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或る皇国将校の回想録

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第三部龍州戦役
  第四十二話 戦争の夏の始まり、或いは愚者達の宴の始まり

 
前書き
馬堂豊久 駒城家重臣団の名門 馬堂家の嫡流 陸軍中佐 
新設部隊の独立混成第十四連隊連隊長として着任

西津忠信 集成第三軍司令長官 西原家分家当主

荻名中佐 集成第三軍 戦務主任参謀 西原家重臣団出身

大辺秀高 独立混成第十四聯隊首席幕僚 陸軍少佐

香川大尉 独立混成第十四聯隊情報幕僚  

 
【第三部 龍州戦役】
戦争とは数多の意思決定と多大な事務処理の果てに実行される。
勝った者も敗けた者もその現状を組織として把握し、対応するためには結構な時間を必要とするものだ。
結構な時間であろうとも、人としてのわずかな平穏はどれだけあっても不足するものだ。
あるいはそうであるというべきか。〈帝国〉にとっては異なるのかもしれない。
 侵略者の兵卒にとっても防人にとっても双方の銃後の民にとっても戦場は誰にとっても不幸であるべきだ。
そうでないのであればそれは国家運営の失敗であると私は思う。
北領を陥落させた〈帝国〉東方辺境領鎮定軍に対し、〈皇国〉陸軍軍監本部は龍口湾での水際防衛作戦を構築した。
これに対し東方辺境領姫ユーリアは本領からの増援を引っ張りつつ東方辺境領3個師団を動員した大作戦『アレクサンドロス』を発動。
〈皇国〉内地決戦、あるいは副帝東方辺境親征の始まりである。
この戦争は多くの者の命を奪っただけではなく、多くの者達の運命を狂わせたであろうことだけは断言できる。
――駒城保胤の回顧録より



皇紀五百六十八年 七月七日


 東方辺境領鎮定軍がアレクサンドロス作戦を発動させて半日もせずに龍口湾の制海権はあっさりと〈帝国〉軍の手に転がり落ちる事になってしまった。辺境第6戦列艦隊を出迎えた海上戦力は通報艦のみであったのだからそれも当然だろう。元々、〈皇国〉水軍における事実上の最高司令部である統帥本部は艦隊決戦を選択肢から破棄していたのだから。
それほどに、〈皇国〉水軍と〈帝国〉水軍の保有戦力は隔絶していたのである。
 だが、通報艦は撃沈の憂き目を見る前に役目を果たす事に成功した、皇海艦隊司令部へと導術連絡を飛ばすことに成功したのだ。
 また、水軍とは異なり、龍口湾周辺の陸軍施設は、増強を受けて警戒態勢に入っていたが、やはり海上の覇者である戦列艦の火力に抗するには役者不足であった。
だが、彼らも自身の属する龍州鎮台司令部が設置されている泉川へ導術通報を行うことに成功し、これを受けた龍州鎮台司令部は即座に前進配備していた主力6個旅団を派兵。
これらの部隊は同日夜には到着し、防衛線の構築に成功した。
 更に午前第一二刻の時点で軍監本部は龍州軍へと改組を行う旨を発令。事前に準備を怠らなかった司令部も後方支援部隊、前進を開始した。
 陸軍軍監本部・および、水軍統帥部も事前の計画通り、龍州軍への増援の為に各鎮台からの派遣兵団を送り出す用意を済ませつつあった。東州鎮台は前進配備していた五個旅団に東海艦隊の用意が整い次第、龍州へ輸送を行う為に東州最大の港である灘浜に集結を命じられた。
 背州・及び皇州都護鎮台は、四個旅団からなる派遣兵団を編成して皇海艦隊の護衛の下、海路にて輸送を開始。
 西州鎮台からの派遣兵団も皇都へと向かっていたが、想定よりも〈帝国〉来冠が早かった為に計画を変更して、下護にて船舶を徴発して龍州へ急行をする事になった。
 そして、駒州鎮台は四個旅団・及び幾つかの独立部隊からなる約二万名の兵団を陸路にて派兵を開始した。
 近衛総軍は初動の混乱があったものの、衆兵隊・禁士隊の常備部隊を総軍司令部の直属下とし派遣軍として改組を終えると、駒州鎮台の派遣兵団の後を追う形で陸路にて龍州へ向かった。

