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Myu 日常編

作者:時計塔
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ミュータントの説明はもっと先になるので

「凛音、どういうことか説明、できる?」
「姫…………私がこいつを中に入れたんだ、お腹空いたっていうからご飯食べさせた」
「……どうして、私の許可を取らなかったの?」
「だって、姫はいそがしいだろ? 今日も篠崎との縁談? とかいうので」
「……あんなの、ただ座っていればいいだけよ。あなたといる方がよっぽど有意義」


 傷ついた凛音を介抱しながら大蔵姫はその体を抱きしめた。凛音は少しくすぐったそうにしながらそれを受け入れている。先ほど恐怖に歪んでいた彼女からは想像できないほど穏やかな表情をする。まるで救世主のように姫を見つめていた。

「それで、あなたは一体何の用でこの大蔵の土地に足を踏み入れたの?」
「さっきから言っているだろう。ご飯を集りに来たと」
「集りって……鳥じゃないんだから。あなたのせいで凛音がひどい目にあったの。反省して」
「知らん。だいたいあの爺は何様のつまりだ? ロリコンにもほどがあるだろ」
「……まぁその点については大いに同意するけれど……あなたには関係のないことよ」

 姫は冥星に見向きもせず、凛音の体を持ち上げようとした、がフラフラと覚束ない足取りで油断すればどこかにぶつかってしまいそうな状態だ。下手をすれば凛音が更に傷を増やすことにもなりかねない。

「どけ」
「あ、ちょっと……」
「なぁ!? ど、どこ触ってんだ、てめ……」

 凛音を己の腕から強引に奪い、スタスタと歩き出した冥星に軽く怒りを覚えた姫。いきなり男の腕に抱えられた自分に戸惑う凛音。

「お、おろせよ、は、はなせって、やめろよ、こんな体、他のやつにみられたくねぇんだよ……」
「もう見ている。ぼろぼろで汚らしい肌だ。そこの雛人形とは比べるべくもないな」

 ひどい言い草だ、と姫は思う。普通この状況で相手を追い詰める必要があるのだろうか。明らかにこの男にはデリカシーというものが欠けている気がする。女に対する扱いというものがまるで感じられない。さすがは彼氏にしたくない男ランキング二位の男、だったか。確か隼人がそんなことを言っていたな、とふと思い出した姫。どうでもいいことだ。
「んだよ……お前もいいとこのボンボンなんだろ? 私は奴隷だぞ? いいのか? 汚いぞ?」
「なんだ汚いのか? 風呂に入れ」
「毎日入っているよ! そういう意味じゃねぇ!」
「だったら、何か問題があるのか?」
「……いや、お前がいいならいいよ」
「なら黙ってろ。重いんだから」
「~~~! さいっていだなお前!」

 女という生き物は体重の話になるとどうしてうるさいのか。この年は女にとって成長期だと保健の時間に習ったはずだ。身長も体重も一時的に男を上回るほどの成長を見せる者もいる。現に凛音や姫は冥星の身長よりも少し高いくらいだ。身長が高ければ体重も比例して高くなるのは自明の理。何を慌てることがあるのか。

「田中太郎」
「…………」
「田中太郎、返事をしなさい」
「おい、田中太郎、呼んでるぞ!!」

 冥星は大声を張り上げて、いるはずのない人物の名前を連呼した。自分を見つめながら平々凡々極まりない名前を呼び続ける姫は滑稽だったが、残念ながら自分には冥星という親がつけてくれた、かもわからない素晴らしい名前があるのだ。当然無視することにした。

「あなたのことよ、田中太郎。自分の名前を忘れるほど愚かな生き物なの?」
「愚かなのは貴様だ。なんだそれは? コロコロコミックで連載されていた宇宙人か? 俺には冥星という神聖で超かっこいい名前があるんだ。覚えておけ愚民」
「それで、太郎は隼人たちの友達なの?」
「無視するな雛人形の分際で。あいつらは手下だ。俺がいずれ作るカリスマニート社会建国のために必要な人材なんだ」
「くすっ……バカみたい。そんなのできっこないわ」
「不可能を可能にするからこそ面白いのだ。俺はめんどくさいことは大嫌いだが、めんどくさいことをしないためにする努力は全力で頑張る男だからな」
「ただのわがままな子供じゃない」
「子供だ。だからあのロリコンにも敵わない。生活も一人では無理だ。毎日、誰かに感謝して生きなくてはならない」

