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ゴミの合法投棄場。

作者:Ardito
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殺戮勇者

これは今から千年前のお話です。

世界は魔王の脅威に脅かされ、たくさんの人が死に、たくさんの涙が流れました。
ある時、心正しき一人の乙女が、自らの腹を裂き、決死の想いで神へ救いを祈りました。
乙女の悲痛なる祈りを聞き届けた慈悲深き光神様は乙女の腹に白の勇者を授け、少女の命をも救って下さいました。

やがて生まれた白の勇者は、光神様と同じ白銀の髪と黄金の瞳を持つ美しき少女へと成長し、見事魔王を討ち果たしました。

しかし、脅威は続きます。

白の勇者が魔王の呪いに身を蝕まれ、次なる魔王へと成り果ててしまったのです。
光神様と同じ白銀の髪は黒く染まり、黄金の瞳は赤く染まりました。

呪われし白の勇者は次々と人々を襲い、六つの国を亡ぼし、呪われた勇者の色彩は返り血で赤く染まりました。
光神様は嘆き悲しみながらも白の勇者を倒すため、帝国の騎士に加護を与え、勇者の力を授けました。

騎士の髪は神の加護に耐え切れず黒く染まりましたが、快晴の瞳は黄金に輝きました。
騎士は黒の勇者と呼ばれ、白の勇者を激闘の末に異界へ封印することに成功しました。

黒の勇者は永遠の時を生き、今も封印を守り続けています。

 ◆

 《殺戮勇者の物語》は誰もが一度は聞いたことのある実話だ。
 幼き頃、柔らかなベッドの中で母親に読み聞かせて貰った人は多いだろうし、そうでなくとも学校で習うだろう。 『悪い子のところには殺戮勇者がくるぞ』というフレーズはいたずらっ子を驚かすお決まり文句だ。

 しかし、エレンがこの物語を知ったのは極最近、ちょっとした偶然からだった。
 暇つぶしに家の書庫を物色していて、たまたま目についたのがこの物語だったのだ。

「ね、ねえ……ホントにやるの?」
「ここまで来て何言ってんだよ……! お前の唯一の特技、釣り技を生かす絶好の機会なんだぞ……! なあ、エレンも何とか言ってやれよ」

 木の上に潜む二人の少年が、エレンと呼ばれた少年を振り返る。
 何かを期待するような眼差しに、エレンはハッと我に返ったが、意識を別の所へとばしていたことを億尾にも出さず、ヘラリと微笑み口を開いた。

「んー、やりたくないなら無理にやる必要無いと思うけど……とりあえず村長はもう来ちゃったみたいだよ?」
「ええっ!」
「マジだ! もうすぐ下通るぞ……! 腹くくれ!」
「そんな……うう、もうなるようになれっ」

 少し太った少年が、木の下を通り過ぎようとする村長に向けて釣り針のついた糸を投げつける。
 それは村長の頭にひっかかり、見事被っていたカツラを吊り上げた。

「ギャ!?」
「よっしゃ! でかしたー!」
「に、逃げろぉお」
「こ、こらーー! それを返しなさいっ!!」

 カツラを回収しつつパッと木から滑り降りて逃げ出す二人を、顔を真っ赤にした村長が慌てて追いかけていく。
 それを見送ってからエレンはゆっくりと木から降りた。

 ここは小さな村だ。 村長がハゲていることはみんなが知っていて、しかし誰も指摘してはいけないという暗黙のルールがある。 何せ、彼はまだ二十代。 ハゲるには若すぎた。 

 エレンは一抹の憐憫を感じて若き村長の背中を見つめる。
 同情すべきは、若くしてハゲたことに対してでは無く、似合わぬスーツを着て、愛しの花屋の娘に告白しようと息込んでいた時にカツラを奪われるという不幸に対してでも無い。

 エレンは彼の恋が成就しないことを知っていた。

(くだらない)
(くだらない、くだらない)

 エレン=ザークシーズ。 三方を山に囲まれた名もなき小さな村の、昔から続く剣道場の一人息子。
 12歳という幼さであるにも関わらず、その身に仄かな色香を纏う。
 しかし、その相貌の美しさは清らかさを感じさせ、色香と清らかさが入り混じる深入りすれば二度と戻れないような怪しい魅力を持つ少年であった。

