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乱世の確率事象改変

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彼らの名は

 彼は変わりなく、その不敵な笑みも、優しい瞳も、自分達の憧れた主のまま過ぎ去った。
 彼が横を抜け、橋を渡り切った背を見送って徐晃隊は武器を降ろし、彼が通り過ぎた後の道を塞ぐ。六人ずつ八列で組まれた兵列、先頭はただ一人……彼らの中で最強の副長。橋の外を見れば七丈強の高さの崖と渓流、落ちれば命の保証は無い。
 すらりと、副長は背中に背負った斬馬刀を抜き放ち、腰を低く構えた。
 徐々に、徐晃隊員の全てが腰を低く構え、右手に持つ槍を握りしめて行く。最後方の一人だけが、橋の出口で炭に火を付けながら。
 大きな砂埃を上げて、馬に跨り駆けてくるのは……橋に居並ぶ徐晃隊のその姿を見やり、口の端を歪めて楽しそうに笑う、返り血を盛大に浴びた文醜とその部隊。

「そこを通して貰うぜ徐晃隊! あたいも仕事なんだ! 邪魔するってんなら……楽しむしかないなぁ!」

 言うやすっと剣を前に指し示し、それを受けて追随する騎馬の群れが狭い道ながら分散して一気に徐晃隊に向かっていく。袁紹軍のその数二百弱であり、文醜が鍛え上げてきた、思考を同じくする直属の部下達であった。

「ははっ! 本物の黒麒麟部隊を見せてやるぜ文醜! やれ! てめぇら!」

 副長の怒号が響き、全ての徐晃隊員が雄叫びを上げて順繰りに投槍を開始した。
 その精度は言うまでも無く、速度も力強さも先に死んでいったモノ達とは比べものにならない。次々に騎乗の兵の眼前へと迫り、薄暗がりでぼやけた視界のままで点の攻撃を向けられたモノ達に突き刺さって落馬させていく。
 一投目が為されたと同時に、副長は大地を抉る程強く蹴って駆けた。
 大きな雄叫びを上げて、落馬しなかった先頭中央騎馬隊の馬をその右斜めに構えた斬馬刀で……真っ二つに引き裂いた。ずるりと、馬の半身は駆けたままで、乗っていた敵兵は足を断たれて絶叫を上げる。
 次いで副長はそのまま斬馬刀をハンマー投げをするかの如く振り回し文醜に向けて投げた。

「うげっ! マジかよ!」

 彼女とて、力には自信がある。しかし馬の前に回転しながら来たる巨大な武器を打ち下ろすには馬上からでは不可能であった。
 間一髪の所で彼女は手に持つ剣を地に突き刺しつつ馬を飛び降り、柄を以ってぐるりと回る事によって速すぎる勢いを殺して着地した。同時に、大きな馬の嘶きが聴こえ、彼女の馬は地に伏した。
 普通の兵が持つ武器とは違うというのに、なんの怯えも無くそれを投げ捨てる副長に対して、文醜はゾクリと武者震いが沸き立った。
 馬鹿げた行動をする相手は愛おしい。ぶっ飛んでいればいるほど、彼女にとっては楽しいのだ。
 生粋のバトルジャンキーである彼女は嬉しそうに喉を鳴らした。

「ふふ、くっそ~。やるなぁあいつ。って……何やってんだお前ら!?」

 立ち上がりながら、副長を見やったはずが、その後方に位置する橋に目を向け、文醜は驚愕に染まる。
 その先では、手すりの低い橋から外れて落ちて行く騎馬隊達がいた。
 より狭い橋の上では方向転換も出来ず、徐晃隊にとってはいい的であったのだ。膨大な敵の群れに対しても恐れず突撃を仕掛ける徐晃隊が、たかが馬の突撃くらいに怯える事があろうか。
 副長の狙いは文醜ただ一人。まさしく、捨て奸の一番の成果である敵指揮官の足止めを達成したと言ってよかった。

「ああもう! 馬じゃ抜けらんねぇのか! 後続は馬から降りろ! 殲滅に変更だ! こいつはちょっと強そうだからあたいが相手してやらぁ!」

 まだ速度を上げていなかった後続のモノ達はその命に従い、速度を緩めて馬から降りて行く。
 それを見て、すらりと、腰に据えていた二つの中型剣を抜き放ち、副長は文醜に指し示す。

「俺の名は周倉。御大将と想いを共有する徐晃隊副長にして黒麒麟が片腕なり。てめぇは袁紹軍が看板の片割れ文醜だな。片腕同士が相対してるってのは面白れぇな」
「お前っ……最っ高だな! 男のくせにあたいと一騎打ちするつもりか!? 敵じゃ無かったら友達になりたかったぜ! 戦じゃ仕方ないなぁ……剣で語り合うしかないし」

