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魔法少女リリカルなのはANSUR~CrossfirE~

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魔道世界アースガルド。
それは、人間の住まう“表層世界”という単一次元の中心に位置すると言われている“氷零世界ニヴルヘイム”、“煉生世界ムスペルヘイム”に並ぶ三大原初世界、そのリーダー格。

“アースガルド”は唯一の大陸、“聖域イザヴェル”以外がすべて海となっている世界だ。
ならば“アースガルド”に住まう人間はその1つしかない“イザヴェル”にだけ住んでいるのか?
答えはNo、それは違う。“イザヴェル”に人間は誰一人として住んでいない。なら無人世界か?それも違う。“アースガルド”の人間が住んでいるのは、遥かなる空に浮遊している4つの大陸だ。
“イザヴェル”よりそびえ立つ“支柱塔ユグドラシル”。全高2万mという超が幾つも付く高層建築物、“支柱塔ユグドラシル”の半ば辺りを囲むように四大陸がして浮いている。

四つの王族がそれぞれ四大陸を治めている。
“アースガルド”最初の王にして、“魔術”と呼ばれる能力を生み出した【原初王オーディン】の末裔である“神聖なるものセインテスト王家”の治める“グラズヘイム”。
“清廉なるものレアーナ王族”の治める“ヴィーズブラーイン”。
“境界なるものグローリス王家”の治める“アンドラング”。
“絶対なるものクルセイド王家”の治める“ギムレー”の四大浮遊大陸がある。

その内のひとつ、“グラズヘイム”大陸の中央には途轍もなく巨大な宮殿がある。その名を“ヴァルハラ宮殿”。1つの町がすっぽり入るくらいの大きさだ。元々はセインテスト王家が住まう宮殿だったが、今は大陸と同じ名を冠する“グラズヘイム城”に移っている。


今回の話は、1000年と続いている“大戦”が終結する前のお話。
大戦を終結させるための、同盟世界の王族(生まれつき魔力量が半端じゃない)のみで構成された少数精鋭部隊“アンスール”が設立され、大戦に参戦する半年前のお話。
舞台は“ヴァルハラ宮殿”。セインテスト王家の代わりにその宮殿に住まうことになった住民たちのお話となる。



――セインテスト王領グラズヘイム大陸・ヴァルハラ宮殿

広大な宮殿内に何千と在る部屋。ここはその中でも会議室としての色合いが強い豪華絢爛な大部屋。窓と天井は全てステンドグラスのとなっているため、差し込む日差しの色は様々で、室内を幻想的にしていた。
その部屋には幾つもの人影が集まっている。部屋の中央、巨大な円卓に座する人影は、セインテスト王家の代わりにここ“ヴァルハラ宮殿”に住む事になった者たちだ。そんな彼らはこう呼ばれている。完全自律稼働人型魔道兵器・“戦天使ヴァルキリー”と。

“ヴァルキリー”は完全自律稼働人型魔道兵器と云われる通り人間ではない。外見はどこからどう見ても人間だが、実際は魔術などの技術によって創り出された人工的な存在だ。
そんな彼らは、自らの生みの親であるセインテスト王家の現王【ルシリオン・セインテスト・アースガルド】と、同盟世界の一つ“氷零世界ニヴルヘイム”の王族・第二王女【シェフィリス・クレスケンス・ニヴルヘイム】を、それはもう途轍もなく慕っている。
実際に、ルシリオンはお父様や父上など父が付く呼称、シェフィリスはお母様や母上など母が付く呼称で呼ばれている。

「さて今回、各隊の隊長格の貴女たちに集まってもらったのは他でもありません」

円卓に座する1人の少女型の“ヴァルキリー”が立ち上がった。
名を【プリメーラ・ランドグリーズ・ヴァルキュリア】。彼女は第七世代ランドグリーズ隊の隊長を務めることになっている。
美しい金の長髪を赤いリボンで結ってハーフアップにし、角度によって色の変わる瞳を持つ。同盟軍の制服とも言えるハイネック・前後の裾が燕尾の黒い(色は個人で違う)長衣、ロングコートを着て、彼女独自の黒のハーフパンツ。
雷滅(らいめつ)殲姫(せんき)”というコードネームを持つ、雷撃系最強の彼女は他の“ヴァルキリー”を見回す。

「貴女たちに1つお尋ねします、今日の暦は判りますか?」

今、円卓に座している八人全員が女性型だ。しかも全員が8つある部隊の隊長と副隊長である。男の隊長・副隊長の姿はもちろん無い。ここは今、乙女の秘密会議場なのだとはいえもう1人の少女型の副隊長が居るが、都合(システム最終調整)が悪く来られなかった。

「今日は、えっと・・・フェブルアーリ・トレーディエ、だね」

プリメーラの問いに答えたのは10歳くらいの少女だ。
シーブルーのふわりと広がるロングヘア、チェリーピンクの大きな瞳、少し釣り目だがそこが何となく可愛らしい。
名を【ナーティア・ヒルド・ヴァルキュリア】。第三世代ヒルド隊の副隊長を務めることになっている。
彼女は制服ではなく、灰色のブラウス・赤いリボン、スクエアの白いロングワンピース。腰辺りから前開きとなって、黒いプリーツスカートが見えている。いつも被っている白いボーラーは、今は取って膝の上に置いている。
コードネームは“凶狩(きょうしゅ)蒼水(そうすい)”。ルシリオンとシェフィリスが新たに作り出した水流系術式の完全機。

「ええ、その通り。本題ですが、私たちヴァルキリーの親であるお父様の誕生日フェブルアーリ・フェムテが近付いています。そこで、お父様をお慕いしている女性型を代表するヴァルキリーで、その誕生日にお父様に何かを贈りたいと思ったのですが・・・」

プリメーラはそこで区切り、少し逡巡した後に小さく項垂れる。その様子に首を傾げる他の“ヴァルキリー”達。そこに1人の女性が、

「あはは。何を贈ればいいのか判らない、ということよね? プリム」

プリメーラの愛称プリムと口にしながら彼女の図星を突くのは、第一世代ブリュンヒルデ隊の副隊長【リアンシェルト・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリア】。
氷浪(ひょうろう)の鏡”のコードネームを持つ、氷雪系第2位の“ヴァルキリー”。
髪はシアンブルーのインテーク、背中まで伸びる髪は毛先が外へ向かってカールしていて、頭頂部から一房の髪(俗に言うアホ毛)が伸びている。フリルの付いたハイネックの純白のロングワンピース。胸元にはサファイアのブローチ。その上から青のクロークを羽織っている。

