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東方虚空伝

作者:TAKAYA
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第三章   [ 花 鳥 風 月 ]
  三十九話 交差する風

 陸地から遠く離れ人など寄り付かない、否荒々しい波により寄り付けない面積2117坪(約7km²)程の孤島。そんな島に大き目の砦が建っておりその砦の周囲を妖怪や武装した人間が見張りに立っていた。
 砦の一室、部屋の中央に長机が置かれ部屋の彼方此方に様々な装飾品が飾られており奥の方に備えられている豪華な長椅子に一人の人間が腰かけ頭を抱えていた。
 頭を抱えているのは菊池殿朗、七枷神社に幽香の討伐依頼を嘆願に来た商人だ。彼は今立場と居場所を追われ彼らが交易所と呼称する施設の一つに身を潜めているのだった。
 彼の頭の中に流れる思考は「どうしてこんな事になったのか?」という疑問だけである。全てが上手くいっていた筈だと、何の問題も無かった筈だと、本人には真っ当な、彼に迷惑を被った者達からすれば身勝手な疑念。
 百鬼丸と組んでから彼の商いは順調だった。他の者には出来ない取引や商品の調達が可能になった為だ。その代わり百鬼丸に媚びへつらい献上品等を送ったりしなくてはならなかったがそれを補って余りある利益を手にする事が出来たのである。
 そんな折、都から離れた森の中に黄金の花畑が在るという噂話が流れ興味本位でその場所を探索させるとその花畑に自分の所から逃げ出したさとりが居たと報告がきた時は歓喜した。加えて使い物にならなくなっていたこいしも元に戻っていると聞いた彼はすぐに部隊を編成し二人の確保に向かわせたが幽香によって全滅させられてしまう。
 それから何回か花畑に部隊や陰陽師や倒魔師等を送ったが(ことごと)く返り討ちに遭い諦めかけていた時、百鬼丸から協力の打診がきたのだ。あの花畑は上等な霊地であり百鬼丸はその霊地を手に入れたいと。
 当初の計画では七枷神社の神を幽香に(けしか)ける筈だったのだが百鬼丸が独自に何かしらの方法で幽香に七枷の郷を襲撃させたのだ。結果的に目的を達する事が出来たと思いその時は安心していたのだがさとり達を捕らえた筈の交易所から連絡が途絶えたのを皮切りに各地の交易所が次々に潰されていった。
 しかもそれを行っていたのが大和の神々だと知った時殿朗は震え上がり気が気ではなかった。そして遂に堪えられなくなり他の交易所には秘匿されていた百鬼丸専用の此処に逃げ込んで来たのが昨日の事だ。

「ちくしょう!何故わしがこんな目に!……さとり達を取戻せ無かったのは心残りだが命には代えられん。熊襲(今の九州南部)まで逃げれば大和の神も追ってはこれまい」

 熊襲の国は大和に敵対している国であり過去何度も大和の侵攻を防いでいた。故に熊襲の国は大和の手が伸びない唯一といってもいい場所なのだ。
 殿朗がこれからの計画を考えていたその時不意に外が騒がしくなり怒声や金属音が聞こえてきた。

「な、なんだ?おい!何かあったのか!誰か返事をせんか!」

 殿朗が扉に向かって叫ぶとその扉を開いて一人の小柄な少女が部屋へと足を踏み入れてくる。目玉の付いた市女笠(いちめがさ)を被った金髪の少女、その少女を目にした瞬間、殿朗は勢い良く後ずさり逃げようとして部屋の隅へと転がるように移動するがそんな所に移動しても逃げられる訳も無くゆっくりと振り返ればすぐ後ろに少女が立っていた。

「失礼しちゃうなーもう!あたしを見ただけで逃げる事無いじゃんかー!」

「な、な、な、な、何故此処に居るのですか洩矢様!この場所に関する資料は他の交易所に置いていなかった筈ですぞ!」

「あんたっておめでたいね~――――あんたが此処まで案内してくれたんじゃないか」

 諏訪子の言葉に殿朗は唖然とした。つまり自分は最初から泳がされていた、と言う事なのかと。

「喧嘩を売った相手が悪かったねー、うちの虚空は性悪だからあんたにわざと手を出さずに放置してたんだよ、そうすれば勝手に巣穴に逃げ込むからって」

 諏訪子は顔に笑みを浮かべ殿朗にはゆっくりと近付きながら右手を伸ばす、その手には闇よりも暗い黒が立ち昇り見るものに恐怖心を植えつける。その黒を見た殿朗は腰を抜かし壁を背にその場にへたり込んだ。