七月八日
午前第五刻前後に〈帝国〉陸軍は揚陸開始、夜半までに〈帝国〉軍は6里の縦深確保し、第二陣である第15東方辺境領重猟兵師団が展開を開始する。
東州鎮台派遣兵団は龍州軍に合流、龍州軍司令部の指揮下に入り〈帝国〉軍と交戦に入る。

七月十日
背州・皇州都護鎮台から派遣された兵団が合流、東州派遣兵団麾下に組み込まれ、龍州軍司令部指揮下の集成第二軍として編成される。

七月十四日
西州鎮台派遣兵団が合流、龍州軍指揮下に入る。

七月十六日 
駒州鎮台派遣兵団・近衛総軍が到着、駒州鎮台派遣兵団は西州鎮台派遣兵団と共に集成第三軍として再編、この時点で〈皇国〉側が投入を予定している全兵力が合流。
龍州軍・集成第二軍・集成第三軍・近衛総軍により構成された龍口湾防衛線の指揮権を龍州軍司令部が担う旨を陸軍軍監本部が発令。



皇紀五百六十八年 七月十六日 午後第六刻 集成第三軍司令部
集成第三軍 独立混成第十四聯隊 聯隊長 馬堂豊久中佐


十個旅団を主力としているだけあり、指揮官集合がかけられた第三軍司令部の大天幕は将校達と下士官たちでひしめいており、盛んに産まれて初の、或いは四半世紀ぶりの戦争に恐怖と興奮の入り混じった将校達によるざわめきに満ちていた。
北領で戦い抜いた英雄の一人である青年中佐に時折、視線が飛ぶが本人は知らぬ顔の半兵衛を決め込み、扇子を弄んでいる。
 司令部の参謀たちは西領の出身者が多く見られる。西州派遣兵団の司令部が中核となっているから当然といえば当然なのだろう。
 
「――第三軍司令官殿が入室されます!総員、気ヲ付ケェ!」
 従兵の号令に皆が立ち上がると、短く刈り込んだ灰色の髪に退役間際の老下士官のような皺を刻み込んだ顔の老人が闊達な足取りで天幕に入室した。
「儂が第三軍司令官を拝命した、西津忠信だ。諸君の忠良と奮戦に期待する」
  西原の分家筋の中で尤も武名の高い宿将である。既に還暦を迎えているが、胸に野戦銃兵章を含めた数々の略綬つけた軍服を着こなし、威風を纏いながら集まった将校達を睥睨する姿は絵巻物に書かれている諸将時代の武将そのものである。〈皇国〉が、謳歌した四半世紀の太平の始まりであり、〈皇国〉陸軍が最後に軍単位の動員を行った東州の乱で新鋭の聯隊長として活躍した経験があり、いわゆる年寄りの衆民が云う“本物”の将家であった。
 この戦争が無ければ将校の高等教育機関である帷幕院の院長を務めて退役(あがり)の筈だったのだが、戦時体制へ移行する中で西州公・西原信英大将が直々に西州鎮台副司令長官として前線に呼び戻したのである。これだけでも西原大将から厚い信頼を寄せられている事が分かるだろう。