「そうなんです、リアンシェルト。大戦参加前ですし、お父様はお忙しそうですし、ですからお邪魔も出来ませんし。はぁ・・・ですがお父様を慕う私は何かしたいと強く思っています」

「いっそ告白でもすれば? 大好きです。母上以上に父上のことが大好きです、って」

「「「「「「「な・・・っ!?」」」」」」」

告白すればいいという提案を口にした者以外が絶句する。
提案した女性、【ティーナ・ヒルド・ヴァルキュリア】はヒルド隊の隊長で、コードネームを“凶狩(きょうしゅ)紫炎(しえん)”。
スカーレットの足元まで伸びる髪、アクアブルーの瞳は鋭い。前後燕尾な赤色がかったセーラー服。上から制服の黒のロングコート。彼女独自の黒のハーフズボン。副隊長のナーティアの姉で、炎熱系最強の“ヴァルキリー”、そして最も特攻主義なミサイル女。
そのティーナの提案に顔を真っ赤にして口をあわあわ震わすプリメーラ達。

「な、ななな何を言って・・・! こ、ここここ告白なんて恐れ多い・・・!」

特にうろたえているのは十代前半くらいの少女【ソアラ・ランドグリーズ・ヴァルキュリア】。
プリメーラの部隊、ランドグリーズの副隊長を務めることになっている、コードネーム“戦駆の騎将”を持つ、外見に似合わぬ騎兵だ。
アースガルド王族特有の銀髪。額を大きく出したM字型の前髪、後ろ髪は一対のストレートのおさげ。スカイブルーの瞳は深く澄んでいる。膝下まである白のセーラーワンピース・黒リボン。そして蒼いワンピースと同じ長さのエプロン。

「コホン、小さい子をからかって、ティーナは悪い子だね~」

そんなソアラの慌てふためく姿に、「クク」と笑いを噛みしめているティーナを窘める女性。前髪を分けて額を少し出したマドンナブルーのショートヘア、ホライズンブルーの瞳は少し釣り目。制服の長衣は白。上から制服である青いロングコートを着ている。
彼女の名は【氷月(ひづき)・ラーズグリーズ・ヴァルキュリア】。
コードネーム“瞬凍(しゅんとう)狩神(しゅしん)”を持つ、第四世代ラーズグリーズ部隊の隊長を務めることになっている氷雪系最強の“ヴァルキリー”。彼女も頬を赤らめていたが、自分の冷気でクールダウンさせたようだ。

「と、とりあえず言葉よりも、もっと喜んでもらえるようなモノが良いと思うのだけど・・・」

「愛の告白っていう言葉でも十分父上は喜ぶと思うけど?」

「愛の告白かぁ・・・。お父様にフラれるの前提でソレはシステムの自壊行為かも。この大事な時期にお父様に告白して、フラれたショックで頭ん中(プログラム)異常発生(バグ)ったら、それこそ終わりだよ?」

「うわぁ、それは嫌ですね・・・。修復時に今までの会話記録を見られたらもう生きていけません・・・」

「でもティーナの提案は悪くないと思うよ。もちろん愛の告白は行き過ぎ、もとい恥ずかし過ぎ、さらにフラれるのが確定してるから無理だけど、お父様の心に残ってくれるようなメッセージを贈るのは良いと思う」

プリメーラ、ティーナ、ナーティア、ソアラ、リアンシェルトがそれぞれ言いたい事を言っていく。それから幾つかの案が出されていく。肩もみ、お茶くみ、模擬戦の相手等など。しかし言い出しっぺのプリメーラが難色を示す。もっといい案は無いのかと。氷月と他の2人はただ黙って聞いているだけだ。

「だったら、ここは王道の手料理でいいんじゃないの?」

今まで黙っていた1人の女性が挙手し、そう提案する。
第二世代アルヴィト部隊の副隊長、“双剣の帝”のコードネームを持つ【ミスフィ・アルヴィト・ヴァルキュリア】だ。
ロングの金髪を白リボンで結い、ふわりとしたポニーテールにしている。足元まである長衣は灰色。そして黒のジャケット・黒の前開きスカート。いつもキリッとした彼女のジェードグリーンの瞳も、ここにアルヴィトの隊長が居ないことで柔らかなものになっている。
そのミスフィは挙手して、真っ先に挙がりそうだった手料理という提案をする。静まる円卓。ここに居る誰もが手料理と真っ先に考えていた。確かに考えていた。が、あえて誰も口にはしなかった。

「あのグラズヘイムのセインテスト王でありながら、家事が得意という父さま相手に、料理経験が一切無いあたし達が料理を振舞う。どういう結果が待っているのか火を見るより明らかだわ」

黙っていたもう1人の女性が小さく挙手しながら、手料理という案をバッサリ切り捨てる。
彼女は【アーフィ・ラーズグリーズ・ヴァルキュリア】。氷月を隊長とするラーズグリーズの副隊長だ。
コードネームは“幻界(げんかい)の司書”。遠距離からの儀式魔術を主とした攻撃・支援を行う機体だ。
オレンジ色のセミロングの髪はウェーブが掛かっていて、オパールブルーの瞳はクリっとしている。薄い桃色のブラウスに赤いネクタイ・赤ブレザー、黒のプリーツスカートという格好だ。

そんな彼女アーフィと、ティーナとミスフィを除くメンバーが「う゛っ」と胸を押さえた。彼女たちの父ルシリオンは何でもこなす。一国を治める王でありながらも家事でも何でもする。
そのため、いつしか料理の腕前がなかなかのものになっていた。で、対する“ヴァルキリー”は料理などしたことがない。日頃から戦闘機能の調整、時間があれば人間の手伝いをしている。しかし料理は範疇外だ。だから手料理を振舞うという案を口に出せなかった。

「みんなの心配はごもっとも。1度も料理をしたことのないあたし達が料理をして、父さまを満足させられるかと言えば、んなの無理っしょAhaha♪だね。でもね、一朝一夕で上手くならないのは人だけ」

