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蛮人

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第一章


第一章

                        蛮人
 その客を見てだ。誰もが顔を顰めさせた。
「何だ、あいつは」
「黙って食えよ」
「まずいならまずいでな」
「そんなことするなよ」
 こう言い合う。その客は店の中で喚き散らしていたのだ。
「まずいぞ!」
「こんな飯客に食わせるな!」
「ふざけるな、これで金取ってるのか!」
「店の人間が選ぶな!」 
 こうだ。周りのことを考えず喚いていた。
 店の者が慌てて出て来るとだ。その店の者にだ。
「御前等これでも料理で生きているのか!」
「あの、そうですが」
「ですが」
「ですが。何だ?」
 見ればだ。似合わない口髭をした貧相な顔立ちの男だ。目は小さくそこには嫌らしい光がある。身体もひょろりとしていて服も何か汚らしいものである。高価な服だがそれでもそこには汚らしいものがあった。
 その彼がだ。こう言うのだった。
「口ごたえするのか、客に」
「あの、他のお客様に迷惑がかかりますので」
「店の中で騒ぐのはです」
「お止め下さいますか?」
「こんなまずい飯食ってる客に遠慮なぞするか!」
 今度はこんなことを言うのだった。
「味のわからない奴にはな!」
「おいおい、何だよこいつ」
「頭いかれてるのか?」
「まずいならまずいで食うなっての」
「全くだ」
 客達も呆れていた。しかしだった。
 男は彼等にも顔を向けてだ。また言った。
「おい、こんな飯美味いと思うのか」
「だからあんたなあ」
「店の中で喚くなっての」
「それ位常識だろ?」
「違うか?」
「ふん、味のわからない奴には何を言っても無駄だな」
 男の傲慢、いや下品な態度は変わらない。今度は店の椅子を蹴飛ばした。それによって椅子は床に転がり乾いた音を立てた。
 だがその音よりもだ。男の罵声が響くのだった。
「こんな店があるってな。書いておくか」
「何だ、こいつ小説家か?」
「それとも記者か?」
「何なんだ?」
「俺は漫画原作者の糟屋迭だ」
 男は誇らしげに語った。
「覚えておけ」
「ああ、あの美食漫画のか」
「あの原作者だったのかよ」
「俺に文句があるなら出版社に言え」
 今度はこんなことを言うのだった。
「わかったな」
「一応抗議しておくか」
「そうだな」
「ここは」
 こうしてだった。彼等は一応は糟屋がその原作を担当している雑誌を出している出版社に抗議していた。しかしであった。
 その漫画は出版社の看板の一つになっていた。その漫画の売り上げは非常に大きなものであった。そのせいで出版社も糟屋を切れなかった。
 それをいいことにだ。糟屋はさらに増長した。
「日本は謝れ」
「日本は悪いことをしたんだ」
「化学調味料は使うな」
「大企業は駄目だ」
「日本の経済侵略を許すな」
 こんな言葉をその漫画で登場人物達に言わせた。無論それを読みその通りだと考える者も出て来ていた。影響は大きかった。
 
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