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魔法少女リリカルなのは ViVid ―The White wing―

作者:鳩麦
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第二章
  十八話 Lost memory

 
前書き
もう四月だよ……十八話 

 
人間には、記憶の開始地点と言う物がある。
その人が、何歳の時の記憶からなら、頭の中にぼんやりとでも思い浮かべる事が出来るか。所謂、“物心つく”と言われる其れだ。

高町ヴィヴィオの記憶の明確な開始点が、何時、何処の物なのかは、本人にすら良く分かって居ない。自分が水の中のような、周囲に気泡が浮く場所に居て、その先のガラスと、ガラスの向こうの人影が見えるような、そんな状態。
それだけで有り、それ以外では無い。

次に浮かんでくるのは、母。なのはと、初めて会った時。
何処であるか知らない、緑色の庭園で(後に聞いた話では、聖王教会の庭先だったのだそうだ)何かを探していた自分に声を掛けてくれた、まだ母で無かった頃の母の記憶だ。

その次の記憶は、朱い髪の誰かが、自分を抱いて歩いて居る記憶。もう誰だかは分からないけれど、優しかった筈の“その人”の記憶が、ヴィヴィオの脳裏にはまだこびりついて居た。

其処までは、覚えている。なのに、それなのにどう言う訳か、その後の記憶がヴィヴィオには殆ど無い。……いや。正確には、今自分の兄として居る彼……クラナ・ディリフスの記憶が、ヴィヴィオには殆ど無いのだ。
彼と何時出会ったのかも、どんな話をしたのかも、どんなふうに遊んだのかも、どんな風な表情を彼が自分に見せていたのかも。その全てを、ヴィヴィオには殆ど思い出す事が出来ない。ただそれでも、自分にとってクラナが本当に優しい人物だった事や、頼れる兄のような人物だった事は、うっすらとだが覚えていた。クラナに対する記憶が消えている事で、六課に居たころの殆どの記憶が無いのも、自分が殆ど四六時中クラナと一緒に居たせいだと思う。
だから、もうずっと前からヴィヴィオは、その記憶が戻る事を願っていたのだ。
自分にとっての兄が本当は一体どんな人で、まだ表情を持っていた兄の顔が思い出せれば、今は分からなくなってしまった兄との接し方のヒントになるかも知れない。そう小さな希望を抱いて。
……そうしてようやく今日、その願いが叶った。
確かに、ヴィヴィオの望んだ物は、その中に有った。
本当に優しかった兄も、楽しかった思い出も。ヴィヴィオの心は、確かに記憶していたのだ。その先に有る……クラナの血でベットリと赤く汚れた、彼女自身の掌の記憶と共に。

────

「ん……」
少し気だるげな声と共に、ヴィヴィオは眼を覚ました。
天井が見慣れない場所だったので、一瞬此処が何処なのか分からなくなったが、すぐに察しが付いた。合宿所の、ロッジの中だ。何故自分はこんな所で寝ているのか……確か、今日は陸戦試合をしていた筈……

「ッ……」
其処まで考えて、ヴィヴィオは下腹部に一瞬だけ小さな痛みが走ったのを感じ取る。
其れによって、彼女の記憶が覚えている最期の部分へと結びついた。

「ぁ……」
不意に、自分の右手の有る位置に、目が行く。
掛け布団から引き出したその掌は何時ものように、うすく朱みがかった綺麗な肌色をしていたが、ヴィヴィオの眼には其れが、徐々に赤の色合いが濃くなっていくように映る。自分の動悸が速く、呼吸が浅くなっていくことすら、今のヴィヴィオの意識の内には入らない。
赤みを増していく掌はテラテラと滑るように照りを帯び始め、ドロリと流れて行くその赤が自分の腕を汚し、真っ赤な其れが彼女の意識すら侵食する。やがて視界の先に、有る筈の無い血だらけの少年の姿が映り込み始め……

「ヴィヴィオ?目が覚めたの?」
「っ!?」
「良かった……!」
瞬間、ヴィヴィオは心臓が止まるかと思うほどの驚きの声と共に、ヴィヴィオは声のした方を見た。其処には安心したように微笑んで自分を見る、母の姿がある。

