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相棒は妹

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志乃「兄貴って臆病だね」

 では、回想シーンの続きでもするか。この間の俺を振り返るという意味でも冷静に考えるべき、だよな。

 高校に入学した俺は、学校生活の厳しさに早くも根を上げていた。

 朝は五時半頃に起床。飯食って竹刀持って登校。学校までは電車や自転車を使って約一時間。

 授業を挟んで、午後四時頃から練習開始。だいたい三時間ぐらいかな。時間はクラブとか部活と同じぐらいだけど、内容量が違う。今までの練習がアリぐらいちっぽけに感じたな。

 一年生だから、道場の管理とか諸々全部やらなきゃならない。道場の掃除は勿論、先輩が練習中に飲む水を汲みに行ったり、ゴミだしやゴミ袋の取り換えも全部一年生。時々先輩にパシられたりもする。

 皆で係を分担して、それぞれ毎日仕事をこなす。正直、辛かった。

 そのため一部の一年は仕事をまともにやらず、俺や他の真面目に取り組む奴らも連帯責任で先輩に叱られたりした。だいぶ腹立つんだよ、本当に。だって俺は真面目に仕事をしてたんだからな。
怒られる意味が分からない。

 しかも、そういう奴らに限って俺より上手かったりするもんだから、余計に腹が立つ。

 俺はそういう連中より剣道が上手くなりたかった。だから、自分なりに必死に毎日練習して、淡々と雑務をこなした。他の奴らがやらなかったら俺がやった。褒めてほしいわけじゃ無い。ただ、積み重ねが報われる事を望んだ。

 スポーツ推薦として入った奴らは期待されて当然だ。だけど、俺のような突然入ってきた奴は顧問や先輩に注目される事など皆無に等しかった。俺にとって、それが何よりの苦痛だった。

 俺は強くなって認めてほしかった。そして団体戦のメンバーとして一緒に戦いたかった。だから、剣道に本気で打ち込んだ。好きとか嫌いとかはもう関係無かった。

 なのに、それなのに。

 俺は知った。この世界のルールを。現実の非情さを。

 俺がどれだけ真面目に練習しようが、どれだけ真面目に仕事をこなそうが、皆は『出来る』奴を望むんだって。

 薄々分かっていた。俺は選ばれない事に。俺はいつまでも裏方だという事に。

 その後の事は言いたくない。思い出したくもない。深く考えると涙出てくるんだよな。


 「……」


 「……え?ちょっと……」


 その声に、俺は回想シーンから帰ってきた。ただいま現実。いつか滅ぼしてやる。

 と言うのは冗談にして、俺は今、妹とカラオケに向かっている……あれ、何でこんなに視界が歪んでるんだ?

 すぐ隣を見る。そこには顔が変形している妹がいた。いやいや、俺の目どうした……?

 俺は視界を確かにするために、手の甲で目を擦った。そこで、ようやく気付いた。

 どうやら俺は今、泣いていたらしい。回想シーンに浸りすぎたかもしれない。さっきの妹の声は、俺が泣いていて戸惑ったものなのだろう。

 晴れた視界に、わずかに心配そうな顔をした妹の顔が浮かび上がる。良かった、変形してない。


 「ねぇ……大丈夫?やっぱり帰る?」


 珍しく志乃が俺を心配している。今までほとんど一緒に暮らしているだけって感じだったのに、本当にどうしたんだ?


 「あぁ、悪いな、俺は大丈夫だから。カラオケ行こうぜ」


 *****

 話は数十分前に戻る。

 左腕を掴んでいたのは志乃だった。あれ、今こいつリビング行ったんじゃないのか?

