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ワンピース~ただ側で~

作者:をもち
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番外9話『火拳で危険』



 アラバスタの港。
 船を隠せる西の入江で、メリー号は足を止めていた。

「左腕のこれが……仲間の印だ」

 ルフィの言葉に、麦わら一味が左腕を突き出す。
 彼らの腕には一様に包帯が巻かれており、それは先ほどのルフィの言葉が示す通り、全員が同じ怪我をしてしまったというわけではなく、仲間としての目印。
 麦わらの一味はその少人数がゆえか、はたまた船長がそうだからか、他の一味に比べて仲間の結びつきが強い。その彼らがわざわざ仲間としての印を腕に巻きつけているのは、バロックワークスには記録した顔に化けられるというマネマネの実の能力者、Mr.2の存在があることを知ることができたからだ。

 ちなみにどうして知ることになったかといえば航海中、暇だからといってルフィとウソップがカル―を釣り餌にして大物をつろうと画策しているときにたまたま釣れたのがオカマであるMr.2だった。お互い正体を知らなかったときは単なるオカマと単なる海賊として仲良くなれた彼らだったのが、オカマを迎えに来た船員たちがメリー号から離れる際にオカマのことを『Mr.2ボンクレー様』とよんだことにより発覚した。

 Mr.2のマネマネの実の能力の対策として彼らは腕に包帯を巻いている。もしも本人かどうかの疑いをかけられたなら、包帯をほどき、そこに描かれた×マークを示す。これが彼らの仲間の印。
 発案者がゾロであるため、この気の利いた印に『このゾロはオカマか?』などというあらぬ疑いを掛けられたりもしたのは余談として。

「じゃあ、上陸するぞ!」

 ルフィの声とともに、またメリー号は動き出した。
 彼らはついに、敵であるバロックワークスの、王下七武海クロコダイルが構える地へと足を下す。

「メシ屋へ!! あとアラバスタへ!」
「ついでかよ!」
「今回の敵は暗殺集団なのよ、ルフィ」
「あぁ、そうだな」
「本能の行動はつつしんで! わかった!?」
「ああ、そうだな」

 結局は麦わら一味らしく賑やかな寄港となったわけだが、そんな中そっと静かにしている人間もいた。

「……」

 ――これ、いいな。

 ハントだ。
 自分の左腕にある包帯を右手でさすりながら、ハントは小さく笑みを噛みしめる。
 彼の思春期はほぼ修行。

 その修行人生に根本から触れた人間は家族以外ではたった一人の師匠とたった一人の友人で、たったのそれだけ。他にもその友人の家族やデンという魚人にはハントも世話にはなっていたが、心から親しいと言えるか、と問われればハントは首を横に振るだろう。

 ハントの世界は決して広いとはいえず、だからこそこんなにたくさんの人間とともに仲間であるという印が自分にあるという事実に、ハントは少なからず高揚感を覚えていた。

 ――っと、そろそろ降りる準備を。 

 そう考えて動き出そうとして、首をめぐらせたときにビビが目に映った。
 自分と同じように笑みを噛みしめているその姿は他人事であり、だが他人事ではない。

 ――もしかして俺と同じような感覚かな?

 ビビのこれまでの経緯を聞く限り、自分の考えは当たらずとも遠からずといったところだろう、とハントは考える。

 自分と同じ感覚の人間がいることに、無性にうれしくなったハントはほとんど反射的にビビの肩をたたき、左腕の包帯を自慢げに見せる。

「……?」

 いきなり肩を叩かれて首を傾げたビビだったが「これ、いいよな」というハントの言葉に弾けるように頷いた。

「とっても!」

 ハントとビビが笑いあう。
 最初は遠慮がちだった微笑みが徐々に満面の笑みへと変化し――

「――ハント!」
「いてっ!」
「ほら、あんたもさっさと準備する!」
「お、おう……ご、ごめん」

 ナミに殴られて少しだけ涙目になるハント。

「……ふふ」

 それもまた、ビビにとっては笑顔がこぼれることだった。




 アラバスタの港町『ナノハナ』の外れ。
 そこで、彼らは海賊然たる人相や恰好をカモフラージュするための服装を用意し、そしてアラバスタの砂漠を越えるための物資を補給していた。ナミやビビの恰好が踊り娘衣装なのは買い出しに行ってきたサンジの趣味全開の結果で、肌の露出が多いため砂漠を歩くには実用性がなさすぎるのだが、ビビのその指摘にもサンジは目をハートに輝かせて「大丈夫」と言い張るのみで一向に聞く気はないらしい。
 女性の対して人並み外れて衝動的なサンジらしいといえばサンジらしいが、彼以外にももう一人、ナミという女性に対しては鼻の下をのばすこと請け合いの人間がいる。

