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亡命編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第百十九話 洗礼



宇宙歴 796年 3月 27日  ハイネセン  最高評議会ビル  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



最高評議会ビルのプレスルームには大勢のマスコミ関係者が集まっていた。俺とトリューニヒトが中に入るとカメラマンがパシャパシャと写真を撮りだした。眩しいな、これだから写真は、いやマスコミは好きじゃないんだ。トリューニヒトが壇上に上がる、俺は後方で控えた。

「本日、同盟議会において最高評議会諮問委員会の創設が承認されました」
また一段とフラッシュが激しく焚かれた。慣れてるな、トリューニヒト。落ち着いてフラッシュが弱まるのを待っている。眩しそうなそぶりも見せない。俺なら顔を露骨に顰めるところだ。

「既に皆さんも御存じのように同盟は、いや宇宙はこれから大きな変化に見舞われます。その変化に適切に対処するためには官庁の持つセクショナリズムに囚われない広い視野が必要になるでしょう」
どんな時代のどんな国も官僚の縄張り意識ってのは酷いよな。特に新参者は苛められるっていうのに何で俺に……。

「私はその広い視野を最高評議会諮問委員会に期待しています。各委員会から優秀な人材を集め様々な観点から問題を検討する事で最高評議会の新たな戦力になって貰いたい、そう考えています」
各委員会から優秀な人材って本当に来るのか? 厄介者を寄越して終わりじゃないの? そうなっても俺は全然驚かないね。期待しない方が良いぞ。

「初代最高評議会諮問委員会委員長を紹介させていただきましょう。エーリッヒ・ヴァレンシュタイン大将です」
トリューニヒトが俺の方を見て腕を指し延ばした。にこやかな笑み、バラエティ番組の司会みたいだな。フラッシュがまた焚かれた、眩しいんだよ、不愉快だ。少し顔を顰めながらトリューニヒトの傍に寄るとトリューニヒトが俺の肩に手を回して迎え入れた。親しさを表したつもりか? 俺達は仲良しじゃないぞ。

「議長、ヴァレンシュタイン大将は最高評議会諮問委員長に就任するわけですが軍を退役するという事でしょうか?」
「そういう事になります。しかし一朝事有れば現役復帰し軍務に就いてもらうことになるでしょう」
何処かの記者、眼鏡をかけた神経質そうな男とトリューニヒトの遣り取りに彼方此方からざわめきが起きた。

退役って言ってもね、形だけなんだな、これが。第一特設艦隊の後任司令官は決まっていないんだ。チュン参謀長が一時的に司令官代理を務めるらしいが後任を決める様子が全然ないんだ。おかしいだろう、どう見たって俺のために席を空けているとしか見えない。俺は無理だって言ったんだ。こんなのは良くないって。でも聞かないんだよ、皆。

「いささか年齢が若すぎるのではないかという懸念が一部識者から上がっていますが?」
今度は七三分けの中年か。面白くなさそうな表情で俺を見ている。
「私にはそのような懸念の声は聞こえませんが、どなたが仰っているのかな?」
「……」
「彼の若さが職務において障害になるとは思えません。地球教、フェザーンの危険性を最初に指摘したのはヴァレンシュタイン大将ですよ。その事を忘れないで頂きたい」

七三分け! 一部識者なんて曖昧な言い方するんじゃない! 若すぎるから不安だ、嫌いだって正直に言えばいいじゃないか。小細工するからトリューニヒトに良い様にあしらわれるんだ。全く使えない。俺はこんな仕事やりたくないんだ、もっとガンガン言えよ。何時でも辞めてやるから。

「政府の最大の懸案事項は帝国との和平ですが最高評議会諮問委員会がそれを受け持つと聞いています、間違いありませんか?」
「間違いありません。外交委員会が立ち上がるまで諮問委員会がその職務を代行する事になるでしょう」
ざわめきが起きた。多分、“あんな若造に出来るのか”なんて言ってるのだろうな。