アーフィの言わんとすることが何なのか察したプリメーラとリアンシェルトは待ったをかける。

「料理機能のプログラムをインストールすれば、労せず料理が出来るって言いたいのですよね?」

「確かに即料理の上達者になるけど、それはなんか違うんじゃないかな・・・? 反則というか何というか・・・。お父様に出すのが失礼な気が・・・」

2人にそう言われたアーフィは「まぁそれが嫌なら別の方法だよね」と溜息。そこに氷月が「なら料理の出来る方に習えば?」と提案する。再び沈黙する円卓。さらにミスフィが「学習機能をフルに使えば、お父様の誕生日までには十分間に合うと思う」と続ける。

「それなら努力しての上達ですから、反則っぽくはない、よね?」

ナーティアが姉のティーナに聞く。ティーナは「どっちにしろ、想いがあれば何でもいいじゃない?」と返す。ソアラが「それじゃあお父様へのプレゼントは、わたし達の手料理で決定ですか?」と8人の“ヴァルキリー”を見回す。氷月が今回の乙女秘密会議(仮)の議長であるプリメーラに視線を送り「どうする? プリム」と尋ねる。

「私もそれでいいと思います。誕生日に手料理のプレゼント・・・最高では?」

目をキラキラさせているプリメーラがリアンシェルトへと視線を向ける。

「最高、かな。お父様に喜んでもらえるのなら何でもやる。それがお父様の得意な料理となれば、褒めてくれるかもしれないね」

リアンシェルトもまた目を輝かせてプリメーラに答える。そんな彼女たちをこっそりこの部屋の外、扉を少し開け、回廊より室内を覗き見する人影が1つ。

(うわぁうわぁ、面白い事になってる! ルシルに手料理を振舞うって、どんだけモテるのアイツ! もしかして女の子型のヴァルキリー全機に好意を持たせるようにプログラムしてるんじゃないでしょうね・・・?)

女性だ。燃えるようなカーディナルレッドの髪はインテーク・長い後ろ髪を背中で結っていて、頭頂部より2本のアホ毛が伸びており、気の所為か意思を持つようにピョコピョコ揺れている。オリエンタルブルーの瞳は興味津々といった風に輝いている。
彼女の名は【ステア・ヴィエルジェ・ムスペルヘイム】。アースガルドと同盟を結んでいるムスペルヘイムの王族・第一王女だ。
ニッコニコな笑みを浮かべているステアはプリメーラ達に気付かれないようにその場を後にする。回廊をスキップしながら進むステア。着ている厚手の白ブラウス・赤リボン・ロングの白プリーツスカート、ムスペルヘイム軍将軍としての階級章が襟に付いた真紅のロングコートがその都度はためく。
その顔は何かを企てているような悪戯っ子の顔だった。

◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦

――ヴァルハラ宮殿・調理室

宮殿内に幾つもある調理室の内、使用人の賄いを作るためだけの調理室へ移動したプリメーラ達。そんな彼女達は今、全員髪を後ろで結い、料理の邪魔にならないようにしている。ここの調理室には10台のキッチンが置かれており、それぞれの料理を製作している。そんな彼女たちを見守っているのはステアだ。

「レシピとか要らないの。味や見た目なんて言うのは二の次っ。手料理に一番必要なのは想い・・・そう、愛なのだっ!」

手を胸の前で組んで、その場でクルクル回りながらそう力説する。プリメーラ達は「はいっ、先生!」と返事。ステアは悪戯心からプリメーラ達に何の知識も与えず調理させた。手料理には愛、味は要らない。それを強引に押しまくって。もちろん渋った彼女たちだったが、ステアはこう言って説得した。

――ルシルは完璧じゃなくたって、努力した結果を好む――

ルシリオンの性格を知っている彼女たちはそれで納得した。そして今、調理室内は戦場となっていた。

「あわわっ、調味料を間違えました~(泣)」

「大丈夫♪ そのミスを帳消しになるように別の調味料を入れよう!」

「痛っ!・・・・・初の被ダメージが包丁による自傷・・・orz」

「大丈夫? ていうか不器用なのね、氷月」

「ああああああああっ! 火が食材に燃え移ってる!」

「うわっ? ナーティア、水!」

「あ、はい! 真技っ!」

「待った! ボヤにも入らない火事に真技ってダメっ!」

ナーティアを押さえこむミスフィ。その間にティーナが燃えている食材を手にして流し台にポイ、蛇口から水を出し消火。大事にはならなかった。だが騒ぎは収まることを知らない。

「食材が逃亡した!?」

「にゃぁぁぁああああああっ!? 足にタコが絡みついてるっ! ダメ! 気持ち悪い・・・!」

「誰かアーフィの足に絡まってるタコを剥がすの手伝って!」

「イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ・・・・プチ」

「アーフィがキレた!」

「押さえろ! 儀式魔術を発動されたら調理室が吹っ飛ぶ!」

「調理室どころか私たちも吹っ飛びますって!」

「キャハ♪ 黒コゲにしちゃうから☆」

「アーフィの性格が変わっちゃってます!」

「アーフィはキレると性格が可愛い方向に変わる、っと。ルシルとシェフィに報告ね」

「ステア様も止めてくださいよっ!」

そんな騒ぎの果て、ようやく料理が完成した。調理室の床にへたり込んでいるプリメーラ達。タコに穢されたと喚いたアーフィに至ってはうつ伏せに倒れているまま。

「とりあえず試食ね。適当に見繕ってくるから待ってて」

唯一元気なステアが調理室を後にする。それから1分と経たない内に扉が開く。ステアが誰か連れて戻ってきたのか、と扉へと視線を向けるプリメーラ。

「あれ? 調理室で何やってるんだ?」

「ガーデンベルグ、シュヴァリエル」

声を掛けてきたのは2人の男性型“ヴァルキリー”だった。
1人は【ガーデンベルグ・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリア】。
第一世代ブリュンヒルデ隊の隊長を担う、“戦計(せんけい)(つるぎ)”のコードネームを持つ。銀髪にアップルグリーンの瞳、黒の長衣・スラックスに灰色のロングコート姿。

もう1人は【シュヴァリエル・ヘルヴォル・ヴァルキュリア】。
第六世代ヘルヴォル隊の隊長を任された、“戦導(せんどう)鉄風(てっぷう)”のコードネームを持つ風嵐系最強の“ヴァルキリー”。オリエンタルブルーのツンツン頭、ワインレッドの目。前開き黒ハイネックタンクトップ・レザーパンツ・白のロングコート姿。