「……」

 もちろん、いうまでもなくハントなのだがそのハントの様子がおかしい。踊り娘衣装のナミに目を奪われることなく、それどころか真面目な顔をしてつぶやいた。

「……ルフィ、遅くないか?」
「……」

 その言葉に、全員が一斉に口をつぐんだ。
 現在ここにいないルフィはアラバスタ特有のメシを腹いっぱいに食ってみたいという欲求に駆られて一人食事処に行っている。ハントの加入により台所事情は随分と緩和された麦わら一味ではあるが、ルフィの胃袋には際限がないらしく、どれだけの大物をハントが狩ってこようと一日たてば骨しか残らない。ルフィ以外の人間は空腹を覚えることのない航海生活をしているが、いかんせん限界があるのかすら疑わしいルフィの胃袋までは賄えきれていない。天候や海路の状況から海に潜らない日もあるので、なおのことだ。

 そういうわけでルフィは今日も今日とて食事を求めて一人で行ってしまったわけなのだが、なかなか帰ってこない。
 嫌な予感を否が応でも覚えさせられるハントの言葉に、まずはウソップが「いくらなんでもこんな短時間で問題を起こさねぇだろ、大量に食いだめしてるだけさ」と笑い飛ばし、全員がコクコクとそれを信じているというよりも願っているという表情で頷いた。

「で、これからどこへ向かうの、ビビ?」

 いつまでもわからない心配をしていても仕方がない。これからの展望を聞くナミの言葉に、ビビが答える。

「何よりもまず反乱軍を止めたいの。そのためリーダーのいる反乱軍の本拠地『ユバ』というオアシスを目指すわ。ユバに行くには――」
「――待て、隠れろ!」

 聞こえてきた喧噪に感づいたゾロがビビの言葉を遮り、体をレンガ壁の内側へと隠す。

「なに?」
「……」

 尋ねるビビの言葉を受けてゾロ、ハント、それに遠視鏡を用意したウソップがそっと壁から頭を出してそれを確認する。

「えらい騒ぎだぜ……海賊でも現れ――」
「――い、いや……まさか」
「いくらルフィったって」

 先ほどの嫌な予感を覚えさせる言葉を思い出して冷や汗を浮かべる3人だが、はたして。

「ああああああ」

 ルフィが叫びながら海軍から逃げていた。

 ――お前かーーーっ!

 一同が盛大にずっこけ、レンガから頭を出してしまった。そして、それがいけなかった。

「よぅ、ゾロ!」
「なにーー!?」

 ルフィに見つかり、声を掛けられた。そうなると当然「麦わらの一味がいたぞぉ!」と、こうなるわけで。

「ばか、てめぇ一人でまいてこい!」
「お、みんないるなー」

 ルフィがマイペースに喜んでいるからなんともいえない。
 全員が一斉に逃げる準備に入った中、一人。

 ――ルフィが逃げる?

 ハントがそれらのやりとりを見ながら首をかしげていた。
 ルフィが逃げるという姿にイメージが追い付かなかったからだ。

 ――よっぽど強い相手でも現れた? ……いやでもルフィがそれで逃げるとは思えないんだけど……となると……うーん。

「まぁ、いいや」 

 結局考えてもわからなかったハントもまた逃げようとしたところで海軍から一人の男が現れたのを目の端でとらえた。

「お前たち、下がっていろ」
「大佐!」

 スモーカーだ。

 ――なるほど。

 ルフィが逃げたのは相手がロギア系のスモーカーだから。今のルフィでは確かに現状として、実力差云々の前に如何ともしがたいものがある。勝てる勝てないではなく触れないのだからどうしようもない。
 別に戦わなければならない相手でもないのだから、ルフィが逃げてくるのは当たり前といえば当たり前。

