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蒼き夢の果てに

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第5章 契約
  第87話 ルルドの吸血鬼事件

 
前書き
 第87話を更新します。

 次回更新は、
 5月7日。 『蒼き夢の果てに』第88話。
 タイトルは、『カトレア』です。
 

 
 蒼き光の元、蕭々と響き渡るふたつの笛の音。
 俺の正面にすっと……ごく自然な雰囲気で立つ少女。夜に愛された白磁にも似た白い肌。夢幻の世界の住人に相応しい蒼き髪の毛。
 瞳を閉じ、俺と同じ横笛にくちびるを当てるその姿は天の楽人を思わせる。

 冬の属性を帯びた風に乗り、周囲へと広がって行くふたつの笛の音。
 蒼き光輝に包まれた少女の周囲を舞い、冬枯れの森を抜け、小川を越え、月明かりに照らされた山々にまで広がって行く夢幻の笛の音色(土地神召喚の術式)

 刹那。一陣の風が俺と彼女の間をすり抜けて行く。しかしその風は、冬至の日に相応しい冷たい風などではなく非常に温かな風。
 そして……。
 そして次の瞬間、ふたりの周囲にポツリ、ポツリと紅い光の粒が舞い始める。

 紅、朱、赤。それは強い生命力を指し示す赫。
 俺の周囲と、そして、タバサの周囲を舞う紅い光の粒がゆっくりとした明滅を繰り返し、それがまるで光の和音を奏でるかのようにふたつの笛の音色に同期を果たす。

 そうして次の瞬間。

「周囲の土地神を召喚しようとしても無駄」

 集まり来た小さき精霊たちが、低温の赤から青の強烈な光輝を放った後、その光輝の中心となった場所に立って居たのは……。
 腰まで有る長い黒……いや、今は霊力が活性化して居るからなのか、それは彼女に相応しい真紅の耀きを放ち、
 瞳も同じく強い輝きを湛える。
 周囲に活性化した炎の小さく精霊を従える様は、その名の示す通り炎の女神その物の姿。

 彼女の発生させる大量の熱量が上昇気流を発生させ、その長き髪の毛を優雅に揺らした。

「この周辺の土地神たちは、既に何モノかに倒されている」

 普段通り……。精神的に安定している時の彼女の基本的な口調。かなりぶっきらぼうで、少しぞんざいな口調ながらも、安心して背中を任せる事が出来る状態の彼女のままで、そう教えてくれる崇拝される者ブリギッド。
 但し、

「……土地神が倒されている」

 その危険な内容を反芻するかのように呟く俺。
 確かに、封じられるよりは倒される方が事態の深刻さは軽い。生かしたまま何処かに閉じ込めて置くよりも、陰陽の気に分解して散じさせて仕舞う方が、労力も、そして手間も一瞬で終わりますから。
 しかし、このハルケギニア世界で、そもそも、土地神……精霊の中でも、ある程度の能力を有した精霊たちを感知出来る人間は極々一握りの存在たち。おそらく、精霊魔法を行使すると言われているエルフたちの中にも、そう多くはいないでしょう。

 まして、その上位の精霊を倒す事が出来る系統魔法使いは皆無。
 何故ならば、上位の精霊が存在する空間で精霊を倒す為に魔法を行使するには、上位精霊よりも多くの下位精霊を支配しなければならないので……。呪文の中に精霊を支配する呪を組み込んだだけの系統魔法では、術者の精神力が余程強く……少なくとも、上位の精霊を精神力で凌駕出来なければならないので、かなり難しいと思いますから。

 そう考えながら、しかし、その中に僅かな違和感を覚える俺。
 それは、土地の守護精霊たちを、ブリギッドが『土地神』と表現した事。
 確かに俺にはガリア共通語から日本語への同時通訳技能がインストールされています。故に、今のブリギッドが確実に土地神と言う言葉を使用したのか、それとも、彼女の発した言葉の意味として俺が知って居る日本語の中で一番意味が近い言葉に意訳されたのかは定かでは有りません。
 ……なのですが、しかし……。

 少し訝しげに、地球世界で西洋の炎の女神ブリギッドと言う意味の、崇拝される者と名乗った少女を見つめる俺。

 燃え上がるような真紅の髪の毛と、強く輝く瞳は炎の属性を示すのは間違いないでしょう。
 しかし、それ以外の部分。普段の彼女は、黒髪黒い瞳。肌は湖の乙女や妖精女王と同じ象牙色。つまり、東洋人の白い肌の女性そのもの。
 そして、今の彼女の姿は、地球世界の女の子が着るセーラー服姿。普段通り、大きな蒼い襟に赤いリボン。スカートは膝上十センチの襟の部分と同じ蒼のプリーツスカート。