 俺より頭半分程小さい妹は顔を下に向け、表情が読み取れない。こいつが何をするのかが全く予想出来なかった。


 「おい……志乃。どうした?俺に用……か?」


 言葉が途切れ途切れになってしまったのはしょうがないだろ。だって、一番予想してなかった奴から声掛けられたんだぞ。それに……


 「……とにかく、身体起こしてくれ。ここからお前を見ると、よろよろの体操服がはだけてて……」


 そう説明していた途中、俺はいきなり顔を上げた妹にアッパーを食らわされた。


 「ぐぼぁぁ!何すんだお前!」


 「兄貴の変態。妹の身体見てそんなに楽しいの?」


 誰も楽しいだなんて言ってねぇだろうが。それと、お前はぺったんこだ。楽しむものなんか無いから安心しろ。


 「今、失礼な事考えたでしょ」


 こいつ読心能力でもあるのか。


 「……で、何の用だ志乃。勉強なら教えないぞ。自称『保健体育のスペシャリスト』のバカ親父にでも聞け」


 「兄貴に教えてもらうような事は何も無い。父さんは論外」


 ……つくづく生意気な妹だな。しかも父さん論外って……可哀想になったぞ。


 「じゃあ俺に何の用事があるんだ?」


 これはちゃんと聞かねば。俺に物事頼むとか、何年ぶりだよ。少なからずこいつが小学生の頃の話だな。

 つかマジで俺に何の用だ?何か頼まれるような記憶は俺に無いんだけど……。


 「……」


 志乃が俺の顔を無表情で見つめている。え?何も喋らないの?まじまじと見られても俺は答えを知らないぞ。


 「その、喋ってくんね?」


 こいつは、テンションマックスな性格じゃないし、アニメばっか見てる根暗な奴とも違う。ピアノがちょっとばっかし上手い、普通の女子だ。普通に人と話す、至ってまともな奴だ。

 だから、俺はこいつが黙っているこの状況を、どうすればいいのか全く分からなかった。そもそも、いつも挨拶程度しか声を交わさないのだ。その挨拶ですら、しない時とする時があるので、普通の会話をする事自体新鮮だった。

 俺は志乃の顔からわずかに目を背け、返答を待つ。それ以外に方法が浮かばなかったんだよ。
 すると、妹も自分から目を離し、階段辺りを見ながら細々と口を開いた。


 「……カラオケ、行こ」

 *****

 そして、現在に至る。

 俺と志乃は駅前にあるカラオケ店に向けて足を進めていた。そこは俺の行きつけの場所で、もう俺は顔を覚えられている事だろう。

 俺が小学六年生の頃、クラスの奴に誘われて初めてカラオケに行った。その時は人前で歌うのが恥ずかしくて、ほとんど歌わなかった。

 だが、次第に歌うのに慣れていって、今ではカラオケ大好き人間になっている。中学三年間は休みがあったらほとんどカラオケに行っていた気がする。高校に入ってからはほとんど行っていなかったが……。

 ま、久しぶりに歌ってやるか。志乃に俺の美声を聴かせてやる。いや、美声なのかは分からんけど。

 ……そもそも、何でいきなりカラオケ?


 「なぁ志乃。何でいきなりカラオケなんだ?」


 率直に聞いてみた。兄として、ナヨッとしてるのはダメな気がしたんでね。

 すると、志乃はこちらを一瞥して一言。


 「ジュース飲みたいから」


 「歌わねえのかよ!」


 思わずそうツッコむ。いや、だって歌わないんだぜ?「恥ずかしい」とか「緊張する」とか言うのかと思ったのに。「ジュース飲みたい」って、案外可愛いなこいつ。

 にしても。


 「なぁ志乃。何でお前は外に出てまで体操服なんだ?」


 そう、ピアノ少女は家でも外でも体操服を着ているのだ。胸元に名前の入った真っ白の体操服に、紺色のハーフパンツ。お前運動苦手じゃん……。


 「だって、動きやすいじゃない」


 平気な顔をしてそう言い返してくるお前はどうかしてる。少しは女子っていう自覚持てよ。


 「いや、だけどさ。知り合いにあったらどうすんだ?恥ずかしくね?」


 そこで、けっこう重要(?)な問題を振り掛ける。まさか、考えてなかったとか言うなよな……?


 「兄貴って臆病者だね」


 「臆病とか関係無くね!?つかお前が常識外なんだよ!」


 こいつ、やっぱりどこか外れてるんだよな。個性的で良いっちゃ良いんだけど。……生意気なところ直せば可愛いのに。

 三月の中頃。冬の寒さは少しずつ街を去っていき、代わりに春の陽気が吹き込まれていく。夜はまだちょっと寒いけど。

 それに、花粉が飛ぶ季節だからな。俺は花粉症だから春は嫌いだ。まだ冬の方がマシに思える。

 今だって、マスクは着用しているし、コンタクトも付けている。眼、悪いんだよ。

 その時、いきなり隣を歩いていた志乃が小さく呟いた。


 「兄貴、私達ってけっこう変?」

 「は?」


 こいつ何言ってんだ?俺達が変?どこがだよ。普通に兄妹っぽいじゃん。それとも、ちゃんと兄妹に見えているかって話?安心しろ、俺は常時体操服の女の子に恋する予定は無い。


 「だって兄貴、黒のジャージにマスクはマズイでしょ。私まで目立っちゃうんだけど」


 「ちょっと待てや。俺はともかく、お前も十分人の目を引いてるからな」


 何言い出すかと思ったら、まさか俺に批判するだけだけとは。

 俺はいつも外に出る時はジャージだし。だって、私服似合わないし。ジャーいの方が安定するっつーか。

 ひとまず、まだ少し寒さの残るこの時期に半袖半ズボンの妹には言われたくなかった。 
 

 
後書き
主人公の家族は皆変人です。 
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