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彷徨った果てに

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第一章


第一章

                       彷徨った果てに
 ある日だ。ロペス=ゴルガーザはだ、こんなことを言い出した。
「俺もうサッカーを辞めようかって思ってるんだ」
「もう歳だから?」
「それもあるさ」
 彼はこう妻のミレットに答えた。
 見れば浮かない顔だ。その浮かない顔での言葉だった。
「それでもな。それ以上に」
「年齢で限界を感じたのよりも」
「ああ、サッカーに情熱がなくなったんだよ」
 こう妻に言うのだった。
「どうにもな」
「折角スター選手になったのに」
 彼はアルゼンチンでも有名なスター選手だ。国の代表として活躍もしてきた。その為経済的にも困っていない。ブエノスアイレスで豪邸に住んでいる。だが、だ。
 今は浮かない顔でだ。彼は言うのだった。
「それでもだよ」
「もうサッカーにはなのね」
「確かに歳もあれだし丁度いいか」
 今度はこう言う彼だった。
「引退してそれでな」
「サッカーから離れるの」
「ああ、そうする」
「わかったわ。けれどね」
 夫の言葉は受けた。だがそれでもだった。 
 ミレットはだ。そのラテン系の美しさ、はっきりとした明るい美しさをたたえた顔を曇らせてだ。そのうえで夫に対してだ。こう尋ねたのだった。
「引退した後はどうするの?」
「それか」
「お金は困っていないけれど」
「具体的には何するかだよな」
「サッカーからは離れるのよね」
「ああ、それはな」
 間違いないとだ。ロペスも答える。
「だから他のことをな」
「けれど具体的にはなのね」
「思い浮かばないんだよ」
 浮かない顔で首を捻りつつ言うのだった。
「どうしてもな」
「けれどサッカーからは離れて」
「何かあるだろ」
 今は見つからないにしろだ。それもあると述べるのだった。
 そうしてだった。彼はまずは引退した。引退試合もセレモニーも行われた有終の美と言っていいものだった。
 しかしだ。問題はそれからだった。彼は豪邸に帰りだ。
 そのうえで。ミレットに言うのだった。
「じゃあ今からな」
「何をするかなのね」
「それを探すか」
 妻と二人になっての言葉だった。
「これからな」
「お金はあるにしてもね」
「けれど何かしないとな」
 無為の生活は耐えられないというのだ。彼もだ。
 それでだ。彼は何かをしたかった。絶対にだ。
 それでだった。具体的にだった。
 次の日にはだ。町に妻と一緒に出た。そしてだ。
 まずはレストランに入ったのだった。
 そこはフランス料理のレストランだった。そこで豪華なフルコースを食べる。しかしだ。
 それを食べてもだ。彼はこう言うばかりだった。
「美味いことは美味いんだがな」
「好きじゃないの?」
「何か違うな」
 いつもは満足する筈だがだ。それでも今はだったのだ。
 浮かない顔でだ。浮かない言葉を出すのだった。
「実はここに入るまで考えていたんだよ」
「何を?」
「レストランを経営するのもいいかなってな」
「フランス料理の?」
「ああ、それも考えたんだよ」
 自分の向かい側で共に食べるミレットにだ。言うのだった。
「けれどそれでもな」
「実際に食べてみてどうだったの?」
「確かに美味いさ」
 このことは認めた。彼もだ。
 しかしだからといってだ。心が動くかというとなのだ。
 彼はだ。こう言うのだった。
「けれどどうもな」
「経営とかするのは?」
「ああ、ちょっと違うな」
 これが彼の感想の様なものだった。
 
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