「ん? 料理を作っていたのかよ。珍しい、というよりは初めてじゃないのか?」

シュヴァリエルが大きなキャスター付ワゴンに置かれた数々の料理を見て驚いている。ガーデンベルグも続いてワゴンに歩み寄って、「何でまた料理なんかを?」とプリメーラ達に尋ねた。

「明後日、フェブルアーリ・フェムテはお父様の誕生日。何か贈り物をと思って、手料理に挑戦してみたのだけど」

「へぇ~。見た目はちょっと崩れてるけど、美味そうじゃん」

プリメーラに料理をしている理由を聞き感心したガーデンベルグは、置かれた少し不格好な料理を見てそう褒めた。シュヴァリエルも「親父もこれは喜ぶな」と感嘆。

「でしょ? 今、ステア様が試食する誰かを連れて来るって出てったばっかり」

リアンシェルトが胸を張る。

「あ~、だからあんな嬉々としてスキップしてたのか」

「ああいう時のステア様は何を仕出かすか判んねぇんだよなぁ~」

シュヴァリエルはここに来る前にチラッと見かけたステアを思い出して少し身震い。ステアは途轍もなく頭の良い戦術・戦略家。戦場においては最強だろう。そこは尊敬している。が、ひとたび日常に戻ればそれはもう悪戯っ子なのだ。
だから日常で嬉々としている場合、何かしらの企みを考えている可能性がある。それを実際に目の当たりにしているシュヴァリエルは、今回も何かしら悪戯を考えているのではないか、と思った。

「とりあえず、先にどう? 結構量もあるし、2皿くらい食べてもまだ余るし」

リアンシェルトがガーデンベルグに1皿差し出した。ガーデンベルグが「それなら頂くよ」と受け取ったその時、

「お待たせぇ~♪ 試食係を連れてきたよ。って、なんだ。私と入れ違いだったんだ、ガーデンベルグとシュヴァリエル」

ステアの陽気な声が開かれた扉から聞こえてきた。ステアの背後、そこには2人の青年と少年が居た。

「クルックス、レンマーツォ・・・」

ボケーっとしていたティーナが彼らの名を口にした。
青年の方は【クルックス・アルヴィト・ヴァルキュリア】。
“|顕地の槍”のコードネームを持つ、第二世代アルヴィト隊の隊長で、土石系最強の“ヴァルキリー”。
ココアブラウンの髪はライオンのたてがみのように逆立っている。ダークブルーの瞳は切れ長だが、どことなく優しげなものだ。黒のハイネックタンクトップ・レザーパンツ・白のロングコート姿。

「クルックスが食べてくれるのですか・・・?」

「ああ、ステア様から頼まれた、ということもあるけど、俺自身も食べてみたい」

ミスフィは戸惑ったように自分の所属する部隊の隊長であるクルックスに尋ね、彼は微笑みながらテーブルに置かれた料理を見回す。

「父さんに出す料理の試食だったっけ? 試食とはいえ僕らが先に食べていいのかな・・・?」

【レンマーツォ・ヘルフィヨトル・ヴァルキュリア】。
第五世代ヘルフィヨトル隊の隊長で、コードネーム“星貫(せいかん)射手(しゃしゅ)”を持つ、超長距離からの狙撃を得意とする。
まだあどけない少年で、チョコレートブラウンのショートヘア、シルバーグレーの瞳は少女のようにマルっとしている。白の長衣に黒のハーフパンツ。それがさらに彼を子供っぽく見せる。

「いいからいいから。ささ、座りなさい。あなた達の隊長か副隊長が作った自信作だよ。ちゃんと味わって、それなりの感想を言うこと」

ステアがこの場に居る男性“ヴァルキリー”を、隣の使用人用食堂から持ってきた椅子に座らせていく。ステアの口にした自信作というのを信じ、4人の男性“ヴァルキリー”はフォークとナイフを手に「おいしそうだな」、「少し不格好なのが初々しくてグッド」などと思い思いに喋りながら一口パクリと食べた。

「「「「ぶふぅっ!?」」」」

口に入れたモノを勢いよく噴いた。「汚ないっ!」と悲鳴を上げる女子組。男子組は激しく咽て、飲み物を探す様に手を激しく動かす。テーブルに人数分置いてあったジュース(もちろん手作り)の入ったコップをほぼ同時に手にして飲み干す。

「「「「ぶはっ!?」」」」

鼻から口からとジュースを吹き出す。今度は「鼻が、鼻が痛い!」、「酸っぱいぞ、コレ!」、「目の前が暗くなってきた?」、「そんな、強制シャットダウン・・・だと!?」とパニックに陥る。食べる前は感嘆していた4人は今、地獄に立たされている。
口直しをしようにも、どれがアタリでハズレか判らない。もしくは全てがハズレかもしれないと軽く失意に落ちる。何とか自制心を保って怒りに任せて暴れなかった4人は、息も絶え絶えテーブルに突っ伏す。それをオロオロしながらどうしようかと戸惑う女子組。

「ス・・・ステア様・・・コイツらに・・試食・・・させ、ました・・・か・・・?」

シュヴァリエルが突っ伏したままステアにそう確認した。

「ううん、させてない。だってそれじゃ面白くないでしょ?」

ステアが首を横に振ってキッパリと答えた。男子組は「ステア様ぁ・・・」と呻いた後、システムが強制ダウン。激マズ料理によって、4人の隊長が過被ダメージによる強制シャットダウンとなって動かなくなった。しんと静まるキッチン。プリメーラ達は、自分たちの作った料理でこんな事態になるとは思いもしなかったことで、かなり沈んでいる。

「ま、最初は誰だって上手くいかないって。それじゃもう1度チャレンジね」

ステアはさっきの地獄絵図をなかったことにし、再度チャレンジするように言う。プリメーラ達は料理機能のインストール、最低でもきちんとしたレシピが欲しいと頼む。

「想いを料理にすれば絶対に美味しくなる。ルシルだってそう言ってるんだから、あなた達にだって出来る。だってあなた達はあのルシルの娘なんだから」

ステアはそれを柔らかく叱責・・・からの力説。プリメーラとリアンシェルトとナーティアとソアラはそれで納得。氷月とティーナとアーフィ、倒れたレンマーツォを看るミスフィは、

(ただステア様が楽しみたいだけじゃ・・・)

