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【IS】何もかも間違ってるかもしれないインフィニット・ストラトス

作者:海戦型
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闖入劇場
  第八二幕 「日常に潜む命の危機は案外しょうもないもの」

 
白い、白い場所だった。足元には嫌悪感を催すような汚泥の如き黒がただひたすらに広がっており、そこにぽつぽつと存在する真っ白な椅子が3つ、三角形を描いて並べられていた。そのうちの一つに座っている男、織斑一夏は、しばらく時間を置いてのち、自分がどこか見覚えのある場所にいることを自覚した。
ここは、そう。一度来たことがある気がする。夢の中で、一度――。

「よう。ようやく目ぇ覚ましたか。いや、お前(おれ)の尺度ではむしろ寝たって言った方がいいのかな?」

はっと声の方を向く。場所は右。そこに、鏡の前でしか見たことのない顔があった。余りにも不自然な光景にしばし言葉を失うが、やがてその顔が下卑た笑みを浮かべていることに気付く。こいつは、そうだこいつは。自分に箒を殺すよう囁いたそれと同じであることを思い出した一夏は激昂する。

「お前!よくもあの時は・・・!」
「まぁそう言うなよ。俺もあの時はちょっとばかし気が立ってたんだ。お前(おれ)の情けねぇ体たらくにも苛立ってはいたが、あれはちょっと俺の趣味じゃなかった。反省してるよ」
「趣味とか言う問題かよ!もしも箒があれで怪我してたら、俺はお前を許さねぇぞ!!」

勇ましく切った啖呵だが、俺の顔をしたそいつは気にした様子もなく、むしろ口笛を吹いて可笑しそうにしている。自分の顔でがこれほどまでに腹立たしく感じる事はない。今すぐ自分の顔を潰して別の顔に取り換えたいほどの不快感だった。

「ひゅー♪かっこいいねぇ!あの負け犬思考よりはそっちの方が何倍かマシだぜ?ありゃ見てて純粋にイライラするだけだしな。よっ、男前!!」
「おちょくってんのか!!」
「ははっ!・・・まぁお前は良いさ。問題はそいつだ」

そこで気味の悪い笑顔から明確な苛立ちへ表情を変化させたそいつは、もう一つの椅子に座る男を顎で指した。少し渦を巻いた銀髪。真っ白い肌。小学生かと疑うほどに小柄な体躯。それもまた、見覚えのある顔だった。

「・・・ベルーナ?」
「見てくれで判断すんなよ、お前(おれ)。そいつは此処にいるべきではない存在だ。不愉快で(おぞ)ましい。見ているだけでイライラしてくる無粋な存在だ」
「・・・・・・」

ベルーナは何も言わない。ただ、目の前を見つめている。一夏は本格的に今という状況が読めなくなってきた。あの苛立たしい存在は一体なぜベルーナに敵意を向けているのか。そも、こいつは何なのか。ベルーナは何をしにここへきているのか。

やがて無言の睨みあいに変化があった。ベルーナはゆっくりと手をあげ、指であいつを指さした。

「お前は一夏ではない」
「ハッ!違うね、俺は一夏だ!」
「何も分かっていない。お前は一夏ではない」
「なぁんにも分かってねぇのはそっちだろう?俺は一夏だ。横のこいつも一夏だ!ニセも間違いも入り込む余地はねぇんだよ!!」
「それでも、一夏ではない」
「このヤロっ・・・!!」

無表情のまま淡々と喋るベルーナに、あからさまに気分を害したあいつが反論する。明らかに2者の争いは平行線を辿っていた。

「大体てめぇは何だ!?ここに他人は “あのくそガキ”しかいないんだよ!!それを勝手に入ってきて我物顔か!?不愉快だ、ここが現実ならお前のその細い首をへし折ってやりたいくらいにな!!」
「こちらは一夏を知っている。お前は一夏ではない」
「気味が悪いんだよ・・・お前の言う“一夏”はよぉ!!今ここで思考して行動して一夏と呼ばれているのは“俺達”だ!!てめぇがでしゃばるのは筋違いなんだよ!!」