「わ、わ、わ、私はひゃ、百鬼丸に脅されたのです!私の本意では無いのです!信じてください!全てはあの鬼の企みで私は被害者なのです!私は善良な商人なのです!」

 涙を流しながら懇願してくる殿朗を諏訪子は冷たい視線で射抜きながら呟いた。

「へぇ~そうなんだー、鬼に脅された善良な商人は女の子をおもちゃにしたり道具みたいに売り払ったり、気に喰わない相手ってだけで一家諸共焼き討ちにしたり、騙して金を貸し付けた相手が返済出来ないからって獲物代わりに狩りをして楽しんだり、ただの快楽で人を石柱に括りつけて池に沈めてそれを肴に酒を飲んだり、小さな村を隔離して禁薬の実験場にしたり、するんだー!凄いねー!」

 諏訪子は台詞が終わった瞬間、殿朗の顔面目を右足で蹴り払い、その蹴りを受けた殿朗は側面の壁に叩きつけられ無様に鼻血を流した。

「いい事教えてあげる、あんたにもう戻る場所は無いよ。あんたが此処に逃げ出した後、あんたに関係する場所全て潰してきたから。あんたの悪行は全部ばれてるしそれに……神に喧嘩売って無事で済ます訳がないでしょう?」

 歯でも折れたのだろう、殿朗は口を押さえながら顔を真っ青にして震えており、そんな殿朗に諏訪子は躊躇無く手を伸ばした。
 砦の一室に聞くに堪えない悲鳴がこだます。




□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■




 あたしが部屋から出ると丁度此方に来ていた月詠と出くわした。

「おい洩矢今の悲鳴は何だ?まさか…」
 
「死んでないって、ちょっと脅したら情けない悲鳴上げて気絶しただけ」

「ならいい、奴にはまだ喋ってもらう情報がある筈だからな」

 そう言うと月詠は後ろに付いて来ていた者達に合図を送り、その連中は扉を開け部屋へと入っていった。恐らく殿朗を拘束しにいったのだろう。

「あんたが此処に居るって事は外は片付いたの?」

「所詮は有象無象だ、相手にもならん。百鬼丸の一派でも居るかと思い念を押してきたんだがどうやら外れた様だ。それにしても洩矢、どうしてお前が来たんだ?七枷が来る予定だっただろう?しかも開始時間ギリギリに来て」

 月詠の言う通り今回の作戦は虚空が来る筈だったのだが急遽あたしが行く、と変わってもらったのだ。理由は単純で祟り神として殿朗に罰を与えたかったから。

「う~ん只の気紛れだよ、深い理由は無いって」

 本当は祟り殺してやるつもりだったのだが虚空に絶対に殺さない事を厳命されたので脅しだけで止めるしかなかった。
 あたしと月詠がそんな会話をしている所に一人の大和の神が小走りでやってくる。

「失礼します月詠様、砦内一階部分に地下への扉を発見致しました!突入準備は整っておりますが如何致しましょう?」

「地下か…私も行こう、案内してくれ」

「じゃぁあたしも行こうかな。いいよね?」

 あたしが月詠にそう聞くと「かまわん」と一言発し大和の神と共に廊下を進んで行く。あたしはその後を追いかけ地下へと向かうがその地下で見つけたものはあたし達の予想しないものだった。




□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■




 燦燦と照りつける太陽の下、所々地面が抉れているが太陽の輝きに負けていない黄金色の花畑で僕は思いっきり伸びをする。

「お疲れ様です虚空さん!お茶どうぞ!」

 そう言って大ちゃんが緑色の液体が入った茶器を差し出してきたので「ありがとう」とお礼を言いゆっくりと口に含む。多分チルノの能力を使ったであろう程よい冷たさが身体を冷やしていく。