 ただ、姿形に関しては、古の契約により今の姿形を取っているようなので、この部分から、彼女、崇拝される者ブリギッドが実は東洋の神性を帯びる存在じゃないか、と言う仮説に対する答えを導き出す事は出来ません。
 しかし……。

 少し考える仕草で、やや幼い少女の容貌に向けていた自らの視線を、自然な形で彼女の手にする太刀の方へと向ける俺。
 そう。彼女の携えているのは太刀。見た目は八十センチちょいぐらい。日本刀に近い優美な反りを持ち、柄頭に蕨の若芽のように渦巻く特徴的なデザインが施されているところから、彼女の持つ太刀は毛抜き形蕨手刀(けぬきがたわらびでとう)と呼ばれる宝刀だと思われる代物。
 このタイプの太刀は日本。それも関東以北の地方で出土する物で有り、少なくとも、関東以西で出土した例を俺は知りません。
 更に、それが作られた時期も平安前期。ただ、優美な反りを持つトコロから推測すると、この太刀は馬上で使用される事を想定して居ると思われるので、それよりも少し時代が下る可能性も有る。

 この崇拝される者ブリギッドと表現された存在も、湖の乙女ヴィヴィアンと同じように本当の正体が存在して居るのでは……。

「何よ?」

 俺が答えを返さず、ただ彼女を見つめ続ける事に焦れたのか、少し怒ったような気を発しながら問い掛けて来るブリギッド。
 もっとも、こう言う風に割と簡単に感情が揺れ動く部分が、彼女の世慣れない雰囲気を助長しているような気がするのですが。
 まして、相変わらず、何と言う部分が『アニ』と発音して居るようにしか聞こえないのですが。

 しかし、

「その土地神たちの消息が不明に成ったのは、何時頃の事なのか判って居るのか?」

 先ほどまで考えて居た内容をオクビにも出す事もなく、やや眉根を寄せて深刻そうな雰囲気でそう問い返す俺。
 但し、頭の中では、彼女が日本土着の神の神性を持って居た場合、伝説上でどの神が一番近い神性を持って居るのかを考えながら、なのですが。

「判らない。私も昨日、この辺りにやって来て、土地神たちと連絡が取れなく成って居る事に初めて気付いた状態だから」

 そもそも、この辺りは風の精霊王の管轄。私は詳しくはない。
 こちらも形の良い眉根を寄せながら、最後は独り言のように締め括るブリギッド。

 しかし……。思考は別の空間を彷徨い続ける俺。
 平安期。更に、東国で女神。鈴鹿御前は西国。巴御前は毛抜き形蕨手刀よりは長刀(なぎなた)
 蝦夷系のカムイの場合はアニミズムに分類されるけど、俺は詳しくはない。おそらく自然霊の類と成るので、彼女のように完全に擬人化されているか微妙なトコロだと思う。
 可能性としては桔梗の前の可能性も有りますが……。
 ただ、ブリギッドの戦闘時の瞳に現われる特徴。左の瞳がふたつに別れると言う特徴を持った神性だとすると、有名なトコロでは……。

「……五月姫(さつきひめ)?」

 思わず口に出て仕舞う名前。但し、この名前は有名な名前ではない。
 有名な方の名前は滝夜叉姫(たきやしゃひめ)。平将門の娘で、貴船(きふね)のタカオカミの神託を受け、弟の相馬太郎良門と共に相馬の城にて挙兵。
 しかし、最終的には朝廷から勅命を受けた大宅中将光圀(おおやのちゅうじょうみつくに)に因って討たれる。

 ただ、父親の仇討ちの為に夜叉にまで堕ちていた五月姫が、最後の場面では改心して弟の良門と共に父親の元に昇天して話が終了するはずなので……。

 もしも、彼女が滝夜叉姫の神性を帯びる存在だったとしても、そう闇の属性が高い存在と言う訳では有りませんか。
 但し――
 但し、クラオカミは龍神。その神託によって闇に堕ちたのが滝夜叉姫。
 そして、父の平将門を討った藤原秀郷を加護していたのが、彼に百足退治を依頼した龍。

