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とらっぷ&だんじょん!

作者:とよね
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第一部 vs.まもの!
  第12話 つかのまのきゅうそく!


 クムランの家を訪ねた時、家主は完全に自分の世界に没入しており、何かぶつぶつぶつぶつ呟きながら部屋中を回っていたが、三人が中に入るとさすがに気が付いた。
「ああ、みなさん、お帰りなさい。どうでしたか?」
 ノエルの両目に涙が滲んだ。彼女はクムランにがっしと抱きつき
「先生ええええぇっ!」
 やっぱり泣いてしまった。
「先生、ごめんなさい、ごめんなさいいいぃっ」
「ノエルさん、どうしたんですか? 大丈夫ですよ。焦らずに、ゆっくり話してください」
 遺跡内の石碑が消えてしまった事を、ノエルは今度はちゃんと説明した。
「やはりそうでしたか……」
 クムランが難しい顔をする。
「えっ? やはり……?」
「実は、僕が前に訪れた時も、全文を読解する前に消えてしまったんです」
 ウェルドは大いに安心した。ほら、なっ!? 俺のせいじゃねえだろっ!? ……が、子供じゃないので黙っておく。
「消えた……。俺達が行った時は、泡が弾けるみたいに消えたんですよ。先生の時も、やっぱり?」
「ええ。ですが、読解できた部分については記憶しています。その内容についてですが、何から話しましょうか……。あなた達は、太陽帝国の名前の由来については知ってますね?」
「広く世間に知られているのは、当時の人々が太陽を信仰し祀ったからだと。実際、遺跡には太陽を描いた模様が多い。最新の説じゃ違うみたいですが」
「古代の人々は太陽を崇めていたわけではない、という説ね。先生が提唱した」
 落ち着いたノエルが、まだ赤い顔のまま言う。
「太陽は誕生と死を同時に象徴するわ。夜に生命の象徴である太陽が沈んでしまう事を、冬にその光が弱まる事を嫌い、古代人たちは太陽を崇めるどころか避けるようになった」
「そうですね。生と死を同時に象徴する太陽の動きは、同時に大陸中で輪廻転生の象徴と見做されていた。輪廻転生についてはわかりますか?」
「俺、建築と気象が専攻だったから違ってるかもしれないけど、『人は死んだらまた生まれ変わり、太陽のように生死を繰り返す』っていう思想でしたっけ?」
「正解です。夜明けに生まれ夕刻死ぬ。それを永劫に繰り返す太陽は、輪廻転生の象徴にふさわしい」
「それをアスラ・ファエルの人たちも信じていたんですか? 太陽が沈み、また昇り、沈み……輪廻転生が繰り返されることを恐れ、その克服を願った。そして彼らが造った永遠に沈む事のない太陽が象徴するものは、すなわち――」
「永遠の命」
 クムランの一言が、重く胸に落ちた。
 かつて永遠の命をアオゥル族にもたらしたアザレの石。
 彼らを不老不死に変えた後は、その輝きを消し、ただの石ころに姿を変えた。
 ウェルドの脳裏に仲間たちの顔が浮かぶ。アザレの石を故郷に持ち帰る事が英雄的行為だと思っているアーサーの顔。アザレの石が妹の病気を治してくれると信じているアッシュの顔。
 そしてファトゥム。
「この説を、ウェルド君はどう思いますか?」
「……初めて聞いた時には随分突飛だと思いましたよ。でもまあ、数十年前までは不老不死も人間が魔法を使う事も、魔物が実在するなんて事も、おとぎ話だったわけですし。何が真実でもおかしくないと思いますよ」
「ノエルさんはどうです?」
「そうですね……。ですがやっぱり、いくら太陽が沈むのが嫌だからって、別の太陽を造ろうなんて思うのかしら。まして地下に……」
「考えづらいですか?」