「政府は帝国との和平を考えていますがヴァレンシュタイン大将は亡命者です。その事が和平問題に与える影響をトリューニヒト議長は如何お考えになりますか?」
また眼鏡だ。
「影響と言いますと?」
にこやかにトリューニヒトが問い掛けた。タヌキだよな、記者が何を言いたいか分かっているだろうに。

「言い辛い事ですが和平交渉に置いて帝国側に有利になる様な行為をするのではないか、そういう事です」
言い辛い? とてもそんな風には見えん、眼鏡は皮肉に満ちた表情をしている。俺の事、嫌いなんだろうな。亡命者の若造が軍、政府の上層部に居るなんて面白く無いんだろう。トリューニヒトが笑い出した。

「彼が軍において挙げた功績をお忘れかな。武勲だけではない、兵を守るために総司令官を解任することまでした。保身や私利私欲を図る人間に出来る事ではない。私は彼ほど誠実で勇気のある人間を知らない」
彼方此方でウンウンと頷く姿が有る。お前らなあ、トリューニヒトに簡単に説得されるなよ。

俺は本当に最高評議会諮問委員会委員長なんてのはやりたくないんだ。それを皆で押付けやがって。ここで見離すのは酷いだの、俺の協力が必要だの言っているが詰まる所は面倒な事は俺に押し付けようって事だろう。断りたかった、でも出来なかった。連中はレムシャイド伯まで用意して俺を説得したんだ。

“帝国人三千万人の死を無駄にしないためにも卿の協力が要るのだ。トリューニヒト議長達だけではない、ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯も卿の協力が必要だと言っている”
三千万人か、断れないよ。生きてる奴の事より自分が殺した人間の事を言われた方が堪える。三千万人という数字を俺は一生忘れる事は無いんだろうな。

「ヴァレンシュタイン大将、貴方は和平について如何お考えですか?」
質問してきたのは中年の女性記者だ。なんか目付きが厭だな、変に絡むような目で俺を見ている。時々いるんだよ、こういう目をしている奴。こっちを困らせて喜ぶんだ。猫が鼠をいたぶって喜ぶ感じかな。さりげなく答えるか。

「戦争を何時までも続けている事は出来ませんから政府が帝国との間に和平をと考えるのは当然の事だと思います」
「貴方は熱心な和平推進派だと聞きましたが」
「熱心かどうかは知りませんが宇宙が平和になってくれればと願っています」
あ、嬉しそうな顔をしている。変なスイッチを押したか?

「それは貴方が亡命者である事と関係が有るのでしょうか?」
俺が亡命者だからこれ以上帝国人を殺したくない、だから和平を願っている、そうしたいみたいだな。私情で動いている、そう叩きたいんだろう。うんざりだな、クズ共が。トリューニヒト、お前さんは偉いよ。こんなクズ共を相手にして曲がりなりにも政治家をやっているんだから。俺には到底無理だ。にっこりオバサンに微笑んだ。

「残念ですが関係ありませんね。人を殺し過ぎて戦争に飽きた、人殺しにウンザリした、それが和平を望む理由です」
「……それは」
鼻白んでるな、ザマアミロ。もう一押ししてやるか。

「ジョークです。面白くありませんでしたか?」
「……」
困ったような表情をしている。笑って良いのか判断出来ないらしい。
「本当はこれ以上戦争を続けると人殺しが大好きになりそうで怖くなったからです。あれはクセになりますからね」
フフフっと含み笑いを漏らした。顔面蒼白、快感だな、これこそクセになりそうだ。トリューニヒトは苦笑している。やっぱりお前は性格が悪いよ。

その後は面倒な質問は出なかった。適当に切り上げて最高評議会の会議室にトリューニヒトと二人で向かう。時々トリューニヒトがクスクスと笑った。やっぱり俺はこいつが嫌いだ、俺で遊ぼうとするからな。会議室の中に入ると拍手で迎えられたが無視して円卓テーブルの席に着いた。

