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雨の西麻生

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第一章

             雨の西麻生
 宮坂悠悟と渡部章は八条百貨店東京支店の店長と副店長である、この二人の関係は只の店長と副店長というだけではない。
 高校時代は野球部でバッテリーを組んでいた、宮坂がピッチャーで渡部がキャッチャーだった。そして同じ大学の同期である、しかも八条百貨店でも同期入社だ。尚且つ。
「ええと、店長さんの奥さんが副店長さんの妹さんか」
「それで副店長さんの奥さんが店長さんの妹さんか」
「つまり副店長さんは店長さんの義理の弟?」
「いや、義理のお兄さんだろ」
 この辺りのことをだ、店員達はよく話した。
「副店長さんは店長さんの義理の弟さんか」
「だから義理のお兄さんだろ」
 お互いの妹を妻にしている、それでだ。
 この辺りの関係が複雑だった、それもかなり。
 宮坂の妹の幸子は渡部の妻で渡部の妻の理恵は宮坂の妻なのだ。お互いの妹を妻にしているので二人の関係はただの親友同士てはなくなっていた。
 それでだ、二人もお互いに笑ってよくこう言っていた。
「やあ義兄さん」
「こんにちは義兄さん」
「妹は元気かい?」
「あいつは楽しくやってるかな」
 お互いに義兄であり義弟だ、この二人の関係はまさに人生においてもバッテリーだった。妹同士の仲もよかった。
 しかもだ、これに加えて。
 二人共かなりの妹思いだ、それで何かとだ。
 それぞれの妹に直接会って何かと話していた、公私共に渡って。
 このことは若い頃からだ、とにかく二人の関係はかなり親密だった。もっと言えば四人同士の関係がそうだった。 
 幸子と美奈代もまたお互いに義姉であり義妹だ、それで余計に仲がよかった。だがこの関係に大きなヒビが入ることになった。
 店内である噂が流れだした、その噂はというと。
「えっ、店長さんの奥さんが?」
「そう、美奈代さんがね」
 彼女が、というのだ。
「誰か男と会ってるらしいんだよ」
「ちょっと、それ浮気!?」
「不倫!?」
 その話にだ、店内は水面下で騒ぎだした。
「尋常じゃないな」
「店長さんの奥さんが不倫って」
「そりゃまずいだろ」
「相手誰なんだ?」
「一体何処の誰なのかしら」
 この噂に誰もが不倫独特の危険さを感じていた、しかも。
 渡部の妻である幸子にもだった。同じ噂が出ていた。
「副店長さんの奥さんもか」
「幸子さんもって」
「何処かの男の人と密会」
「喫茶店で一緒にいたとか」
「それってやっぱり」
「副店長さんの奥さんも」
 彼女も、というのだ。
「不倫してるの」
「男の人と密会」
「店長さんと副店長さんの奥さんがそれぞれって」
「八条百貨店東京支店はじまって以来の不祥事じゃない」
「不倫は駄目でしょ」
「特に店長さん、副店長さんの奥さんになると」
「洒落にならないだろ」
 こうひそひそと話すのだった。
 そして相手は何処の誰なのか、その話にもなった。
「若い愛人?」
「ホストクラブ?」
「行きつけのスポーツジムのインストラクターじゃないの?」
「お二人共スポーツジムに通っておられるし」
「いや、百貨店の誰かか」
 色々なケースが考えられだした。
「取引先の人とか」
「お家に出入りしている人とか」
「何か候補多いな」
「店長さん、副店長さんともなるとお家に出入りする人も多いし」
「ホテルの一階のお店とかバーで会ってるらしいし」
「本当に何処の誰?」
「一体」
 そのことも謎だった、噂はどの様な壁を設けてもすり抜けて広まるものだ。しかもその広まる速さは光の如くだ。 
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