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人狼と雷狼竜

作者:NANASI
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ひとつの答え

 響き渡る咆哮。
 ヴォルフの発したそれは、ジンオウガのそれと比して全く勝るとも劣らない衝撃を持って、周囲に響き渡った。
 とても人が発した物とは思えないそれを至近距離で浴びせられた者達は、一人も例外なく両耳を押さえて地に伏せた。
 対峙する双方はそんな事は気にも留めない。砕け散った落ち葉が地面に落ちる寸前に動いていた。
 低い姿勢を保ったままで懐目掛けて突進するヴォルフ。ジンオウガは――――――




「な、何が起こったの!?」
 耳鳴りが収まらない両耳を押さえたまま、顔を顰めた神無が思わず口にした。
 言葉通り何が起こったのか皆目検討もつかない。何かが耳元で爆発でもしたかのような……そんな大音量が鼓膜に直に叩きつけられた……そんな感じである。
「確か、ジンオウガが咆えて……」
「ストラディスタもだ。一体何処からあんな声を……」
 朱美達が率いるハンター二人が状況を整理したのか、顔を顰めながら言う。かなり大声を出しているが、先程のショックのせいか遠くから聞こえるような感覚だ。
「でも、何で葉っぱが吹き飛んだんだ?」
 朱美が地面に散らばった無数の木の葉の破片を見て呟く。
「剣気……」
 そして、その呟きに答える者が居た。小冬だ。
「剣気。一部の達人が放つ気はある種の衝撃波となって周囲に放たれる……とかなんとか」
「……ちょっと待て、アイツが達人ってのは分かるけどな。ジンオウガの周りのも吹き飛んだように見えたのは何でだよ?」
 太刀を背負ったハンターが尋ねる。
「ジンオウガも同じ」
「……何だって?」
 空耳だったら良い。その言葉の言外にはそんな願いが込められていた。
「あのジンオウガも、達人とか、そういう類のモノなのよ」
「じゃあジンオウガ((アイツ))は……」
「正真正銘の化け物よ」
 モンスターでありながら達人の類……それを表す言葉は、小冬はそれしか持ち得なかった。
「ヴォル君!」
 神無の言葉に一同は我に帰った。話し込んでいる場合じゃないという今の状況に今更ながら気付く。未だに不調な聴覚はこの際置いて、音爆弾も真っ青な大音量を吐いたハンターを探す。
 一行の視界に入ったヴォルフは、獣染みた俊敏性としなやかな動きでジンオウガの爪を回避した所だった。




 振り下ろされる前足が地面を穿つ。ヴォルフの記憶の中の一撃に比べるとそれは大した力は込められていない。
 以前のそれは地面を穿つ所か爆発のような衝撃波まで放ち、周囲の物を吹き飛ばす威力だった事を鑑みれば明白だ。それでも直撃を被れば人体など柔らかい果実の如く潰れる事は確実だが。
 ジンオウガは、ヴォルフが初手で攻撃を誘いその際に生じた隙を狙っていることを見抜いていた。
 故に打ち込むのはジャブのような軽い一撃。回り込まれても次の行動に移る際の隙は最小限に抑えられている。
 何度目かの、まるで巨大な大槌で叩くような前足での攻撃を跳んで躱しつつ、それでも一足で懐に踏み込める間合いを維持した距離を取る。
 攻める手段が無い。
 そう思うほどに、ジンオウガの立ち回りは隙が無い。
 ナルガクルガの超スピードによる撹乱と翻弄とは違う、老練な戦士としての立ち回り。
 隙のように見えるのは明らかな罠だ。迂闊に切り込めば即座に必殺と言えるカウンターの一撃を繰り出して来る。
 ヴォルフ自身もジャブを打てればいいのだが、迂闊な事は出来ない。何故ならそれが致命的な隙となってジンオウガの必殺を許す事になりかねないからだ。
 不意にジンオウガが地面を大きく踏みしめるように姿勢を低くした。
(来る!)