 凛音をおぶったまま冥星は進んでいく。やがて彼女の部屋らしき場所に案内され、粗末なベッドの上に寝かせた。周りには生活品らしき物は一切なく、学校のランドセルと教科書、情け程度に机があるくらいだ。まるでそれ以外の物に興味を持つな、とでも言いたげだなと冥星は関心した。


「なるほど、いい環境だ。奴隷を飼っておくには適した場所だな。合格点を与えてやりたい」
「……私には意見できる権利はないの。この子を授けてもらうことしか、できなかった」
「一体何の言い訳をしているのかわからんが……奴隷を飼うためには適した場所だと、俺は褒めたのだがな」
「本気で言っているの!? 私たちは同じ人間よ!? ミュータントだからって、凛音だけこんなところで生活しなくちゃいけないなんて、おかしいと思わないの!?」
「思わない。そいつは奴隷で、お前は飼い主だ。ミュータントだからとか、人間だからとかそんなことは関係ない。上と下があり、強い者と弱い者がいる。強い者の上にはまた強い者がいて、弱い者の下にも弱い者がいる。お前がそいつの上にいて、ロリコン爺の下にいるようにな」
「…………子供のくせに、随分落ち着いているのね、冥星君」

 姫は仇を見るような目で冥星を睨みつけた。世界がこうあるべきだ、と信じて疑わない者の目だ。冥星は姫と目を合わせることなく淡々とつぶやく。言葉に意味などない。あるのは理想ではなく現実の世界。どこまでいっても現実の世界は変わらない。理想を抱く暇もなく、現実はいつも自分たちを追い込み、追い詰める。一切の容赦はなく、慈悲もなく。
 ――――愛すらも。

「お前はさっき、そいつのことを奴隷と言ったな? この世界でそんな制度はとっくの昔に消え失せたことは、もう教科書で習ったはずだ。にも関わらず、お前はそいつを奴隷と言った。なぜだ?」
「……それは」
「オークションか?」
「!? どうして、それを……」
「聞いたことあるからな。なぁ、お前、オークションにかけられたんだろ? で大蔵家に引き取られた、と」

 凛音はベッドの上で肯定も否定もしなかった。ただ、シーツを握りしめる力が僅かに強まるのを冥星は見逃さなかった。
 ここで冥星は少し後悔した。別に凛音のことなど興味はないしどうでもいい。しかし結果的に冥星は凛音の出生から今に至るまでの経緯を把握してしまったわけだ。
 よくある話なのだ。人身売買など。特に、今の世の中では。

「おい、オークションはいつ開催されるんだ?」
「あなた……子供の分際でオークションに参加する気? 無理よ、それにあんなところ行くべきじゃない」
「つまり、お前は行ったことがあるわけだ。不公平だ、教えろ。さもないとこいつの出生を学校でばらすぞ」
「……まさか、おじい様よりも外道がいるなんてね」
「姫、私はいいよ。こんなやつに話す必要なんてない」
「……いいの、別に減るもんでもないし……一週間後のこの日深夜一二時に大蔵本家の広間よ」
「よし、こんな辺鄙なところまで来たかいがあったというものだ……」

 冥星は今日初めて溌剌とした表情になりウキウキと心を躍らせた。頭の中は当然、己の味覚を刺激する数々の食材。それもオークションならではの高級食材(あるはず)だ。
 とりあえずどうやって金を調達するかが最善の問題だ。城島家の相続権は冥星にあるが、残念ながら口座は凍結され、キャッシュカードは明子に没収されている。口惜しいこと極まりないが、所詮子供なのだ。どうすることもできない。

 脅して金を巻き上げるか。先ほどの様子だと、どうやら凛音が奴隷だと知られてはよろしくないようだ。ここでそんなことを思いつくからこそ、冥星は屑と呼ばれているのだろう。それを実行するからこそ、真の屑なのだ。哀れな子羊共に絶望を味あわせてやろうと冥星の顔が吊り上った――――。