「というよりは……信じられないんです。太陽を造るだなんて、まるで神様気取り。傲慢だわ。いいえ……彼らは神になろうとしたのかしら。あるいは、神になったと」
 クムランはにっこり笑った。
「神様ならば、何かやらなければならない事があるはずですよね」
 そして、壁際で腕を組み、無言でなりゆきを見守っているディアスにその笑顔を向ける。彼は一言だけで答えた。
「世界創造」
「だとしたら、成功したと思いますか?」
「彼らの思い描いた成功がどういうものであるかが定かではない以上、それについて答える事は出来ない。敢えて現代の人間として所感を述べるならば、遺跡に存在するのは魔物ばかりな上、かつて人が生活した痕跡もない――彼らが居住可能な空間を造り得たようには到底見えない」
 ディアスはまっすぐクムランを見つめ返す。
「その通りです。それについての答えもそのヒントも、まだ見つけ出してはいません」
「手立ては」
「探索を続けるしかないでしょう。これまでに人が足を踏み入れる事が出来たのは、太陽神殿から一つ下、『煉獄』と呼ばれる階層だけです。何せ煉獄は広大で、大部分が前人未踏のまま」
「逆に言えば、それだけ大きな発見が待ち構えているかもしれないって事ですよね」
 ウェルドはクムランと視線を合わせ、笑みを見せた。
「早くそこにたどり着けるようにしますよ。面白くなってきた」
「あたしもよ! その為に来たんだもの」
 何となくディアスを見る。
 彼は何も言わなかった。
「みなさんとご一緒に研究できる日が来るのを、楽しみにしています」
 クムランが笑顔で締めた。

 ※

 宿舎に帰ってみて驚いた。実に食欲を誘う匂いがエントランスに満ちている。地下に下りる階段から、その匂いは立ち上ってきていた。
 ぱたぱた足音をたててサラが上がってきた。
「みんな! ごはんができたよ!」
「ご飯?」
「地下に使われてない厨房があったでしょ? あたし、みんなに手伝ってもらいながらお掃除したの! それで今日からね、みんなお金が貯まってきたし、少しずつ出し合って調理器具や食料品を買うことにしたの」
「へえ、いいじゃん。俺も出すぜ。今まで昼とか夜はオイゲンの親父のとこで食ってたけど、朝飯食える場所なかったもんな。他の連中は?」
「みんなもう帰ってきてるよ。一緒に食べよ!」
 地下には十四人が座れるだけのテーブルが並べられ、ちょっとしたご馳走が広がっていた。トマトの冷製スープに肉のパイ、新鮮なチーズにオレンジ。
「おー、すげえじゃん! サラちゃんが作ったの?」
「うん! あたしずっとお母さんの孤児院のお手伝いをしてたから、料理は得意なんだ。それにシャルンさんやルカさんが手伝ってくれたんだ」
「しかしよくこんなに食料が手に入ったな」
「今日、転送機で新しい山羊と鶏とお野菜が送られてきたんだって。ミルクと卵がやすくなるよ! それとね、畜舎で牛を一頭捌いたんだって。頬肉をおまけしてもらったの!」
「へぇ」
「じゃ、みんな、食べよ!」
 エレアノールとルカの間に空席があった。座るとき、エレアノールと目があった。彼女が微笑みかけてくれるので、ウェルドは笑い返した。
 食事が始まった。
「奇跡だ、神があなたのように美しい女性と言葉を交わす機会をくれた」
 エレアノールの向かいはレイア。そのレイアにオルフェウスが語りかける。レイアは目もくれず、焼きたてのバケットにチーズとハムを乗せながら
「死ね」
 むしゃむしゃと食べ始めた。各自の席で、めいめい食事や談笑を始めている。ウェルドも籠から丸パンを取り、ちぎって食べた。
「うめぇ!」
「ああ、冷たい横顔が堪らない……。それにしてもこんなに美しい女性たちが目の前に二人も現れるなんて、神は残酷な事をする。僕は一人しかいないのに!」