 そう思った時にはジンオウガは既に動いていた。
 先程までのそれは本当にジャブだったと今更ながら思い知らされる、容赦の無い渾身の一撃。
 大量の爆薬が炸裂したかのような爆音と共に、グラウンド・ゼロとなった地点にあった物が宙へと吹き飛ばされる。
 雷狼竜とはよく言ったものだ。その一撃は雷神のそれであり、ジンオウガをこの地で最強と呼ぶ所以だ。
 だが……当たらなければ意味は無い。
 あの一撃をヴォルフは敢えて真上に跳ぶ事で避けた。一か八かの紙一重を狙う賭けだったが、それでも上手く事は運んだ。
 大地を穿ったそれが発した衝撃波はヴォルフを更に宙へ押し上げ、ヴォルフに足場を与えた。大樹の太枝という、願っても無い足場を。
 その足場を踏み締め、真下に居るジンオウガへ向かって跳ぶ。足場の聞かない空中での抜刀は確実性を欠く為に、刀は既に抜き身となっていた。
 腕を振り抜く際の力を用いての薙ぎ払い。全身のバネを使った渾身の一撃を繰り出し――――――その前に、全身を用いて独楽(コマ)のように回りつつ跳んだジンオウガの尾がヴォルフの前面を捉えた。
「ガハッ!?」
 地面に叩き付けられた。
 常人ならば気を失ってしまうほどの痛み……だがヴォルフは持ち前の精神力と打たれ強さで意識を保ち、何が起きたのかを理解していた。
 ジンオウガが対空攻撃を持っていないと考えなかったわけじゃない。まさか、あのタイミングで仕掛けてこれるとは思っていなかった。
「誘導されたか……」
 自分は誘導された……跳ぶように仕向けられた。自分の特性を逆手に取られたのだ。
 このジンオウガと以前出会ったあの時は、一方的にやられただけだ。にもかかわらず、自分の戦闘方法を見抜かれているのではないか?
 更に言えばあの一撃……奴の尾は鱗が変化した逞しい棘のような殻に覆われており、(やすり)をそのまま大きくしたかのようだ。
 本来ならば文字通りのボロ雑巾になっていた筈……否、無数の肉片にされていたもおかしくない。
 ―――――また手加減された。ジンオウガは直撃の瞬間に、(しな)る尾を静止させて必殺の威力を殺したのだ。
 刀を杖代わりに地面に刺して起き上がる。
 神無達が自分を呼ぶ声が聞こえるが、その声には応じずにジンオウガを見る。
 ジンオウガは堂々と、その場でヴォルフを見据えていた。その佇まいは余裕に満ちている。その瞳が声無き声で尋ねてくる『こんなものか?』と。
 否! まだ、やれる。ヴォルフは刀を鞘に収めて居合いの構えを取った。
 好機があろうと無かろうと、自分のやる事は変わらない。全力を持ってジンオウガに挑む。
 折角の再会だ。あの時と立場は違えど、お互いの間にある物は何も変わらないのだから。どちらが倒れようと、決して変わらない。



「ヴォルちゃん!」
「……立った」
 夏空と小冬には信じられなかった。ヴォルフの刃は間違いなくジンオウガを捉えると思ったのだ。なのにジンオウガは思いもしなかった対空式の攻撃法を持っていた。
 そしてヴォルフを襲う、丸太よりも太く凶悪な硬さを持った凶器の尾。それに打ち据えられた。
 そして地面に叩き付けられた。普通なら死んでいてもおかしくないと思った。なのにヴォルフは立った。
「え?」
「ヴォルフさん……どうして、笑っているの?」
 ヴォルフは、静かに笑っていた……楽しそうに、嬉しそうに。普段全く表情を変えないヴォルフが、確かな表情を見せた。それは明らかな喜びだった。
「ヴォル君……ダメだよ」
 絞り出だされるような神無の声。その声は、泣いていた。
「ヴォル君……」
「神無……キミは何を?」
 神無の雰囲気が危ういほどに揺れていた為、朱美は彼女を訝る。口ぶりからして彼女が何かを知っていることは明白といえたが、今はそれどころじゃない。