「はい、あなたの分」
「……なんだと?」


 饅頭だ。なんの変哲もない饅頭が冥星の前に差し出される。茶菓子に最適な程よいこしあんが口の中で広がりまさにお茶が欲しくなる甘さだ。そんなことを思っていると、これまたあつあつのお茶が差し出される。連続のお・も・て・な・しコンボにさすがの冥星もたじたじだ。あやうく自分はなんて意地汚い愚かな生き物なのだろうと自害してしまうところだった。

「お・も・て・な・し(滝○クリステル風)」
「…………え? ごめんなさい、なに?」
「……なんでもない。それよりも俺を懐柔してどうする気だ? いっておくが、饅頭一個でどうにかなるほど俺は安くないぞもぐもぐ……」
「もう食べてるくせに……別に懐柔するつもりなんてないし、そんな価値もないでしょ。おいしいお菓子は皆で食べた方がよりおいしくなるの」
「その理論については大いに賛成する。食事は大勢の方がうまい。雛人形、なかなかいいことを言う」
「……あのね、私には姫っていう名前があるの。それにあなたみたいな意地汚い男に褒められても嬉しくない。食べたらさっさと出て行きなさい」
「言われんでも出ていく……ああそうだ、今回のオークションの目玉商品はなんだ? 食材だろ? そうだろう? そうといえ!」

 姫は再びオークションの話題となったことに対して険悪さを隠しきれないようだったが、やがて吐き捨てるようにつぶやいた。

「――――金色のアンティークドール……残念ながら食べられないわよ」


 ※※※※


「え? お前マジかよ……さすがにそれは」
「うん、危険だよね。いや、犯罪だよ冥星」
「それがどうした? 犯罪だろうがなんだろうが、俺は高級食材を手に入れに行く」
「大蔵家に侵入って……俺、篠崎家だから報告しなくちゃいけないんだけど」
「なんだ隼人? 貴様また裏切る気か? よしいいだろう。そのかわりお前の醜態をあの女に逐次報告することになるぞ。隼人は変態、ロリコン、巨乳好き」
「変態じゃねーし、ロリコンでもねーよ!」
「巨乳は好きなんだよね」
「……男なら、あの山を越えてみたいと思うだろ普通」
「ちなみに、今の言葉はしっかり録音しておいたからな」
「お前鬼畜すぎるだろ……」

 冥星は仕込んでおいたボイスレコーダーを大音量で流した。すると篠崎隼人の女子が一〇〇%引くであろう言葉がスピーカーで流れた。近くの女子がひそひそと話しながら廊下を去っていく。哀れ、隼人。
「……わかった。わかったよ! 黙っておいてやる! ただし! なにすんのかわかんねーけど協力もできねーからな」
「冥星、ごめんね。俺も、さすがに悪事に加担するのは……」
「安心しろ。お前たちに期待はしていない。もとより俺一人で行くと決めていたからな」

 冥星は姫からもらったオークションのチラシを開いた。そこには金色の髪で、まるで外国の人形のように佇む一人の少女が映っている。今週の目玉商品、ミュータントの美少女。
 虚ろな瞳は、なにか薬物を定期的に摂取され、心身ともに抜け殻となっているかのような印象を受ける。上半身裸の写真と、ドレスを着た写真、アップの写真が一枚ずつ映されている。児童ポルノなどくそくらえとでも言いたげだ。大人の性癖に関しては心底落胆を隠せない。
 ――――いったい、こんな物の何に惹かれるのだろうか。


「うぁあああ! は、はだか!?」
「冥星、こういうのが好きなのかい?」
「違うわ馬鹿者。俺はこいつの股の下に映っているこの黄金のリンゴとやらが食べたいんだ」
「は、はだか、ま、まるみえーーーー!」
「なんか……この女の子、怖いくらい綺麗だけど……人形みたいだね。生きてる感じがしない」

 うるさい隼人を黙らせながら達也は悲しそうにつぶやいた。
 達也たちにはこのチラシがなんなのか、冥星が何をしようとしているのかは知らせていない。理解できるほど心が大きいとは思えないからだ。むしろ知ったところで精神的な負担が大きすぎて不安定な状態に陥ってしまうかもしれない。

「あ、このリンゴ……十万円からって書いてあるけど、冥星そんな大金あるの?」
「ない、そこでお前たちに集めさせようとしている」
「達也、そろそろ帰ろうぜ」
「うん、隼人はまた姫ちゃんとの縁談話?」
「……あ~、まぁ、な」
「俺も海星ちゃん誘ってどこか遊びにいこうかな」

 冥星の優秀な手下は女に現を抜かしすっかり腑抜けになってしまった。小学五年生の分際で色ボケとは言語道断だ。お互いに触れ合うだけで精一杯、触れ合ったら壊れてしまいそう! 夢いっぱい甘酸っぱい!