本気で人を殺しそうな剣幕で額の血管を浮かび上がらせるあいつと、それでもなお顔色一つ変えないベルーナ。あれは本当にベルーナなのだろうか?毅然とも無感情とも取れるその姿はまるでそう、別の誰かがベルーナの身体を動かして喋っているようだ。そんな俺の視線に気付いたあいつがこちらに顔を向ける。

「言っただろうが、見てくれに騙されんなって。見た目はカワイク見えてんのかもしれねぇが、こいつは――」



 ――ふたりとも(かえ)って。(いちか)を惑わせないで。



矢張り、何度か聞いた事のある声だ。確かあいつに体を動かされてたあの時は、この声に助けられた。声を聞いたあいつは心底不満そうにではあるが、渋々と言った態度で背もたれに身を投げた。

「けっ。いつかはぶつかる壁だろうに、相も変わらず過保護だねぇガキんちょよぉ?まぁいいさ・・・そいつも纏めて締め出すんなら文句は言わねぇ」
「・・・・・・」

何も言えずに傍観するしかなかった俺の意識が急速に遠のく。抗いがたいその流れに呑み込まれる直前、ベルーナの姿をした少年と目があった。

「――――」

こちらを指さして何かを言っているが、俺にはもうそれが何を言っているのか判別がつかなかった。



= = =



「・・・あー、今何時だ?」

とても悪い夢を見たような気がした。
まだ朝早くで気だるい肉体を起こして顔を洗うために立ち上がる。隣を見ると既に箒は目を覚ましていたのか朝練用のジャージに着替えて何やらやっていた。普段ならたたき起こされるのに、珍しい事もあるなと思いつつ声をかける。

「おはよう、箒。なにやってんだ?」
「ああ、おはよう一夏。いやな、今日少し出かける用事があってな・・・」
「へー。例の先輩とのデートとかか?」
「そそそそそそそそそのようなアレではないぞ?全然決して違うぞ?」

虚勢を張る前にそのロボットの様なカクカクした動きを直してはどうか、と他人ならば思う所だが、この男は一味違う。そんな挙動不審になった箒を訝しげに思いつつも、真相に気付かず「ま、いっか」の一言で片づけてしまうような超絶鈍感人間なのだだ。
他人の色恋沙汰では多少勘が利くかと言えばそう言う訳でもない一夏は、その話題を盛大にスルーした。

馬鹿な奴で助かった、と箒はそっと手に持っていた服を一夏の見えない位置に置いた。
実際には一夏も今日、事実上のデートなのだが。



 = =



浅く息を吸い込み、浅く吐き出す。ここ最近はすっかり慣れてしまったこの緊張感に身をゆだね、ひたすらに集中する。零拍子に到る為の下積みはまだまだであったが、毎日の鍛錬は決して無駄にはならない。天才を自称するジョウさんでさえ鍛錬は絶対に怠らないのだから、この毎日の積み重ねは本当に大事なものだと実感できるだろう。

剣術は抜身の日本刀。ほんの少し手入れを怠っただけでも錆び付いてその輝きを曇らせる。努力を続けずともベストパフォーマンスを発揮しているファンタジーのキャラは嘘っぱちだ。

「始め!」

箒の宣言と共に対戦相手のラウラがすり足で前へ出る。竹刀同士が相手の喉元を狙うように構え――。

「はっ!!」
「ふっ!!」

間一髪で面狙いの一振りをいなす。ついで二撃、三撃。どちらも剣道をかじって一か月もたっていないとは思えない速度だが、どこか狙いがスポーツチャンバラに近い印象を受ける。それは実戦を想定してならば決して悪い事ではない。エネルギー刃ならば力が籠らずとも当たればよい。IS戦は地に足付いた戦いを出来ない事も多いのだから当てるという行為は重要になる。しかし、剣道ならばそれは悪手だ。
チャンバラとは踏込の重さと速度が違う。恐らくこの手の武器の扱いに慣れていないのだろう。間合いは取れているようだが、そんな素人に負けていてはそれこそ姉に叱られる。――四撃目は振りが甘いな。そこだ。