「おい朱美。ヤベエぞアイツ」
 太刀を背負っているタクと呼ばれたハンターが朱美に話しかける。
「分かってるよ。あのジンオウガは馬鹿みたいに強い。迂闊に手を出せば危ないのは……」
「違ぇよ。人狼の方だ。見ろよ」
「え?」
 タクがつい先程自分達を助けてくれた人物を悪く言うの聞いて、思わず怒りがこみ上げて来たが、その後の言葉に釣られてヴォルフとジンオウガを見る。
 それは、全身をフルに生かした体術を用いながら刀を振るうヴォルフと、応戦するジンオウガの姿だった。
 ヴォルフの剣はまだジンオウガに届いてはいないが、少しずつ、そう……少しずつジンオウガに追い付き始めていた。
 逞しい前足の一撃を旋回しながら跳んで躱し、ヴォルフが着地すると共に、地を穿ったジンオウガの鱗に朱線が走る。躱し際に斬り付けていたのだ。
 それは鱗の表面を軽く傷つける程度だったが、それでもジンオウガに当てたことには違いなかった。
 次いで繰り出されるジンオウガの全身を使った体当たり。対するヴォルフは宙返りで後退し、着地と共に一気に接近し地を這うような下段からの切り上げを繰り出す。
 対するジンオウガはバックステップで後退する……と見せかけて反転、その大きな尾で薙ぎ払うがヴォルフは切り上げた際の回転を殺すことなく、遠心力の加わった斬撃を伸びきった尾に繰り出す。
 それは互いに空振りに終わるものの、双方の間で生じた圧力が衝撃波となって周囲を走った。
 そして互いに睨みあう一人と一頭……。
「……人間の動きじゃねえ」
 絞り出すような声で呟くタク。その言葉に意義を唱える事は、朱美には出来なかった。あれは獣の動きだ。この場での最適な体の動かし方を心得ている獣のそれだ。



 互いに距離を取って睨み合う。
 ヴォルフには少しずつジンオウガの動きが見えるようになって来た。だが、まだ奴には追い付けてはいない。あの夜はもっと速く、更に言えば今は雷光虫すら纏っていない。尤も、雷光虫は夜行性だ。昼間に纏うのは不可能だろう。
 先程の尾の一撃はまだ効いているが、骨に異常は無い。
 全力の抜刀を試みようと思ったが、すぐに撤回する。何らかの方法で隙を作ってからでなければ躱される。ならば出来ることをやるだけだ。
 ジンオウガが動く……ヴォルフに視線を合わせたままゆっくりと近付きそれに連れて……重圧(プレッシャー)が徐々に重くなっていく。繰り出されるのは渾身の一撃だろう。
 重圧が徐々に大きくなっていく。それは降り注ぐ雨のようなものだ。溜まった水が川を増水させて堤防を破壊するように、今まさに決壊するその瞬間が訪れようとしている。
 ジンオウガが身を低く構えた。全身の力を後ろ足に溜め、その威力を一気に爆発させようとしている。
 それは引き絞られて張り詰めた弓の弦を思わせた。放たれる矢はジンオウガそのものだ。それは雷神の一撃となって敵を絶殺し得る真の意味での必殺の一撃!

 重圧が弾けた!

 繰り出されるは大きく振りかぶった前足での一撃。それは体重の乗った前足での強打とそれによって生じた衝撃波の二段構え。それは先日に見たものだ
 ヴォルフはそれが決まりきる前に生じる隙を突くべく敢えて前に出て抜刀した。
 狙うは指の間。そこから一気に逆風に切り上げ、返す刃を唐竹割りに振り下ろす! 
 しかし、そうはならなかった。振り上げたヴォルフの刃は、そのあまりの速さ故に甲高い不協和音を発して森中に響き割ったが、空を切る結果に終わった。
 対するジンオウガは不動のまま、先の場所に立っていた。例えの通り山の如く。
(しまった! これは……)
 ヴォルフが己の不覚を理解した時にはジンオウガは動いていた。今度こそ、その前足を多き持ち上げて前に出る。
(プレッシャー・デコイ!?)