 つまり、滝夜叉姫と龍で有る俺の相性は、伝承上では最悪なのですが……。

 しかし……。
 しかし、俺の呟きに対して、胡乱(うろん)げな目つきで見つめ返すだけのブリギッド。この雰囲気から察するに、俺の予想は外れていたと言う事ですか。

 確かに、将門の娘がこんな世界に居る訳は有りませんか。そう考え直し、彼女の正体を探るのは一時中断。思考を元に戻す。
 そうして、

「成るほど。それなら、ブリギッド。オマエさんは、その土地神たちが消えた理由を調べていると言う訳なんやな?」

 先ほどの独り言の事など忘れたかのようにそう聞く俺。

 ただ、土地神を召喚してこちらの事件――。吸血鬼事件の神霊サイドからの情報を得ようと思っていたけど、それは難しい事が判明。
 更に、吸血鬼ならば精霊と契約出来る以上、その土地神たちが消えた事態に何らかの関係が有ったとしても不思議ではない。

 どうやら今回の事件に関しても、当初……ここに来るまでに俺が考えて居た以上に危険な事件の可能性も出て来たと思うのですが……。

 俺の問いに、かなり難しい表情で首肯くブリギッド。
 成るほど。

「それならば、今回は俺たちと一緒に捜査を行おうか」


☆★☆★☆


 ガリアの南西部。ガスコーニュ地方に存在する田舎町ルルド。
 火竜山脈の麓に存在する人口五百人足らずの町に吸血鬼騒動が発生したのは、例年よりは少し早い紅葉が訪れた十月(ケンの月)の終わりの事で有った。

 未だ火竜山脈がその名の通り、異常な熱を発して居た秋。
 前日の夕刻より見えなく成って居た十二歳の少女。フランソワーズが変わり果てた姿で発見されたのは、一面を黄色く色付けた銀杏の木が存在する森の入り口付近で有った。
 但し、その時に発見されたモノを、最初、前日の夕刻より見えなく成っていた少女だと気付いた者はいなかった。
 それが例え、彼女の事を一晩中捜していた実の両親で有ったとしても。

 山の入り口に広がる森。其処に無造作に放り出されて居たソレをどう表現すべきで有っただろうか。
 手足は小さく縮め、何かにおびえるかのように見開いた目。前日までは瑞々しい年相応であったくちびるが、今では完全に水分を失い、白い歯がむき出しの状態と成り……。
 若鮎の如き、と表現されるべきその全身もまた完全に水分を失い、まるで枯れ木の如き色合いの筋張った骨と皮だけの姿に。
 内臓の一部と、身体中の水分と言う水分をすべて失った、まるで数千年の長きに渡って自らの墓所で眠り続けた木乃伊(ミイラ)の如き姿と変わり果てて居たのだ。

 最初の犠牲者が出てからは、ほぼ週に一人のペースで犠牲者が増えて行き……。
 尚、当然のように、最初の犠牲者が出た後に、ルルド村の方でも何の対策も施さずに事態をただ見守って居た訳ではない。
 夜は戸口を堅く閉め、灯りを絶やす事もなく、三人目の犠牲者が出た時には、村人総出で安全と思われる昼の間に近場の森の捜索も行われた。
 しかし、その結果はすべて空振り。
 如何に夜間の戸締りを厳重にしようとも、まるでその行為を嘲笑うかのように犠牲者の数は増えて行き……。

 そして、ガリア政府としてもこの木乃伊事件を見過ごしていた訳ではなかった。しかし、事件が起きた時期が悪かったのも事実。
 そう。折しもガリア両用艦隊のクーデター騒動から始まる一連の事件が始まった頃の事。如何に大国ガリアとは言っても、早々人材に溢れている訳などなく、このクーデター事件の中で重要な役職に就く事の出来なかった人員が当てられる事と成ったのは、誰からも責められはしないであろう。
 何故ならば被害者の数から察するに単独。多くても数体程度の吸血鬼が起こす災厄と、ガリアに吹き荒れつつ有った疫病に対する対策とでは、どちらを優先すべきかは火を見るより明らかで有ったから。

 確かに、死者の数で事の大小を計るのは不謹慎かも知れない。しかし、何事にも優先順位と言う物は存在して居て当然ですから……。

 そして事件が始まってから大体一か月後、十二月(ウィンの月)に入ってから派遣された三人の騎士とその従者たち。都合、八人の魔法使い(メイジ)たちが捜査を開始。
 小さな村の事件に八人もの騎士を派遣してくれた。これで一安心。そう、ルルド村の住人たちが少し安堵の吐息を吐いた、……のもつかの間。