「お見事。マスコミの連中も君には一目置くだろう」
「言っただろう、レベロ。彼は政治家に向いているって。私の考えでは軍人より政治家の方が適性が優れていると思うね」
レベロとトリューニヒトの会話に皆が頷いた。人殺しよりも嘘吐きの方が向いていると言われても少しも嬉しくないんだが……、溜息が出そうだ。

「ところで諮問委員長に尋ねたいのだが帝国との和平交渉、君はこれを如何考えているのかな。具体的にどう進めるつもりなのか確認したいのだが」
ネグロポンティが窺うような表情で確認してきた。和平がどうなるかは軍の予算を左右する。国防委員長としては気になるところだよな。他の連中も俺に視線を集中してきた。内心では“予算が~”と叫んでいるだろう。

「和平交渉は迅速に行い条約を締結させる必要が有ります。交渉が長引くと市民の間から和平に対して疑義が出かねません、交渉の打ち切り等と言う声が出る可能性も有ります。ですので和平交渉そのものよりも両国首脳によるトップ会談を優先させるべきだと考えています」
あら、視線が強まったな。

「首脳会談で和平条約の大枠を合意する。後はその合意に沿って交渉を進めれば良いでしょう。その方がスムーズに和平交渉が進むと思います。出来れば八月までに首脳会談を行いたいですね」
皆が顔を見合わせている。少し間が有ってからターレル副議長が咳払いをした。

「確かに首脳会談で合意が出来ればそれに越したことは無い。しかし可能だろうか? これまで国交が無かったのだ、いきなり首脳会談といっても帝国は二の足を踏むのではないかな。こちらも市民が騒ぐだろうし議会も煩いだろう、色々と条件を押付けようとするに違いない。簡単には行かないと思うが……」
ウンウンと皆が頷いている。安心し給え、俺が知恵を貸してあげよう。原作知識と言う知恵を。

「首脳会談の名目は和平交渉に拘る事は有りません。同盟市民、帝国臣民が納得する名目であれば良いでしょう」
皆、訝しげな表情だ。
「そんな名目が有るかね?」
「有りますよ、ターレル副議長」
フッ、聞いて驚け。

「捕虜交換です」
俺が宣言すると何人かが“捕虜交換”と呟いた。アレ、反応は今一つだな。どうやら分からないらしい。
「同盟、帝国には捕虜がそれぞれ二百万人程居るはずです。それを交換するのです。捕虜交換は軍では無く政府が行う、調印式はイゼルローン要塞で両国首脳により行われます。如何です?」

彼方此方から“ウーン”という呻き声が聞こえた。ようやく納得が行ったらしい。
「なるほど、捕虜交換か。調印式にかこつけて首脳会談を行うという事か」
「これなら同盟市民も反対しない、いや大賛成だろう」
「帝国もだ」
「議会も賛成せざるを得ない」
興奮するなよ、そんなに。

「しかし大丈夫か? イゼルローン要塞に行くのは危険じゃないか? 場合によっては囚われるという事も有るぞ」
「大丈夫だろう、調印式が無事に終了しなければ捕虜交換は行われないのだ」
「なるほど、そうだな」
その通り、問題は無い。今の帝国に捕虜交換を反故にするような余裕は無い。平民達を踏み付けにする事が出来る位なら貴族達をフェザーンで始末しようとは考えない。むしろ捕虜交換は政府の求心力が高まると喜ぶだろう。

「宜しければ捕虜交換と首脳会談の件、レムシャイド伯に相談したいと思いますが」
俺が問い掛けると皆がトリューニヒトに視線を向けた。それを受けてトリューニヒトが頷いた。
「良いだろう、上手く行けば一気に和平が近付く。交渉してみてくれ」