「ママ……」
「……?ヴィヴィオ、どうしたの?どこか痛む?」
「えっ……」
言いながら、心配そうな顔でトコトコと近寄って来るなのはを見て、ヴィヴィオは初めて自分が泣いて居る事に気が付いた。目尻からポロポロとこぼれた涙が、先程まで被って居た布団を濡らす。滴が落ちた事で出来あがった小さな染みが、ヴィヴィオの視界に歪んで映った。

「ママ……ママァ……!」
「わっ……」
一にも二もなく、ヴィヴィオは母に抱きついて居た。強くなろうと決めて以来、ヴィヴィオは母に泣きつく事は極力止めるようにして居た。泣き虫の自分を卒業すると、ゆりかごの事件の後目が覚めた時、母に誓ったからだ。
けれどどうしても辛い時、やっぱり彼女にも限界がやって来て、母に抱きつき、泣いてしまう事はある。そして今回に置いては、最早泣きつく意外の選択肢など、ヴィヴィオの頭の中には微塵も浮かばなかった。

「うっ……ひぅ……ぅぁああ……!」
「ヴィヴィオ……?どうしたの?怖い夢?」
聞きながらも、なのはは優しくヴィヴィオを包み込み、その背中を緩やかに叩き、髪を撫でて、自分を包んでくれていた。

悪い夢を見たのかと問う母に、ヴィヴィオは首を横に振った。
そう、もし眠っている時に見た物が夢であったなら、其れはどんなに素敵な事だっただろう?自分の頭の中だけに有る恐ろしいイメージで、目が覚めたなら全ては無かった事になって居たなら、其れはどんなにすばらしいだろう?けれども自分が見た物は夢ではない……記憶だ。其れは現実に起こった事であり、変えられない過去である。目が覚めても無かった事には成りはしないし、少女の心に其れは容赦なくのしかかる重みだ。

「ママ……私……私……お兄ちゃんに……!ぅあぁ……!」
「ヴィヴィオ……クラナがどうしたの……?」
「私……私……」
そうしてヴィヴィオは、彼女の脳へと還ったその全てについてを、なのはに話した。
自分が起動六課で過ごした日々、思い出せなかったクラナの記憶。ようやく思い出す事が出来た其れ。そして……その先に有った、自分が兄に対して犯した取り返しようもない過ち。

「……そっか……ヴィヴィオは、全部思いだしたんだね……良かった……」
どこか安心したように言うなのはに、ヴィヴィオは嫌がるように首を振り、その安堵を否定した。

「でも……こんなの、思い出したくなかった……!こんな、こんな思い出なんて……!」
「…………」
頭を抱えるようにして首を振る娘の事を、なのはは安堵の表情を真剣な物に変えて、少しだけ憂いたような瞳で見つめていた。しかしそれは一瞬の事。すぐになのははほんの少しだけ小さく深呼吸をすると、其れがまるで当然であるように、ヴィヴィオの小さな体を抱きしめて言った。

「……ヴィヴィオ、落ち着いて?少しだけ深呼吸して、もう一度よーく始めからクラナとの思い出を思い浮かべてみよう?」
優しく、包み込むような温かさを持った声が、耳を通じてヴィヴィオの心を包み込み、その混乱を少しずつ収めて行く。

「ヴィヴィオは今、突然沢山の事を思い出したから、心の底に強く残った記憶ばっかりはっきり思い浮かべてるんだよ……落ち着いて、思い出してみて?その日、その時までに、ヴィヴィオには数え切れないくらい沢山の事が有った筈。その時のクラナは、如何してる……?」
「それ、はっ……」
しゃくりあげながら言ったヴィヴィオの声は涙でぬれていて、今にも消えてしまいそうなほどか細くて……けれども彼女は、はっきりとした声で言った。

「“笑ってる”……!」
そう。その記憶の中には、本当に沢山のクラナの笑顔があった。屈託なく自分に笑いかけてくれた。自分が泣いて居たら困ったように笑いながら、けれど必ず助けてくれた。ヴィヴィオの横で、ピースサインをしながら思いっきり笑ってくれた。何時もいつも、ヴィヴィオと一緒に居る時のクラナは、ずっと笑っていた。
今の何も言わず、黙り込むクラナでは無い。本当に明るい声で、沢山の言葉でヴィヴィオと接してくれていた。まるでなのはと同じくらいに、自分を包んで、心まで温めてくれていた大好きだった兄の姿が、その記憶の中には有った。

