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彷徨った果てに

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第五章


第五章

「若しもよ。サッカーだけれど」
「おいおい、だから俺はそれから離れるんだよ」
「まあ聞いて。そのサッカーをね」
「ああ、それで何だ?」
 妻がどうしてもというのでだ。彼もだ。
 仕方ないといった顔になってだ。それで応えたのである。
「サッカーがな。どうしたんだ?」
「何かの形でしたいのならね」
「いいっていうんだな」
「サッカー。嫌いじゃないわよね」
 かなり率直にだ。夫に問うたのだった。
「やっぱり」
「嫌いか、好きか、か」
「そう。どっちかしら」
「嫌いになったことはないな」
 これが彼の返答だった。表情は消しているがそれでもだった。彼は素直に答えた。
「それはな」
「そうよね。ないわよね」
「ああ、生まれてこれから一度もないさ」
「じゃあどうして離れたの?」
「何か。ちょっとな」
「ちょっと?」
「思うように動けなくなったからな」
 選手としての言葉だった。サッカーをするだ。
 その立場からだ。彼は妻に答えたのである、
「だからそれでな」
「それでなのね」
「その日が来るのはわかっていたさ」
 引退する日、その日がだというのだ。
「けれどそれでもな。いざ来てな」
「サッカーから離れることは」
「受け入れるしかないからな」
 選択肢はだ。一つしかないというのだ。
「だからそれでなんだよ」
「引退してこうしているのね」
「サッカーは嫌いじゃないさ」
 自分からも言うのだった。寝そべりそのうえで空を見ながら。
「けれどそれでもな。動けないんならな」
「仕方ないのね」
「他に何か探すさ」
 サッカー以外のことを、それをだと述べてだ。
 そうしてだ。彼等はだ。
 この日はずっとそこにいた。そして夜になりホテルに戻って寝るのだった。
 そうして只の旅行客達としてナポリでの日々を過ごしていた。そしてだ。
 ナポリでの旅が終わるその時にだ。ロペスはミレットに対してこんなことを言った。それは何かというと。
「町、歩いてみないか?」
「ナポリの?」
「ああ、出るその前にな」
「そうね。いいと思うわ」
 ミレットも微笑みだ。ロペスの言葉に頷いた。
 そのうえでだ。ナポリの町に出た。南イタリアの町は薄めの白い壁に赤い屋根の家が連なり白い日差しを受けて眩いばかりである。その中にいてである。
 ロペスはだ。石畳の道路を歩きながらだ。ミレットに言った。
「ここ、また来たいな」
「そうね。また機会があればね」
「こうした旅行もいいな」
 こう言ったのである。
「だからな。またな」
「ええ、来ましょう」
 こんな話をしてだった。二人はだ。
 町の中を歩いていく。そしてだ。
 彼は目の前にだ。道で遊ぶ子供達を見たのだった。
 子供達は狭い、家と家の間の道の中でだ。ボールを蹴っていた。そのボールはだ。
 ぼろぼろのサッカーボールだった。そのボールを見て彼は言ったのである。
「ああ、ああした感じでな」
「どうだったの?」
「俺もサッカーをやってたんだよ」
「子供の頃はそうだったのね」
「俺の場合は畑と畑の間で兄貴や弟達とだったけれどな」
「それでもああしてだったのね」
「ああ、サッカーやってたんだよ」
 こうだ。横にいるミレットに目を細めさせて話したのである。
 
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