 目の前で地面が弾け、土砂と共に衝撃波が全身に叩きつけられた。
 視界が真っ暗になって、全身を強く打った上で固い土の上を転がるような感覚が襲う。
 激痛の中で、戻った視界が木々に遮られた空を捉える。ヴォルフは自分が地面に倒れている事をそれで理解した。
 ……どうやらまた負けたようだ。




「クソっ! 今行くぜヴォルフ!」
「正太郎さん!?」
 ヴォルフが倒れたのを見て我に帰った正太郎が加勢すべく銃槍を構えて走り出し、それを見た神無が声を上げる。
「やるしかありませんね」
 狼狽する神無を他所に、夏空も砲弾を装填した火砲を此方に背を向けているジンオウガへと向けて構え、既に行動の準備が出来ていた朱美達の方を向いた。
 朱美は銃剣を着剣済みの小銃を槍に見立てて構えており、他の面々も各々の武器を構えて頷いて駆け出した。
 夏空が引き金を引き、轟音と共に拳大の砲弾が吐き出された。
 放たれた弾丸は空気を切り裂き、ジンオウガのその無防備な背に突き刺さる……筈が、無造作に振るわれた強靭な尾が砲弾を弾き返した。
 異音と共に弾かれた砲弾は弧を描いて、前進していた正太郎の目の前に着弾し炸裂した。
「ぶわッ!?」
『!?』
 正太郎は衝撃で吹き飛ばされ仰向けに倒れ、残された面々は思わず硬直する。
 撃たれたにも関わらず、ジンオウガは振り向きもしない。脅威と認識すらされていない。
「マジかよ……!?」
「……冗談きついぜ」
「化け物め……!」
 朱美の連れ達が悪態を吐き、夏空は呆然としていた。振り向くこともなく払った尾の一撃は不意打ちの筈だった砲弾を弾き飛ばした。それは、自分達の無力さを思い知るのには十分すぎた。
「……撤退だ」
 不意に小さな声が出た。
「え?」
「撤退するぞ」
 タクが搾り出すような声で言った。
「撤退って……正気なの?」
「……今なら逃げられるだろ。あのジンオウガには全員でも歯が立たねえ」
 梓の問いに、少しの間を置いて答えた。
「ヴォルフを見捨てるっていうの?」
「……仕方ねえだろ? 全滅よりゃあマシな条件だぜ」
 彼の言葉は確かに現実的ではあった。彼の仲間である朱美を始めとしたハンター達も、表情に苦渋が浮かんでいる。
「……早くしろよ。お前達の目的は非戦闘員の救助だろ?」
「私は残る」
「何だと?」
 小冬の言葉にタクは思わず硬直した。他の面々も目を見開いている。
「私はアイツを見捨てない」
 小冬はそう言って二刀を抜き放つとジンオウガへ向かって行く。
「待てよオイ! 死んじまうぞ!?」
「私はあの時死ぬ筈だった」
 タクの言葉に、小冬は振り返らずに答えた。
「あの時、私はドスジャギィに殺される所だった。でも、アイツが来たから今も生きてる」
「それが理由か?」
「そ。それにアイツからはまだ学ばないといけないことが多過ぎるし」
「……」
 タクの顔には葛藤が浮かんでいた。個人的に小冬の意見には賛成ではあるが、現実的に考えてその意見を良しと言えない。
 だからと言ってこのまま下がれば小冬はジンオウガに突貫するだろう。それは最悪の事態を意味する。
 不意にジンオウガが動いた。刀を杖にして起き上がろうとするヴォルフへ近付き、無造作にその大きな尾で薙ぎ払った。
 それは烈風となって地面を走ると共に、その衝撃でヴォルフを神無達の目の前へ弾き飛ばしていた。
「う……ぐ……」
「ヴォル君!?」
「なっ!?」
 突然の事態に、周囲の面々が状況が飲み込めない中、椿はジンオウガを見た。
「見逃してくれるの?」
「奴め、正気か?」
 そんな呟きとも言える声を、テツと呼ばれた大剣を手にしたハンターが半信半疑と言った顔でジンオウガを見やる。
 ジンオウガの視線は既に人間達の方を向いてはいない。もはや興味は尽きたといわんばかりに森の奥を見据え、去って行った。
「弱者に用は無い……か」
 テツが大剣を地面に突き刺しながら静かに呟いた。声音こそ静かだが、柄を握り締める手は屈辱と怒りで震えていた。
「命あっただけ良しだよ」
 朱美が小銃から銃剣を外しつつ(たしな)める。
「二度と会いたくねえ」
 タクが太刀を鞘に収めながら吐き捨てるように言う。
「大した打たれ強さだな。骨も折れてない。すぐに目を覚ます」