 キラキラと宝物を見つけたような瞳ではしゃぐ文醜の様子に苦笑しながら、副長は片方を肩に担いで構えた。
 文醜も、中段に大剣を構えて、

「ふっふっふー、いざ、尋常に勝負っ」

 言うや彼の元に飛び出した。否、飛び出そうとした。

「おっと、勘違いすんじゃねぇぞ? 俺は武人じゃねぇんだ。そう……俺はな、徐晃隊の、副長なんだよ!」

 突然言葉を向けられて数瞬、再度文醜の顔は驚愕に染まる。
 副長は、言葉を残して文醜に背を向けたのだ。ポカンと口を開けて、彼女は茫然とその背を見送ってしまった。
 彼が向かう先は橋の上、続々と群がっていく袁紹軍の背後を双剣で切り裂きながら進んで行く。
 一騎打ちとなっているはずであったというのに、突然背後から奇襲を仕掛けられた事で袁紹軍のモノ達は混乱に呑み込まれた。多くの絶叫に振り向き始める敵、その隙を逃す徐晃隊では無く、最前列から順に攻撃主体の連携連撃を繰り広げて押し返していった。

「うっわ、ずっりぃ! そんなの在りかよ! 逃げんな周倉!」

 堪らず叫んだ。武人としては許せない行動であったのだから当然。曖昧な始まりだとしても一騎打ちとなった場を放棄されるなど、文醜にとっては初めての事であった。
 しかし彼女が次の行動に移るのは早かった。すぐさま地を蹴り、副長の背を追っていた。部下達に指示を怒鳴りながら。

「バカ野郎! そいつを抜けさすなよ! 橋のやつらと合流させるな!」

 その命は為される事は無かった。既に橋から攻勢に移っていた徐晃隊が副長を迎え入れるように道を切り開いていた為に。
 ギリと悔しさに歯を噛みしめて、文醜は並み居る自身の部下達を押しのけながら先頭に飛び出す。
 突きだされる剣と槍を弾き返しながら漸く、綺麗に列を為す徐晃隊の隙間から異質なモノが目に入った。
 橋の最後方で煙が立っている。その下では小さな赤い火が揺らめいている。ゆらゆら、ゆらゆらと静かに、不気味に。
 異質な突撃や異様な死に様なら許容出来た文醜でも、あまりに異常なその行動は理解出来なかった。名を残すように、自分の存在理由を証明するように戦う姿は理解出来る。だが、既に己が兵士達に出口を塞がれて、ただ命を投げ捨てるが如きその姿は彼女の理解の範疇を超えていた。

「お……お前らバカなのか!? 橋の上にいるって事は……このままじゃ落ちるんだぞ!? 名が惜しくないのかよ!? 戦って死のうとは、思わないのかよっ!」

 悲痛な叫びを投げながら、徐晃隊の者達にどうにか攻撃を当てようと武器を振るい続けた。狭い範囲でも器用に振るわれる重量武器ではあるが、徐晃隊にとっては利用しやすかった。二人、ないしは三人が剣で攻撃をいなし、橋に叩きつける様に促し続ける。それによって一撃ずつ、橋の木が抉れて軋んで行く。
 彼女は徐晃隊と短い戦闘を行い、その姿に敬意を持っていた。
 死を恐れず、前へ前へと歩みを進め、一人でも多くを屠っていくその姿は武人のそれと同じ。心は自分と同じなのだと感じていた為に。

「バカが! 俺達にとっては名も命も別もんなんだよ! 俺達は徐晃隊! 黒麒麟の身体だ! 御大将が俺達の名! 御大将こそが俺達の命! 俺達の名も命も御大将のもんなんだ! だから……てめぇら一人だって此処を渡らせてやらねぇ!」

 副長の嘲りを含んだ声が響く。
 誰かに理解して欲しいなどとは思わない。ただ彼の為に、彼に想いを繋いで貰う為に……彼らの想いは彼と共に。懐かしき幽州で既に誓いを立てている。
 彼らの姿に、敵の誰しもが圧された。力量で測れるモノでは無く、覚悟の差が違い過ぎた。
 徐晃隊は一度入れば例え新規の兵であろうとも、一人の例外無く地獄に身を沈めて、想いの華を咲かせてするりと命を散らし、ただ与えられた命を遂行していく。
 ゴクリと生唾を呑み込んだ文醜はその在り方に恐怖する……同時にナニカが胸に湧いて出てきた。
 抗い難い激情のような奔流は心を染め上げて行き、ふと、誰かの姿に重なった。
 たった一人を助ける為に動き続ける新しく出来た友達こそが、それと同じであったのだ。