「我ら第三軍は、反攻主力として払暁の作戦に参加する事となる。現在の全般状況を含めて龍州軍司令部派遣参謀から説明をしてもらおう」
 軍司令官の言葉に答え、痩身の男が立ち上がった。
「龍州軍司令部情報参謀の瀧川です」
 中佐の階級章をつけた男が皆に目礼をすると説明を開始する。
「まずは<帝国>軍の動向に関連する全般情報からお伝えします。
現在、この龍口湾周辺に展開している主戦力は二個師団をから構成されております。
北方方面に第15重猟兵師団、これには東州、背州、都護鎮台の部隊を主力とする集成第二軍が対応していますが<帝国>砲兵の集中投入によって押されてしまい、第三軍到着まで消耗を抑える為に森林地帯と清上川支流に沿った形で防衛線を構築、野戦築城を行い膠着状態となっています。
こちらは、一部平野地帯に互いに兵力を集中していますが、簡易の野戦築城によって辛うじて膠着状態を保っており、現状では攻勢に転ずることはできません」
そこで言葉を切ると、瀧川は一瞬だけ馬堂中佐へと視線を向けた。野戦築城には積極的な導術運用が必要不可欠である、衆民将校だけでなく、若手の将家出身の将校達ですらそれを受け入れたのは、市井の生活に導術が完全に浸透している事や、半世紀も前の滅魔亡導がほぼ歴史としてのそれとなった事だけでなく、将家出身の彼が(情報畑を数年間歩んでいたからこそでもあるが)導術の利用を重視し、それをもって北領鎮台を救った事が大いに影響していた。
もっとも、ある程度の年を食っている将家出身の高級将校達の大部分は、導術の効果は認めてもその積極的利用に関しては慎重であった。
結局のところ、〈皇国〉陸軍としての軍制、官僚制が整っても彼らの気分は五将家の家臣としてのそれであったし、彼らにとっての軍は諸将時代の軍――悪く云えば軍閥としてのそれであるのだから防諜に気を遣い、導術士の総本山である魔導院を警戒するように導術士を敬遠するのも無理はない。
「南方――つまりこの第三軍が展開する場所です、ここには第21猟兵師団が展開、此方は龍州軍が対応し、概ね十八里の時点で抗龍川と小規模な集落を利用して侵攻阻止に成功。
こちらも膠着状態となっていますが、龍州軍の担当戦域を縮小し、代わりに集成第三軍が展開しつつある。この時点までは概ね過失を最小限に抑えていると言えるでしょう。
ですが既に<帝国>軍に橋頭堡を確保されています。
導術観測によると、物資の集積所が設置され、また人の動きからおそらくは本営も設置されているであろうことが判明しています。
また、増援も揚陸を開始しつつあり、初期に与えた損害の補充も数的には回復していることから、後方支援も一定の水準には達していると龍州軍司令部として判断しております。
現在、<帝国>軍は緒戦の消耗を順調に回復しつつあり、明日には攻勢が再開される事は間違いありません」
 瀧川が言葉を切るのと同時に概要を帳面に書き込む音や、指揮官同士でひそひそと言葉を交わす声が入り混じる。
 温くなった黒茶でのどを潤し、将校達が静寂を取り戻した事を見計らい瀧川は再び口を開く。
「ですが、〈皇国〉軍とてこの集成第三軍、並びに近衛総軍が到着した事で戦況はかなり好転しています。
御存じのように、〈皇国〉軍は北から順に集成第二軍・近衛総軍・集成第三軍・龍州軍と展開しております。
一方で<帝国>軍側はというと予備部隊を未だに上陸させておらず、頭数だけならば〈皇国〉軍がやや優勢となっており、現在の優位を保てるうちに――即ち、内地侵攻の水際防御が可能なうちに――攻勢に出る事を龍州軍司令部としては決定しております。明日の未明から第三軍と近衛総軍を第21師団へ逆襲する為に投入し、軍規模の奇襲で得た優位をもって一気に東方辺境領姫の居る軍司令部と兵站集積所と、軍の弱点が集中している橋頭堡を占領し、決着をつけるつもりです」

確かに制海権を失い、戦列艦の支援を受けた時点で損害は与えても揚陸を防ぐことはほぼ不可能であった。ならばこれは次善の手段ではあった。もっとも、それでもあとわずかでも戦力があれば、と呻きたい気分ではあったが。