「逃がすか、ホワイトブロー!」

 スモーカーの煙の拳がルフィへと迫る。
 危機感を覚えたルフィがあわてて逃げ足の速度アップさせるも、ホワイトブローはそれを超える速度でルフィへと迫る。

「っ!」

 ハントが慌ててそれを弾き返そうと、体をすべり込ませようとして……その前に割り込んできた赤い何かに気づき、足を止めた。

「陽炎!」
「え?」
「な」

 首を傾げたルフィと驚きに声が漏れたハント。
 そこにいたのは一人の男。
 上半身を裸で、黒い半ズボンと黒いブーツ。オレンジの赤い帽子についた笑顔と涙顔のバッジがきらりと光を反射して――

「……てめぇか!」
「お前は煙だろうが、俺は火だ。俺とお前の能力じゃ勝負はつかねぇよ」
「――エース?」

 ルフィの兄で。

「――エース!」

 ハントの友人がそこにいた。

「エースのこと知ってんのか、ハント!」
「そういうルフィこそ!」

 顔を突っつき合わせて首をかしげる二人の声を背に聞いていたエースが笑いながら二人に言う。

「変わらねぇな、ルフィ……それに、相変わらずとろいな、ハント?」
「誰なの……!? あれ」

 ナミの声が小さく落ちる。
 予想外の登場人物に、スモーカー含めた海軍どころか麦わら一味まで足を止める。逃げることも忘れたルフィとハントがエースに声をかけようとしたところで、エースが顔をスモーカーへと向けたまま、二人に言う。

「とにかくこれじゃ話もできねぇ。後で追うからお前ら逃げろ。こいつは俺が止めといてやる」
「お、おう!」

 エースの言葉にルフィが頷き、ハントが「は?」と珍しく好戦的な表情をみせた。
 とはいえ、この状況においてハントの表情に注目している人物がいるはずもなく、スモーカーへと警戒を飛ばしているエースもまたそれに気づかずに叫ぶ。 

「行け!」

 その言葉に、ルフィもまたそれに呼応して「行くぞ!」と指示を飛ばす。「え、なにあいつ誰なの?」と混乱するナミたちもルフィの言葉通り、若干の混乱した様子をみせながらも逃げ始めたのだが、ハントだけは足を動かすのではなく口を動かした。

「ルフィ、俺はエースと行くから先に船出しといてくれ! すぐに追いつく!」
「ハン……ああ、わかった! ちゃんと来いよ!」 

 ハントの言葉に少しだけ足を止め口を開きかけたルフィだが、ハントの顔を見て言葉を変えた。ハントなら大丈夫だろうという信頼か、それともハントが珍しく好戦的な表情をしていることに気づいたからか。ともかく「ちゃんと行く!」というハントの返事を聞くとルフィはまた走りだした。

「ハント!?」
「大丈夫、すぐ追いつくから! エースなんかに任せたら安心できないからな! 一応だ! ナミも俺に気にせず先に行ってくれ!」
「う、うん……ちゃんと来なさいよ!」
「当然!」

 自信にあふれたハントの言葉に、ナミも一度視線をさまよわせたもののすぐに走り出す。
 殿(しんがり)を務めることとなったハントとエースが二人してスモーカーたち海軍へと体を向ける。

 スモーカーもここで麦わらの一味を逃すつもりはないが、なにせ相手は煙である自分のホワイトブローをはじいたことのある男と、白ヒゲ2番隊隊長『火拳のエース』。下手にまっすぐ攻めれば被害甚大になるのは目に見えているため、じっと二人の出方を測っている。
 すぐには攻めてこなさそうというその雰囲気を二人は察し、まずはエースが言葉を落とした。

「誰に任せたら安心できないって? ハント」

 先ほどルフィを救って現れた時とは違い、少々不機嫌そうにつぶやかれた言葉に、ハントもそれと同等の温度をもって答える。

「……そもそも誰がとろいって? エース」
「……」
「……」 

 二人してぐっとこらえるかのように黙り込み、そしてきっかり一秒。

「てめぇだよ!」
「お前だよ!」

 と二人の言葉が見事に交差して、

「やるか、こら!」

 また、同時に交差した。
 そこからは売り言葉に買い言葉。

「ほぉ、いい度胸じゃねぇか! また大やけどで動けなくしてやろうか? ハント!?」

 エースの言葉に――

「そっちこそまた食ったもんリバースさせてほしいみたいだな! エース!?」

 ――ハントが受けて立つ。

「4勝2敗って成績忘れてるんじゃねぇだろうな!」

 これはエース。

「ふざけんな! 最初の決闘はなしっていつも言ってるだろうが!」

 そしてハント。

「男同士の決闘に『なし』なんてもんはねぇんだよ! つうかどっちにしても俺のが勝ち星多いのは変わらねぇだろ!」
「全然違うっての! もうすぐ俺がお前に連勝して追い抜くんだよ!」