「どうしよう、ママ……!」
「……」
「私、お兄ちゃんに、笑って欲しい……笑って欲しいよ……!私のせいで……私のせいなのに……!」
けれどそんな笑顔が、自分の存在と、自分のした事のせいで奪われた。
起こしてしまった過去はもう二度と帰らない。どんなに後悔した所で、取り返しがつく訳ではない。今まで、もしかしたら何時の日か兄が自分を含む全てを許してくれる、そんな日が来るのではないかと、頭の片隅でそんな甘い考えを持っていた。けれど、もうそんなイメージは何処にも浮かばない。きっともう生涯、自分は許される事は無い、そんなイメージばかりが次々に浮かぶ。

……なのに、笑って欲しい。
あの、輝くような笑顔を……大好きだった笑顔を。もう一度だけでも良い。この瞳で見たいと願ってしまっている自分が居る。其れが許される事だ等と自分には到底思えないのに、諦めきれずに、願いだけが頭の中をぐるぐると回る。

「どうしよう……どうしよう……!」
「……ヴィヴィオ……」
泣きつきながら何度も何度も繰り返すヴィヴィオを、抱きしめながらなのははゆっくりと髪を撫でる。

「ママ……!」
「うん。分かった。大丈夫、伝わったよ?ヴィヴィオの言いたい事……」
そう言いながら、なのはは少しの間考えるような表情をした後、不意に少し表情を変えて言った。

「ね。……ヴィヴィオはクラナと、どうしたいかな?兄弟で居たい?」
「え……」
「……昔の事とか今のクラナとか、そう言う事、全部別の所に置いて考えて……素直なヴィヴィオの気持ちを教えて?」
「私の気持ち……」
こわばって居たヴィヴィオの身体が、少しずつ緩んで行く。その感覚を確かに感じながら、なのはは続ける。

「……ヴィヴィオは、クラナと兄弟で居たい?ううん、ヴィヴィオは、クラナにお兄ちゃんで居て欲しい?」
「私は……私は……!お兄ちゃんに、お兄ちゃんで居て欲しいよ……!」
先程と同じく、はっきりとした声でヴィヴィオは言った。望み、予想していた答えが返ってきた事で、なのははヴィヴィオには見えない物の柔らかく微笑む。

「私……お兄ちゃんが大好き……!もっとずぅっと一緒に居たいよ……!お兄ちゃんに話したい事も……お兄ちゃんにして欲しい事も、沢山、沢山ある……!でも……でもっ……!」
「うん。大丈夫。大丈夫だよ、ヴィヴィオ」
髪と背を撫でながら、なのははヴィヴィオの耳元で大丈夫と繰り返す。

「それなら、ヴィヴィオはその大好きな気持ちを忘れないで?何時かきっと、その気持ちが大切になる時が来るから……」
「でも……私、もうお兄ちゃんに……」
再び自らの服をギュッとつかんだ娘に、なのはは一度クスリと笑って言った。

「ヴィヴィオが諦めちゃうなんて、珍しいね?」
「そ、そんなの……!だって……仕方ないの……」
「仕方ない事何て無いよ。それに……ママはヴィヴィオとは少し反対に考えちゃうなぁ」
「え……?」
ぱっと顔を上げたヴィヴィオに、穏やかに微笑んで、なのはは言った。

「ママは、これからはヴィヴィオとクラナはもっともっと仲良くなれると思うよ?」
「む、無理だよ……!」
「こぉら」
「ふみゅっ!?」
目じりに涙を浮かべたまま顔をブンブンと横に振ったヴィヴィオに、悪戯っぽく微笑みながらなのはは指先で彼女の口を塞ぐ。

「無理。なんて、すぐに言っちゃダメだよ?ヴィヴィオが諦めないならまだ出来るかもって思える事でも、「無理」って思っちゃったらすぐ本当に出来なくなっちゃう」
「……ママは……どうして、そんなに……」
自信に満ちているのかと、ヴィヴィオは問うた。
自分のした事を母は知っている筈なのに……その時の、クラナの様子も知っている筈なのに。クラナが、どれだけ自分に傷つけられたかを知っている筈なのに……どうしてそんなに自信に満ちて「大丈夫だ」と言えるのか……
問われたなのはは、少し苦笑した後、のんびりとした様子で言った