 そんな中で、ダイゴと呼ばれたハンターはヴォルフの容態を見ており、神無と夏空は涙目で安堵の息を吐いていた。
「……最悪の事態は避けられたわね」
「ええ」
 梓の言葉に、小冬が湯治客達に声をかけている椿を見ながら相槌を打つ。
「っ痛ぅ……野郎、何処に行きやがった!? ……あれ?」
 梓が小冬に事態の収拾を促そうとすると、先程の砲弾の爆風を受けて伸びていたらしい正太郎が、立ち上がりつつ周囲を見渡す。
 しかし既にジンオウガの姿は無く、視界に写るのは呆然と彼を見るハンター達とその他の面々で、正太郎はその気まずい空気に視線を逸らすしかなかった。
「やけに静かだと思ったら、伸びてたの?」
 小冬の言葉で正太郎がギクリと硬直した。誤魔化しようの無い事実だ。
「そ、それよりも……」
 その時、正太郎が言葉を紡ぎきる前に、僅かな音と共に何者かが空から降りて来た。
「っ!?」
「あ、あれは!?」
 ハンターであれば実物を見たことがなくとも、伝え聞くものや描き出せれたもので知る機会はあるだろう。
 新たに現れたソレは、森林地帯に生息するとされる飛竜『ナルガクルガ』だった。
「あの額の傷……あの時の!?」
 梓が見つけたそれは、ナルガクルガの額に刻まれた斜めに奔る一筋の刀傷だ。先日、ヴォルフと遭遇した際に斬り付けられたモノだろう。
「シャアアアアア……」
 ナルガクルガの双眸が真紅の光を放つ。その視線の先には倒れたヴォルフの姿があった。
「まずい。やる気だぞアイツ」
 テツが大剣を構えながら呟く。
「畜生……勝ち目なんか無えぞ」
 タクは死を悟ったのか背負った太刀を抜こうともしない。
「そうかよ。じゃあとっとと逃げろ」
 正太郎が銃槍と大楯を構えて前に出て言った。
「んだとてめえ!?」
 正太郎の言葉を侮辱と受け取ったのか、タクが怒鳴った。
「じゃあ剣を抜けよ。一人でも多い方が、何とかなるかも知れねえぜ」
「正太郎、キミは……」
「チッ……」
 正太郎の思わぬ言葉に、朱美は驚いたように目を見開いて何かを言おうとするが、タクが舌打ちしながら太刀を抜いた為に言葉を引っ込めた。
 彼女が最後に見た正太郎は、己の太刀を自信と共に切り裂かれて、失意のどん底にあったものだった。
 それが、この状況で絶望した者を挑発して戦線に復帰させた。人狼と呼ばれたハンターとの間に何があったのかは彼女の知るところではないが、ここまで変わるとは思っても居なかった。
「ギィィィィアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」 
 ナルガクルガが咆哮を上げた。
 最後尾で固まっていた湯治客達が悲鳴を上げるが、ナルガクルガの声の前では音にすらならない。
「来る!」
 小冬が叫ぶと同時にナルガクルガが尾を天に掲げ、その尾から刃物のように鋭い鱗が逆立ち、無数の棘のように立った。
「撃って!」
 梓が矢を放ち、夏空の火砲が火を噴く。
 しかし、放たれた矢と砲弾はナルガクルガが左に体を逸らして回避され、お返しとばかりに振るわれた尾から複数の棘が弾丸のように放たれる。
「くっ!?」
 大楯を持っていたダイゴと正太郎は咄嗟に楯を前に出した事で、少なかったこともあって偶然にも全ての棘を止めた。しかし、放たれた棘は厚さ五センチ以上もの鉄板の楯を貫通しかかっていた。
 直撃を被れば良くて重傷だろう。凶悪な代物だ。
「喰らいやがれ!」
 正太郎がナルガクルガに銃槍を向けて引き金を引く。それに合わせるように梓が矢を放ち、夏空の火砲が砲弾を吐き出す。
 しかしナルガクルガは飛来する弾や矢を悉く回避し、あろう事か一行を飛び越えて背後に降り立った。そして瞬時に向きを変えて、間髪入れずに一行へ飛び掛かる。
 狙いは武器を手にしているハンター達だった。敵の持つ牙を最初に砕く為だ。武器も持たない人間など脅威ではない。
「く!?」
 唯一反応出来たのはテツだった。鉄塊のような大剣を楯にしてナルガクルガの刃のような翼を受け止めていた。
 刃が交わった瞬間に、彼の背後に居た椿を始めとしたハンター達が彼の背を支え、辛うじて拮抗に持ち込んだ。着地時に急制動を掛けたせいで刃の翼に斬撃は十分な加速と威力を得られなかったようだ。