 完全な子供の喧嘩。 
 麦わらの一味が見れば誰もが驚くだろう。

 ハントは比較的穏やかな性格で、それは普段の口調からもある程度だが現れている。
 よく笑うし、よく焦るし、よくへこむという子供っぽい態度はみせるが、ハントは怒らない。語気が荒くなるのは基本的に激しい突っ込みをいれる時ぐらい。そういう時以外はまるで諭すように笑って気にしない。

 麦わら一味の中では比較的穏やかな性格だと、仲間たちはハントのことをそう思っている。
 だが、そんな穏やか気味なはずのハントの口調が今は荒く、語気も強い。麦わら一味の中でも、もっともハントと親しいナミでもそんなハントを見たことはないだろう。

「お前じゃ一生俺には勝てねぇよ!」
「もう2回は勝ってる!」
「お前じゃ一生俺を追い越せねぇって意味だこのバカ!」
「誰がバカだ誰が! バカって言ったやつがバカだバーカ!」

 珍しいハントの姿がここにはあり、つまりそれは、それだけハントにとってエースはまた特別な存在だということが窺える。

「おーし表でろ!」
「決闘だ!」

 いつまでも飽きることなく続けられそうだった子供の口論は、しまいには男の決闘へと発展し――

「ホワイトブロー!」

 ――なかった。

 当然だろう。
 二人の前にはスモーカーを筆頭に海軍が押し寄せている。背に正義を掲げる彼らが目の前にいる海賊たちの喧嘩をいつまでも放置しているはずがない。
 二人が今にもぶつかりあう、というこのタイミングでスモーカーの煙の拳が飛んできたのは二人の喧嘩を眺めていたから、というわけではなく、おそらくはハントとエースが隙を見せた瞬間を見計らい、その結果として今のこのタイミグとなったということなのだろう。

 スモーカーにとっては二人の最大の隙、最高の好機。それを見計らって放たれた必殺の拳は、だが二人には通じなかった。

 喧嘩していた二人の表情が豹変。即座にそれへと反応してみせた。 

「かげろ――」
「――ふっ!」

 先ほど防いだように自分の炎を飛ばそうとするエースと、そしておそらくはそのエースへの対抗意識からだろう。ハントがそれ以上の速さをもってエースの前に飛び出し、黒く変色した拳を叩き付けてホワイトブローを弾き返した。

「っ!」

 思わず舌打ちを落としたスモーカーとは対照的にハントは自慢げにエースへと顔を向けて笑う。

「まったく、エースはとろいな」
「んなっ!?」

 素っ頓狂な声がエースから漏れた。
 多分、これが言いたいがためにエースよりも迅速に対応してみせたのだろう。
 こういう状況だということを叩き付けられても、やはり子供の喧嘩は終わらないらしい。
 エースが頬をひくつかせ、一度息を落とす。それからハントを睨み付けて―― 

「――げ!?」

 自分へ向かって腕を振り下ろすエースに気づいたハントが、体をすくませる。エースはそれを横目にして――

 ――ハントとスモーカーたち海軍との間に分厚い炎の壁を生み出し、完全に道を塞いだ。

「……お前は相変わらずビビりだな、ハント」
「今のはびびるだろ、誰でも! ……まったく、さっさと行くぞ!」

 そう言って駆け出すハントに、エースもまた同様に走り出す。

「……ふっ……ふっ……ふっ」
「……ほっ……ほっ……ほっ」

 後ろから追手が来ないかを警戒しながらも速度を緩めることなく走り続ける二人だが、その表情には海軍に追われているという気負いは感じられない。いや、実際彼らにはあまり追われているという感覚はないのだろう。もしも実際にスモーカーの部隊と一戦を交えることになったとして、二人は負けない自信を持っているからだ。