――敵の予備部隊の規模が分からないのが怖いな。だが先手を打てればどうにかなるか。後、一ヵ月、いや、半月もあれば剣虎兵の大規模な夜襲でより確実に優位をとれたのだが――
豊久の嘆きはある意味では剣虎兵の拡充が遅きに失した(実戦からの月日が経っていない事情を鑑みるのならばそれでも良くやっている方だが)〈皇国〉軍の嘆きでもあった。
事実、〈皇国〉陸軍は新設部隊も幾つか編成途中であり、後半月もあれば少なくとも前線に耐えうる練度を得た第十四聯隊と独立鉄虎第五○四大隊、捜索剣牙虎兵第十一大隊に加え、あともう一個大隊、剣虎兵大隊を前線に投入できただろう。
そうなったらおそらく、明日の払暁前に行われる奇襲は前衛部隊一個聯隊相当を編成表から消し去る事が出来ただろうし、それは攻勢を大いに助けるものになったに違いない。無論、最終段階に投入する騎兵について諸々の面倒があっただろうが、それも現在の計画においても微修正する程度で済んだ筈だ。なにより近衛も第五○一大隊を前線に出すこともできただろうから、損害を新兵で埋めた一個旅団を相手にしても、十二分に優位をもって戦いを進められるはずだ。
しかしながら実際は、事実上、ほぼ新編大隊となっている第十一大隊と、既存の部隊から集成した急拵えの第十四聯隊は、前線に投入する事もなく砲兵隊や司令部の護衛と言った、重要度は高いが、危険性の低い任務を割り当てられる事になっている。
少なくとも当面は気楽な気分で居られる事に豊久は胸を撫で下ろした。
――だが攻勢にでるとなると幾らでも兵力が必要になるし、近衛総軍がどこまで当てになるか、怪しいものではある。もっとも、攻勢に出る以上は確実に前線投入させられるのは当然だろうな。
しかしながら、この攻勢もどこまで上手く行くのか、豊久は疑問を抱いてもいた。予備隊の揚陸までに粘られたら再び膠着状態に陥る――或いは此方が先に消耗に耐えられなくなるのではないかと懸念していた。
 ――まぁいいさ。駒城の構想に従って長期消耗戦に引きずり込む為に段階的に撤退するにしてもどこかで戦果を挙げなければ国内に厭戦感情が高まり、長期消耗戦に付き物の懐柔工作の餌食になりかねない。 あの姫様の考えは分からんが、〈帝国〉中央政府は財政の逼迫している状況でだらだら戦争を続けている東方辺境領を許す事はないだろう。本国も経済が伸び悩んでいるのは事実だ。いつまでも東方辺境領の維持を支援する事を厭うに違いない。
 豊久はなおも思考を紡ぐ。
――楽観的に考えるのならば、その論理は此方がここで内地侵攻を防げば<帝国>本領が出張って来る前に、すべての失点を東方辺境領に押し付ける事が出来るのならば、<帝国>本領政府の仲介でこちらの領土割譲と通商に関する譲歩でこの戦争を手打ちにできる可能性は低くはない。
 ――悲観的に見るのならば敗北とみなすことを嫌い、こちらに殴りかかってくる可能性はある。それに<帝国>相手に今以上に近い国境を持つ事がどれほど危険な事かは考えるまでもない。
 さて、戦後に相対する事になるだろう相手は誰だろう、と豊久はかつて対面した美姫の顔を思い浮かべた。
――若いがゆえに、あの姫様は威信が揺らぐことをひどく嫌う筈だ。政治を抜きしてもあの高い矜持が必ず再戦前提であの人を動かすはずだ。少なくとも生きているのならば。死んだらどうなるのだろう――あぁ少なくとも帝族の死による講和などという敗北を認めるわけにはいかなくなるな。

皮肉な笑みが浮かんだ口元を扇子で覆う。

――何とも素晴らしい!!どの道、我々には泥沼の戦争か戦争に怯え続ける仮初の平和と再度の戦争しか道がないのだ!!であるからには我々軍隊はどうあがくにせよ、英雄的な戦果が必要となる、勝てるかもと自らを、政治屋を、民草を、そして陛下を騙し通すが為に。
僅かな勝利にすがるプロパガンダ、長期消耗戦、総動員――嗚呼、なんともはや、古びた俺の記憶の底で憧憬混じりに謳われていた古き良き時代の終焉そのものじゃないか。
錆びついた記憶、ある意味では両親以上に自分の人格形成に影響したであろう“地球”で送った人生の記憶がさながら一つの人格であるかのように豊久に語りかける。
――馬鹿げているな。こんな泥沼の滅びかけた国に愛着なんぞ持っているなんて。

「何か質問は?」
 馬堂中佐が手をあげると荻名中佐が頷いた。
「――第十四聯隊長です。敵は大規模な竜兵を持ち込んでいると聞いています。
竜兵による偵察などは確認されているのでしょうか?」
 ――此方の逆襲を読まれて逆に奇襲をかけられたりしたらたまらないからな。