 しかし、刃を持った翼が徐々に大剣にめり込んでくる。ナルガクルガの翼に備わった刃は、鉄塊すらも切り裂く切れ味を有していた。
「このっ!」
「やああっ!」
 小冬と神無が武器を手に右側面から切り込む。
 しかし、ナルガクルガは軽快なバックステップで距離を取って回避する。その際は翼の刃に大剣を食い込ませたままだった為、テツはその際に武器から手を放してしまった。
「しまった!」
 テツが武器を奪われて己の迂闊さを呪うが、ナルガクルガはあろう事か翼の刃に付いた大剣を咥えて外すと、そのまま噛み砕いてしまった。
「フーっフーッ」
 ナルガクルガは息を吐いて口内に残った破片を吐き出す。敵を前にしてのその行為は余裕の現れそのものだった。
「この野郎! 奥の手をブチ込んでやる!」
 正太郎が列を割って前に出た。手にした銃槍は、その銃口から青い炎が噴出している。
「それは!?」
 予備のナイフを抜こうとしていたテツが瞠目する。
 正太郎の手にしている銃槍という武器には、通常の射撃に用いられる弾丸を装填しておく弾倉とは別に独立した大型の薬室が用意されており強大な威力を持つ。
 それは『竜撃砲』と呼ばれる銃槍の切り札である。
 つまり敵を前にして余裕の態度を取るナルガクルガに、火傷じゃすまない重傷を与えられる一撃だ。
「喰らいや……があっ!?」
 しかし発射の瞬間、ナルガクルガはその棘だらけの尾で銃槍を打ち払い、銃槍を半ばから破壊した。宙を舞う銃槍の片割れは空中にて砲弾を明後日の方向へ吐き出し、地面に突き立った。
「……くそ」
 武器を破壊され、攻め手を失った正太郎が楯を前に出しつつじりじりと後退するが、ナルガクルガは容赦なく追撃を繰り出そうと姿勢を低く構え――――――

「アウォォォォォォオオン」

 ―――――――予期せぬ咆哮が響き渡った。
 ナルガクルガを含む、その場に居た全員が声のした方を見た。
「なんでアイツがまた来るんだよ……」
 タクが搾り出すような声で呟く。
 ジンオウガがそこに居た。その目はナルガクルガを見据えていた。
 対するナルガクルガは、構えを解いてジンオウガへ向き直ると嘴を鳴らして威嚇する。
 しかし、ジンオウガはそれを目にするや否や、ナルガクルガへ向けて一速で距離を詰めてその力強い前足を振り下ろしていた。
 その一撃は回避されはしたが、大地を穿ち衝撃波が暴風となって吹き荒れ、土煙を撒き散らした。
「ぶわっ!?]
「目がっ!?」
 ナルガクルガに近かったハンター達が暴風が引き起こした土煙に飲み込まれる中、ジンオウガはバックステップでその一撃を回避したナルガクルガへ向けて、叩き付けた前足を軸とした尾の薙ぎ払いを繰り出していた。
 鞭のように撓る尾の一撃はナルガクルガの胴を捉え、地面に叩き付けていた。
「ガ……ギィ」
 打ち据えられたナルガクルガは苦しげに呻きながら起き上がろうとするも、激痛の為か中々起き上がれない。
「な……何故?」
 小冬がジンオウガを見て呆然と呟いた。それはその場の全員の心境を表していた。
 ジンオウガが小冬達一行を始めて視界に入れた。目が合った者の殆どが後ずさるか恐怖で腰を抜かすか顔を引きつらせたりしたが、小冬を始めとした六人はジンオウガを見据えていた。
 そして地面を打つ音が一行の中心から鳴る。意識を戻したヴォルフが拳を打ち付けてその反動で立ち上がった。
「ヴォルフ君!?」
「ヴォルフ!」
 ジンオウガの視線がヴォルフに向くが、視線を向けるだけでジンオウガは何もしない。
「総員撤退準備」
 ヴォルフが抜き身のままだった刀を鞘に収めて告げた。
「はああ!? お前、コイツが易々と逃がすとでも……」
「急げ。ハンターは動けない湯治客を支えろ」
 タクがヴォルフに食って掛かるが、ヴォルフはそれに答える事無く他の者達に指示を出した。その態度にタクが背負った太刀に手を掛けようとするが、その太刀は抑えられたように動かない。
 タクが驚きながら振り返ると、背後にはテツが居り、目が合うと首を横に振った。大人しく指示に従えと嗜めるように。
 ハンター達が湯治客を立たせる中で、ヴォルフはジンオウガを見た。
 ジンオウガは既に視線を外して、今は起き上がろうとしているナルガクルガを見据えている。どうやらナルガクルガを仕留める気は無いらしい