 二人が海軍を相手にしないのは、メリットがないから、それ以上でもそれ以下でもなく、ただそれだけ。
 そんなわけでどこか呑気に逃げる二人だったが、追ってはこないと判断したのか、足を止めることはないものの若干の警戒を緩めたエースが言葉を発した。

「にしてもお前がルフィといるなんてな」
「……それをいうならお前とルフィが知り合いだったなんてって感じだけどな」

 ハントとしては当然のように呟いた言葉だったのだが、それにエースが「は!?」と反応した。

「お前、俺に弟がいるって言ったの覚えてなかったのか!?」

 唾を飛ばしまくりながらのエースの言葉に、ハントは甚平で自分の顔をぬぐいながら迷惑そうに言う。

「覚えてるに決まってるだろ……東の海出身でエースの弟での名前が『ルフィ』だろ? 麦わら帽子を気に入ってるっていう……忘れるわけな――」

 そこで、言葉が止まった。
 ハントはなにかを考えるように黙り込み、その間エースはこいつマジか、というような目でハントのことを見つめている。

「……」

 それから数秒。ハントの内心の思考がかみ合ったのだろう、遂に気づいた。

「――あれ……ルフィ? ……ルフィ!! え、お前らもしかして兄弟かっ!?」
「おせぇよ! なんで全部覚えてんのにお前の中で別人扱いだったんだよ! 逆エスパーか!」
「……え、エスパ――」
「いや褒めてねぇよ!」

 鋭いエースの言葉にハントはまた数秒ほど考えるように間をおき「なんか、ごめん」とバツが悪そうな表情で返した。
 ルフィがエースの弟と気付けなかったことで申し訳なさそうにするハントに、エースは呆れたように笑みを浮かべる。
 そもそもエースは弟の話を忘れられていても気にしなかっただろうし、今回もハントが気付いていなかったことに関してなにか謝られるような感情を微塵も抱いてはいない。そもそも謝られるようなことではないことに頭を下げる相変わらずのハントへと、エースは生き生きとした表情で「けど、でもよ?」と言う。
「……?」

 首をかしげた彼に、エースは実に嬉しそうに。

「それならそれで……こうやって巡り会うのはすげぇことだよな」

 ハントとエースが出会ったのは2年前。
 エースは白ヒゲを倒そうと、ハントはエースを倒そうと。決闘を通じて友となった二人。
 それぞれがそれぞれのやるべきことのためにグランドラインの海を逆走し、ハントはエースの弟と偶然に出会い、エースの弟をエースの弟として認識せずに仲間になった。
 そして、こうして二人は友として偶然にここで出会った。 
 この広い海で、偶然に。

「……たしかに、そうだな」

 ――なるほど、兄弟。

 逆転の発想というか、なかなか浮かばない発想というか。それなのに的を射るその言葉に、ルフィとエースに通じる何かを感じさせられて内心で頷く。こうしてエースにもルフィにもよく感心させられることがあったのに心の中で結びつかなかったことにやはりどこかで恥ずかしい思いを抱く彼だったが、その考えはふと浮かんだ問いにかき消された。

「……お前がここにいるってことはまだ見つけてないのか?」
「……ああ」

 ハントの先ほどまであった柔らかい態度が消え、真剣な表情と声色となっての問いかけに何を聞かれているかを察したエースが同じく硬い顔で頷き「けどよ」言葉をつづけた。

「もうすぐ、さ」

 固く拳を握りしめるエースからこぼれる感情。
 様々なソレが入り混じった様子に、ハントもまた同じく拳を握りしめる。
 エースが追っている男は元々は白ヒゲの船の一員で、かつてはエースの部下だった男、マーシャル・D・ティーチ。今は黒ひげと名乗るその男はサッチという仲間を殺して逃げた男で、それはつまり海賊として最悪な罪『仲間殺し』を犯した男。

 エースはそれを追って、今グランドラインを逆走してまでも黒ひげを探し回っている。
 白ヒゲの船と交流のあったハントはサッチのこともティーチのことも知っている。ハントにも思うところはある。だが、白ヒゲの船の一員ではなく、ただ知り合いでしかないハントがそれに関して手も口も出すわけにはいかないことも分かっている。