と同じことを思っていた。

◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦

――支柱塔ユグドラシル地下・ノルンの泉

“ユグドラシル”の地下深くにある“ノルンの泉”。
そこは“統括三女神ノルニル・システム”と呼ばれる巨大な結晶体が置かれる聖域。

“ヴァルキリー”全機を統括するシステム【アプリコット・ノルン・ウルド】。
連合世界を監視する目を担うシステム【エリスリナ・ノルン・ヴェルダンディ】。
アースガルドとビフレストを繋ぐ門を開閉するシステム【リナリア・ノルン・スクルド】。

その三女神の本体である結晶体の前に男女一組が居た。宙に浮く幾つものキーボードをものすごい速さで叩き、次々とプログラムを立てていく。

「ルシル、こっちは終わったよ」

「解った。こっちももう直に終わるよ、シェフィ」

1人は女性と見間違うほどの相貌である男性【ルシリオン・セインテスト・アースガルド】。
セインテスト王家の王であり、“ヴァルキリー”と、現在進行形で開発中の“ノルニル・システム”の開発者。
そしてもう1人は【シェフィリス・クレスケンス・ニヴルヘイム】。
足首まで流れるシアンブルーの長髪はツーサイドアップ。桜色の瞳は大きく吸い込まれそうなほど綺麗だ。紫色のハイネックロングワンピース・白のクローク、頭にはパパーハ。
彼女もまたルシリオンと同じ開発者だ。そしてこの開発作業が二人の距離を縮め、2人を恋人とした。

「アプリコットとエリスリナはいつでも起動可能。リナリアは最終調整。あと3日といったところか」

ルシリオンは泉の中央にある結晶体を見ながらキーボードのキーを打つ。シェフィリスは「そうだね。早く目覚めさせてあげないとね」と、ルシリオン同様にキーを打つ。そんな2人の面前にモニターが浮かぶ。そのモニターに記されている文字に2人は「はい?」と気の抜けた声を漏らした。

「ちょ、どういうこと? ガーデンベルグとクルックスとレンマーツォとシュヴァリエル、隊長機4体が同時に機能停止・・・?」

「何があったんだ・・・!?」

2人は急いでその4人の現状を知るために、“ヴァルキリー”統括システムのアプリコットを起動する。いくつかキーを打った後、結晶体の前に1人の少女が現れる。
チェリーピンクの長髪はサイドアップ。ルビーレッドの瞳はぱっちりとしている。薄紫の前開きのセーラーロングワンピースに大きな赤リボン。胸元にはひし形の開きがあり、胸の谷間がチラリと見える。そして肩部分がふっくら膨らんでいる半袖の黒ロングコート。両腕には黒のドレスグローブをはめている。

「お初にお目にかかります。お父様、お母様」

アプリコットがスカートの裾を少し摘み上げて一礼する。挨拶もそこそこにし、ルシリオンとシェフィリスは早速隊長機が機能停止した原因を調べさせる。

「え~と、これは言っていいのかどうか迷うのですが・・・」

アプリコットはすぐに原因を解明した。しかし言い淀む。ルシリオンとシェフィリスは首を傾げ疑問符を浮かべる。

「お母様だけにならお話ししてもよろしいかと」

「私だけ? よく解らないけど、原因が判ったのなら聞くよ」

ルシリオンは頷き、シェフィリスとアプリコットの念話が終わるのを待つ。すると突然シェフィリスが笑いだし、「アプリコット、機能停止した子たちをすぐに再起動。また停止したら起動を繰り返して」と指示を出す。アプリコットは「了解しました」と一礼する。

「原因は一体何だったんだ? シェフィ」

ルシリオンはシェフィリスに訊ねるが、シェフィリスは笑うだけ。アプリコットに視線を移そうとも、アプリコットも微笑み、結晶体の中に消えた。ちょっとした疎外感を感じたルシリオンは「言わないと・・・こうだっ」とシェフィリスをギュッと抱きしめる。シェフィリスは頬を赤らめて大人しく体を預ける。

「ぅあ、ルシル・・・。わひゃっ!? ちょ、ダメ! あははははダメだってばあはははははは!」

ルシリオンは背中に回した手でシェフィリスの背中をくすぐりだす。くすぐったさからルシリオンの腕の中から逃れようと暴れ出すシェフィリスの目には涙が浮かぶ。
シェフィリスの弱点は、敏感過ぎる背中をくすぐられること。それを知るのは彼女の親族と恋人のルシリオンだけだ。
それでもシェフィリスは言わない。自分たちの子供が、父親であるルシリオンのために奮闘していることを。それを秘密にしようとしているのだから尚更。

「はぁはぁはぁ・・・ひ、酷いよ・・・ルシル・・・」

結局喋らなかったシェフィリスの強情さにルシリオンが折れ、解放。泉を囲う砂浜に仰向けで倒れ、肩で息をしながら恨み事を言うシェフィリス。ルシリオンは彼女の隣に座り込んで、「ごめんごめん」と笑みで返した。

「むぅ、許さないんだからね」

シェフィリスはプイっとルシリオンから顔を逸らす。ルシリオンとシェフィリスの甘々な時間はまだ終わらない。

◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦

――ヴァルハラ宮殿・調理室

「はい、いらっしゃ~い」

ステアが3人の男性型“ヴァルキリー”を迎え入れる。その3人も各隊の隊長・副隊長だ。

「今度はクルーガーとクリストとレイルか」

アーフィが生贄にやってきた3人の名を口にする。

「あの、ステア様・・・? 俺たちもそうそう暇じゃないんですけど」

【クルーガー・ヘルフィヨトル・ヴァルキュリア】。
レンマーツォの補佐を務める副隊長で、コードネーム“砂礫の烈鎖(れっさ)”を持つ、土石系の“ヴァルキリー”。
シルバーグレーの長髪をうなじで結い、シーグリーンの瞳はやや垂れている。黒の長衣にスラックス・白のロングコート姿。

「私たちを呼んだのは、父上への誕生日プレゼントとしての手料理の試食、でよかったですね・・・?」

【クリスト・ゲイルスケルグ・ヴァルキュリア】。
第八世代ゲイルスケルグの隊長を務める、闇黒系最強の“ヴァルキリー”で、“黒煌(こくおう)の紡ぎ手”のコードネームを持つ。
ガーネットの長髪をポニーテールにし、ブラウンの瞳は切れ長。白の長衣にスラックス姿。