「一人いりゃ充分すぎるだろてめぇは……」
 オルフェウスはウェルドを無視して喋る。
「好きですよ、その冷たい態度。本当は誰より熱い情熱を秘めていながら、心を開く事を恐れて冷たい女を演じてみせる……ですが、恐れる事はありません、あなたの心を開くのはぼグフッ!」
 レイアの右腕が素早く動き、裏拳がオルフェウスの顔面に沈む。オルフェウスは椅子ごと後ろ向きにひっくり返った。
「興醒めだ」
 レイアは出て行ってしまった。
「馳走になった」
 一方、ディアスがトマトのスープを飲んだだけで席を立ち、皿を厨房の片隅で洗うと早々に一階に上がって行ってしまう。
 サラが悲しげに眉を垂らした。
「ディアスさん、お口に合わなかったのかな」
「ああ、あいつは変わってるんだよ、ほっとけほっとけ。すげぇ美味いぜ、サラちゃん」
「本当? 嬉しいな!」
「お酒もあるわよ」
 イヴがテーブルの下からワインのボトルを出す。
「いいのかよ」
 とパスカ。
「あんた、ルミニアの出身だろ? あんたルミニアで酒飲める歳だっけ?」
「あら。この無法地帯で無粋なことを言うのね。ウェルド、あなた好きでしょう? あげるわ」
「いいのか?」
「新人歓迎用にもらったものだし。いいのよ、あたしの好みの銘柄じゃないの」
 彼女は足下からもう一本のボトルと自分専用のグラスを出す。ウェルドはもらったワインの栓を開けた。
「おいおい……」
「おいパスカ、言っとくけど俺の出身のセフィータでは十四歳で成人だからな!」
「ホントかよ」
「ウェルド、そう言えばさあ」
 ジェシカがパスカの隣から身を乗り出してくる。
「あんた何日か前に酒場のおっさんから仕事もらったんだって? なんとかってお宝探すやつ」
「ああ、受けたぜ。急いでるって言うからな」
「もおおおおおっ、何でそんなうまい話にあたしを誘ってくれないのよお!」
「いや、んな事言われても……」
「で、いくらで受けたの?」
「ん? 百二十ガルド」
「なにそれ! 安すぎじゃない!?」
「いやいや、これでも通常の倍の値段だって――」
「甘い!!!」
 ジェシカがびしっと指を突きつける。
「仕事を頼むにしてもさ、まだ遺跡に潜った事もない新人なんでしょ? 最初に三百くらいは提示させなきゃ! ましてや急ぎの話なんでしょ!? そこから吹っかけたとしても五百、交渉して四百五十、妥協点は四百ね。そんくらいは取れるじゃない!」
「お前、がめついなー!」
 ノエルも呆れて頭を振る。
「あなた、よくもそんな事思いつくわね」
「これくらい、あったりまえでしょ! あんたから見たらあたしなんてただの馬鹿かもしれないけどさ、お金の算段なら負けないよ!」
 ウェルドはグラスを空にすると、二杯目を注ぎ、何となく隣を見たらルカがわけもなく恐縮したふうに体を小さくしてパンを食べているのでその目の前に置いた。
「えっ!?」
 ルカがびくっと震える。
「飲めよ」
「えっ、えっ?」
「お前も飲めって」
「だ、だめです! わたしは聖職者ですし!」
「いいからいいから!」
「こらー!」
 シャルンがテーブルに手をついて立ち上がった。
「嫌がってる人に無理強いしちゃダメでしょ! やめなよ!」
 怒られてしまった。
「こんなに賑やかなの、ここに来て初めてだなぁ」
 今まで存在に気付かなかったが、斜め向かいにアッシュがいてしみじみ言う。
「ウェルド、今まで顔合わせる機会がなくて言えなかったけど、ありがとな。ラフメルの葉を探してくれて。おれ、君は来てくれないと思ってたから」
「あ? ……別に。いいっていいって」
「ウェルド、僕もだ。君がラフメルの葉を見つけたんだって聞いた時嬉しかった」
「だぁから、やめろって!」
 アーサーにまで言われ、ウェルドは気恥ずかしくなって髪を掻き、あらぬほうを向いた。