「現在のところ、竜兵が投入された情報は確認されていません。また、導術観測によると、美奈津付近に集中して配置されている事は確認しています」
 ――ふむ?本営に随行しているわけではない、と。まだ北領に居るのか?
 無意識に瞼を掻きながら豊久は眼前の龍口湾の地図に目を向ける。
 ――温存する?いや、そんな筈はない、揚陸作戦は初手で下手をうてば惨劇になる。
だとしたら――偵察用途ではないと?ならばどう使う?何故わざわざそんな怪しげな部隊を呼び寄せたというのだ?あの姫様が道楽で戦場に玩具を持ちいれるわけがない!
 背筋にはしる悪寒を無視して席に着く。他の士官達との応答に耳を澄ませ、自分の聯隊に何を命じられるのかを考えていた。



七月十八日 午前第四刻半 最前線から後方2里
独立混成第十四連隊 連隊本部 情報幕僚 香川大尉


偵察を終えた中隊の報告から確認を済ませ、連隊本部へと報告に行く。
既に導術によって偵察の結果は伝わっているが、詳細な部分の確認をし、それを分析してから報告するのが自分の役目だと情報幕僚である香川は考えていた。
 本部を置いている天幕に入ろうとすると声が聞こえる。
「――半刻もすれば天狼以上の大決戦の始まりだ。いやはやなんとも素晴らしい時代に産まれたものだな?――さぁて上手く機先を制す事が出来れば良いが」

「少なくとも序盤は上手く行くだろうと思います」
 聯隊長と首席幕僚の声であった。

「問題は近衛だな。攻勢に出るにしても単純な頭数も不安があるし、士気も怪しいものだ。
かといって向こうの鬼札になり得た五○一大隊もまだ純粋に練度に不安がある、これはこちらもあまり向こうさんの事を言えないがね。皆が良くやってくれたから」

「少なくとも聯隊全力訓練では最低限の基準は超えた結果を出しています。言い方は悪いですが実戦で鍛えればどうとでもなりましょう」

「この戦争が長引くのならば、な――端から景気の悪い話だったな」
 悲観的な会話を交わしているところに入り込むほど香川は無神経ではなく。軽く咳払いをして中に入る。
「失礼します。連隊長殿、連隊鉄虎大隊第四中隊、帰還しました。
導術捜索と併せて現状、敵軍はほぼ完全に夜営にはいったままです」
「ご苦労。周囲は安全と考えて良いな」
 流石と言うべきだろうか、此方に顔を向けた時には不敵な笑みを浮かべ陰鬱とした様子は欠片も無い。
――崩れかけた大隊を取り纏めていただけの事はある。
香川が内心、頷いていると本部付きの導術士と話していた首席幕僚の大辺少佐が此方に歩いて来た。
「聯隊長殿、ようやく近衛総軍も配置についたようです。」
 聯隊長に囁く様に話す。
 可能な限り客観的な意見を述べてきた大辺首席幕僚すらそのように言うほど、近衛総軍の行動は遅遅としたものであった。集成第三軍は一刻以上も前に配置を完了し、周辺の偵察も念入りに行っている。このような有様では弱兵呼ばわりもけして不当だとは言えない。まさしく太平の世に産まれた軍であり、ある意味では<帝国>軍の抱く〈皇国〉軍のイメージの象徴のようなありさまであった。
「お飾りの御大将閣下に移動もまともに出来ない近衛。まったくもってたまらんな」
 聯隊長は、飄然と愉しげに笑みを浮かべている。
「まぁ今の所は、重砲隊の護衛が任務だ。偵察に手を抜かなければ十分対処できるさ。この作戦自体も奇襲に成功すれば当面は上手く運ぶ筈だ」
とそう云う姿は己に言い聞かせている様に見える。
 実際、単隊戦闘能力が高い新編部隊には相応しい任務だろう。過剰に分散しているわけでもなく、事実上の予備部隊として即応態勢で最前線から数里程度しか離れていない場所に待機しているのだから。
独立捜索剣虎兵第十一大隊も同様の意図で司令部の護衛を任じられているらしい。
「問題は龍州軍司令部ですね、司令長官どのはこの戦場を管制できるのでしょうか」
 五将家の人間達があれこれと動いているなかで龍州鎮台はその規模に比せずに発言権は小さい。参謀陣も五将家の閥に属しているものばかりだ。