 その魔法使いたちが変わり果てた姿で発見されたのが丁度一週間前のダエグの曜日。



「それでアンタたちが派遣されて来た、と言う訳ね」

 土地神たちへの土産として用意した菓子パンを頬張りながら、そう聞き返して来るブリギッド。
 そう。土地神の助力を得るのに、何時も同じように霊力の供給の約束や金銀などの提供では味気がないので、今回は御神酒や御供えを用意して来たのですが……。
 それでも、居ない者は仕方がない。

 ……と言う訳で、完全に夜が明けるまでは流石にルルド村に入る訳にも行かず、土地神を召喚しようとした場所に結界を施した上で、早すぎる朝食と相成った訳なのですが。
 元々、土地神たちに土産を振る舞う際に、自分たちも朝食を取ろうと思って、こんな時間に移動して来た訳ですしね。

「その派遣された騎士たちはすべてライン以上のメイジ。確かに、精霊を完全に支配されたら吸血鬼に敵う連中では無かったかも知れないけど、そんな事は自分たちが良く知って居たはず」

 敵わない相手に正面からガチで殴り合う馬鹿はいないと思いますし、それに、この世界は吸血鬼の脅威に晒され続けた世界。そんな世界ですから、吸血鬼との戦い方の基本形と言う物は存在していたと思うのですが。
 いや、それ以前に俺は……。

「そうしたら、タバサ。この世界で一般的に言われている吸血鬼の生態について教えて貰えるかな」

 自らの右横でブリギッドと同じように……。こちらはアンパンを口に運ぶ少女に問い掛ける俺。そう、良く考えて見ると、俺はこの世界の吸血鬼の詳しい生態を知りませんでしたから。
 一応、タバサから感じて居るのは地球世界の東欧に端を発する吸血鬼と同じ感覚。ジョルジュやジョセフ王からも同じような気配を感じて居るので、同じ種類だと思って間違いないでしょう。

 もっとも、俺が直接知って居るのも、この東欧に端を発する吸血鬼と、後はエンプーサやラミアなどのギリシャ神話に登場する連中だけ。それ以外の連中とは直接出会った事がないので……。
 そう詳しいと言う訳でも有りませんか。
 まして、エンプーサやラミアはどちらかと言うと夢魔に近い種族ですから、実体……肉体を持つ種族と言うのはタバサと同じタイプの吸血鬼しか知らないのですが。

 しかし……。

 俺の問いに、一瞬、身体を強張らせるタバサ。そして、普段以上にゆっくりとこちらの方向に顔を向け、
 俺の視線と彼女の視線が絡み合う。普段通り、感情を示す事のないふたつの蒼玉が、今も俺の瞳を覗き込んだ。
 いや、今の彼女の瞳は微妙に揺れて……。
 しかし、それも一瞬。僅かに首を横に振り、同時にかなり強い陰の気を発生させるタバサ。

 ただ、この反応は意味不明なのですが。
 まさか、俺のこのハルケギニア世界の知識の源。彼女が吸血鬼の生態に付いての詳しい内容を知らないとは思えないので……。
 そう俺が考えながら、訝しげに彼女を見つめ続けて居ると、

「太陽が苦手」

 普段通りの口調……哀しみも、喜びも。そして、恐怖も存在していない平坦な、非常に抑揚に乏しい口調で話し始めるタバサ。
 但し、同時に俺には分かる。これは普段の彼女ではない。
 これは……不安のような物か……。

 そして、

「人を襲い、血を啜り、被害者を死に至らしめ……」

 言葉を続けるタバサ。そして、更に強く成って行く陰の気。

「被害者を自らの僕。グールへと変化させる」

 そう言った瞬間、それまでで一番強く陰の気が発せられる。
 しかし、グール……。屍食鬼を作り出すのか。

 グールとは、元々、イスラム圏に出没していた屍を食糧とする鬼で、十字軍の遠征の頃に、そのドサクサに紛れて西洋にやって来たと言われている存在。確か、クトゥルフ神族にも何らかの関わりが有ったとは思いますが……。

 俺が自らの知識に存在している吸血鬼との違いに少し知識の整理を行って居る最中。タバサは更に言葉を続ける。

「あなたをそんな存在に変える事はない」

 かなり強い語気。確かに、グール……つまり、屍食鬼に変えられるなど御免被りますが、タバサ自身はそんな種類の吸血鬼ではないと思うのですが。
 訝しく思いながら、確認の為にタバサに対して見鬼を行う俺。
 その最中も続けられる彼女の言葉。