 不意に流麗な音楽が耳を撫でた。いつの間にか起きあがったオルフェウスが椅子に掛けて膝を組み、リュートを奏でている。異国情緒をかき立てる調べだった。こんな奴にも特技があるらしい。リュートの調べを背景に、食卓は一層盛り上がった。
 エレアノールに目をやると、彼女もたまたまウェルドをみた。
「お酒には、強いのですか?」
「ん? まあ、こうして誰かと飲むぶんにはな。一人で飲むのは苦手でね。どうにも気が滅入っちまう」
「そう……」
 エレアノールが黒髪を背中に払うと、白い首筋が露わになり、ウェルドは一瞬で酔いが醒めた。
「ここに来て、調子は如何ですか?」
「あ、うん、まあ……やっと一息ついた所かな! 太陽の宝玉があるっていう階層にもたどり着いた事だし、新入り仲間の顔と名前も一致するようになったしな」
「それはよかったですね」
「エレアノール、あの」
 ウェルドはエレアノールと会話を続けたくて、話題を探した。
「そういえば歳、何歳?」
「私は十九です」
「じゃあ俺と同い年じゃん! うわっ、びっくりしたよ。もっと年上かと」
 と言ったところで、それが女性に対しては失礼に当たると思いいたり、
「いや、その、変な意味じゃなくてさ……落ち着いてるし、大人っぽいし、失礼な意味じゃないから!」
 エレアノールは微笑み、目を伏せた。
「じゃーん! あのね、みんな! オイゲンさんの所から古い壁新聞もらってきたよ!」
 サラが立ち上がって、しわくちゃの紙切れを広げた。
「壁新聞? なにそれ」
「えーっとね、ランツの町にいるオイゲンさんのお友達が、カルス・バスティードの外で起きてる事を紙に書いて転送機で送ってくれるの。これが読めたら、町の外で起きてることがわかるんだって!」
「ふーん」
 ジェシカはウェルドを振り向いた。
「ウェルド、あんた字が読めるんでしょ? 読んでよ」
「いいぜ。サラちゃん、こっちくれるかい?」
 立ち上がり、壁新聞を受け取るとざっと目を通した。
「えーっと、なになに? ……うん、まず最初は俺達がここに来た時の崖崩れについて書いてあるな! あの時カルス・バスティードに向かってたのは八十七人もいたんだってさ。たどり着いたのは俺達だけだけどな」
「うんうん」
「えー、次にぃ、ミバル公殺人事件について!」
「殺人事件?」
 ジェシカが仰け反る。
「待てよ、今読むから……『去年の秋、ラコース王国の第二の実力者ミバル公が森の中で実子に殺害された話を今まで何度か書いたが、二か月前、その犯人がプレーゼの町で目撃されていたそうだ』……プレーゼか。カルス・バスティードにも近いな……えー、『これはもちろん推測だが、犯人がカルス・バスティードに向かった可能性もある。無事町に入れたか、山崩れで引き返したかはわからないが、後者なら賞金稼ぎのいいカモになるだろう』……ってさ」
 壁新聞をおろすと、全員の視線が自分に集まっていることに気付いた。オルフェウスのリュートもやんでいる。
「それってつまり……」
 シャルンが言い淀み、ノエルが後を継ぐ。
「この中に、父親を殺して逃げてきた人間がいるかもしれないって事ね」
 沈黙が場を覆う。ウェルドは紙新聞を丸め、椅子に座った。
「かもしれない、の話だろ。もうとっくに捕まってるかもしれねぇじゃん。俺らには関係ないと思うぜ」
 ワインを呷る。食卓に会話が戻ってきた。
 エレアノールが椅子を引いて立った。
「あれ。もう食わねぇの?」
「ええ……私はもう満足ですから。サラありがとう。ご馳走様です」
 心なし、彼女は青ざめて見えた。疲れているのかもしれない。自分が使った皿を洗い、食堂から出ていった。


 
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