「姉さんも参加してたんだ。ガサツな姉さんに、父さんに出せる料理なんて作れるの?」

「うっさいな。上手くなくても心が籠ってれば大丈夫なんだよ」

最後に【レイル・ヘルヴォル・ヴァルキュリア】。
シュヴァリエルの補佐を務める、ヘルヴォル隊の副隊長。
アーフィの弟で、彼女と同じ儀式魔術を主とした戦闘設計の元に開発された。コードネームは“法界の司書”。アッシュグレイのプラチナショート、黄色の優しげな瞳に丸眼鏡。ハイネックの黒シャツに、白のクローク。

「はいはい。とりあえず試食を済ませちゃって」

ステアに言われ、3人の男子組が席に座る。少し離れたところで椅子に座って俯いているガーデンベルグ達に気付いたクリストが、「彼らも試食したのか・・・?」そう誰にとでもなく聞いた。プリメーラ達は苦笑して「まぁ、ね」と濁した。

「そ、そうか・・・」

女子組の様子に若干の不安を覚えたクリストがナイフとフォークを手にする。クルーガーとレイルも続いてナイフとフォークを持つ。
そして女子組の視線が集中する中、男子組はパクリと料理を一口。モグモグと口を動かしている。女子組は成功したと思った。先程は口に入れてすぐに吐き出した今は亡き(死んでねぇよっbyガーデンベルグ以下一同)ガーデンベルグ達。
しかし今度のクルーガー達は吐かずに咀嚼している。頷いていた3人の咀嚼が急に止まる。直後、

「「「だぁ~~~~(涙)」」」

口をだらしなく開け、咀嚼していたモノを涙と一緒に滝のように流した。女子組の悲鳴が上がる。しかもさっき以上の悲鳴だ。何せさっき以上に見るに絶えないモノと化しているからだ。しかし男子組はお構いなしに側にあったジュース(手作りパート2)の入ったコップを勢いよく手にして飲み干す。

「「「ごぶぁっ!?」」」

バタン!
するとジュースを噴いて、そのままリアクションも無しに3人は同時に床に倒れた。ここで、男性型の隊長・副隊長が全滅した。

「・・・これ以上はルシルとシェフィに怒られるかも」

さすがにステアもこれ以上の悪戯は危険と判断。ルシルがよく使うレシピ本を、がっくりと項垂れるプリメーラとリアンシェルトとナーティアとソアラに差し出す。

(やっぱり始めからレシピを見せてもらえば良かった)

この場に居る女子組は同じ後悔をしていた。

◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦

――ヴァルハラ宮殿・サンズリスト空中回廊

ステンドグラスで作られた空中回廊を歩く3つの人影。どれも140cmギリギリオーバーという小柄な体格、子供だ。

「そう言えば、さっきからヴァルキリーの隊長たちがステアに呼ばれてどっかに行ってるけど、何やってるんだろうね?」

先頭を歩く10歳くらいの少女が、隣を歩く少女に尋ねた。
声をかけたのは【シエル・セインテスト・アースガルド】。
セインテスト王家の第二王女。ルシリオンの実妹だ。銀のツインテールを揺らし、ルビーレッドとラピスラズリのオッドアイは釣り目で、活発的な印象。紫の長衣は腹部辺りで左右に分かれて、その下は前開きのスカート、さらに下は黒いロングプリーツスカートとなっている。そして白のロングコートといった格好だ。

「さぁ? ステア様のことですから、きっと大変な事になっているのでは? なんなら観に行ってみます?」

シエルにそう聞き返すのは、シエルと同じ背格好の少女【カノン・ヴェルトール・アールヴヘイム】だ。
アースガルドの同盟世界のひとつ、アールヴヘイムの王族・第四王女。
セミロングのプラチナブロンドはサラサラで、歩くたびに見惚れてしまうほどの流麗さで揺れる。ライムグリーンの瞳は大きく、純粋な輝きを放っている。フリルがたくさん付いたハイネックの純白のプリンセスタイプのドレス。さらに上から前開きの桃色のドレスを着ている。

「ん~~~巻き込まれるのは嫌だけど、仲間外れにされるのももっと嫌だから、行ってみようか。ラスティアもいいよね?」

シエルはカノンにそう答え、もう1人の子供【ラスティア・ゲイルスケルグ・ヴァルキュリア】に同意を求める。
先程ゲロったクリストの補佐を務める副隊長。コードネーム“終葬(しゅうそう)奏旗(そうき)”を持つ、シリアルナンバー500の最後の戦天使(ラストナンバー)
シャトルーズイエローのショートヘア。額には留め具の無い紐状のアクセサリー、白銀のラリエットを付けている。エメラルドグリーンの瞳はおっとりな垂れ目。青いノースリーブの長衣、ふとももまで長さのある青のロングブーツだ。

「うん、いいよ。あたしもステア様から招集を受けてたから」

「決まり。じゃあ行こう」

シエルとカノンとラスティアは、隊長・副隊長が集まって行ったヴァルハラの第3区画へと歩を進めた。

◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦

――ヴァルハラ宮殿・調理室

今まさに調理室内は死屍累々といった地獄だった。アプリコットによって再起動されたガーデンベルグ達。そこでこの場から離脱出来れば良かった。が、ステアによってまた試食することになり、何度目かの機能停止に陥っていた。この時、“ウルドの泉”に居るルシリオンは原因を知らず、それはもう気が気ではなかった。

「レシピ通りでも機能停止させるほどの腕って・・・」

ステアが料理下手なプリメーラ達に戦慄していると、バタリ、と何かが倒れた音が調理室内に響く。倒れたのは調理をしていたミスフィだ。自分が作った料理の味を整えるために一口食べた瞬間に倒れた。

――ミスフィ・アルヴィト・ヴァルキュリア自滅――

「ミ○ティぃぃぃーーーーーーーーッ!!!」

「ミキ○ィって誰よ。ちょっと大丈夫? ミスフィ・・・?」

誰とも知れない名前を叫んだティーナにツッコミを入れるアーフィ。心配そうにミスフィの元に歩み寄る女子組だが、その内の1人、ソアラがミスフィの使っていたフライパンを覗く。単純な肉と野菜の炒め物だ。色鮮やかですごく美味しそうだ。