「もし、わたしが渇きから血を求めるだけの悪鬼と成り果てたなら……」

 躊躇わずに、あなたの手で滅して欲しい。
 悲愴な決意の元、そう話し終えるタバサ。その言葉と同時に、俺の見鬼の結果も出る。

 しかし……。

「そんな心配はない」

 悲愴な覚悟により発せられた言葉を、冷厳と否定して仕舞う強き言葉。そう。夜明け前の冬至に相応しい大気と同じ冷たさを持つ言葉が、しかし、蒼き吸血姫の不安を簡単に一蹴して仕舞った。
 そして、ブリギッドは更に続けた。高位の精霊に相応しい厳かな声音で。

「オマエがガリア王家の血を受け継いでいるのなら、そのグールを作り出すと言う吸血鬼ではない」

 その言葉を聞き、俺も軽く首肯く。
 彼女の……自らの相棒の不安を和らげるように。

「いや、多分、タバサに血を吸われても、俺は屍食鬼に変わる事はないと思うぞ」

 俺の見鬼は実際に出会った事が有る相手と同じ種族なら、ある程度の能力を見極める事が出来る能力。
 その見鬼が告げて来ている結果は、

「タバサ。オマエさんが作るのはサーヴァント。少なくとも、暗闇に潜み、夜な夜な新しい屍を求めて墓場を徘徊するような、知性を感じさせない屍食鬼を作り出す事はない」

 俺の住んで居た地球世界では、夜の貴族と呼ばれる基本的な吸血鬼の生態を説明する俺。
 それに、良く考えて見ると、タバサは血の覚醒を経て覚醒した吸血姫。彼女が自分自身の種族の特性を知り尽くしているか、と問われると……。
 おそらく、彼女の家。オルレアン家には、自らの家に吸血姫の因子が流れて居る、などと言う伝承は存在して居なかったでしょうし、もし、伝わって居たとしても、ギアスに因り精神を操られて居たオルレアン公がタバサに対して、そのような秘事を正確に伝えて居た可能性はゼロ。
 その辺り。吸血姫の生態に詳しいと思われる人物。ジョルジュ・ド・モーリエンヌや、マジャール侯爵夫人アデライード。それに、ガリア王ジョゼフ一世などに対してタバサが問いを発した事は有りませんでしたから……。
 少なくとも俺の知って居る範囲内では。

 ここから考えると、彼女はその辺りの知識に関して不足していた可能性も有りましたか。

「まして、ただ血を吸っただけでサーヴァントを作り出す訳でもない」

 これは、彼女自身が血の渇きに苛まれている可能性も有りか。そう考えながら、更に説明。……俺の知って居る地球世界の吸血鬼の説明を続ける。

 そう。タバサと同じタイプの夜の一族が自らのサーヴァント……血の伴侶を得るには、血の盟約を相手と交わす必要が有ります。
 それは、お互いの血液の交換。つまり、タバサが俺の血液を吸うのと同時に、彼女の血液を俺に送り込まなければ、俺は彼女のサーヴァントに成る可能性は低いと言う事。洒落のきき過ぎた吸血鬼の中には、自らの行いを聖体拝領などと称する連中も存在する行為が必要ですから。

 そもそも、人間の数倍の寿命を持つ吸血鬼が己の欲望の為にホイホイと血の眷属を増やしていたら、この世界はアッと言う間に吸血鬼に因って埋め尽くされて仕舞います。しかし、未だに世界は大多数の人間に因って支配されている状態。
 ここから考えても、吸血鬼の吸血行為と、血の眷属化の間に差が有るのは明らかでしょうが。

 もっとも、ただ血を吸うだけの行為で有ったとしても、それを度々続けて居たら、何時かはそう成る……俺のサーヴァント化の可能性も高く成りますし、更に、細かい条件の中には月の影響も有ったはずですから、絶対に安全だとは言いませんが。
 それでも……。

「それにな、タバサ。俺の暮らして居た世界には抗ヴァンプ薬が存在していた。せやから、オマエさんが血を吸った相手をどうしてもサーヴァントにしたくなければ、ハルファスを通じて抗ヴァンプ薬を手に入れても良い。それだけの事やから気にする必要はない」

 思いつめた表情で俺を見つめる彼女を安心させるように、殊更、軽い調子でそう話しを締め括る俺。
 それでも、細かい事はこの際、関係ないでしょう。今の彼女が非常に不安定な精神状態で、自らの存在に不安が有ると言う事なのでしょう。
 不安が有るのなら、それを取り除いてやれば良いだけ、ですからね。
 但し、この抗ヴァンプ薬に関しては大量生産された物ではなく、ごく少量生産された物ですから、俺の式神のハルファスに調達出来るかどうかは微妙な線の代物なのですが。