「やぁぁぁーーッ!!」

力の流れに逆らわず最低限の動きで竹刀を弾き、間を開けず深く踏み込んで面を叩いた。すぱぁぁぁん!と小気味のいい音が剣道部の道場に響き、一瞬遅れて箒の白い旗が揚がる。一本、俺の勝ちだ。



「いやはや、勝てんな」
「当然だ。経験の差が違うからな・・・それに一夏とて県大会に出る程度の腕はある」
「おぉう、俺の腕は今その辺なのか・・・」

面を外して一息つくラウラの呟きに、現在この3人の中で最も剣道が強い箒が返答する。一夏としてはこの学園に入って相当力をつけたつもりだったのだが、箒の目から見ればまだまだ未熟者のようだ。それもしょうがないだろう。一夏は子供の頃から剣道をやっていたが、中学に入ってからはバイトに精を出してやっていなかったのだ。少なくとも残間兄弟との組手で立ち回りは鈍っていないと思っていたが、それは小学校時代からあまり進歩していないという意味であることに気付いたのはごく最近だった。

一夏はまだまだ弱い。模擬戦でも勝ち星を取れることは殆ど無く、今だ黒星が多いのが現状だ。加えて最近はユウの風花のパワーアップに、つららの専用機の話まで持ちあがっている。白式のスペックを十分に引き出せていない今のままでは、千冬を護るという目標どころか自分の身さえ満足に護れないだろう。

(もっと強く。もっと早く・・・焦ってもしょうがないのは分かるけど、やっぱり悔しいんだよなぁ)

ここ数年忘れかけていた“勝利への渇望”。最近一夏の心に復活したその炎が、僅かながら一夏の心を焦がし始めていた。
ふと、時計を確認した箒が眉を顰める。時計の針は7時半を過ぎを指していた。

「どうした、箒?」
「いや・・・すまんが私は一足先に上がらせてもらうぞ」
「ああ、あれか。外に出かける用事があるんだっけ?」

何の用事か一夏は知らないが、朝早くから準備をしていたということはそれほど時間に余裕は無いのだろうと推測する。当の箒は「お前は何を言っているんだ」とでも言うかのように――。

「・・・お前も行くんだろう?鈴と」
「・・・・・・」
「・・・?お、おい織斑よ何だその沈黙は?」

突然のフリーズにラウラが疑問を呈すが、この瞬間既に箒は一夏の脳内で何が起きたのかを悟った。こいつ――罰ゲームの件をたった1日で忘れおったのか!?そしてたった今思い出した・・・そんな顔だ!
果たして、箒の読みは正解だった。次の瞬間、一夏の額から夥しい脂汗が浮き出る。

「集合時間8時だったの忘れてた・・・!やべぇ、殺される!?」
「い、いや!まだだ!今から走って部屋に戻ればギリギリで・・・!」
「急げ一夏!鈴のことだ、待ちきれずにもう集合場所でもじもじしてるぞ!!」
「何でか知らんがその姿すっげぇ想像できる!?」

危うくこのデートに状況を持ち込んだ協力者二人がデートの邪魔をする結果になりかけたが、辛うじて準備の間に合った一夏はかなりギリギリで待ち合わせの時間に間に合ったという。なお、流石の一夏も鈴の「全然ぜんぜ~ん待ってませんよ~~~だ!!」の一言に彼女の心情を察したらしい。
俺、今日どれだけ貢がされるんだろうか?と不安になりながら、不機嫌半分嬉しさ半分でこちらの手を引く鈴に為されるがまま歩く一夏であった。
 
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