」

 椛は僕から視線を外しながら言い辛そうにそう言った。事故じゃないとはどういう事なんだろう?そんな疑問を抱いていた僕に黄葉が補足する様に説明をしてくれる。

「実はですね、あの時娘の椛が見張りをしていたのです。娘の能力は『千里先まで見通す程度の能力』と言いましてその名の通り視線を遠距離に飛ばす力です。それでその見張り中に盟主殿を発見いたしまして…その…」

 何故か言い淀む黄葉に代わり今度は椛が説明を継いだ。

「…私達は気が立っていましたし私自身も冷静じゃありませんでした。…ですので私は盟主殿を発見してすぐ父上達に報告したんです。『凄く怪しい男が近付いて来ています!きっと連中の追っ手です!間違いありません!滅茶苦茶怪しい奴でした!』と。……本当に申し訳ありません!申し訳ありません!」

 そう言って何度も頭を下げる椛を見ながら「僕ってそんなに怪しいのか…」なんて言葉が勝手に口から零れていた。何だろうね泣いてもいいのかな?

「冷静では無かったとはいえ確認もせず襲い掛かった事は事実!娘の不祥は親の責任!部下の落ち度は隊長である儂の責任!なれば責任を取って腹ーかっ捌かせて頂きます!!」

 黄葉は何を思ったのか上着を破り捨て腰に佩いていた柳葉刀を抜き放ちその切っ先を自分の腹目掛けて突き刺そうとしたので僕と椛で力尽くで止めにかかる。

「ちょっと!待って!落ち着いて!冷静に!冷静に!」
「止めてください父上!頭を冷やしてください!父上が切腹したって解決しませんから!」

「えーい!離してくだされ!椛も止めるでないわ!介錯を!介錯を!」



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「……御見苦しい所を見せてしまいましたな、申し訳ない」

 あの後騒ぎを聞き付けた住民達と一緒に何とか黄葉の切腹を阻止する事に成功した。椛曰く一旦思い込むととことんまで突っ走る性格、なのだそうだ。

「まぁ二度とあんな事をしない様にはっきり言っておくけど、僕は昨日の事は気にしてないから全然全くこれっぽっちも!分かったかい!」

「承りました」

 黄葉達とそんなやり取りをしていると本堂の方から一人の鴉天狗の女性が現れ、それに気付いた椛がその女性に声をかける。

「あ!文!」

 声をかけられた女性はゆっくりと此方に歩み寄ると抑揚の無い声で話しかけてくる。

「…おはようございます盟主殿、お話は天魔様よりお聞きしています。これからよろしくお願い致します、では……」

 僕の返事も聞かずそれだけ言うと女性は翼をを羽ばたかせ空へと消えていった。呆気に取られている僕に黄葉が申し訳なさそうに言葉をかける。

「申し訳ありませんな盟主殿、あやつの無礼お許しください!」

「いや別に気にはしないけど、随分と暗い子だね、昨日とは大違いだ」

 さっきの子も昨日僕を襲撃した一人で、凄まじく速い動きをしていた子だ。戦闘だったからか昨日は苛烈な雰囲気があったけど今日は全く覇気が無い。

「本来の文はとても明るい子なんですよ。あぁすみませんあの子の名前は『射命丸 文(しゃめいまる あや)』って言うんです。それで天狗族鴉衆副隊長を務めているんです」

 椛がそうあの子、文の説明をしてくれる。でもあれで明るい性格ね、とても信じられないな。

「…先の一族襲撃で我々は多くの同胞を失いました。親兄弟等様々ですがあやつは恋人も亡くしたのですよ。鴉衆隊長を務めていた仁智勇を兼ね揃えた男でしたが鬼の一人に討たれたらしいのです」

 黄葉は襲撃の時の事を思い出したのか拳を硬く握り締め表情を曇らせる。その後椛が説明の補足をしてくれた。
 どうやらその恋人とやらは真っ黒い鬼の影の様なものに取り込まれ、出てきた時には死人の様な状況でそのまま灰になったそうだ。文はその場に居合わせ戦意を喪失しへたり込んで居た所を椛が無理矢理抱えて脱出したらしい。
 昨日のあの子の苛烈な雰囲気は敵に対する復讐心と言う事か。