 何故ならば、これは一九九四年に起きた闇の救世主事件の際に平行して起きて居た吸血鬼騒動の際に作り出された特殊な薬品ですから。

「それにな、タバサ。その巷間でウワサされている吸血鬼の特徴は、オマエさんらの一族の特徴で有る可能性は低いで」

 未だ完全に納得したとは言い難い雰囲気で俺を見つめて居る蒼い少女に対して、更に言葉を続ける俺。

「ガリアやトリステイン、アルビオンの王家に吸血鬼の血が流れて居る。いや、その他の貴族の中にも少なからず吸血鬼の血が流れて居るのなら、その吸血鬼の情報が巷間に流れ出るのは不自然や」

 確かに遙かな過去に存在して居た御先祖さまの一人が、実は吸血鬼だったと言うだけならば問題は少ないのですが、それでも……。

「普通に考えるのなら、自分たちの血の中に吸血鬼の血が混じって居る連中が、その自分たちの正体や弱点に繋がる情報を流す訳はないからな」

 意図的に情報の操作が出来る王家が、こんなヤバい情報を流すのは流石に……。
 何時、恐怖と狂気に駆られた民衆が武器を取り、血吸い野郎を吊るせ、と声高に叫びながら向かって来るか判らないですから。

 おそらく、可能性として簡単に考えられるのはふたつ。
 意図的に偽の情報を流したか、
 それとも、その巷間に語られる吸血鬼と、自分たちの血の中に存在する吸血鬼の因子とは違う種族の物なのか。

「どちらも可能性は有るけど、偽の情報を流すよりは、真実を発表した方が安全」

 真実の中に、多少の欺瞞を混ぜた方が真実味を増しますし、更に、吸血鬼関係の情報と言うのは、犠牲者の生死に関わる情報と成り得るので、自らに税を納めてくれる民をいたずらに死地に追いやるとも考え難い。
 少なくとも、タバサたちの血の中に潜む吸血鬼の因子は、血に狂った獣の如き吸血鬼などではなく、高貴なる者の義務をその精神の中に刻み込んだ種族。自らの民を害する者を許すような連中では有りません。

 そう考えると、このハルケギニア世界には、屍食鬼を作る種類の吸血鬼と、サーヴァントを作る吸血鬼の二種類が居ると考えた方がしっくり来るでしょう。

 その瞬間。紫から蒼へと移行した東の氷空から、黎明の光が射しこんで来た。
 夜の段階から判って居た通り、今朝は冬に用意された晴れ。放射冷却の影響から、周囲の気温は零度を軽く下回っている事が確実な冬至の日の始まり。

 俺の腕時計が指し示す時刻は既に朝の七時。結局、夜の間に現地入りした目的を果たす事は出来ませんでしたが、それも仕方がないでしょう。
 確かに、他人の家を訪ねるには多少、不謹慎な時刻ですが、吸血鬼の脅威に晒された村は、そんな細かな事をどうこう言うとも思えません。

 ならば……。

「そうしたら、そろそろ村に向かうか」


☆★☆★☆


 上座に座らされたタバサと崇拝される者ブリギッド。ふたりの目の前には良く温められた砂糖入りのヴァン・ショーと言う飲み物から真っ直ぐに立ち昇る湯気が、まるで一本の柱のように見えて居た。
 これがお茶なら、茶柱が立ったと言うべき状態なのでしょうが。

 但し、ヴァン・ショーとは砂糖を加えた赤ワインを温めた物。その赤いワイン……。救世主の血に例えられる液体が、この街を覆う暗い影を連想させ……。

 もっとも、この飲み物はこのハルケギニア世界の新年を祝うお祭り。始祖ブリミルが聖地に降臨した日を祝う降臨祭とやらに飲む飲み物だそうですから、その日を明日に控えた今日、遠来からの客人に振る舞われたとしても不思議ではない飲み物らしいのですが。
 それに、ワインに関してはこの地方で造られるワインですが、砂糖に関しては俺が持ち込んだお土産ですし。

 実際は、土地神たちに対する御供え物だったのですが、肝心の土地神たちは存在せず。さりとて持って帰るのも面倒ですし、お土産をガリア政府からの見舞いの品だと言って渡せば、大きな違和感も発生しませんから。