 しかし、その美しさは長く伸ばした前髪に隠され、更に掴みどころの無い飄々とした態度が人に深入りさせることを躊躇させる。 その結果、村人に彼を平凡な一人の少年として扱わせることに成功していた。

(面白いことがあるというから来てみれば……欠伸をかみ殺すのが大変だった)

 なだらかな下り坂をゆっくり歩く。 春の風に、一つに結わいた漆黒の長い髪が靡き、花の香りが鼻腔をくすぐった。
 
「こんにちは、エレン」
「こんにちは、お姉さん」
「おや、エレン。 さっき村長が大変なことになってたけど、あまりイジメるんじゃないよ」
「酷い! 俺は関係無いよ!」

 好意的な笑顔で話しかけてくれる人々に、明るく言葉を返しながらエレンは自宅へ歩を進める。
 やがて人通りの少ない場所に差し掛かかると「うーん」と伸びをして澄み渡る空を見上げ、そのまぶしさに目を細めた。

(ああ――退屈だ)

 ◆

 エレンは虚無主義者にして享楽主義者である。
 彼の全ての思考は、『この世の全ては無駄であり、無意味である』という前提の上にある。
                                    
 生きて、繁殖して、死んで、そこに何の意味がある?
 無駄無意味無価値。 滅ぼうと滅ぶまいとどちらでも構わない。
 無駄でしかないことに、価値を見出す人間たち。
 無様で、愚かで、だからこそ――面白い。

 今を楽しむためなら何を犠牲にしても良い、面白ければ何でも良い。 何かきっかけがあったわけでは無い。 ごく自然にそんな考えにいきつき、エレンの人格はそんな価値観によって形成され、それ故に破綻していた。

 自宅に着き、無駄に立派な木製の門を押し開いて敷地内に入る。
 中はしんとしており、人の気配は無い。 休みの日だから当然だ。
 しかし、踏み石の上を歩いて引き戸を開け、家の中に入ると奥から女の声が聞こえた。

 面倒であるが、帰宅したことは伝えなくてはならない。 父親の自室が近づくにつれ、肉を打ち付ける音と女の嬌声がはっきり聞き取れるようになったが、特に何か思うでもなくエレンは部屋の障子を開けた。

「ただいま」
「ふぇ!? あっ……きゃあっ!」

 エレンの父親と絡み合っていた花屋の娘が慌てて身体を隠そうとしたが、父親が動きを止めないため無駄な努力に終わった。

「ち、違うの、エレン君、これは――ああんっ」
「言い訳しなくても、大丈夫だよ~。 どうせ相手はお姉さんだけじゃないし。 でも父さん、母さんの命日まで……よくやるね~」
「えっ――ひぁっ……ま、待って……あああっ」
「……」

 父親は無言でエレンをちらりと見やり、そのまま目を逸らした。
 エレンはしばしの間、まるで娘が野獣に貪り喰われているかのような光景を眺めながら父親の言葉を待ったが、父親が何も言わないことが分かると肩を竦めて「じゃあ俺は部屋に戻るから、程ほどにね」と言い残し父親の部屋を後にした。

 ふと、脳裏をお気に入りの殺戮勇者の物語が過った。

(殺戮勇者。 哀れな呪われた勇者)
(彼女は本当に呪われていたのかな?)

 鼻歌を歌いながらエレンは歩く。

(彼女が封印された後、帝国は戦争を始めた。 黒の勇者は前線で戦い、多くの国を征服した)
(彼女の母親は聖母と祭り上げられ光神教の光皇として贅沢の限りを尽くした)

 学校では、黒の勇者のその行いについて悪い国を倒して世界に繁栄と平和をもたらしたと教えているし、聖母は光皇として世界中に救いを齎したと教えている。
 しかし、エレンは正しくその本質を見抜いていた。

(魔王を討伐したって平和が訪れないことに彼女は気づいたのかもしれない。 殺戮勇者が自分の意志で人類を滅ぼそうとしたとしても不思議は無いな)
(あーあ……彼女が生き返れば、もう少し世の中が面白くなると思うんだけどなぁ)

 千年前の人々が聞けば卒倒するようなことを考えながら冷たく冷えた木の廊下を歩いていたエレンは、微かに、誰かに呼ばれたような気がして立ち止まった。

【Q.《殺戮勇者》を合法投棄場へ投棄しますか? →Yes/No】 
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