「……そうか」 

 だから、自然と力がこもっていた拳を緩めて、そう呟くしかなかった。

「……」
「……」

 少しだけ暗くなってしまった雰囲気を察したエースがまた砕けた口調で「そういやお前はどうだったんだ? ここにいるってことはお前の村を襲った海賊はブッ飛ばしたんだろ?」と問いかけ、それを受けたハントは若干の苦い笑みを浮かべて「ん、まぁ雑魚だった」と少し恥ずかしそうに言葉を落とした。

「ハハッ、だろうな。お前がまだまだ足りないっていつも言ってたからどんな奴かと思ってたけどよ」
「……いやまぁ、それに関しては子供のころのイメージが強くてどうしてもさ……本当にナミや村のみんなには申し訳ないって思ってるよ、俺も」

 肩を落として心なしか俯くハントをエースは全く気にせず、わざわざ一人だけ出てきた名前に反応を示した。

「……ナミ?」
「あ」

 思わず漏れた言葉にハントの無意識が伺えるが、それがまた尚更に特別だということを白日の下にさらしていた。

「あー、お前がいつも会いたいって言ってた?」
「……ま、まぁ」

 先ほどとは完全に別の意味で頷くハントの傍らでエースは考えるように顎に手を置き、何かに気づいたのか「あぁ」と手を打った。

「そういえさっきのオレンジの髪の……ナミって呼んでたよな」
「……お、お前あのドサクサでよく覚えてるな」

 YESでもNOでもない、照れを隠しながらの肯定。

「ほー、あれがお前がいつも好き――」
「――だーそれは言わなくていいだろ!」
「なんだよ、別に誰も聞いてないだろ」
「だーうるさいうるさい! 恥ずかしいんだよ、そこは察せよ!」
「恥ずかしいって……ガキかよ!」
「誰がガキだ! ガキって言ったほうがガキだ!」
「その発言がそもそもガキなんだよ!」
「なんだと!?」
「やるか、こら!?」

 ほとんど同じやり取りを少し前にやっておいて、性懲りもなく元気に言い争う二人の口喧嘩はどっちも子供そのもの。先ほどはスモーカーの横やりで喧嘩が止まったが、今度はエースが「おっと」と、不意に一人だけ足を止めて向きを変えたことで中断された。

「……? メリー号はそっちじゃないぞ、エース?」
「俺は俺の乗り物で来てるんだ。それでお前らの船に合流するから、また後でな」
「あぁ、あの便利そうなやつか……わかった、後でな」

 二人して拳を軽く合わせて、別方向へと走る。
 お互いの顔が見えなくなった時、二人の顔は弾んでいた。




 メリー号から離れていくエースを見送る。
「またなー!」と手を振るルフィとハントを見ながら、ナミ、ウソップ、チョッパー、ゾロ、サンジが順につぶやく。

「ウソよ……ウソ……あんな常識ある人がルフィのお兄さんなわけないわ」
「おれはてっきりルフィに輪をかけた身勝手な野郎かと」
「兄弟って素晴らしいんだな」
「弟想いのいいやつだ」
「わからねぇもんだな……海って不思議だ」
「ちょっとみんな」

 最後のビビ以外はなかなかにひどい言葉だが、それが普段のルフィの評価なのだから仕方ないと言えば仕方ない。
 ちなみに、メリー号の中にはカル―の姿がない。
 ついにルフィたちの手によって胃袋の中に……という悲惨な事実があったわけではなく、カル―がいないのは真実をしたためた手紙を王へと届けるため首都『アルバーナ』へと出発しているからだ。
 麦わら一味と別行動なのは、反乱軍を止めるために向かう『ユバ』と方角が違うため。
 と、カルーのことはさておき。

『ナノハナ』で砂漠を渡る準備を終えた麦わら一味は反乱軍が本拠を置く地オアシス『ユバ』を目指すわけだが『ユバ』へ行くためにはこれから緑の町『エルマル』に船を寄せ、砂漠を渡る必要がある。
 砂の国に慣れていない彼らにはきっと大変な道中になるだろう。
 それでも、彼らの目に不安や迷いは一切ない。




 すべてはバロックワークスに仕組まれた無意味な争いを止めるために、そしてそれを例え一人でも成そうとするであろうビビのために。
 彼らは行く。

 
 

 
後書き
ボンちゃん……ごめんよorz 
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