「分かりました。進展が有りましたら御報告します。それと諮問委員会は表向きは外交委員会、通商委員会の起ち上げ準備を行うという事にします。和平交渉はその目処が立ってから。マスコミに知られると面白くありませんので……」
「分かった。それで構わない。皆、良いね?」
トリューニヒトが念を押すと皆が頷いた。まあこれで少しは騙せるだろう。



宇宙歴 796年 3月 27日  ハイネセン  ユリアン・ミンツ



「提督、何をお考えですか?」
「うん、まあ色々とね」
リビングで提督が紅茶を飲みながら答えた。さっきまでヤン提督はTVを見ていた。TVにはトリューニヒト議長が映っていたんだけどチャンネルを変えずにずっと見ていた。議長嫌いの提督には珍しい事だ。ヴァレンシュタイン提督が出ていたからかな。

「ヴァレンシュタイン提督は退役しちゃったんですね」
「うん」
「軍にとっては痛手ですね、提督」
「それはどうかな」
アレ、違うのかな。痛手じゃないの。

「第一特設艦隊の後任司令官は決まっていないんだ。普通なら有り得ない事だね」
「それって」
「そう、ヴァレンシュタイン大将のために用意しているんだと思う。議長が言った一朝事有らば現役復帰というのは嘘じゃない」
そうなんだ。

「もっとも現役復帰する様な事態になるかどうか……」
「和平ですか?」
「うん、ヴァレンシュタイン大将は熱心な和平推進派だからね。彼が居なければここまで来ることは無かった。その事は誰もが認めている」
ヤン提督が一口紅茶を飲んだ。なんか心ここに非ず、そんな感じだ。何を考えているんだろう。

「軍にとっては和平の方が痛手だろうね。政府内部では今から予算の事で大騒ぎらしい」
「国防費の削減ですか?」
ヤン提督が頷いた。僕もその話は聞いている。和平が結ばれれば国防費が削減出来る。国防委員会は何とか予算を守ろうとし他の委員会は予算を奪おうとしている……。

「ネグロポンティ委員長は新任だからね。どうしても力関係では他の委員長に押されがちだろう。国防費を守る事が出来るかどうか……、特にレベロ財政委員長は昔から国防費が財政を圧迫していると声高に主張していた人だから……」
「国防費、削られちゃいますね」
“そうだね”と提督が頷いた。

「ネグロポンティ委員長が頼りにならないと見れば軍はヴァレンシュタイン大将に頼る事になるかもしれない。彼の軍における影響力は辞める前より強まるかもしれないよ」
それかな、ヤン提督が考えているのは。提督はヴァレンシュタイン大将の影響力が強まる事を心配しているのかもしれない。

「でもヴァレンシュタイン大将は和平推進派なんですよね。軍にとっては予算削減を引き起こした人物で煙たい人なんじゃありませんか?」
だから軍を退役させて政府に押し付けたんじゃないかな?
「逆だよ、ユリアン。和平が実現すればヴァレンシュタイン大将の政府における存在感はかつてない程大きくなるだろう。軍は好む好まないに拘わらず彼に近付かざるを得ない状況になる」
提督は憂鬱そうな顔をしている。話題を変えた方が良いかな?

「提督、学校でも皆が言っていますけど本当に和平なんて有るんでしょうか? ピンと来ないんですけど」
僕の言葉にヤン提督がちょっと困った様に笑った。
「そうだね、百五十年も戦争していたんだ、和平と言われても戸惑うのも無理はないかもしれない。でもね、ユリアン」
「はい」
提督が怖いくらいに真顔になった。じっと僕を見つめている。

「ヴァレンシュタイン大将は本気だよ。彼は本気で和平を結ぼうと考えている。そして彼が本気になったらそれを阻める人が居るとは思えない」
「……」
「私の考え過ぎかな、それなら良いんだが……」
ヤン提督が溜息交じりに呟いた。考え過ぎ? 何を? 訊きたかったけど怖くて訊けなかった。こんな事初めてだ。



 
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