「……うーん、じゃあ、ちょっとだけ弱気なママも教えちゃおうかな?」
「弱気な……ママ?」
「うん……ちょっと前までは……ママも今のヴィヴィオみたいに、とっても不安だったんだよ?ヴィヴィオとクラナが、この先どんな風に向き合って行くんだろう。とか、ママは二人をどんな風に支えて言ったらいいんだろう。とか」
悪戯っぽく言った台詞は、実を言えば、本音のかなりの部分を隠していた。
なのはは、本当に自分が恐れていたのは、“自分が”クラナとどう向き合っていくべきなのかと言う所であると自分で分かって居たからだ。いや、恐れて“いた”と過去形に表現するのは間違っているのだろう。正直を言えば今だって怖いから。けれど少なくとも……

「でもね?今は……あんまりそう言うの、心配して無いんだ」
これも本音とは少し違う。心配に決まっているし、少しだが恐怖もある。だが、彼女は今になって、クラナと接することへの手掛かりのような物を得たのだ。
今ヴィヴィオを前にしてこれだけの余裕を持てているのは、その手掛かりが彼女の心を支えているからに他ならなかった。……今日、クラナと正面を切ってぶつかってみて分かった事……クラナの事を信じると決めた事を、少なくとも間違ってはいなかったと、そう思えたのだ。
試合の中で、クラナと久しぶりに本気で力をぶつけ合って、真っ直ぐ自分を見るクラナと再会して……そうして最期の瞬間、ほんの一瞬だけ見えたクラナの小さな笑顔の中に、なのはは確かに、昔の……眩しい笑顔を放っていた時の、クラナを見つける事が出来ていた。
きっと、居るのだ。今でもクラナの中には……昔の、あの笑顔を何時でも振りまいていた頃の彼が。だから……

「ヴィヴィオは、今までみたいに……ううん。難しかったら、少しずつでも良い。クラナの事が大好きだって、クラナに伝えて上げて?きっと大丈夫。ママも頑張るから、ね?」
ポンポン。とヴィヴィオの髪を撫でながら、目線を合わせて言うなのはに対して、ヴィヴィオはしばらく泣きそうな(まぁ半分以上泣いて居るのだが)顔をしてはいたが、やがてほんの数滴の勇気を振り絞って、頷いた。

「……わかった。頑張る……!」
「……ありがとう」
そう言って、なのはは再び強く娘を抱きしめた。そして同時に……

『……ごめんね?』
心の中で、小さく謝罪する。
この選択が、ヴィヴィオに負担を掛ける事は、なのはも分かっている。出来るなら、娘にこんな風に負担を強いるのは、母親としてなのはも望んでいる訳ではない。しかし、やはりどうしても……ヴィヴィオに、クラナとの事を諦めるのだけは避けて欲しかった。
ようやく、希望が持てたのだ。……この四年間、殆ど進歩する事が出来なかった高町家の現状に、ここ最近になってようやく光明が差し始め、やっとの事で今日、なのははクラナとの関係に心の中で小さな光明を見た。出口(ひかり)の見えない暗闇の中を、あるかも分からない其れを求めてただ進むのではない。ぼやけていても、不確かでいても、ほんの小さな確信を持って目指せる希望が、ようやくなのはの歩く心の暗闇の中に見えた。
ただ皮肉なのは、なのはがそれを掴んだのと同時に、今まで根拠もなく。しかしだからこそ確かな強さを持って目指せていた出口を、ヴィヴィオの方が見失ってしまったと言う事。
その強さに、この四年間の間なのはは支えられてきた。だから……今度は、自分が手を引いてやらなくてはならない。ヴィヴィオが、出口を探す事を諦めてしまわないように。暗闇の中に居続ける事を、認めてしまわないように。何故なら自分(なのは)は、彼女(ヴィヴィオ)の母親なのだから。

────

同じ頃。クラナは一人で、野外の修練場に来ていた。

[相棒、拳が……!]
「────ッ!!!」
誰にも聞こえない雄叫びをあげた少年の拳が、野外に設置された丸太にマットを巻いて作られた的に対して凄まじいスピードで撃ちこまれる。
連続で撃ちこまれた拳は、衝撃を受けた丸太が魔力で強化されているにも関わらず、魔力を一切使わない素手の拳で丸太の形を変形させ始める。曲がって行く丸太は今にも折れそうで、実際クラナが連続の拳が50を数えてから少し立った時点で拳を止めて居なければ丸太は間違いなく折れていただろう。

