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定年旅行

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第一章


第一章

                         定年旅行
 神楽坂慎太郎はいきなりだ。妻の美和子にこう言われた。
「旅行行きましょう」
「旅行?」
「そう、旅行にね」
 彼が仕事から家に帰るとだ。美和子はいきなりこう言ってきたのだ。
「行きましょう」
「何でまた旅行なんだ」
「だってあなたもうすぐしたら定年でしょ」
 慎太郎は役場に勤めている。そこで中間管理職をしているのだ。だがその彼もだ。ようやくといった感じで定年を迎えることになったのである。
 その彼にだ。美和子は言うのである。
「だからね。何処か行きましょう」
「俺が定年したらか」
「そう、暫く暇になるわよね」
「そうだな。健也も愛ももう家を出たしな」
 二人の息子と娘だ。もう二人共結婚して家を出ている。今家にいるのは二人だけなのだ。
「後は家にいても阪神の応援とネットと読書位だしな」
「そんなの何時でもできるわよね」
「そうだな。それと家事か」
「それは私がやるから」
「暇になるな」
 これが慎太郎の出した結論だった。
「それだったらだな」
「ええ、それじゃあね」
「甲子園に行くか」
 慎太郎は言った。玄関から廊下を進み部屋に入って着替えながらだ。美和子はその彼の横にいてそれで話し掛けているのである。
 ズボンを脱いでトランクスの上にゆったりとしたジーンズを穿いてだ。そうしながら妻に話す。
「それじゃあな」
「甲子園って。何時でも行けるじゃない」
「いや、阪神だからな」
 二人は阪神ファンだ。それも熱狂的なだ。
「だったら。甲子園だろ」
「普通甲子園に旅行に行かないわよ」
 美和子は顔を顰めさせて夫に告げた。
「野球観戦ならともかく」
「そういえばそうだな」
「そうよ、普通はないから」
「かといって東京ドームなんか行くつもりないしな」
「連れて行ったら離婚するわよ」
 美和子は本気で言った。二人は阪神ファンだ。それならばだ。
 巨人は忌み嫌っている。それは人として当然のことだ。
 とりあえずそれでだ。球場はというとだ。
「だから。野球から離れてね」
「他の場所に行くか」
「何処か。面白い場所にね」
「じゃあ北朝鮮か?」
 慎太郎は今度はこの国を話に出した。話ながらリビングに入ってだ。テーブルに座る。そこにはもうおかずや御飯が並べられている。
「そこに行くか?」
「行って生きて帰られるの?」
「怪しい人だと生きて帰ってるぞ」
 あの胡散臭い船に乗ってだ。行き来しているのである。
「そうした人はな」
「あなた怪しい人だったの?」
「御前はどうだ?」
 二人はいただきますをしながら話していく。
「怪しいか?」
「少なくとも工作員やお金の出所がわからない運動家ではないわ」
 そうした人間ではないと答える美和子だった。答えながら野菜炒めを自分の皿に取っている。その傍には中華風の卵のスープがある。
「専業主婦よ」
「そうだろ。俺も一介の公務員だ」
「そうした人が行く国?あそこって」
「絶対に違うけれどな」 
 北朝鮮がどういった国かはだ。日本の誰もが知っていることだった。
「それはな」
「じゃあ無理よね、あそこに行くのは」
「なら何処に行こうか」
「イギリスはどうかしら」
 美和子はふとこの国を話に出した。
 
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