「ふん、龍州軍司令部は、参謀陣が優秀だからな。あれはあれで良いのさ。
それに幸い第三軍の司令官閣下は少なくとも弾の下を知っている御方だ。それで十分に過ぎる」
 そう言って、聯隊長は鼻を鳴らす。流石に防衛の要の参謀となると各将家も優秀な人材を送りこんでいる。出兵に参加していない守原家とて随一の俊英である草浪中佐を戦務主任参謀に送り込んでいる。

「味方も問題ですが、私は〈帝国〉の龍兵が気になります。〈帝国〉軍がどのように扱うのか予想が出来ません。偵察用途かと思ったのですが、初期の揚陸戦で姿を見せていないことでそれは否定されたとみて良いでしょう、損害が大きい揚陸戦で適切な情報を得られる機会を逃す必要が理解できません」
 首席幕僚が薄い唇をなぞりながら述べた感想に幕僚の一部が頷いた。

「それならば考えてみろ、龍兵の強みは何だ?」
 馬堂連隊長が答えを促す。

「飛行する事でしょう。あまりにやりすぎると龍士には負担がかかりますがある程度の高度を保てば攻撃が届きません」
 首席幕僚が素早く応える。

「そうだろうな。ならば、其処から攻撃する事は可能だろうか?」
 聯隊長の試すような視線を受けて首席幕僚も怜悧な頭脳を巡らせる。
「攻撃ですか、それは……」

「難しく考えるな。例えば、水軍は北領で飛龍によって燭燐弾を使用した。
ならば霰弾はどうだ?いや、さらに小型の爆裂筒は?」

「――いえ、不可能でしょう。導火線の火は龍の飛行時には点火出来ません。
燭燐弾のように非戦闘目的ならともかく、戦闘目的となると信頼性の欠如に過ぎます」

「これを使用したらどうだ?」
 僅かに黙考し、反対した首席幕僚に連隊長が造らせた短銃用の爆栓を見せた。
「爆栓ですか?落下の際の衝撃で起爆を――それは確かにある程度は期待できるでしょうが
実用化できるものでしょうか?」

「多分まだ不十分だろうな。だが、砲兵の火力を削ぐには十分だろう。
玉薬に引火すれば十分派手な爆発が起きる。集中して爆撃を行えば統制を乱すには十分過ぎる」

「確かにそうですね」
 大辺首席幕僚も頷く。
「砲の援護が途切れた隙に猟兵が逆襲、ですか」
 香川情報幕僚も言葉を挟む。
「そうだな、騎兵も動かせる様になる。もしこれをやられたら砲兵部隊の態勢を建て直さないと天狼の二の舞だ。
あの時は積雪で足をとられたのだが、今度は爆弾だ。火力が削がれたら精兵も弱兵もない、銃兵・騎兵が戦闘を行う前に一方的に砲で叩かれ、騎兵どもに刈り取られてしまう」
 弱いところから叩くのが戦の常道である。〈大協約〉がなければもっと凄惨なモノに成り果てていたかもしれない。
「如何なさりますか?」
 首席幕僚は変わらず淡々と尋ねる。
「西津閣下には既に進言した。あの方もあり得ないとは思っていない――が、どうしようもない。やられたら兵を逃がし、終わった後に再編する位しか手が無い。砲が破壊される事は諦めるしかない」
 そう言い、聯隊長は珍しく苛立ちを露わにして、舌打ちをする。

「もう考えていたのですか――」
 首席幕僚が僅かに目を見開く。

「気になってはいた、それだけだ。気がついたのはついさっきで、確信したのはお前さん達が納得した時さ――遅すぎる、手遅れだ、俺らしく」
無感情に言い、細巻を取り出すと聯隊長は本部天幕から出ていった。
 
 

 
後書き
お久しぶりです。
実に四か月もの間、放置してつぶやきも音信不通と本当に御無沙汰しておりました。
とりあえずお仕事も決まったのである程度安定して更新再開できそうです。
隔週ペースで書き溜めを増やしながらぽちぽち進めていきたいと思います。
もしよろしければこれからも御笑覧くださいませ。 
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