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女の首

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第四章

「何も。私等も見ることなく」
「そうだな。これは鬼だ」
 即ちだ、幽霊だというのだ。
「人のな」
「鬼なのですか」
「この店の前は遊郭だったのではないのか」
「はい、昔は」
 親父は王のその言葉にぎょっとした顔になって返した。
「実は」
「そうだろうな、とはいっても遊郭だった建物は潰してあるな」
 居酒屋は街の普通のものだ、どう見れもかつて遊郭があった様な建物ではない。そうした部屋もなければ女がいそうな雰囲気もない。
「ただの店だ」
「実は私の祖父が。元の頃にあった遊郭が潰れて廃墟になっていたのをどけて」
「この店を建てたか」
「そうです」
 それでだというのだ。
「それから結構経ちますが」
「そうであろうな。あの女の首は当朝の最初の頃の服だ」
「元の頃ではなく」
「おそらく遊郭は当朝の最初の頃はまだあったと思うが」
「はい、しかし親父が娼娘達を連れて都に行きまして」
「永楽の帝の時にだな」
「左様です」
 明は都が一度移っている、南京から北京にだ。永楽帝が甥を倒して己が皇帝になりそこで遷都したのである。
「その時にもう」
「それだ」
 王はここまで聞いて言い切った。
「その時の女だ、おそらくこの店の者で随分好色だったのだろう」
「好色ですか」
「その女も」
「色を好むのは男だけではない」
 王はここでこう言うのだった。
「女もだ」
「そういえばそうですね」
「助平な女もいますね」
「浮気する女もいますし」
「うちの女房なんか夜はもう獣みたいで」
「うちのもだよ」
 徐も親父も他の者達もここで話す、女の色について。
「時には朝までとかな」
「その次の日が辛いよ」
「女の色好みも凄いのは凄いからな」
「何処にそんな欲があるのかって」
「一度咥えたら離さないって感じでな」
「凄い女は凄い」
「全くだよ」
「そういうことだ、好色であるのは男だけではないのだ」
 女もだというのだ。
「そしてこの女はおそらく遊郭で働いていたのだろう」
「娼娘でなくですか」
「働いていた女ですか」
「化粧が違う」
 そのだ、娼娘とだというのだ。
「娼娘はより艶やかだ」
「そういえば確かに」
「あだっぽいですが娼娘程ではないですね」
「あそこまではいきませんね」
「どうにも」
「そうだ、しかし遊郭ではいつも何処かで男と女が交わる」
 それが店でやることだから当然である、むしろそうしたことが行われない遊郭なぞある方がおかしいということになる。
「この女はな」
「あっ、また出て来ましたね」
「再び」
「遊郭の壁に穴があってそこから交わりを覗くことが多かったのだろう」
「それで、ですか」
「死んだ今も」
「そうだ、鬼になってもな」
 首だけのそれにだ。 
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