 尚、このハルケギニアの甘味。特に砂糖に関しては、大航海時代が未だ訪れていないハルケギニア世界では当然のように植民地が未だ存在せず……。サトウキビ自体は聖戦の際にエルフの国から奪って来た物が既に存在して居たのですが、それを比較的に温暖なロマリアで、奴隷を農園で働かせる事に因って生産した砂糖が少量出回るだけですから、非常に高価な代物しか存在して居ませんでした。
 病気の際に使用される薬扱い、と説明すると分かり易いですか。

 もっとも、それをガリアの産物に加えるかどうかは……。
 砂糖農園と言うのは安い労働力が大量に必要。地球世界でも、砂糖の生産が増したのは大航海時代の、更にあの悪名高い奴隷商人が横行した時代。
 時代区分で言うと、今、俺が存在して居るこの時代と成るのですが……。

 ただ、この時代に植民地化され、砂糖の農園を開発された国々は、地球世界の歴史では二十一世紀を迎えた現在でも未だ発展途上国と成って居る国々が多く……。
 後の歴史の流れから考えると、お茶、それに砂糖を押さえるのは、世界経済を握る早道と成るのは確実なのですが、その歴史を知って居るが故に、安価な労働力を奴隷制度などに求める訳にも行かず、更に、植民地支配など……。

 俺の思考が、日本語的に説明するとホットワインから、ポルトガル領のマデイラ諸島。そして、アフリカ大陸のベニン湾から、オランダ及び、イギリスの東インド会社の設立時期へとダッチ・ロールを繰り返している最中。
 上座に座らされた蒼い髪の毛の少女が、湯気を真っ直ぐに上方へと伸ばしているカップに両手を添え、ゆっくりと口に運ぶ。

 そして、僅かに洩らされた吐息が口元を白くけぶらせた。

 その瞬間。
 ……現実に国の舵取りを任されている訳でもなし。そんな、袋小路に入るしかない思考に囚われて居ても意味がない事にようやく気付いた俺。
 そもそも、俺の役割は有る一定の時期までルイ王太子の役割を演じる事。其の後は、タバサが望む生活の基盤を作れば良いだけ。

 貴族の生活から離れ、晴耕雨読のような生活の基盤ぐらいなら、差して難しい物でも有りませんから。

 そう結論付け、暖炉を背に上座に腰を下ろした二人の少女から、下座……ドアに近い位置に腰掛ける白髪、白い髭の老人に視線を転じる俺。
 そう、老人。地球世界の日本で言うのなら、見た目は最低でも七十歳以上には見えますが、このハルケギニア世界では庶民の平均寿命は三十代後半。四十代だともう老人の仲間入りだったはずですから……。

 見た目ほどの年齢ではない可能性も少なくは有りませんか。
 髪の毛は多め。当然、それ故に白髪。髭も白い。身長は俺よりは低く、タバサ、ブリギッドよりは高い。おそらく、百六十から七十までの間。恰幅は良い。老人特有の錆びた声に交じるのは、明らかな疲れの色。
 う~む。もしかすると、この吸血鬼事件の心労から、ここ一カ月の間に、それまでに倍する速度で老いが進行して行ったと言う事なのでしょうか。

「それでは村長さん。主だった村人たちを紹介して貰いたいのですが……」

 何時までも捜査を開始せずに、この客間でワインばかり飲んでいる訳にも行きませんし、そう話し掛ける俺。
 尚、この場での役割は、タバサとブリギッドは花壇騎士。そして、俺は騎士見習いの従者。つまり、普段の配置に崇拝される者ブリギッドが割り込んだと言うだけ。

 しかし……。

「それは、村人一人、一人を調べると言う事なのでしょうか、騎士従者さま。
 前に派遣されて来た騎士さま方は、村人全員の身体を念入りに調べましたが、屍食鬼に変えられたと思しき村人は居なかったのですが……」

 かなり陰の気の籠った言葉を返して来る村長さん。体格の良さから受ける雰囲気と、今の彼が発した声、それに、所作が指し示す雰囲気がまるで正反対。
 これが、現在のこのルルド村の置かれた状況を端的に表現していると言う事なのでしょう。
 そして、それと同時に、

【吸血鬼に屍食鬼に変えられた犠牲者は、その身体の何処かに牙を立てられた傷痕が残る。その為に、身体の隅々まで調べるのが犠牲者と、そうでない人間との見分け方】

 俺と村長さんのやり取りを黙って見つめて居たタバサが、そう補足説明を【念話】で伝えて来る。
 成るほど。前に、この村に派遣された騎士たちは貴族のくちづけの痕を調べた、と言う事ですか。それも村人全員と言うから五百人近くの人間の身体を。