「あっ紫さんもどうぞ!」

 大ちゃんは僕の隣りでふてくされている紫に茶器を差し出し、紫はそれを無言で受け取ると僕を見ながら声をかけてくる。

「――――ねぇお父様、どうして私があの女の花畑の手入れを手伝わないといけないのかしら?」

「どうしてって、諏訪子が僕の仕事を取っちゃったから時間が出来て、丁度いいって事で此処の様子を確認しに行くって言ったら紫が一緒に行くって付いてきたからついでに手伝って、って事になったんだよね?」

 七枷の郷襲撃事件の後此処は百鬼丸の手勢を生け捕る為に大和の神達が結界の外で待機していた為チルノや大ちゃん達も入れなかったのだ。しばらくして百鬼丸の方も此処が罠になっている事に気付いたらしく姿を見せなくなった。
 事態が一段落したのを見計らいさとりとこいし、チルノ、大ちゃんを伴い此処にきた時、妖怪達の攻撃から生き残っていた向日葵達はの枯れる寸前でそんな向日葵達を四人は涙目で必死に手入れをしなんとか枯れるのを防ぐ事が出来た。
 それから此処はチルノと大ちゃんが面倒を見る事になり偶にさとりとこいしが手入れの手伝いに来ている。本当は幽香自身が此処に来て手入れをしたいと、言ってきたが条件を満たすまで郷から出す気は無い。それは僕にとっても幽香にとっても甘えにしかならないから。

「そういえば紫の能力で元の戻せば楽なんじゃないかな?」

「“過去”と“今”の境界を操れって事?お父様だって分かってるでしょう、終わったものや解らないものに介入するのがどれだけ困難なのか。それに出来たとしても命懸けよきっと、お父様は可愛い娘を犠牲にしてまであの女を喜ばせたいのかしら?」

 紫はそう言い放つと「私怒ってます」みたいな気配を漂わせながら明後日の方を向いてしまった。

「はいはい僕が悪かったから機嫌を直してよ、紫可愛いよー愛してるよー♪」

 すねた紫にそう言ってみるのだが紫は僕から視線を外し明後日の方を見たままだ。そんなやり取りをしている僕達を大ちゃんが苦笑いを浮かべながら見ていた。

「こっち終わったよー!大ちゃーんあたいにもお茶頂戴!」

「お疲れ様チルノちゃん、はいどうぞ!」

 チルノは大ちゃんから受け取った茶器の中身を一気に煽るり大きく息を吐く。

「あっそういえば大ちゃん、虚空にあの事言ったの?」

「あの事?……あぁ!そうだったそうだった!虚空さんにちょっとしたお願いがあるんですけど」

「お願い?まぁ聞ける事なら聞いてあげるよ」

 僕の返事を聞いて大ちゃんが話し始めた。




□   ■   □   ■   □   ■   □   ■   □   ■




 森の中に剣戟の音が響き渡り森の木々に留まっていた鳥達がその音の驚き一斉に空へと飛び立つ。相手の剣戟をいなし距離を取った僕の左側面から別の襲撃者が現れ刃渡り一m、刃幅八cmの柳葉刀(りゅうようとう)を薙ぎ払って来た。
 それを前転で躱しつつ襲撃者に剣を打ち込むが相手が持っていた直径六十cm程の紅葉が描かれている盾で防がれる。
 そして体勢を起こした所に直上から風切音と共に不可視の刃が襲い掛かり咄嗟に躱すと僕が立っていた場所を深々と切り裂いき大きな斬撃の痕を作る。
 体勢を立て直そうと空へと飛び上がった僕は“何も無い空中で何やら硬い物”に勢い良く頭をぶつけた。

「ッ!?痛ッァァァァァァー!!あぁ星が見える~くらくらする~!」

 空中で一人悶えていると先程僕を襲撃してきたであろう人物達が二人同時に斬りかかって来る。

傲慢(ルシファー)