「ッ……はぁ……はぁ……」
[相棒……]
荒い息を吐くクラナの拳は、血が滲み薄赤く染まって居た。滴となった朱い結晶がポタポタと落下し、地面を少しだけ濡らす。俯きながら其れを一瞬だけ見て、クラナはもう一度その拳を丸太に向けて叩きつける為、右手を振りかぶり……

「やめとけ」
「っ……!」
しかし後方から何ものかが腕を掴んだ事によって、その腕は突き出されるより前に止められた。

「ライノ……」
「よっ」
反射的に振りむき、真っ赤になった視界の先に見慣れた親友の姿を見止めた途端、赤熱した視界が元の夜の闇色を取り戻す。

「ったく、せめて強化くらい使えよな。巻いてあるマット、意味ねーじゃん?」
「……ごめん……」
腕を組んで呆れたように言うライノに、クラナは俯きながら言う。そんな様子に、ライノは苦笑しながら要求するように手を出した。

「ほれ、腕見せろ。治してやっから」
「…………」
クラナは一言も発しなかったが、特に嫌がる様子もなく黙ってライノの言葉に従った。ライトイエローの光がクラナの拳を包み、すぐに止血と回復が為されて行く。

「ったく、格闘戦技者にとっちゃ拳は命だろ?自分で傷つけんなよアホらしい」
「うん、ごめん……」
「…………」
俯きながら治療を受けるクラナに、ライノは溜息を吐いて治療を続ける。

「今日の事な……まぁ、見て見ぬふりしろ言えねぇけど、あんまり気に病むなよ。妹ちゃんの記憶が戻って来るのは、何時かは来るって分かってた事だ。お前のせいじゃない」
「分かってたのか……」
少しだけ、驚きで顔を上げたクラナに、ライノはニッと笑って言う。

「タイミングが良すぎたからな。なのはさん達はモニタ見て無かっただろうから分かんなかったと思うけど……もろ肩の傷見えてたし。気がついてたか?俺、あんときフィールドにサーチャー飛ばしてたんだが……」
試すように言ったライノに、クラナは少しだけ苦笑して小さく肩をすくめた。

「ブレイカーが過ぎた後に飛ばしたやつでしょ?俺と戦ってる時に、アインハルトに邪魔されないように先に彼女を狙ったんだよね」
「っはは。やっぱばれてたか」
「相変わらず、ライノは抜け目無いよ」
そうなのだ。アインハルトには偶然のような事を言っておいて、実を言うとライノが二回連続で彼女と戦闘をしたのか彼自身狙ってやった事だった。と言うのも、位置取り的に、クラナとヴィヴィオが非常に近い位置に居たのである。
クラナを先に相手にする事で、ヴィヴィオと連携してクラナを排除する事も考えなかった訳ではない。が、その場合フリーになったアインハルトから奇襲を受ける恐れがあった四、其れをさせる間もなく狩れる程の自身も無かったので、先にアインハルトを抑えに回ったのだ。

「相変わらず、か……」
「……?」
少しなつかしむような声で言ったライノに、クラナは少しだけ首を傾げる。

「なぁ、クラナ。話少し変わるけどさ、お前、今年は出ねーの?」
「今年……?」
「IM」
「…………」
首を傾げたクラナに、即座に答えたライノの発した言葉を聞いた途端、クラナが黙り込んだ。

「ライノは出るの?」
「まぁな。出ねーと煩いのも居る事だし……」
「あぁ、あの人か」
少しだけ愉快そうに笑って言ったクラナとは対照的に、ライノの顔は苦々しげだ。

「ったく、毎度毎度おせっかいも良いとこだぜ俺の姉かアイツは」
「似たような者だと思うけど」
「冗談」
ふんっ。と言ったライノに少し苦笑してから、クラナは何処か遠くを見るような眼をして目を細めて言った。

「IMか……俺は、やっぱり、今年も出ないかな……」
「何でだよ。別に何か引っ掛かる訳じゃねーんだろ?」
不服そうに言ったライノに、クラナは頭を掻く。

「そうだけど……何となく、さ」
「何となくで俺はお前とのケリをこのまま先延ばしにされんのかね」
「う……」
少し棘の有るその言葉に、クラナは言葉に詰まる。彼の言う事が、珍しくライノの不満をありありと表す言葉だったからだ。

「まぁ、お前の考えてる事は分かるぜ。去年のはヴィヴィオが格闘戦技やってっから、その事であんまり目立たないようにしたんだろ?」
「まぁ……」
図星のクラナに、ライノは押し込むように続ける。