「確かに、村人全員を何処か一か所に集めてその場で特殊な魔法を使用すれば、屍食鬼か、それとも普通の人間かの区別ぐらいは付きますが……」

 ブリギッドに関しては謎ですが、俺やタバサの感知能力が有れば、屍食鬼の擬態能力など恐れる必要は有りません。ただ吸血鬼本体の擬態能力に関しては、流石に絶対に見破れるかと言うと、それはどうだろう、と首を傾げる部分も存在しますが。
 まして、俺が実際に知って居るのはサーヴァントを作り出す吸血鬼だけ。それはつまり、それ以外の種族だと出会った事がない、……と言う事ですから、益々、見分けるのは難しく成るとは思いますが。

 しかし……。

「そのような事が可能なのですか、騎士従者さま?」

 かなり強い食い付き方で問い返して来る村長さん。

「え? ええ、まぁ、その程度の事なら一瞬で判りますし、私とタバサさまの二人が魔法を行使すれば、二人揃って見落とすと言う事はないと思いますから……」

 村長さんの勢いにかなり押し込まれながらも、そう答える俺。そもそも、見鬼の能力と言うのはそう言う種類の能力。つまり、俺は仙術の修業を開始する前から、ある程度の霊的な存在を見て居た人間だと言う事。其処から、その才能を伸ばす為に修行を行ったのですから。
 人間か、それ以外の存在が人間に擬態して居るのか、の違いぐらいなら一瞬で判断は付きます。

 俺の言葉を聞いて、安堵のため息を漏らす村長さん。そして、

「確かに、以前に訪れた騎士さま方も、それこそ念入りに村人の中に屍食鬼が紛れ込んでいないのか調べられました。しかし、この村の住人は街に暮らす人と違い、身体の色々な部分に蛭に血を吸われた傷痕や、蛇に噛まれた傷痕などが有って、その内のどれが吸血鬼の噛み痕か判らなかった」

 そしてその結果、今度は、その派遣された騎士さま方すべてが吸血鬼の犠牲と成る事に因って、村人同士がお互いを疑い……。

 村長さんは、其処まで口にして、其処から先は哀しそうにひとつため息を吐いたきり、言葉を続けようとはしなかった。

 成るほど。
 村人同士がお互いを疑い合う。この世界の農業は個人の力だけではとても熟せなかったはず。つまり、これまで村人同士の関係は非常に良好だったと言う事。
 この村の規模から考えると、すべての村民は全員顔見知り。いや、機械化されていない農業が主体のこの村ならば、村全体が一戸の大家族を形成していた、と言っても過言ではなかったはず。

 もし、このような村で、このまま疑心暗鬼に陥った状態が長く続いたとしたら……。
 もし、其処で、誰か一人が村人の中の一人を疑い、声高にその事を訴えだしたとしたら……。

 所謂、集団ヒステリーや、モラル・パニックと言う状況を……分かり易い例を挙げるのなら、中世ヨーロッパを席巻した魔女狩りのような事件を引き起こしかねないと言う事。
 その悲劇的な結末を村長さんは危惧していると言う事ですか。

「大丈夫ですよ、村長」

 分かり易いように大きく首肯いた後に、そう口にする俺。そして、大きくひとつ呼吸をした後、

「最初の八人が吸血鬼に殺された後に、次に我々三人が王都より派遣されて来た理由が直ぐに分かると思いますよ。
 ガリアはこの村を見捨てた訳ではない、と言う事がね」


 
 

 
後書き
 今回は最初から原作小説版の『タバサと吸血鬼』とはかなり違う内容に成りそうな雰囲気ですが。
 もっとも、今までのこの物語の展開から考えると、原作小説通りの内容に成る訳はないんですよね。

 少しのネタバレ。
 茶柱に関する記述は事件の発生の予告です。真っ直ぐに立ち昇る湯気を見て、今日は冬の日にしては珍しい風のない穏やかな日だから来客が有るかも知れない、と言う事。
 但し、これはお茶の話。タバサたちが飲んで居たのは赤ワインを温めた物。

 故に、訪れるのは招かれたお客などではなく……と言う訳。

 尚、お茶の茎が立てたければ、茎の入った安いお茶を飲んで下さい。そうすればいくらでも湯呑の中で立ってくれるでしょう。

 それでは次回タイトルは『カトレア』です。

 ……既に原作版は影も形もない事が丸分かりのタイトルだな。
 
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