 左手に小太刀を持ち迫る二つの剣を受け止めながらこの状況になった経緯を思い返す。
 大ちゃんに頼まれたのは数日前にこの近辺に妖怪の集団が移動して来たらしいのでどんな妖怪か調べて欲しい、というものだった。
 基本集団で行動及び生活する妖怪は割りと限定される。単独を好む、そもそも単一固体、等の理由で集団行動しない妖怪の方が多いのだ。
 集団で生活する妖怪の代表が河童と天狗であり人に友好な河童と違い天狗は人どころか他の種族からも距離を置いた生活をしている。
 余談だが鬼は群れで居る者と単独で居る者で真っ二つに分かれる。単独で居る者は群れるのが嫌いというよりは単に彼方此方を自由に動き回るのが好きなだけな気もする。
 山であるので十中八九天狗だろうと思い調べに来たのだが行き成り襲われるとは思わなかった。彼らが自分達の領内に入る者に警告をするのは有名な話だ、それなのに問答無用で襲撃されているこの状況は何なのか。
 僕に斬りかかっている人物の一人は大柄な男性で白の短髪に白の口髭を生やし白い狩衣(かりぎぬ)と黒い袴を纏い手には刃渡り七十cm、刃幅三cmの白刃が握られており、そして頭には獣風の耳と腰辺りには獣風の尻尾が在る。
 もう一人は女性で白のショートヘア、白い狩衣に膝下の黒いスカート、右手に柳葉刀、左手に盾を持ちこちらも耳と尻尾を持っている。
 左右から僕を押し留めるかのようにしていた二人が申し合わせたかのように僕から離れ、直後僕の背後から直径三mほどの横凪の竜巻が襲い掛かる。
 その竜巻を傲慢(ルシファー)で創り出した五mの盾で防ぐと僕は竜巻を発生させた本人へと向け全速力で飛ぶ。
 視界に捕らえたのは赤い瞳をした黒のセミロングの女性、半袖の白シャツに膝上の黒のミニスカートを着ており手には葉団扇(はうちわ)が握られている。そして彼女の背には一対の黒い羽根がありその羽根を羽ばたかせたと思った瞬間彼女は僕の視界から消えていた。
 速いな、そう思いながら周囲に視線を送ろうとした時、嫌な予感がしてその場を全力で離れると僕がさっきまで居た場所が透き通った水晶の様になる。
 なるほどさっき頭をぶつけたのはこれか、空間を凝結させる能力って所かな?とりあえず捕まると厄介そうだ。
 僕の体制を整わせない様にする為か白髪の二人が再び斬り込んで来る。それをいなし躱しながら正直僕は迷っていた。迷っている事は彼等を攻撃するか否かである。
 襲われている以上反撃しても問題は無いのだが、何となく躊躇っている。理由は良く見ると彼等は傷だらけなのだ、彼方此方に包帯を巻き動いたせいだろう包帯には血が滲んでいた。
 もしかしたら彼らは何かに襲撃された後で僕の事をその襲撃者の仲間だと思っているのかもしれない。
 勘だけど的を射ている様な気もする、そうだとすれば彼らと戦う意味は無い。勘でそう思っているのなら僕は自分の勘を信じる事にしているので今回も勘に従う事にしよう。

「君達ちょっといいかい」

 僕は動きを止めそう言葉をかけたが向こうは問答無用で攻撃を続けきた。それを防ぎつつ僕は言葉を続ける。

「君達に僕は倒せないよ、何故なら…」

 斬り込んで来た二人から距離を取り僕は持っていた刀と小太刀を地上へと投げ捨て、両手を上げる。

「降参するから♪この通り」

 ヘラヘラ笑いながら武器を捨て両手を上げた僕を白髪の二人は唖然とした顔で眺め、僕の背後に回っていた黒髪の女性も気配で察するに戸惑っているようだ。
 そしてその場に変な静寂が訪れるが凛とした女性の声がその空気を吹飛ばす。

「どうやら此方の思い違いで危害を加えてしまった様ですね、誠に申し訳無い」

「「「 天魔様!!! 」」」

 現れたのは黒い瞳をした腰辺りまで在る朱色のウェーブロング、白の狩衣に黒の羽織、紅色のロングスカートを穿いた背中に黒い羽根を持つ女性であった。 
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