「あやつには酷な言い方ですが死んだ者に何時までも囚われてほしくはありませんな。立場上生きている同胞の為に働いてもらわねば」

 黄葉の言葉は尤もだけど何をどうするかは結局の所本人が決める事だ、いや決め様が無い。あの子がどうするかはわからないけれど。

「あんまり難しく考えない方がいいよ、結局は本人次第だからね。あっとそうだったごめんね僕ちょっと出かけてくるから、何かあったら神奈子か巫女の二人に伝えて」

「いえ引き止めてしまい申し訳ありません、ではいってらっしゃいませ」

 二人に見送られ僕は街の方へと向かった。




□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■




 七枷の里は神社を中心に九つの区に分かれている。南東から左に一区、二区、三区。中心の神社は五区、右が四区、左が六区。北東から左に七区、八区、九区だ。
 幽香の襲撃で破壊されたのが一区と二区、此処は未だに復旧作業の真っ最中で人間の大工や力自慢の妖怪等が忙しなく動き回っていた。
 僕は此処の区長の下を訪れ前々から提案されていた区画の拡張の件を話し合いに来た。最近郷に移住してくる者が増え住居を建てる土地が不足してきたと進言があり、今回の修復作業のついでに拡張工事もしてしまおう、と神奈子との話し合いで決まったのだ。
 それに天狗達の住居も考えないといけなかった為その作業も並行する事を区長に伝え、区長の家から出ると後ろから声をかけられる。

「あっ!お兄ちゃーん!」

 振り返るとこいしがこちらに駆け寄ってくる所だった。

「やぁこいし、幽香の手伝いかい?」

「うんそうだよ、お兄ちゃんも暇なら手伝ってよ」

「…僕って暇そうに見えるのかな~」

 こいしは僕の返事も聞かずに僕の手を引き歩き出す。まぁいいんだけどね。
 あれから幽香は街の復旧に尽力し連日朝早くから日が沈むまで労働に励んでいる。さとりとこいしはそんな幽香を手伝い共に復旧作業に従事している。
 最初は幽香の事を襲撃した張本人として警戒していた皆も今では仲間意識にも近い感情を抱いていると大工の棟梁が言っていたな。でも大の男数人がかりで持ち上げる木材を軽々と持っていく幽香の姿には恐怖するらしい。それはそうだろう。
 幽香の居る所に付くと丁度休憩に入ていたのか幽香とさとりが共に置いてある木材に腰掛けお茶を飲んでいた。そしてその二人にこいしが声をかける。

「お~い、人手持って来たよ~!」

「あら、良くやったわねこいし。こいつなら使い潰しても文句は出ないでしょう♪」

 幽香はこいしに笑顔を向けながらそんな事を言っている。出るに決まっているだろ、多分。

「もう幽香姉さんったら、手伝いに来てくれたんですね兄さん。……なるほどこいしに連行されたのですか、ごめんなさい」

 二人に比べてさとりは良い子だね、爪の垢でも煎じて飲ませてあげたいよ。そんな事を考えていると突然隣に居たこいしに頬を抓られる。

「お兄ちゃん~あまり変な事は考えない方がいいよ~」

 忘れていたこいしも悟り妖怪だった。ちなみにさとりが僕を兄さんと呼ぶのはこいしが「これから同じ家に住むんだから他人行儀はだめだよね。」と言い出した為だ。ついでに幽香にもお兄ちゃんと呼ばせようとしたら本気で殴り飛ばされたのは秘密だ。

「それじゃぁ虚空、そこにある廃材を纏めてあっちの集積場に持っていって。それが終わったら一区の入り口に置いてある石材を六十個此処まで運んで、その後に畳屋まで行ってお茶請けを買って来て。その後私の肩を揉んで…」

「最後の方は明らかに幽香の個人的な命令だよね!というかそれじゃ全部の仕事を僕一人でこなす事になるだろ!働かないといけないのは幽香、君だよ!」

「非道い男ね、こんなにか弱い女に労働を強いるなんて」

「どの口がほざくのやら。そもそも僕は非道い男なんだよ」

 僕と幽香のそんな言い合いをさとりとこいしがお茶を飲みながら眺めており、周りにいた者達も苦笑いを浮かべたり野次を飛ばしながら眺めている。
 僕達がそんな事をしていると突然こいしが大声を上げ走り出す。こいしが走って行った方を見るとそこにはこいしに抱きしめられている地子がおりその隣りには父親の弦州が立っていた。




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 僕は今、幽香、さとり、こいし、弦州、地子と共に畳屋の室内席でお茶を飲んでいる。
 弦州と地子は所用で近くの町に来る用事があり、その足で僕の所を尋ねて来たのだそうだ。あの時の礼をしたい、との事だが正直してもらう理由が無いのだ。結局あれは結果的にああなっただけで地子に関して言えば運が良かった、それだけだ。
 僕がそう言うと弦州はその矛先を幽香へと代える。

「地子の話によればそこの妖怪のお嬢さん方に色々助けていただいたそうです。どうかお礼をさせて頂きたい!」

 机に両手を付き頭を下げる弦州に幽香は困った様な表情を浮かべ視線で僕に助けを求めて来た。幽香自身自らの意思では無かったとしても郷を破壊した事に罪悪感がある為、弦州からの感謝を素直に受け止められないのだろう。