「すごく上手なのに、どうして卒倒するのかな・・・?」

ソアラはフライパンに顔を近づける。そこでふと良い香りがした。料理としても十分な香ばしいモノだが、それとは別の香りが漂っている。

「この香り・・・どこかで・・・」

キッチン内をうろうろして、ソアラは色んなモノの匂いを嗅いでいく。ミスフィを機能停止(せんし)者エリア(調理室の隅っこ)にずるずると引き摺っているリアンシェルトを横目に、ソアラは香りの元に辿り着く。そしてどうして?という疑問が頭の中を駆け巡る。

「どうして洗剤の香りが料理から漂ってくるんだろ・・・?」

食器を洗う洗剤の香りが炒め物から匂ってくる。何で?と考えていると、ナーティアがソアラに近づき「どうしたの?」と声をかけた。ソアラは話す。するとナーティアが「そういえば」と話し始める。

「ミスフィが食材を床に落としたからって洗ってたよ。たぶん洗剤で」

「・・・・・・だからだね」

料理から洗剤の香りがする。それは何故か? それは食材を洗剤で洗ったから。食べられるモノじゃなくなるのも当然だった。

「チィーッス♪ 僕らブリュンヒルデ隊が隊長を回収しに来たよっ」

調理室の扉を開けて入って来たのは、ブリュンヒルデ隊の残りのメンバーだ。
元気な挨拶で先に入って来たのが【レーゼフェア・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリア】。
闇絶(あんぜつ)の拳”のコードネームを持つ、対闇黒系魔術師用の拳闘士。少女でありながら一人称を『僕』とする少年のような少女だ。
バイオレットのショートヘアはカチューシャを付けていることでインテーク化。クリムゾンの瞳は猫目で、口もどことなく猫口。ハイネックの黒セーター。白のロングコートという格好だ。

「いきなり大声を出しちゃダメよ、レーゼ」

レーゼフェアの愛称レーゼと口にしながら彼女を窘めるのは【フィヨルツェン・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリア】。
響嵐(きょうらん)の弓”のコードネームを持つ狙撃型の弓兵だ。チェスナットブラウンのセミロング、ブロンズレッドの柔和な瞳。赤紫のブラウスに黒ネクタイ、黒のフリルスカート姿。

「失礼しますステア様」

続いて一礼して入って来たのが【グランフェリア・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリア】。
宝雷(ほうらい)の矛”のコードネームを持つ、対雷撃系魔術師用の槍兵。
ロングストレートの金髪はテールアップ、スカイブルーの若干鋭い瞳。黒のブラウスに赤のネクタイ、白スーツに白ロングコートといった服装。

「・・・・いつから食すという幸福行為の元であるキッチンが地獄になったのだ?」

最後に、渋い声をさせて入ってきたのは【バンへルド・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリア】。
焔暁(えんぎょう)の槌”のコードネームを持つ、対炎熱系魔術師用の鉄槌兵。ワインレッドのセミロングの髪はオールバッグ。赤のワイシャツ・スラックス、白のロングコート。
バンへルドはキッチンの隅に転がる隊長格たちの無様な姿に嘆息。

「へぇ~。ホントにプリムたち料理してるんだぁ♪」

レーゼフェアが遠慮なくドカドカと室内を歩き回り、ふとミスフィのフライパンの前で止まる。おいしそうだなぁと表情が物語っている。そして無遠慮に近くにあったフォークを手に取り、「それはダメっ!」」ソアラとナーティアの制止も空しく、レーゼフェアが洗剤の香りがする炒め物を食べた。ふむふむと頷きながら咀嚼してごっくんと飲み込む。

「ねぇ? なんか変な味が混ざってるよ、コレ。ダメだ、不味い」

苦い顔になったものの、ミスフィのように機能停止はしなかった。フィヨルツェンに「もう少しオブラートに包んで」と呆れられながら、彼女のチョップを喰らうレーゼフェア。

「ごめんごめん。謝るから・・・って、誰に謝ればいい?」

レーゼフェアはソアラに尋ね、ナーティアが隅で転がるミスフィを指差す。少し考える素振りをしたレーゼフェアが口を開く。

「あ~、何と言うか、ご愁傷さま?」

「こら、勝手に殺さないの」

レーゼフェアとフィヨルツェンの親子のようなやり取り。グランフェリアとバンへルドがコツコツと靴音を鳴らしながらグッタリしているガーデンベルグへと歩み寄る。

「一体どれだけの劇物を作れば我らヴァルキリーを機能停止に出来るのだ?」

バンへルドがワゴンの上に置かれている料理を見て本気で考え込む。そこにガシャンと言う、何かをひっくり返した音が室内にこだまする。

「レーゼ!?」

音の原因はいくつものボールが落ちたことによるものだ。ボウルの側に倒れ、小麦粉まみれになっているレーゼフェア。フィヨルツェンが急いで駆け寄り、レーゼフェアを抱き起そうとするが重い。レーゼフェアは機能停止していた。遅れてダメージが浸透したのだ。

――レーゼフェア・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリア戦死――

「あ~あ、何でこんな事になったのかなぁ~・・・?」

室内の状況に頭を抱えるステア。そこにまた来客。シエルとカノンとラスティアだった。

「シエル様とカノン様、今この調理室は危険エリアですので、お引き取りを。ラスティア、お2人を今すぐこの調理室からお連れして」

プリメーラが慌てて扉の前に居る3人の前に行き、ラスティアに2人を連れて調理室から離れるよう伝える。

「危険って何が? すごく良い匂いだから、お腹すいたよ。どれなら食べていいの?」

タタタとワゴンに駆け寄り、上に乗っている料理を見比べて行く。プリメーラ達は血の気が引いた。被害者がまだ“ヴァルキリー”だけで済んでいる。機能停止はしても死にはしない。が、人間であるシエルやカノンが食べればどうなるか。
寝込むくらいならまだいい。しかし万が一にも最悪な事になれば、父ルシリオンに合わせる顔がないどころか殺される勢いだ。一斉に「ダメですぅーーーーッ!」とシエルにダッシュし、あろうことか食べられる前に食べてやれ作戦を執った。
絶句するステア。そしてガーデンベルグを看ていたバンへルドとグランフェリア。

「「「「「「「「っうぐ・・・!?」」」」」」」」

どれだけ不味くとも吐き出すという、とんでもない恥を犯さないように努める乙女たち。肩を震わし、口元を両手で押さえ、涙をポロポロ流そうとも必死に呑み込もうとする。ゴクンと呑み込んだ音が聞こえた。その直後、バタバタと倒れていく。