「く、くだらん」

 食欲、睡眠欲……性欲。生きるために必要な人間の欲求。
 すばらしい生き物だと思う。食への欲求は常に冥星を未知なる世界へ導き、睡眠は冥星の怠惰を支配する。食っちゃ寝こそ至高の生き方。カリスマニートの夢。冥星の野望なり。
 性欲に関しても、おのずと理解するだろう。オスとメスが交わる。それだけだ。多くの若い者たちが盛大に励むのだから、それはそれは気持ちのいいものなのだろう。いずれはわかることだ。
 しかし、と冥星はここで思いとどまる。この性欲を満たす過程で、どうやら私たちは愛を育まなくてはならない。なぜなら、愛のない性交は金がかかるらしいし、無理やりするのはレ○プといって犯罪なのだ。
 つまり、愛をささやきながらでなくては性交は成立しない。

「なぜ、ここまでめんどくさいのだ……」

 人間が与えた欲求の一つは、おどろくほど困難な道のりだ。いや、困難だと思ってしまうのは、冥星がそういう生き物だからだ。
 隼人は、達也は、喜ぶ。性欲、とは程遠いがいずれそこに到達するまでの長い道のりを、彼らは辿り着くのだろう。
 冥星は――――、彼は、彼には無理だろう。
 冥星は、チラシに映った裸の少女をじっと眺めた。
 白い肌、わずかに膨らんだ乳房、端正な顔立ち、プラチナブロンドの長い髪……素直に綺麗だと思う。こんなに美しい少女を見たのは初めてだ。
 ただ、なぜ黄金のリンゴより勝るのかがわからないのだ。
 少女はおそらく薬を打たれたまま、家畜以下の扱いを受けるのだろう。そんな人生のまま一生を終える。
 額は一億。到底払える額ではない。おそらくオークションの主催者、大蔵臥薪が見世物として披露し、あわよくば大金を巻き上げようという算段なのだろう。
 哀れな目をしている。絶望を越え、悲しみを越え、そのなれの果てが、この目か。

 冥星は強者だ。己がこれからどんな道を歩んだとしてもその先には勝利があると決まっている。だから、地面に転がっている石ころの気持ちなどわかるはずがない。
 
 強者が、弱者を助けることなど絶対にない。正義の味方はいない。世界は過酷。
 そして少女エリザ・サーベラスは奴隷となる。
 この世で最も恐るべき力を持ち、世界を破滅に導くことができるが……メンドクサイのでしない男の元へと。

 これは、愛の物語。
 一人の男が奴隷をいじめながら無理難題を押し付け罵る――ほんのちょっとだけ優しいところもあるがやっぱり鬼畜なくそ野郎と。
 助けられ、尽くして尽くして尽くして泣きながら尽くしてもその愛を踏みにじられ、貶され叩きのめされる哀れな美少女エリザ――でも冥星を誰よりも理解し、愛している少女の、

「愛の物語です」
「いや、これは俺がお前をゴミのように扱い食べ物を解説する話だから」
「私と冥星様の愛の物語です!」
「うるさいバカ奴隷! さっさと飯の仕度をしろ!」
「……ううう、冥星さま、ひどいです……」
「だいたいお前の出番はまだずっと先だ。無能なんだからせめて立場ぐらい弁えろ屑、屑奴隷、金髪ビッチ」
「び、ビッチじゃありません! み、みなさんビッチじゃありませんから、い、いつか冥星さまが、もらってくれるまで私、エリザ・サーベラスはアイアンメイデンを貫きます!」
「うるせぇ!」
「ああ、髪を、髪をひっぱらないでください」
 ――――きっと、愛の物語なのです!(エリザ談)


 
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