「準備できたぞ」
 正太郎の言葉でヴォルフは一行を見た。全員が準備を完了させていた。
「行け!」
 ヴォルフの言葉で、武器を手にした小冬と梓、椿を先頭にしたハンター達が村への道を歩き出し、武器を失ったテツや正太郎、朱美を始めとした者達が湯治客を伴い、最後尾には神無と夏空が就いた。
「ヴォル君?」
「今行く」
 神無の言葉にヴォルフは振り向きながら答えた。
「……またな」
 そう呟くと、ヴォルフは夏空と神無の二人と共に最後尾に就いて撤退を始めた。最後にヴォルフが見たものは、空へと逃亡するナルガクルガとそれを見送るジンオウガの姿だった。 





 村に戻ったヴォルフ達一行は、集会場にて怪我の手当てを受けながら村長に事の次第を報告していた。
「そうですか。ですが、犠牲は最小限に抑えられたと思います。お疲れ様でした」
 梓の報告に、村長がハンター達に深々と頭を下げる。
「村長。今後の方針だが……」
「何でしょうか?」
 今回は衝撃波や打撲による打ち身程度で済んだヴォルフの言葉に、村長は佇まいを整えて訊く。
「ジンオウガは討伐しない」
「えっ!?」
「何だと!?」
「……」
 ヴォルフの言葉に周囲から驚きの声が上がるが、村長は黙ってヴォルフを見据えていた。
「やはり、あの子なんですね……」
「何?」
 村長の呟きは余りにも小さく、ヴォルフにも聞き取れなかった。
「理由をお聞きしましょう」
 村長の言葉に、騒ぎになりかけていた周囲がしんと静まる。
「前回も今回も、ジンオウガは俺と切り結びこそしたが、すぐ側にいた他の者達を襲わなかった。それどころか、ナルガクルガから俺達を逃がした」
「ナルガクルガから?」
 流石の村長もこの事実には驚きが隠せなかったらしく糸目を見開いた。
「ちょっと待てよ!」
 怒声と共にタクが立ち上がった。
「ジンオウガが霊峰から降りてきたせいでな、もっと奥にしか居なかったヤバイのが縄張りを出てやがるんだ。ジャギィ共の群だけじゃねえ! ナルカクルガを見ただろ!?」
「ああ」
「ジンオウガが出てこなけりゃ、アイツ等もゾロゾロと出て来ることも無かったんだ。……アイツを何とかしねえとな、この村が干上がんのも時間の問題なんだよ!」
 ヴォルフにはタクの言い分は理解できた。
「だが奴の強さは見ての通り。一応言っておくが、奴を相手に数を束ねても無駄だ」
「は? 意味分かんねえ。数を束ねりゃ勝てねえ奴なんて……」
「お前程度じゃ千人居ても歯が立たない」
「んだとてめえ!」
「お止めなさい卓也さん」
 タクが激昂してヴォルフに掴み掛かろうとするが、村長の言葉で動きを止める。
「ヴォルフさん。続きを……」
「ちょ、村長? 何でソイツの肩を持つんスか!?」
「卓也さん。彼の話はまだ終わっていませんよ。議論はその後でも出来ます。さ、続きを」
 村長に促されたヴォルフは口を開いた。タクがヴォルフを睨んでいたが、相手にする意味が無いので無視する。
「どちらにしろ、勝ち目の無い相手に挑んだ所で死傷者が増えるだけだ。湯治客の方はギルドや村のハンターが護衛を受け持つように手配して事に当たれば良い」
 ヴォルフは一旦言葉を止めて、用意された茶を飲んだ。この地独特の渋みと苦味のハーモニーは心に涼風をもたらすかのようだ。要するに美味い。
「そして、村やその他の地域に侵入してきた者を、ハンターが狩る。山菜等の収集も同様だ。知識を持たないのならば、収集者の護衛として同行するのも良い。出来ることはこれ位だ」
「……」
 ヴォルフの話が終わるが、村長は沈黙したままだ。
「ヴォルフさんが戦ったジンオウガは、どの位お強いのですか?」
「……底が見えない。『理性』を備えているとしか思えない『戦術』を取る」
 理性と戦術。この言葉の意味が分かる者がこの場に居るだろうか……
「……分かりました。では今一度この場はお開きにしましょう。今後のことは決まり次第連絡しますので」
 村長が言い終えると共に立ち会って退室していく。その場にはヴォルフの告げた言葉がもたらした重い空気が圧し掛かっていた。 
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