――調理組・・・全滅――

「どうしよう。マジでルシルに殺されるかもしれない・・・」

ステアが跪いて頭を抱える。今日、フェブルアーリ・トレーディエ。アースガルド同盟軍の主力となる予定だった“ヴァルキリー”の隊長と副隊長が、たった数時間、しかも自らの作った料理で全滅するという事件が起こった。

犠牲者
調理組代表
プリメーラ・ランドグリーズ・ヴァルキュリア

調理組メンバー
リアンシェルト・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリア
ナーティア・ヒルド・ヴァルキュリア
ティーナ・ヒルド・ヴァルキュリア
ソアラ・ランドグリーズ・ヴァルキュリア
氷月・ラーズグリーズ・ヴァルキュリア
アーフィ・ラーズグリーズ・ヴァルキュリア
ミスフィ・アルヴィト・ヴァルキュリア

試食係という名の悲しき犠牲者
ガーデンベルグ・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリア
シュヴァリエル・ヘルヴォル・ヴァルキュリア
クルックス・アルヴィト・ヴァルキュリア
レンマーツォ・ヘルフィヨトル・ヴァルキュリア
クルーガー・ヘルフィヨトル・ヴァルキュリア
クリスト・ゲイルスケルグ・ヴァルキュリア
レイル・ヘルヴォル・ヴァルキュリア

事故死
レーゼフェア・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリア

本当に悲しい犠牲者
フィヨルツェン・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリア

黒幕・被告人
ステア・ヴィエルジェ・ムスペルヘイム

裁判官
ルシリオン・セインテスト・アースガルド
シェフィリス・クレスケンス・ニヴルヘイム

弁護士
無し

判決
1ヵ月間、恥ずかしい格好・化粧で過ごす

◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦

――支柱塔ユグドラシル・大ホール

“ヴァルキリー”の隊長格全滅事件より3日後のフェブルアーリ・フェムテ。
“ユグドラシル”の1フロア、1000人を収容してもまだまだ余裕のある大ホールで盛大なパーティーが行われていた。会場に今日の主役であるルシリオンが現れると、歓声と拍手が轟く。

「今日、私のためにこれほど素晴らしいパーティーを開いていただき、ありがとうございます」

ルシリオンの挨拶から始まり、アースガルド同盟の代表【フノス・クルセイド・アースガルド】の音頭となる。

「では、セインテスト王ルシリオンにかんぱ~い♪」

一斉にジュースや酒の入ったグラスが掲げられ、「かんぱ~い!」と響く。立食パーティーとなったルシリオンの誕生記念パーティー。並べられた料理の2/3はプリメーラを始めとした“ヴァルキリー”によるものだ。残りは使用人のシェフだが。

「お、美味いな、コレ」

ルシリオンが“ヴァルキリー”製作料理を食べて感嘆する。隣に立つシェフィリスも「おいふぃ~♪」とフォークを銜えながら、頬に左手を添えてウットリとしている。自分たちの子供たちが努力して上達した手料理を食べられることが出来て、純粋に感動していた。他の“アンスール”メンバーもそれぞれの場所で舌鼓を打っている。

「マァ~スゥ~タァ~~~~♪」

そこに、甘ったるい声を出しながら走ってくる少女が1人。漆黒のロングストレート・ブラックオニキスのような瞳。頭の上には犬耳。しかし肌は白、美肌だ。その白い肌の露出度が高い漆黒のドレスを纏っている。その少女はルシリオンの元まで近寄って、トンっとジャンプしてルシリオンに勢い良く抱きついた。

「ちょっ、コラっ! 何してんのフェンリル!」

シェフィリスがルシリオンにがっちり抱きつく少女【フェンリル】の引き剥がしに入る。ルシリオンは「久しぶりだなぁ、フェンリル」と彼女の頭を撫でた。

「何してんの、って・・・マスターに誕生日プレゼントの熱い抱擁だよ。私はマスターの使い魔、その前に神獣だから当然お金なんてない。だ・か・ら、体でプレゼント♥」

フェンリルが恥じらいながらシェフィリスにウィンク。顔を真っ赤にして絶句するシェフィリス。どうして2人の仲が最悪とまで言わなくても悪いのか真剣に悩むルシリオン。

「シェフィリス様はお金があるんだから、それはすごいプレゼントを用意してるんでしょうね・・・?」

「それは・・・!」

シェフィリスが言葉に詰まった直後、ルシリオンの背後から走ってくる二人の少女。
【リオ・ランドグリーズ・ヴァルキュリア】と【ミオ・ランドグリーズ・ヴァルキュリア】と言う名の双子の“ヴァルキリー”だ。
共にインテーク、毛先がふわりと広がるサファイアブルーの長髪。チェリーピンクの瞳は、リオは柔和、ミオは釣り目だ。服装は共に白ブラウス・赤リボン、青のフレアースカート、黒の前開きスカートだ。

「「お父様ぁ~♥」」

双子はルシリオンの背中に飛び付いた。「おっと」とたたらを踏み、首を動かして背後を見やるルシリオン。

「わたしも体でプレゼントしま~す♪」

「あたしは、その、あの、あたしも・・・キャ♥」

妹ミオが恥じらいもなくそう言い、姉リオは顔を真っ赤にして最後まで言えなかった。わなわなと口を震わして、フェンリルとリオとミオを見るシェフィリス。そして、

「だったら・・・・だったら私もぉぉーーーーーーっ!」

「シェフィ!? 今そんな勢いのあるハグを喰らったら、私でも支えきれな――うげっ」

シェフィリスすらそんな事を言い出し、ルシリオンに飛びつき、抱きつく。さすがに4人分の体重を支えられないルシリオンは転倒。リオとミオは転倒前に離脱。倒れたルシリオンを押し潰すのはシェフィリスとフェンリルだけだ。
そんな彼らを離れたところで見ているフノスは、「仲が良くて、本当の家族みたいですね~」と少し寂しげに微笑んだ。
 
 

 
後書き
今回は戦天使のお話を出しました。不完全燃焼ですが、どうかお許しください。
最終章の執筆の決意をしたことで、堕天使エグリゴリとなる前、ブリュンヒルデ隊とシュヴァリエルが味方だった時、一体どんなキャラだったのかを紹介するための今回でした。
もう少しブリュンヒルデ隊の出番を増やすべきでしたとちょっぴり反省。
 
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