「ああ、そうか。お前らはあいつと同じなんだな。誰かに犬死にと言われても違うんだ。大切なモノだけ守れたらそれでいい。ははっ、あたいは……姫と斗詩の為にお前らみたいになりてぇな」

 誰かを守る為の姿は誇り高く、彼女はそれに憧れた。
 同時に心の中で友達を褒めた。

――明、あんたって誇りなんか持ってないっていうけど、十分に誇り高くてかっちょいい女だよ。

 答えが見つかった文醜は大きく、深く息を吐いて脚を踏みしめた。
 ズシリと、重い音が鳴り響き、徐晃隊はその眼を見て意識を切り替えて行く。

「其処を通して貰うぜ。あたいにも守らなくちゃいけない大切な人がいる。その為に、お前らの大将を捕まえさせて貰う」

 自身の想いを確かめた彼女の顔は真剣そのモノであった。
 チラと後ろで大きくなり始めた炎を確認した副長は、厳しい瞳を細めて文醜の前に立ちはだかる。

「俺らの壁を抜けて見ろ。仲間を殺す覚悟があるならな」

 大型武器で戦うならば、狭い橋の上で周りを巻き込むは必然。煌々と燃え広がり始めた火の上を駆け抜ける時間が少ないのも一つ。

「一人でやってやるさ。さあ……いくぜ」

 瞬時に、文醜は大剣を横に薙いだ。最少の動作で行われたそれは速く、反応出来なかった徐晃隊の二人を切り飛ばす。
 副長はそれを膝を折って避け、そのままの流れで双剣で斬り上げる。
 文醜の対応は簡単なモノだった。身体を後ろに傾けただけ。交差する地点、己が身体に当たる場所を見極めていた。
 流れるように、薙いだ大剣を背で持ち替えて次に放つのは……自身の力強さを信頼して無理やり身体を起こし、大きく踏み込んだ一歩での袈裟切り。
 剣を重ねて防御に当たった徐晃隊二人を吹き飛ばし、整った兵列による巻き込みで六人を橋から落とした。
 これ以上はやらせまいと徐晃隊の三人が後続から突きを放ち、真横から副長が逆袈裟を放つも……大剣を橋に突き刺して副長の剣を、刺突は全て避け、突きだされた一つの槍をその手に握る。

「おらっ! ぶっ飛べ!」

 掛け声と共に、一人の徐晃隊員を蹴り飛ばした。後続の徐晃隊は秋斗との訓練で鳴れている為にそれをどうにか避けられたが、訓練と同じように一寸だけ連携に繰り出すのが遅れる事となった。
 その機を逃す文醜では無く、無理やり引き抜いた大剣を叩きつけて三人を、掲げた剣ごと地に伏せさせた。
 そこでゾクリと寒気が一つ。彼女は急いで橋のギリギリまで飛びのいた。
 振り切られるのは副長の双剣。押し寄せる後続袁紹軍の兵からの剣を腕に受けながらの攻撃であった。幸い、鎧が厚い為に副長は軽くキズを負っただけであった。
 同時に徐晃隊は五人で文醜へと向かった。しかし……彼らは武器を振ろうとはしなかった。
 一人が文醜に切り捨てられ、その後ろから一人が身体に飛びつく。もう一人が脚に絡みつき、二人が無理やり押し倒して覆いかぶさった。

「ぐっ!」

 背を打ち、苦悶の声を上げた文醜は直ぐに目を見開く。

――ああ、このままじゃダメだ。こいつらは……仲間でも殺す奴等だ。

 どうにか押しのけようともがくも、大の男三人を外すのは、さすがの彼女も倒れたままでは出来なかった。
 ただ、彼女は少し見誤っていた。己が部下達を。
 文醜の部下はすぐさま、副長の攻撃を身体で受け止めるモノと、彼女を助けるモノに分かれていた。
 覆いかぶさる人間の急所を狙うのは容易く、剣を首に突き刺して即死させ、彼女の身体の上から引きはがした。

「大丈夫ですか文醜様!」
「……ごめん、助かった」

 礼を言いながら急いで立ち上がり、徐晃隊の連撃をいなしていく文醜はその後ろに異常なモノを見た。

――火の回りが加速してやがる。

 既に橋の五分の一まで広がる火がそこにあった。
 徐晃隊は松やにに浸した布を一度に燃やす事無く、幾つかに分けて配置していたのだった。さらには、一人だけ最後方にいた徐晃隊員が燃えやすい枯草や木の枝、松の葉を延々と運んでいた。
 舌打ちを一つ。このままでは、馬を引き連れては抜けられない。動物は火を恐れる。短い範囲ならある程度は怯えを抑えられようとも、広くなればなる程に不可能。秋斗は大きな戦闘と長い逃避行で疲れていようとも名馬に乗っている為に、馬がいなければ追いつく事は出来ない。万が一、橋を越えてから何処かで馬を手に入れられる可能性もあるが、厳しいだろう。

――くそっ! 徐晃を捕まえられなきゃあたいの負けだ! でも、生きてなきゃ姫も斗詩も守れねぇ!

