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ボロボロの使い魔

作者:織風
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『優しい人』

春の使い魔召還の儀式

色々、納得いかない部分はあるものの、彼女は人生初の魔法をその日成功させた
もう『ゼロ』とは呼ばせない
そんな、記念とも呼べる日の晩の自室にて

「あんたは私の使い魔になるのよ!」
「ふざけるな!」

彼女は、召還した男と怒鳴りあっていた


第二話『優しい人』



男は、やはり平民なのだろう
しかも相当など田舎に決まっている
着ている服も見たことないし、所々に穴があいている買い替える金もないのだろう
そして何よりコイツは貴族である自分に態度がまるでなっていなかった、私は使い魔の平民にさ え貴族として認めさする事が出来ないのか
そんな、勝手で卑屈な被害妄想がルイズをイライラさせていた


時間を少し遡る

初めて成功した魔法に狂気乱舞した彼女は迷うことなく、召還され気を失っていた男にコントラ クトサーヴァントを敢行、これも見事に成功させたルイズはまさに有頂天だった
ルーンが刻まれる痛みで、その男が目を覚ますまでは。

「…どこだ?…ここは…」

低い、深みのある声だと思った。

「ここはトリスティン魔法学院よ、そしてあんたは、この私の使い魔になるの」

あまりにも一方的なその言葉を、突然召還された男が理解するはずもなく、彼の目はぼんやりと 周囲をさまよっている
年の頃は二十台後半だろうか
今、困惑顔をしているその顔は目鼻筋がハッキリとしており、なかなかに整っているといえた
取り敢えず、見た目はまぁまぁと言った所だ
心の中で評価を下す
そして、改めて自分が主である事を告げようとしたその時


「…な、なな?」
「ん?何よ」
「…月が二つだと…!そんな馬鹿な!?」

明らかに男がうろたえる

「何、当然の事いってるのよ。月は昔から二つじゃない?」

すると、彼は突然叫んだ
端正な顔を歪め、かなりの勢いで

「何言ってんだ!ふざけるな!」

その後
ルイズが説明する言葉の数々に、彼は、この台詞を繰り返し続け、そしてそれは半ば強 引に自室へと彼を連れて帰り、今に至るまで続いている

一体なんでこんな頭の悪い平民が召還されてきちゃったのよ!
何時間も続く平行線の問答
ぼんやりとしてきた頭でルイズが考えていたのは、自身の使い魔に対する不満だけだった
実の所
召還当初、平民を呼んでしまったという事態を、あまり彼女は気にしてはいなかった
勿論、大物を狙い、この日の為に苦労してきたのだ
全く不満が無いと言えば嘘になる
だが、兎にも角にも成功なのだ
その事実は、例えドラゴンでも平民でも変わらない
彼女は自分を長年苦しめていた『ゼロ』の悪名を打ち消す事ができたのだ
その一つだけでも努力の甲斐があったとルイズは思える そして、理由はもう一つ
コントラクトサーヴァントを行う際に、寝顔を見たルイズが彼の事を『優しそうな人』だと、直 感的に感じた事にある
彼女自身に自覚は無いのだが、その『優しさ』というものは学院に入り『ゼロ』と呼ばれ、馬鹿 にされ続けた彼女が魔法と同じくらい強く求めているものである
そんな彼女が、使い魔という、ある意味特別な絆を持つ相手に、無自覚とはいえ、それを求めようとしたのは無理の無い事であろう

しかし、現実は甘く無かった

「はぁ?異世界?…アンタ頭どうかしてんじゃないの? !」
「…!人をおちょくってるとぶっとばすぞ!!」

一切の余裕も無い顔で、異世界だのあんでっとだのと訳の分からない言葉を続ける男の姿は、ル イズが期待していた『いい人で、優しく、理知的な、頼りがいのある年長者』にはとても見えない
おまけにこの男、いい声をしている割に滑舌が悪く、今のようなテンションで話されると細 かい部分が聞き取れない、こんな頼りになりそうもない男に、自分は何を求めようとしたのだろうか
あまりの情けなさにルイズは思わず泣きたくなる
無論
客観的に判断するならば、非は当然ルイズにあるだろう 例え、誰であろうとも、突然異世界に召還され、使い魔だの、一生の下僕だのと無茶苦茶を言われ平常心で受け入れられる筈も無い
彼女とて、それを理解出来ない程に愚かな訳では無いのだが
『ゼロ』と呼ばれ続けどこか歪み を抱えたまま鍛えられてしまった『貴族としての誇り』は、その事実を認める事を許さなかった
結局の所、使い魔に過剰な期待をしていた自分がどうかしていたのだ
使い魔は召還できた、その一つだけで十分
後は自分が主として、この頼りになりそうもない男を、どうにか立派な使い魔に調教すればそれでいいではないか
そう、結論づける

「おい、 聞いているのか?」
「…煩い!」

黙り込んだ自分に呼びかけた男をルイズは怒鳴りつけた
その、閉じていた時は優しそうだと感じた目が
今、主である自分に鋭い眼光を向けているのが許せない 主としての威厳を出すべく腕を組み、腰掛けていたベッドに仁王立ちで乗っかり
床に胡座をかいていた男を上から見下ろす。

「いい!?アンタは私の…?」

その瞬間、世界がぐらつく
否、ぐらついたのはルイズ自身
何故か?その答えは簡単
彼女はずっと眠たかったのだ
この日に備え、前日の晩も遅くまで勉強していた彼女はベッドに入ってからも期待と不安で殆ど 眠る事が出来なかった
そして使い魔を召還するために何度も何度も爆風に吹っ飛ばされ続け、ようやく呼びだした男と 何時間も怒鳴りあい続けた
時間は既に深夜をとっくに過ぎている
ルイズの思考がいささか短絡的に過ぎた原因の一つに、眠気があった事は間違いなく、ひたすら ヒステリックに怒鳴り続ける事でそれを誤魔化そうとしていたのだ 偉大な主として、呼び出した使い魔の前では弱みを見せたくないために
しかし、ルイズの体は既に限界を超えていた
告げようとした言葉を最後まで言うことも出来ず体が傾く
と、同時に意識が遠くなる

「………!」

使い魔が何かを言ったような気がするがよく分からない

煩いわね…アンタのせいで私の体はボロボロなのよ!
薄れていく意識の中
ルイズの頭にあった のは、自身の無力に対する悔しさと情けなさだけだった

だから、彼女は気づく事が出来なかった
怒鳴るばかりだったその声が、自分の顔色を案じるものだった事に
頼りにならない
そうルイズが断じた男の腕が自分を抱き止めてくれた事に

ルイズは、何も知らない

『橘朔也』

その存在が
今はコンプレックスとプライド以外に何も持たない自分に多大な影響を 与えていく事を

彼女は、まだ何もわかってはいなかった 
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