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星の輝き

作者:霊亀
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第19局

 ネットでのsaiと塔矢アキラの対局は、序盤の布石を終え、中盤に差し掛かっていた。アキラの表情は真剣そのものだった。

-強い!進藤に敗れた時以上に高い壁を感じる!これは…、進藤ではない!?

 パソコンの画面に、研究会に来ていたほかのプロ達の視線もまた集中し、その内容に驚愕していた。

「ちょっとこっちに並べてみよう」

 そう緒方は声を掛け、碁盤に二人の対局を並べはじめた。

「なるほど、これがsaiか」
「これだけ打てるのなら、騒ぎにもなりますよね」

 まさに、噂に恥じない、プロレベルと言っていい対局だった。


 対局は、アキラが明らかにsaiに押されていた。だが、アキラとしても、このままsaiの思うがままに打たせるわけにもいかない。

-この一手で白の眼形をおびやかす!
 
 アキラは自身の気持ちを奮い立たせるように気合を入れて、勝負手を放った。
しかし、次の瞬間、アキラは背中に冷や汗を感じた。saiはその勝負手をもあっさりとかわしたのだ。

 その時だった。アキラはsaiのその着手に、既視感を感じた。
 
 そう、忘れもしない。進藤ヒカルとのあの対局が、アキラの脳裏に思い起こされた。


-今のは…、まさか!

-この強さ。ネットの強兵達を次々と蹴散らしたと聞くこの強さは、確かに以前の彼と似ている。

-だが…、進藤ではないと強く感じるのも、間違いない…。


 先ほどのアキラの勝負手をきっかけに、saiの白石が、アキラの中央の黒石を逆に攻め立てはじめた。アキラの表情が硬くなる。


-形勢は…、まだ戦えるのに…。か…、勝てる気がしない…。

-しまった!左辺の白の頭を叩くのが遅れた!

-これでは!中央と左、両方しのぐのは苦しい!

 しばらくして、アキラの手が止まった。


-中央の黒には…、もう生きがない…。なんとかしのいだ左辺もかろうじて生きただけに過ぎない…。


 アキラは投了した。


 後ろでは、真剣な表情で緒方たちが盤面を見ていた。

「塔矢アキラが手玉にとられるとはな」
「いや、これアキラはしっかり打ててますって。大事なところでしっかり考えてるし、力強い打ち筋だし…」

 緒方の言葉に、芦原が反論するものの、その言葉にも力がなかった。

「アキラ君の手が悪かったとは言っていないさ。俺とてはたしてどうか…。皆が騒ぐのも無理はない」


 塔矢行洋もまた、真剣な表情で盤面を眺めていた。

「力のほどはうかがえる。だが、この一局は、アキラの読みの甘さが敗因」

 行洋はそういいながら、中盤に打たれたアキラの勝負手まで盤面を戻した。
 アキラを含めた周囲の視線が集中した。

「ここでの勝負手は明らかに失着だった。この白は一見するほど弱くはない」

 さらに数手盤面を戻した。

「私ならこの時点で上からかぶせる。上辺の石を捨石にして、左辺を盛り上げながら中央で戦っていけば、まだ息は長かった」

「なるほど…」
「…さすが先生」

「しかし、アマとは信じられませんね、先生。まぁ、こんなところにプロがウロウロしてるというのも確かに変ですが」

 緒方の言葉を受けて、芦原が続けた。

「JPN(日本)とありますが、どこまでホントでしょうねー。とにかく、インターネットは闇の中ですからねぇー」

「しかし、子供ではない」

 緒方は断言した。

「子供の打ち方は粗い。どんなに素質がある子でもミスが出る。だが、saiの打ち方はどうだ。この練達さは。まさに、長久の歳月を思わせる!」

 その言葉に、周囲は沈黙に包まれる。明らかにプロレベルの力を持つ、謎の人物、sai。果たして自分はこの相手に勝つことが出来るのかと、各自が自問した。
 
 
 そして、その沈黙を破るために、最初に動いたのはアキラだった。

 空いていた碁盤の前に座り、さらに隣から一つ碁笥を取ると、声を掛けた。


「今からある一色碁を並べます。皆さんの意見を聞かせてください」

 アキラはゆっくりと石を打ち始めた。
 あたかも今、勝負をしているかのような、真剣な表情で。

 アキラの言葉に驚きつつも、周囲のプロ達も盤面に集中した。
たとえプロとはいえ、一色碁となると少し気を抜くだけで碁がわからなくなってしまうのだ。

 だが、進んでいく盤面に、思わずうなり声が上がる。

「これって、さっき話しに上がったやつですよね…?」
「うわー、俺こんなの打てるかな…」

 行洋もまた腕を組み、厳しい表情で盤上を見つめていた。
アキラが打つ、白の石音が続く。


 最後に中央への覗きを打ち、アキラが手を止めた。

「ここで僕が投了です」


 しばらく、沈黙があたりを支配した。今並べられた一色碁。
これは、明らかに、先ほど話になった、アキラ君と進藤ヒカルとやらの対局だろう。

 だが、しかし、本当に子供にこれだけの碁が打てるのだろうか。


 芦原が沈黙を破った。

「最後のこの手はシビレますね。ここにきての切断ですか…。まったく読めてなかった…」
「ここまで打てる子供がいるんですか。たいしたものですね。ですが…、saiともまた違うような…」

 緒方が言葉を続けた。

「確かに、一色碁というのを差し引いても、saiの碁とは印象が異なる。しかし、ここまで強いアマがごろごろしてるって言うのもまた違和感を感じるな…」
「そうですよねえ…」


「まあ、いい…」
 行洋の言葉に、皆の視線が集まった

「saiや進藤君がこれほどの打ち手であるのなら、遅かれ早かれ、いずれは我々プロの前に現れることになる」

「であれば、我々のすることはただひとつ。プロとして、その日を待ち受けるだけだ。彼ら以上の腕をもって」


「そうですね、いかに強いとは言え、我々プロが早々アマチュア相手に負けるわけにもいかない。そうだな、芦原!」
「何でそこで僕に話を振るんですか、緒方さん!分かってますよ、僕だってプロなんですから!」
「アキラ君に時々負けてるお前が、威張って言える台詞じゃないな」
「あ!そこでアキラを引き合いに出しますか!緒方さんだって、アキラが相手じゃ全勝ってわけじゃないじゃないですか!」
「俺のは指導碁だからな。お前の真剣勝負と一緒にするな」
「えっ!?いやっ、そのっ、僕だってもちろん指導碁ですよ!!」


 そういって騒ぐ芦原たちを横にして、アキラは先ほどのsaiとの対局を思い返していた。
 
 胸の奥から湧き上がる、焦燥のようなほのかな疑念とともに。
 
 

 
後書き
誤字修正 眼系 → 眼形 
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