 文醜は悔しさを堪えながら決断を下す。

「橋から退け! 殲滅してたら間に合わない! あたいが後ろを守る!」

 ゆっくりと、徐晃隊の猛攻をどうにか抑えながら文醜達は下がっていく。ただ、徐晃隊は力を溜めるように、本気での攻勢に出てはいなかった。
 じわじわと追いすがり、なるだけ時間と意識を向けさせるように厭らしい攻撃を繰り返していた。

「未来の御大将の敵を一人でも減らせ! 野郎ども、攻撃主体、決死突撃!」

 幾分かの時間が経ち、敵が橋の入り口まで戻る寸前で野太い副長の声が響き渡り、徐晃隊の動きが変わる。
 一人でも多くを殺す為のその動きは、己が全てを賭けて行われるモノ。
 攻撃を受けようとも、死の瞬間まで敵を屠る為に前へと進む。もはや彼らに退路は無い故に。
 一人、また一人と命を投げ出していく。紅い華を夕闇に咲かせてその命を零していく。
 ただ、副長を含めて最古参の十一人だけが橋の上に残っていた。何も言わずとも、彼らは最後まで橋を守る為に残ったのだった。
 もし、文醜一人が突撃してきて抜けられたら、彼らにとっては負けなのだ。だから橋の上で最後の最後まで壁となる。
 反対側で火の元をくべていた一人は炎の中を駆け抜けてその場に来て、火傷を意にも返さず橋の中ごろに倒れていた幾多の死体を積み上げ、少ない時間だが火の手を防ぐバリケードを築いていった。それは焼け落ちるまで自身達を守り切る為のモノであった。

――そこまで……そこまでやるのかよ……。

 決死突撃の徐晃隊を殺し切った所で、もう向かってこない徐晃隊を悲しげに眺めながら、堪らず文醜は声を上げ、

「なぁ、あんたらは守りたくないのか? 生きて守りたくないのか? 十人ちょっとなら……あたいも取り逃がしちまうことだってあるんだぜ」

 ふいと目を逸らしながら曖昧に提案を行った。
 もはや橋を抜ける事は出来ない。自分の望みが叶わないなら、敵兵を殲滅する事もないのだと。
 賊相手ではあるまいし殺しつくす事は無い、捕虜として捕えた所で自害するのは目に見えている。なら、逃がしたらいいと。
 降れと言っているわけでは無いのだから、それを選ぶだろうと文醜は思っていた。
 しかし……最古参の面々はにやりと口を歪めた。

「お前バカだろ。俺らもバカなのさ。敵の情けなんざいらねぇ。俺達は御大将の命令を遂行するだけだ」
「だけど……だけどさっ! 最後まで生きるのを手放すなよ! 自分の手で守ろうとしろよ!」

 それはおかしな光景であった。先程まで殺し合っていたモノが生きろと言う。もはやそこは戦場では無かった。
 文醜は耐えられなかった。彼女は明や徐晃隊のような異端者にはなれない。彼女は……それになりたくてもなれない、それを助けたい側であるのだから。共に生き残って笑いあいたい普通の人であるのだから。
 からからと、徐晃隊は楽しそうに笑い声を上げる。その言葉は誰しもが理解しているモノなのだ。彼が……最初に言った言葉と同じ意味を持っているのだから。

「そうさな、俺らは最後まで生きる事を諦めない。だけど……男には譲れない意地ってもんがあんだよ!」
「最後の最後まで無茶を遣り切る。逃げるなんて選択肢はねぇ。命令を遣り切って死ぬだけだ」

 ギシリと、橋が不吉な音を立てた。絶望の音であると同時に、彼らに与えられた命令がもうすぐ完遂される証。
 橋の戦闘の初めに、徐晃隊の防御によって文醜が幾重もの刃を叩きつけた為に、重心に異常を来して落ちるまでが早くなっていた。

