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星の輝き

作者:霊亀
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第25局

「なあ、この前のあれ、どう思った」
「あれって、塔矢の?」
「まあ、すごい戦いっちゃそうなんだけどさぁ。なんか、変な手も多くなかった?」
「あ、それ、俺も思った。どう見ても悪手なんじゃねってのあったよな」
「…ちょっと並べてみるか」

 先日の、海王中学の囲碁部で行われた、進藤ヒカル対塔矢アキラの対局。結局のところ、ほとんどの部員には碁の内容が理解できていなかった。
 囲碁部トップの部長の岸本でさえ、自分ではかなわないといったレベルでの理解しかできていなかったのだ。ヒカル達の力を片鱗だけでもつかめたのは、岸本を含め、ほんの数名だけだった。下から見ては上手の力はつかめない。それもまた残酷な碁の一面といえた。

 もっとも、これはこれで仕方ない。
 いくら強豪とはいえ、中学の囲碁部のレベルで、プロレベルの碁を理解しろというのには無理があった。
 しかもあの日、対局が終わったらヒカル達は早々に帰ってしまい、内容の解説はされずじまいだ。それだけに、ヒカルのアキラの実力は、囲碁部員達にはさっぱり理解されていなかった。
 そして、今日は3年生達は模試による授業延長があり、不在。ヒカルとアキラの力を理解できているものは誰もいなかった。


「この手なんかさ、どう見ても悪手だろ。この石死んじゃうし」
「それなのに受けないでこっち打つんだもんな」
「ここだって愚形だろ?こんなとこ切ったってとられるだけなのに」
「わっかんねーなー。塔矢アキラも進藤ヒカルも、ほんとに強いの?」


 最上級生達の不在ということでいつもよりたるんだ空気の中、ヒカルとアキラへの誤解が深まっていく。

「結局、噂だけだったんじゃね?塔矢アキラってたいしたことないんじゃ?」
「進藤なんて知らないやつに負けるんだもんな」


 元々、塔矢アキラに対する評判は良いものではなかったこともあり、実力のほどを垣間見た3年不在の中、アキラとヒカルを見下す空気は自然と盛り上がっていった。


 アキラと同じクラスの1年の奥村もまた、彼らを見下し始めたうちの一人だった。

 奥村にとって、海王中学囲碁部は憧れの存在だった。毎年のように全国大会でも上位に食い込み、その知名度は全国クラス。
 そんな囲碁部にようやく入れたのに、入部してからずっと、塔矢アキラのせいでいやな雰囲気が漂っていた。それが、先日の突然の塔矢アキラの対局観戦を境に、空気が変わった。力量不足が原因で塔矢たちの実力が把握できていないのが根本にあるのだが、それが理解できない奥村たち。
 ただ、部内が明るくなっていく様子がうれしく、調子に乗っていた。


 



 そんなある日の昼休み。奥村は、ふと教室で、一人本を読んでいる塔矢アキラが目に付いた。今までは自分から声をかけるのにはためらいがあったのだが、調子に乗っていた今、そんなためらいは消えていた。

「なあ、塔矢、この前の対局は残念だったな」
「え。あ、ああ。奥村君だっけ?君も見ていたのか」
「そりゃそうさ、オレは囲碁部だからな。噂の塔矢がどれだけ強いのかと思ってたんだけど、あんなあっさり負けるなんてな」
「…そうだね。見事にやられてしまったよ」
「あれって、進藤のまぐれ勝ちだったりスンの?」
「いや、あれが実力さ。今のボクじゃ、進藤にはかなわない」
「なーんだ。塔矢って、そこまで強いわけじゃなかったんだ」
「……」
 
 進藤の実力を思い知らされているアキラは、何も言い返せなかった。何しろ進藤の力は父である名人塔矢行洋に匹敵するのだ。そんな進藤と比べられては、自分が強いなどどう頑張っても言えるわけがなかった。

 しかし、そんなアキラの様子を見て、奥村の誤解はますます深まった。

-なんだ、何にも言い返してこない。やっぱり、塔矢ってそんなたいした奴じゃなかったのか。ま、そりゃそうか。普通なら強けりゃ大会に出て、優勝しまくってるもんな。

 そんな奥村の話が囲碁部員達に伝えられて、アキラに対する蔑みは、ますます強まっていった。


 
 
 
 そして、とうとうヒカル達の元にまで、アキラの噂が届くこととなった。

「え!?なにそれ、何でそんな話になってるの?」

 放課後の教室に、あかりの声が響いた。

「え、だって、囲碁部の奴が言ってたぜ。噂の塔矢アキラなんて実はたいしたことない。その証拠に、囲碁部でもない進藤にあっさり負けたって。進藤、お前塔矢に勝ったんだろ?」
「…ああ」
「ほら、囲碁部に入ってない進藤にあっさり負けるんだ。たいしたことねーじゃん?大会に出てるわけでもないんだろ」
「そんな、だって、ヒカルは!」


 あかりにとってはまったくとんでもない話だった。

-ヒカルに負けたから塔矢君がたいしたことないだなんて!?いったいなんでそんな噂になってるの。あの日、みんなの前で打ったのに!

 あの対局を見てそんな噂が流れるというのが、あかりにとってはありえなかった。あれだけの碁を見せられて、どうしてそんなことが言えると言うのだろうか。あかりにはまったく理解できなかった。
 あかりは今まで、極端に棋力の低い相手との対局は、ネット碁くらいしかなかった。だから、棋力が低い相手との会話などほとんど経験がなく、棋力の差によって生じる、碁の内容の理解の差といったものが全く分かっていなかった。


 しかし、ヒカルと佐為は違った。今までの経験から、先日の碁は、レベルが低い人たちには内容を把握するのが難しかったであろうことも理解できていた。

 もっとも、だからといって、この噂に納得がいくかというと、話は別だ。
 噂を話してきたクラスメイトに食って掛かるあかりをよそに、内心では激しく燃え盛り始めていた。


-あの碁が理解できなかった連中が好き勝手言ってるみたいだな…
-なんとも嘆かわしい。己の力量も理解できず、他人を蔑むなど、碁打ちとしてあってはなりません!?
-こりゃ、ほっとくわけにもいかねぇよな。
-当然です、ヒカル、懲らしめてやりましょう!?


「よし、あかり、いくぞ!」
「え、ヒカル、どこに?」
「決まってんだろ、囲碁部だよ!」
「ええっ!!待ってよ、ヒカルっ!」


 一般的な中学生にとって、1・2年の年の差というものは非常に大きい。だから、あかりにとって、上級生というのは非常に目上の存在だ。そんな上級生達がたくさんいたあの囲碁部に乗り込もうとしているのだ。あかりとしてはたまったものではなかった。だが、ヒカルはいまさら中学生相手にどうと構えることもない。普段ならヒカルを抑える佐為も、囲碁が絡むと人が変わる。今はヒカルと一緒になって乗り込む気満々だった。


-あーん、もう、ヒカルも佐為も眼が燃えてるよぅ。うぅ、どうしよう…。私じゃ止められないよぅ。


 さっきまでのあかりの激しい憤りはすっかり吹き飛んでしまった。もうこうなってしまってはヒカルはとまらない。かといって、ヒカルを置いて帰るわけにもいかない。あかりは気後れしつつも、仕方なくヒカルの後をついて行くのだった。
 
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