「けどな、いい加減一昨年の事情も三年前の事情も打ち止めにしてくれよ。それとも、まだ……」
「……いや、それに関しては平気……だと思う。けどさ……その、今年は……」
「今年はって去年も聞いた。今度は何だよ?」
「うぐ……」
ジトっとした目で自分を睨むライノに怯みつつ、クラナは言う。

「……今年、アイツも十歳だから、出られるんだよね。あれ」
「……?それがなんだよ」
アイツ、と言うのがヴィヴィオの事を指している事は、ライノにも理解出来た。しかしそれがなんだと言うのか。彼女がIMに出ることと、彼がそれに出ない事は、関係が無い。件のIMは男女別に分かれているので、彼と彼女は大会の日程も相手も別なのだ。

「だから……その」
「まさかお前、妹に少しでも関わんねーようにIMにも出ねーって言いだすつもりか?」
「…………」
何も言わないクラナの沈黙は、彼の答えを分かりやすく表していた。

「あのなぁ……!お前そりゃいくらなんでも行き過ぎだぞ!」
「だって……ライノも見てただろ?俺がアイツに関わると、やっぱり、良い事無いよ」
「だから、アレは初めから分かってた事だろ……お前は、気に、しすぎ!」
「う……」
指をさしながらズイズイと迫るライノにたじろぎながら、クラナがうっすら後ずさる。

「それに、こればっかりは彼奴自身の越えなきゃなんねー問題でもある。仮にお前が離れて目を反らした所で、彼奴の為にならねーだろ」
「それは……」
ライノの言葉に、返す言葉が見つからなかったのか、クラナは俯く。そんな様子に少し息を吐きながら、ライノは厳しい声のまま言った。

「いや……寧ろ、本当に為にならないのは、お前に取ってか」
「……ッ!」
何処か冷やかに聞こえるその言葉は、クラナの心を正確に抉った。それを、顔を伏せたまま反らしたクラナの表情は、ありありと示している。

「一番彼奴とのかかわりから逃げたがってるのは、お前だもんな」
「……それは」
一言も返せず、そのまま黙りこむクラナにライノは一つ溜息を吐いてから、空を見上げながら言った。

「……彼奴等と向き合って、結論を出すのが怖いって言うなら、俺はこれ以上何もいえねぇけど、昔みたいに戻る事を目指すにしろ、きっぱり拒絶するにしろ、“怖い”をそのままにするんじゃ、“苦しい”のも、そのままだぜ?……お互いにな」
「…………」
そう言うと、ライノはよっこらせ。と立ち上がり、ニッと笑って言った。

「ま、後悔しないように何時かはけじめ付けろよ。んじゃ、言いっ放しで悪いが……俺は先戻ってっから」
「……うん」
クラナがコクリと頷くと、ライノはのんびりとした様子でロッジへと戻って行く。

「……怖いままじゃ……苦しいまま……か」
[……相棒……]
空を見上げて、クラナは呟く。
空に輝く星達は、クラナに何か答えを示してくれるわけではない。しかしそれでも、少しだけ乱れた心を落ち着かせてくれる気がした。
 
 

 
後書き
はい!いかがでしたか!?

な、難産だった……クラナ、なのは、ヴィヴィオ。ある意味、この物語のメイングループとも言うべき三人。彼らがヴィヴィオの中に封じられた記憶が戻った事で、どう変わっていくか。
それが今回のスタンスだったんですが……すっごい悩みました……!

しかも実際文章として出した今でも、これで良かったのか全く確信が有りません……

本当に申し訳ないです……すみません。
次回も何時になるか分からない状態ですが……気長にお待ちいただければ幸いです。

では、予告です。

アル「アルです!いやぁ、今回は本当に複雑というか……凄く色々な考えが交錯した話でした……」

ウォーロック「実際の所形にしてしまうと単純ですが、それぞれを関係つけて考える上で作者さんは苦戦していたようですね」

ア「ですねぇ、しかし此処まで送れるのはどうなんでしょう……」

ウ「此処は後でお仕置きでもしますか……」

ア「う、ウォーロックがお仕置きですか?……ガクブル……」

ウ「何か?」

ア「い、いえ!なんでもありませんよ!さて、次回、《合宿終了!》です!」

ウ「ぜひご覧ください」 
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