「馬鹿げてるよ! お前らにも家族がいるんだろ!?」

 引き攣るような叫びの声を受けて、面喰らったように徐晃隊は文醜を見つめた。
 しかし数瞬の後――

「確かに帰ればあったかいメシと布団が待ってるし、女房と睦事だって楽しめるな」
「はっはっ、お前のかみさん可愛いもんな! 羨ましいぜ!」
「家族ってのはいいもんだ。作ればわかる」
「クク、俺にはゆえゆえの笑顔があればいいんだよ。あれに勝てる笑顔はないね」
「聞き捨てならねぇな。えーりんのきつい視線と『勘違いしないでよね』こそ最高だろうが」
「黙ってろ副長! この前一緒の馬に乗ったからって調子のんな!」
「そういえば……てめぇだけいい思いしてやがったよなぁ? てめぇらも楽しそうにしやがって……俺は複雑な心境だってのによぉ」
「鳳統様が御大将と結ばれたからって、くくっ、拗ねるなよ」
「分かってるよ! 鳳統様を応援する会の会員としては嬉しいんだ! だけど、なんかもやもやする!」
「うっわ、お前……御大将みたく幼女趣味だって言われてぇのか」
「……それは、いやだな。前も貧乳の良さについて延々と語られたし」
「あ、俺もそれ聞いてたぜ。貧乳はすてぇたすだ、希少価値だなんだと言ってたが……ハハッ、ありゃあ末期だな」
「ちげぇねぇ。でも中々面白かったぜ? 前のろりきょにゅぅ談義も熱かったしな」

 笑い声を交えて、まるで平穏な日常にいるかのように彼らは楽しく会話を行いはじめた。
 その様子に文醜は呆気にとられた。家族もいて、楽しい日常も知っている。それでも彼らはその場を動こうとしないのだ。
 もう彼女は何も言う事が出来なかった。彼らには何を言っても無駄なのだと理解してしまった。
 忠義の心は理解できる。それでも、泥を啜ってでも生き残れば……そう考えてしまうのも詮無きこと。
 幾分後、大きな音を立てて橋が傾き、徐晃隊がたたらを踏む。ギシギシと橋が鳴り響く音は誰しもに限界を感じさせた。
 ピタリと会話を止めた徐晃隊は橋の前で見やる文醜と目を合わせて行く。

「戦えたのがあんたでよかったぜ。気遣ってくれてありがとよ」
「気にすんな。俺らは幸せだ。そりゃあ家族を残していくのは辛いけどよ」
「御大将が守ってくれる。もう戦が起こらない平穏な世にしてくれる」
「ここで見逃されて逃げ出したら、死んだ奴等にも合わせる顔がねぇ」
「それと俺らだって無駄に殺すわけじゃねぇのさ。出来るなら、兵士なんざやめて楽しく暮らせよ袁紹軍」

 静かに、満ち足りた声で、彼らは文醜達に言葉を投げた。
 うんうんと頷いて、副長はゆっくりと双剣を天に掲げる。
 続くように、徐晃隊の全てが剣を掲げて行く。
 満面の笑み、爛々と輝く子供のような瞳は……少しだけ潤んでいた。

「さあて、これで俺らは命令を遣り切った。だから……勝鬨を上げようぜ!」
『応っ』

 その姿を目に焼き付けようと、文醜は彼らを見つめ続けた。
 自身の心に刻みつけて、その生き様を見届けてやれるようにと。
 大きく息を吸った副長は、彼のように不敵に笑って、野太く大きな声を張り上げた。

「我ら黒麒麟の身体、想いを繋ぐモノを守り切った! 彼が天からの御使いであるならば、天に響けよ我らが想い! 謳え! 我らの想いは彼と共に! 乱世に華を! 世に平穏を!」
『乱世に華を! 世に平穏を!』

 何度も何度も、彼らは叫び続けた。笑顔を浮かべ涙を零しながら、叫び続けた。
 燃える火の橋の上、彼らは落ちる瞬間まで叫び続けた。

 乱世に華を

 世に平穏を

 耳に良く響くその言葉は黒き空に溶け込んで行った。
 彼に届くように
 彼と共に在れるように
 彼らは徐晃隊。
 その心はいつでも、いつまでも彼と共に。

 落ちながら、燃え滾る炎を瞳に入れた副長がポツリと零した。

「御大将、俺はあんたと共に平穏な世を作るんだ。そうだろ?」


 
 

 
後書き
読んで頂きありがとうございます。

徐晃隊のお話。
猪々子ちゃんは将としては間違いですが、人としては正しい提案をしました。純粋な子なので。
裏話を
副長はアドリブで出来上がったキャラでして、正直ここまでなるとは思ってませんでした。
この場にて、性別を決めて下さった方に感謝を。


次は……交渉です。
じっくり書きます。

ではまた 
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