「弦州…幽香はね困ってるんだよ。だから僕達は席を外すから後は二人で話し合ってね♪」

 僕の台詞に呆けた様な表情をしている幽香を残し僕はさとりとこいし、地子を連れ足早に畳屋を去った。そして少ししてから店の中から幽香の怒声が聞こえた気がする。


 
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「…兄さん良かったんですか?」

 大通りまで来た時さとりが僕に向けそんな事を聞いてくる。

「いやーいい事すると気分がいいよね!さて地子にこの郷を案内してあげないとね」

 僕の台詞にさとりが何やら溜息を吐いているがとりあえず無視しよう。

「じゃぁお兄ちゃんが何か買ってくれるみたいだから行こう地子!」
 
「えっ!いいんですか!ありがとうございます七枷様!」

 あれ?案内をするって言っただけのはずなんだけど?まぁいいか。こいしはさとりと地子の手を取ると通りにある雑貨屋に向け二人を引っ張っていく。
 雑貨屋『霧雨(きりさめ)』雑貨屋と看板は出ているからか扱っている品は本当に千差万別。煎餅の隣りには何故か刀剣が置かれ、奥の方には甲冑が並びその隣りには干し肉が吊るされ、棚には壷や置物、果物や野菜が並んでいる。店先の机には金銀の装飾や小物、様々な種類の服や帽子、呪符や魔除け神奈子や諏訪子に良く似た人形等が置かれていた。いや流石に雑多すぎるよね!
 こいし達はその雑多過ぎる店が逆に面白いのか楽しそうにお喋りをしている。三人が店を物色していると店の店主と思われる人物が僕に話しかけてきた。

「おーおーいらっしゃいませ!本日はどの様な物が御所望ですかな?」

 黄色の短髪に度の深い眼鏡をかけた中肉中背の初老の男性が朗らかな笑みを浮かべている。話を聞くと最近この郷に家族で移住し店を開いたのだとか。前の街ではあまり店が流行らなくて風の噂で七枷の郷では変わった店が繁盛すると聞きすぐに移住を決意したのだとか。何だか変な噂が流れているようだ。

「最初は街中に妖怪が居て家族共々恐々しておりましたが今ではそんな態度を取っていたのが馬鹿馬鹿しいと思える様になりましたよ!孫が通っている寺小屋の教師も妖怪らしいのですが凄く優しいと言っておりました。店も中々に繁盛してまして此処に来て本当に良かったです」

「あははは、そう言ってもらえると嬉しいよ」

 僕がそう言うと店主は少し不思議そうな顔をしたがすぐに朗らかな笑顔に戻る。まぁ僕の事を知らないからだろう、態々言うつもりも無いけど。
 僕達が世間話に華を咲かせているとさとり達がそれぞれ手に何かを持って戻って来た。

「じゃぁお兄ちゃんお会計お願いね♪」

「全くこの子は」

「さとりさんもしっかり選んでるじゃないですか」

 こいしに注意していたさとりの手には黒い髪留めが握られており地子にそう指摘されると顔を赤くして俯いてしまう。
 こいしと地子の手にはお揃いの黒色のつば広帽子握られていた。僕はついでに店先に置いてあった神奈子と諏訪子に似た人形を一体ずつ手に取り店主にお金を渡し会計を済ませ店を後にする。

「あぁそうだ、こいしちょっと帽子を貸してくれるかい」

「え?いいよ、はい」

 僕はこいしから帽子を受け取るとちょっとした術式を組み込んでいく。三人はそれを不思議そうに眺めていた。今やっているのはちょっとした強化の術、強化といっても多少長持ちさせる程度のちょっとした小技だ。
 こいしの帽子が終わったら次に地子の帽子、その後にさとりの髪留めにも同じ術式を組み込みそれをさとりに渡した瞬間視線の様なものを感じて中空に目を向けたがそこには何も居なくて何の気配も感じなかった。

「どうしたんですか兄さん?」

「え?いや何か視線?を感じたからちょっとね」

「ん~~別に何も無いよね」

「だねー」

 僕の台詞にこいしと地子がそんな事を言いながら空に視線を向ける。二人の言う様に空には何も居らず雲一つ見えない。

「まぁ気のせいだろうね、最近気を張り詰めてたからな~」

「「 噓ばっかり 」」

 さとりとこいしにそんなツッコミをされながら僕達が移動しようとした時スキマが開き中から紫が姿を現した。

「ここにいたのねお父様、さっき諏訪子からお父様宛に手紙が届いたのよ。使いの者が急ぎで渡して欲しいらしくてね」

「諏訪子から?何かあったのかな」

 僕は紫から受け取り封を切ると手紙を開いた。




□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■




 正直言って驚いた。まさか感付かれるなんて思わなかった。まぁ完全に気付いた訳じゃなく何となく感じた程度みたいだけど霧状になってるあたしに気付けるなんてね。
 百鬼丸にあれほど恨まれているからどんな奴かと思っていたら何か大した事なさそうなヒョロ男。威圧感も無いし凄みも感じない、と思ってこのまま偵察するより殺っちゃった方が手っ取り早そうと思い一瞬だけ殺気を立てたら行き成りこっちを見るんだもんな。偶然かもしれないけど念の為慎重になるか。
  
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